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第三十一話 過去のおはなし

 それから、ラットたちは里の中を色々見て回り、尻尾を触らせて欲しいとお願いして断られ。

 エルフの子供を捕まえてちょっと追いかけっこして遊んだ後に隙を見て尻尾を触り、もう凄い勢いでギャン泣きされて親御さんに謝ったりなどして。

 夕刻には宿へと落ち着いていた。宿屋というわけではないが、一応旅人などに部屋を貸しているという家を見つけられていたのだ。


「いやあ……楽しかった」

 そう言うカイル。

 そういえば、カイルが普通にはしゃいでいるというのは初めて見たかもしれない。彼はいつもぼんやりしているような、そんな印象があったから。

「一番楽しんでたんじゃないですか?」

 ミリィはそう言って笑う。彼女も彼女で楽しんでいなかったというわけではないが、どちらかと言えばエイミィとカイルの後にラットと一緒について回るといった風な一日だった。

「うん、エルフについては、親から結構聞いてたから」

 カイルはそう言う。この里には、一度は来てみたいと、そう思っていたのだと。

「それで、あれだけ知ってたんだな」

 ラットは言う。自分も面白いと思ったことだけを覚えているタチなので、その辺はわかるのだ。


 さて、部屋を貸してもらったとはいえちゃんとした宿ではなく、単なる民家である。

 あまり大騒ぎするわけにもいかず、それなりに声をひそめながら4人は雑談をしていた。

 夕食も終わり、家の人はもう寝てしまうようで、それならばあまりゴソゴソするのも悪いだろうと、4人は与えられた寝床に潜り込んで眠ろうとする。

 だが、ラットはどうしても寝付けずにいた。


 しばらく何度か寝る体勢を変えたりなどして、しかし結局目が冴えてしまって、これは眠れないと諦めたラットは外の空気を吸いにこっそりと家から出る。

 そうして太い木の根に座ってぼんやりとしているなか、彼は背後に靴音を聞いていた。

「眠れないんですか?」

 そう言って、隣に座ってきたのはミリィだった。


「気になっていたんですけど。どうして、ラットさん……こそ泥なんてやってたんです?」

 ミリィは苦笑するようにして訊く。

 それなりに常識もあって、まともな感性を持っていて。ひとの迷惑というものが考えられる筈の人間なのに、どうして人から盗むような仕事をしていたのか。

「どうして、かぁ……」

 ラットにもわからなかった。ただ選択肢が無かっただけのように思う。

 何処にも雇ってもらえないような歳の頃から自分で食料を調達する必要があって、それ以外出来ることがないまま同業者との繋がりが出来て。

 ヘマをして、移動のために一応取っておいた冒険者ライセンスにたよることになるまで、それが続いたというだけ。自分が何かを選んだという感覚はそれまで一切無かった。


 そういったことを整理のつかないまま、ミリィにそのまま語る。

 彼女は無言でそれを聞いていた。

「ところで、あんたこそどうして……冒険者なんかに」

 ラットはそう問い返す。ずっと家で養われるだけの生活でも、お貴族様ならそれで良かったんじゃないのかと。

 不自由であろうと、食うに困らなければ自分の好きな事は出来る。逆に、食うために常に何かをし続けなければならないなら、そこに自由などというものは本質的にはない。

 生きるため、そこに何の選択肢も存在しなかったラットにはそれが良くわかる。

 こんなことを言っては怒るかもしれないと、ラットはそう思ったが、意外にもミリィは平静だった。


「私も……選択肢なんて無かったのかもしれません」

 ミリィはそう言う。

 女性でも家は継げるが、やはり当主は男児を求める。

 伯爵家三女。3人女が続いた彼女の誕生に対し、やはり親が抱いたのは失望だった。

 その後3年で弟が生まれてしまったのもいけない。親に構われず、弟にも構えず、孤立していた彼女に居場所などなかったわけだ。

 その後、財政面の問題から家での教育が行えず、しかし平民と一緒に教会に通わせるわけにもいかないということで、事情は告げずに魔術学院へ行ってみないかとだけ親は彼女に持ちかけるが。

 気づかぬ訳もないし、また彼女の親は魔術学院というものを少々誤解していた。


 親が魔術師であれば幼い頃から入れる場合もある。

 だが、大抵の生徒は自分で稼げるようになってから魔術師を志した、青年に近い若者だった。どちらの群れにも入れず、その後少々の"問題"を起こして、ミリィは数年で学院を追い出される。

 そして、エイミィと出会って冒険者となったわけだった。

 ラットは何も言えずにそれを聞いていた。


「むしろ、こんな歳で選択肢などというものがある方がおかしいのかもしれませんけどね」

 ミリィはそう言って笑っていた。

 とくに自分の身の上話について、今となってはもうどうとも思っていないというような風で。

 まあ、本当に痛い部分についてはぼかしたのだろう、そんな風にもラットは思っていたが。それは彼も同じことだ。本当に痛い部分は、まだ口には出せない。


「だが、それで此処に辿り着けたことは幸運だったと思ってるぜ」

 ラットは地面の上に寝転がりながらそう言っていた。

 結成から二週間の時点では"悪くはない"程度だったが、今では心底から、ここで良かったと思える。

 逆に、この先に何が待っているのか。切った張ったを主な仕事にしているのだから。そんな事を考えると恐ろしくなってしまいもするが。

 エイミィを――彼女を、ラットは信じていた。

 大抵のことは、彼女が笑いながら何とかしてくれるだろうと。

 そして自分の仕事は、目の前で起きることを、その大抵の範囲に収まるように動かしたり削ったりすることなんじゃないかと、おぼろげながら定めようとしていた。


 そんなところで欠伸を漏らし、ラットは立ち上がる。

「やっと眠れるかもしれねえ。ミリィ、あんがとよ」

 そして、あんたはまだ表に居るのかと言いかけ、彼は近づいてくる人影に気づく。


 それはエルフだった。

 だが、通常のエルフが茶に近い金髪であるのに対し、彼女は黒髪。そしてその黒い耳と黒い尻尾には白の差し毛が入っている。銀狐だ。

「あ、どうもっす。ペンギン一家のみなさんっすか?」

 銀狐――極東エルフの女性は、そう言って軽く片手を挙げていた。



「済みませんねえ、接触するチャンスを伺ってたんですけど、こんな遅くなっちゃって」

 極東エルフの女性を部屋に迎え入れ、カイルとエイミィを起こし、5人で車座になる。

「どうも、ジーニス領から来てる連絡員の……シノといいます」

 シノは妙に嬉しそうにそう名乗っていた。やや溜めを入れ、不自然なほどに嬉しそうに。

「なんか、嬉しそうだけど」

 エイミィが言うとシノは身体をくねらせながら笑う。もう、嬉しくてしょうがないというように。

 その理由はすぐに彼女の口から語られていた。


「いやあ、名乗れる機会っていうのがほんと少なくて。ずっと待ってたんですよ、これ」

 良くわからんという顔をするラットたちにシノが続けたことには、こうである。


 忍者の中でも下忍には名前というものが存在しない。任務ごとにコールサインが与えられるだけ。

 そして中忍になってようやく固有の名を持つことが許され、シノはここの連絡員に任命される時、やっと中忍に昇格が出来たのだとか。

 しかし任務は潜入任務。現地で使う名前は偽名であり、他の連絡員との接触も少なく、結局本名を名乗れるのは本当にまれなことであるのだと彼女は言っていた。


 下忍のどストレートな使い捨てっぷりにやや寒気がするペンギンズであるが、シノ自身は特に気にしたようでもなく持って来た荷物を漁っている。

「それでですね、これがエルフ国の現況をまとめた報告書になります。これをカエデ様の元に持ち帰って貰えれば、今回の偵察任務は完了ってことで」

「なるほど、一応、ちゃんとした任務だったってわけね」

 ミリィはそう言って、報告書を受け取っていた。

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