第三十二話 東の国情勢のおはなし
「それにしてもこの耳と尻尾って、作り物じゃないですよね?」
エイミィはそう言いながらシノの尻尾に触ろうとする。
「ああ、だめっすよ触ったら。尻尾は弱点なんですから」
言いつつもぱたぱたと動いてエイミィの手を逃れるシノの尻尾。完全に生えているものだということは疑いないようだった。
「変装や形態変化の魔術……とかでもなさそう。じゃあ本当に……?」
そう言うミリィに対し、シノは笑ってみせていた。
「はい。忍者部隊は、少なくともグレイ閣下に雇われてるものは、みんな極東から来てるエルフっすよ」
まあ下忍には、現地雇用のヒトも多少混じってたりはするようだが、どうやらそういったことのようらしい。
ではジーニスの領主館に居る、彼女もそうなのだろうか。
そんな事を思うラットたちの前で、シノはぴしりと固まっていた。
「あれ……? もしかしてこれって言っちゃいけないことだったりするっすかね?」
「ええっと……」
そりゃそうだろうなあ、とラットは考えていた。
領主の護衛兼執政官までやってるカエデが人ではない、魔物扱いされるモノであるというのは、知られたらだいぶスキャンダラスな事件に違いない。
「内緒の話にしといてもらっていいっすか……?」
ぷるぷると震えながらシノは言っていた。エイミィの手の中に、彼女の尻尾が滑り込んでくる。
「別に、構わないよね?」
エイミィはその尻尾をするすると撫でながら笑い、そして撫でられる度に変な声をあげるシノの尻尾をペンギンズは皆で回しながら撫で、笑っていた。
それにしても、とラットは思う。ほんの少し前に出会ったばかりだというのに、全員もうシノに対する警戒を解いてしまっている。
もし、これが全て彼女の計算だったとするなら、恐ろしいことだと。
顔のつくり自体はキツめなのに、ゆるんだ表情によって全くそんな印象を受けないシノの顔を見ながら、ラットはもう自分たちが決して彼女に敵対出来ないことを再認識させられていた。
「さて」
尻尾いじりも終わって一息つき、シノ。
「何か聞きたいことはありますかね? この国のことについて」
そう問われたペンギンズは、しばらく考えていた。
「そう……グレイさんの手紙には、魔族軍のひとつがここへ入ってるってあったけど」
ミリィがそう言うと、シノはうなずいてみせる。
「はい。報告書にもまとめてありますけど、悪魔の率いる元魔族軍は、今は北の方角――ドワーフ王国との緩衝地帯辺りに留まっています」
領域内へと踏み込んだ魔族軍に対し、エルフはその当初から全力で撃退にかかっていた。
それに押されながらも国境線付近を前進した魔族軍は、ドワーフ領とエルフ領の接する緩衝地帯までエルフの追撃をしのぎ続けた。
そこで何故攻め手が止まってしまったのかというと、エルフとドワーフが共闘出来なかったからだ。
ドワーフ側はエルフが出て来るのなら魔物と一緒に粉砕してくれるとの構えで、エルフ側もドワーフが手を出すのなら纏めて始末しようと思っていたため、どちらも手が出せなくなった。
「……それを狙ったってのか?」
「ありえますねえ。まずそこまで前進して来たって辺りからして」
ラットの問いにシノはこたえる。
だが、近々状況が変わりそうだともシノは言っていた。極東エルフと極東ドワーフの援軍が到着するからである。
こちらのエルフとドワーフは国境を接する対立した王国だが、極東のエルフとドワーフは同盟関係にある。こちらでもこの援軍を橋渡しとして両者が共闘出来れば、魔族軍をすり潰すことも出来るかもしれないといったわけだった。
「ま、あちらさんもそれを察知したのか、最近はちょろちょろとエルフドワーフ両陣営の領土内へと踏み込んで、魔物の補充を続けてましてね。今はちょっと北側はごたついてるっす」
シノはそう言って、説明を終える。
「じゃあ、そこ以外だったら行けるのかな」
カイルはそう呟くようにして言っていた。
それに対し、シノは腕組みをしながらしばし考えて、自分が案内役を買って出れば行けるかもしれないと、そうこたえていた。
「……他の里にも行ってみたいってのか?」
ラットはそうカイルに言う。
最初彼等を案内してくれたエルフは、この里が人間の訪問者にも一番慣れていると言っていた。逆に言うと他の里はそういったものに慣れていない。
だいぶ冷たい視線を浴びることになるのではないかとラットは言っていた。
「うん、それは分かるんだけど……」
諦めきれないといった様子でカイルは言う。
この調子だとエルフの王都へ行って女王とも面会したいなどと言い出さないだろうかと、ラットは少しばかりカイルが心配になりはじめていた。
「じゃあ、明日の……もうだいぶ遅くなっちゃいましたから、昼すぎでいいっすかね?」
シノは立ち上がりながらそう言う。
とりあえず残り三日間、観光のお手伝いをすると言って、彼女は去っていった。
去り際にその身体には淡い魔法陣が浮かび、髪色と尻尾の色がこの地のエルフのものに変化していた。
「なるほど、色だけ変化させてここに溶け込んでたんですね」
ミリィはそう言うが、エイミィは少しだけ首をひねる。
「でも……極東エルフって、なんか体格ちょっと違わない?」
そうだった。細身で長身のエルフに対して、シノはちょっと等身が低く思える。
やや背が低くてぽてっとしていた。幼児体型とまでは言わないが、胴が若干長くて足も短い。
「まあ、体格でバレるってのはあんま無いんじゃねえかな」
ラットはそう言っていた。思っても、そうそう言うまいし。
そして翌日、こちらのエルフに化けたシノに先導され、ペンギンズは次の里へと向かう。
行き先は東だった。北には行けず西は王国なのだから行けるところは東か南しかないわけで。
「もう王都まで行っちゃいましょうか?」
冗談っぽくそう言うシノに、流石にそれはと返すエイミィ。
「王都ってどんな所なんですか?」
だが、カイルはそう問いかけていた。
「そうっすねえ……基本的にはさっきの里と一緒ですよ。大きな木があって、その根本に街を作ってて」
巨大建築物を作るような習慣はエルフには無いのでそんなものだ。
だが、1~2階層程度だが宮殿と呼べるようなものはあるとシノは言う。
女王の居るその宮殿がかなりの面積を取っているため、見た感じの印象ではこういった里とはだいぶ異なって見えるかもしれないと、彼女は言っていた。
へぇ……などと言いつつ、ずんずんと進んでゆくカイル。
ラットたちはやや南東に向かって進んでいるのだが、カイルだけはそこから僅かに逸れ、真東に向かおうとしているように見える。
「おい、カイル……」
ラットは言うが、カイルは止まらない。早足で進んでいく彼はもうだいぶ他の4人から離れてしまっている。
流石に彼を止めようと走り出そうとしたラットだが、ふと。
木々の間に何か、妙なものを見たような気がして、その足を止めていた。
「なんだ、今の……」
ぞっと背筋に寒いものを覚えながら呟くラット。その横で、シノははっと顔を上げる。
「しまった。ここって、まずいかもしれないっす!」
そんな彼等の前で、カイルが進む先――密集した樹木の中に、緑の髪の女が立っていた。
日陰の葉といった深緑、肌は木肌のような黒褐色、エルフのような細身の長身を持つ美しい女。
その姿を見た途端、ミリィはその顔に緊張を走らせ、その名を呼ぶ。
「――ドリアード!?」




