第二十九話 エルフのおはなし
「そういえばラット、魔族についてってどう思ってるの?」
帰り際、エイミィにそんなことを聞かれ、ラットはしばし考えていた。
その結論としては、わかんねえ。
「どんな見た目かってのは一応聞いてたけどさ、実際見たのは今回が初めてだしな」
「まあねえ、あたしもそんなとこ」
エイミィはそう答える。
おおむね70年おきに地下から侵攻して来る恐ろしい種族。
人間よりも長い寿命と一部優れた能力を持つ者たち。
ラットが知っているのはその程度だ。教会などでちゃんと学んだ者ならそれ以上に教わることもあるのだろうが、そういった場所での初等教育すらラットはろくに受けてはいない。
ではカイルやミリィの方はどうなのか、と思って聞いてみると。
「うぅん……やっぱり、触れてみろとか言われるとちょっと躊躇っちゃうよね」
カイルはそう言っていた。
滑らかな漆黒の肌、陽光の下ではきらきらと輝く銀色の髪。その特徴的な容姿はやはりひと目みただけで分かる異質さであり、それを意識しないというのは不可能だ。
ミリィも似たような反応を返していた。確かにこの二人は、ザナンの傍にはあまり寄ろうとしていなかった。
ま、しゃあねえよな、とラットは思う。
逆に好んで近寄りべたべた触れようとするような者が居るとしたら、それも異質さへの反応としちゃあベクトルが違うだけで同じようなもんなんだろうし。
意識しないことが不可能ならその先も無理だ。そして魔族ほどあからさまではなくとも、世の中にはそんなものは溢れている。
そして翌日。
街へと戻り、ごろごろと休養を取るラットたちのところへと思いがけない話が舞い込んだのは、そろそろ日も暮れようかという時刻になってからであった。
「……指名での依頼?」
ミリィは素っ頓狂な声をあげる。
まさか活動開始から一ヶ月くらいの、特に名が売れているわけでもない初心者パーティにそんなものが来るとは、担がれているのではないかと思ってしまう。
だが、ギルドから来た連絡員は確かだと言っていた。
虹色のペンギン一家、そんなふざけた名前のパーティはそうそう居ないと。
「ふざけたは余計でしょ、ふざけたは」
エイミィは抗議の声をあげるが、それをぶつけるべきギルド員は既に帰ってしまっている。宿へと集まって夕食を取る際にミリィから告げられたことだった。
「で、これがその依頼書なんだけど……」
ミリィはギルド員が持って来た二枚の紙をテーブルの上に取り出す。
依頼書の方に記されている任務内容は、偵察であった。
東の国境線付近まで行きあちらがわの様子を見てくること。特に達成するべき目的や到達地点などは記されておらず、期間と報酬額が存在するだけだった。
「……なんか、怪しく思えるくらい良いんだけど」
「たった四日間で二千って、ねえ」
それを見下ろしながら言うエイミィ。同様に唸るミリィ。
そしてもう一枚の紙、封蝋によって閉じられた手紙を開いた彼女は、更に首をかしげてしまう。
「……これ、グレイさんからだわ」
その内容としては、色々と書かれてはいたが。
一言でいってしまうなら"観光に行ってみないかい?"とのことだった。
どうやら冒険者への報酬としては以前渡したものが限界のようだが、作戦行動への予算ならばもう少し融通がきくとのことで、偵察として以前の追加報酬を用意した。基本的にはそれだけなのだという。
「本当に偵察してくれてもいいけどね、隣のエルフの国にも悪魔の一個軍が乗り込んでるし」
ミリィはそう読み上げて、溜め息を吐いていた。
「……これって、断れないやつですよね?」
「だねえ、断れないやーつ」
エイミィもあまり乗り気ではなさそうにそう言う。
観光と考えろとは言われても、行けと言われて行くのはペンギンズには初めてのことだ。
その辺に抵抗を感じるなというのは無理があった。
これまではちゃんと自分で依頼を選び、まあまあ納得した上でそこへ行っていたのだから。
「だがまあ、悪くは……ないんだよな?」
ラットはそう言って自分を納得させようとしていた。
単純にエルフの国というやつが気になるのもあったし、悪くはない、うん。
「ところでエルフってなんなの?」
エイミィはそう言っていた。ミリィもそれにやや口ごもる。
ラットとしても良く知っているわけではない。なにせ、この国には居ないのだから。
エルフとは森に住む亜人だった。
扱いとしてはゴブリンやコボルトなんかと同じで、この国では人として扱っていない。
人として扱っていないため、隣国とは言っても正確には国家承認しているわけでなく蛮族の住まう地、或いは魔物の跋扈する地といったところだが、一応言葉が通じるしこちらから攻める意味も旨味もないので不干渉ということになっていた。
あちらから来ることもないし、こちらから行くこともない。一応冒険者証は国境を越えるのにも使えるが、あっちへ行ってどのような扱いをされるかは保証されない。
その姿としては、長いキツネの耳と尻尾を持った人間であった。
基本的に美しい姿を持つ者が多いが、特徴であるややツリ気味の切れ長の目と細面がちょっと好みのわかれるところだろうか。
似たようなものとしてはタヌキの耳と尻尾を持つドワーフが居るが、こちらはもう少し北東、メルキア国と国境を接しない場所にその王国を構えている。
また、こういった言葉の通じる獣人を人族はティリアンと呼び、魔物としての獣人と区別したりなんかもしていたが、こちらはあまり一般的ではなかった。
リザードマンをティリアンに含めるかどうかで論争が起こったのち、どうでもいいじゃねえか勢が最終的に優勢となったという経緯によってである。
以上、そのような説明を旅商人の息子であったカイルが述べ、ラットたちはふーんぐらいの感じでそれを聞いていた。
「キツネ……キツネの耳が生えてるんですか」
なにやら一気に乗り気になったような声と表情でエイミィが言う。
「あと尻尾? これはちょっと……見過ごせませんね」
どこかうずうずとするようにミリィも言っていた。
「……あのさあ、偵察だからな? 多分さわったりとか出来ないからな?」
ラットは一応そう言ったが、こちらも既に半分以上この依頼を受け入れる気になってしまっていたのは否定できない。
「僕も、実際みるのは初めてなんですよね」
カイルは微笑みながらそう言っていた。うん、やる気満々だ。
そして翌日。
ラットたちは冒険者割引店を選んで保存食などを買い、それを背嚢におさめて街の東口へと集まっていた。カイルもそろそろ懐に余裕が出来たのか、そしてこれまでの冒険で必要性を感じたのか、真新しい片刃の短剣をベルトに吊り、背嚢の脇に一本の短槍を括り付けている。
「長物かあ、俺も一本……ただの棒でもいいから持ってた方がいいかな」
カイルの後ろに回ってそう呟くラット。
エイミィに続いて二人目の怪力少女を見て、やはり技量に不安があるほどリーチを重視した方が良いのか、などという気分になっていた。
「どうだろうね。ラットはもう、だいぶ曲刀に慣れてきてる感じがするけど」
カイルはそう返していた。彼の場合、以前コボルトから奪った槍が意外に使いやすかったのでこれを選んだのだとか。
「ラットの場合、まず買うべきは盾の方じゃない?」
エイミィはそう言う。確かに盾があると安心感が違うのは、わかるのだが。
どうも。左腰と背側に2本差したダガーを見下ろし、ラットは溜め息を吐いてしまう。
「じゃあ、出発しましょう」
そう言ってミリィは馬車へと乗り込んでいた。
目的地はまず東の関所、そこからは――はじめて行く国だ。




