第三十話 エルフの森のおはなし
関所で依頼書と冒険者証を提示してそこを抜け、更に続く街道を進む。
道は徐々に細くなり、曲がりくねっていた。岩と岩の間に続く、ごく僅かに踏みしめられた跡を進み、傾斜が緩やかな上りから下りへと転じかける辺りで、山の向こう側がラット達の前に開ける。
「うわぁ……」
思わず声をあげるエイミィ。眼下へと続いてゆく山道の先にあったのは一面の森だった。
山に近い方はそれなりに薄く、遠くなるほど濃くなって、一本の巨大樹が先には見える。
「これが、エルフの領土……」
ミリィも言い、しばしその光景に目を奪われたまま4人は立ち尽くしていた。
「こっちにも関所みたいなのはあるのかな?」
やがて歩みだしながら、エイミィ。この辺りは未だエルフの国に入ったとはいえない。
国境と国境の間の緩衝地帯であり、山裾辺りまでそれは続いている筈だった。
「どうだろうなあ。特にそれっぽい物があるようには見えねえけど」
ラットは目の上に手を翳して言う。
王国側の関所にはそれなりな門と警備兵たちの詰所、また倉庫や医務室、食堂などといった建物が柵の中に並んでいたが、こちら側には――森に隠れているのかもしれないが、そういったものは見当たらない。
「それもそうだけど、素直にそういったところへ行っていいのかな?」
カイルはそう口を開いていた。
冒険者証が通用するとは言ってもそれは王国からの出国だけ。
あちらの国に入るにはまたそれなりな手続きが必要になるだろう。だいぶ昔に不干渉を確認しあっただけの間柄であり、どちらも仕掛けていないからそれが維持されているだけのことである。
4人が向こうの関所に行ってどのように扱われるのかは全く想像がつかない。
まさかいきなり撃たれたり、取って食われたりすることはないのだろうが。入ったまま出てこられないような状態になることは十分あると思えた。
「とりあえず、森を眺めながらざっと横に回り込んでみるか?」
ラットはそう提案していた。緩衝地帯内から出なければ当面問題はないのではないかと。
だが。
「うーん……やっぱりエルフは見てみたい」
「まぁ、そのために来た訳ですからねえ」
エイミィとミリィは諦めきれないといったようにそう言う。
森の外から観察するだけでも彼等の姿を見かけることはあるのかもしれないが、やはり接触してみたいという思いが強いようだった。
「じゃあ、この際まっすぐ行っちゃう?」
先ほどとは逆のことを言い出すカイル。
それにラットがどうして考えを変えたのかとたずねると、その答えは至ってまとも。
「このまま真っ直ぐ行って接触するのと、ずーっと森の外からエルフを探して眺め続けた末に接触するのとじゃ、どっちが向こうの心象も悪くならないかなって思ってね」
確かに。エイミィとミリィの様子を見ればこっそり観察とは行かないだろうし、絶対はしゃぎ立てた末の遭遇となるだろう。その場合、あまり良いことになるとは思えなかった。
「じゃあ、このまま呼び止められるまでゆっくり街道に沿って行くぜ」
ラットはそう言い、特に異論も出ないままペンギンズはエルフの国へと入っていった。
あまり密集していない低木林に入る。あまり人の行き来はされていないのだろうが、それでもきっちりと草が刈られて整備された道を進んでゆくと、その先にはそれっぽい物が見えてきていた。
二本の大きな木を利用して足場と吊り橋、そして階段が組まれた物見櫓。根本に幾つか並ぶ円錐形の小屋と、木で作られた簡易な柵。
明らかな関所らしき構えを物珍しげに眺めるラットたちのすぐ上から、声が響く。
「止まれ、人間。……何をしに来た?」
それまでは全く気配もなく樹上に潜んでいたエルフ。彼は装飾の施された革鎧に身を包み、その手に弓を構えていたが、そちらではなく。
その頭の上に生えた黒く長い耳と、腰から垂れる太い尻尾を見てエイミィとミリィは目を輝かせる。
「サ……観光?」
ラットは両手をあげ、へらっと愛想笑いを浮かべながら、そんなことを言っていた。
その後、ラットたちは関所にある彼等の詰所でちょっとした調べを受けた後、森の奥へと案内されていた。武装解除はされているが拘束されるところまでは行かず、武器を運ぶ者と監視の兵が後ろから数人ついてくるといった感じだ。
「おいエイミィ、前見ながら歩かないと危ないぜ?」
ラットはそう言う。
エイミィとミリィはやはりエルフが気になるらしく、ちらちらと後ろから付いて来る兵士を振り返ってはうんざりとした視線を向けられていた。
やはり人間が来るとこういう反応になるというのは彼等としても慣れたことらしい。
なお、カイルに至ってはラットたちの武器を乗せた荷車を押す兵の脇にぴったりと付いて、ぽつりぽつりとではあるが雑談をするという、思い切った行動に出ていた。
それが特に咎められてもいないところまで含めて彼らしいというか、ミリィたちもそれと同様にする勇気は流石になかったようであった。
「エルフが見たいのなら、里に着いてから幾らでも見られるだろう」
溜め息を吐きながらそう言うエルフの男性。
依頼書を見せ自分たちが冒険者であることを明かすと、ラットたちはそう怪しまれることもなく入国を許されていた。
しかし国内――この森の中を自由に歩き回るのはあまりお勧めしないのだという。
森の中には魔物も多く、それが巨大昆虫や食人植物程度ならまだいいが、精霊や幻獣種の縄張りに立ち入って妙なこと――例えば焚き火など――をされると無事に済む保証はない。
よって里への行きは彼等が付き添い、滞在期間中はなるべく里から出ないよう言われ、ラットたちはこうして歩いているといったわけだった。
「エルフの里かあ、どんな風なんでしょうね」
エイミィは言うが、付いて来るエルフの男はその言葉を鼻で笑う。
「どんな風も何も、お前たちが大体想像する通りだ。我々はお前たちのように石やレンガで建築物は作らんし、大掛かりな金属装飾も作らない。だから……」
そこで、彼はラットたちの前に回って目の前の深い茂みをかき分けていった。
ラットたちがそれに続くと、視界が一気に開ける。
「こんなものだな」
そこにあったのは森の中に作られた広場である。
天辺付近にのみ葉を備える高い木に囲まれ、中央には巨大な木が一本鎮座していた。
その根本に先ほど見た、円錐形の小屋が幾つも並んでおり、行き交うエルフたちの姿も見える。
規模としては多少大きめの村程度。だが、子供の姿もだいぶ見かけられた。
魔族と違い、特にエルフは長命ということもない。
ゴブリンやオークのような短命というわけでもないが、概ね人間と一緒といったところだ。
ただ外見的な老化が遅く、ラットたちから見てこれが老人とはっきり分かる姿は特に見られなかったが、子供の姿だけははっきりとわかった。
「こういった里がこの森の中には数十ある。そして中央に女王の居る王都があるわけだが……さっき言った理由により、行くのはあまりお勧めできない」
すぐに駆け出しそうになっているエイミィとミリィを制するように、彼は言った。
「人間の訪問者に一番慣れているのもここだしな。四日間程度ならここで満足しておけ。……では、行こうか。入り口は更に回って向こうだ」
そして、里の中を通る川から引き、里の周囲をぐるりと覆う水堀に沿うようにして、彼等は入り口へと回り込んでいった。




