第二十八話 子供たちのおはなし
ラットたちはベティを前にして、扉のノックをさせる。
しかしこちらも同様返答が無かったため、ラットは今回は無許可でそれを引き開けることとした。
やはり漂う薬品臭。しかし若干刺激臭が強いそれをあまり嗅がないようにしながら、そう広くはない室内をラットたちは見回していた。
「すいませーん、ちょっくら依頼の件で確認しなきゃいけないことがあるんすけどー?」
ラットが言うと、やがて一人の男がもぞもぞと奥から這い出して来る。
「依頼だと……? あのガキどもか。既に一週間近く経って、今更確認とはどういうわけだ」
彼は茶褐色のフード付きローブを着ていた。
そう若くもないが老人というほどでもない。せいぜい40代といったところか。
フードの中で頭を掻きながら扉へと近寄ってきた魔術師は、そこにいた冒険者が見覚えのない顔によって二倍に増えていることに怪訝そうな顔をしていた。
「お前たち……」
まさか、といったような顔を彼はしていた。
「ご用件はわかっているかと思いますが」
そしてそんな彼の前で、カイルは口を開く。
「何故……あの子を殺そうとするんです?」
魔術師の男は、奇妙なことを聞くとでも言うように片眉をあげていた。
「そりゃ、魔族だからだろう。人に仇なすものだ。こんな所をうろついてるのを見かけてしまったら、おちおち暮らしてもいけない」
他の魔物同様、ギルドに討伐依頼を出して何が良くない、といった主張だった。
それをベティたちもうなずきながら聞いている。仮にそれが他の人の持ち物だったとしても、自分たちが受けた依頼には何の問題もないと言うように。
だが、カイルは溜め息を吐いていた。
「だめですね。……それでは、ギルドは依頼を受けてくれない」
彼は元々旅商人の息子である。よって、出先で逃亡魔族を見かけたときの対処についても父親から聞いて知っていた。
そしてその対処とは、どこでもいいから衛兵に告げること。これしかない。
逃亡魔族が居たと直接ギルドに持っていっても討伐依頼を受けてなどくれない。
誰か、或いは何処かの村に所有権が存在するものだからだ。
そして衛兵からギルドに依頼が回ったとしても、その依頼人は都市警備隊名義になる。勿論それ以前に衛兵側で逃亡魔族についての調査と監視は行われる。
もし討伐依頼を出すとなったら、かなり高レベルな魔物として扱わねばならないからだ。討伐に失敗し手負いの状態で逃すこととなったら更に厄介なこととなってしまう。
よって依頼人が個人であり、ギルド側でも調査を行わないなどという逃亡魔族の討伐依頼は、所有者からの依頼であり、かつその所有者が逃亡魔族をさして危険でないもの――幼いなど――として報告した場合のみとなるわけだ。
逃亡の際、家の者を傷つけたため廃棄するなどの場合である。
それを聞かされ、魔術師の男は額に手を当てながら笑っていた。
「これは……参ったな。初心者冒険者にも物を知っているヤツが居たらしい」
全て知った上で虚偽の依頼を出したのだと、認める発言以外のなにものでもなかった。
「だがそれでどうする。俺を殺すか?」
驚いたように彼を見、やがて睨みつけ始めるベティたちに開き直ったように彼は言う。
「……そうね、落とし前は付けて貰わなきゃ。腕の一本くらい……」
そんなことを言いつつ前に出ようとするベティを、カイルは遮る。
そして彼は言っていた。
「まださっきの問いに答えて貰ってない。どうして、あの子を殺そうとするのか」
男は呆れたように息を吐いていた。
「気に食わんからだよ。……あの婆さんと俺は知り合いでね。いや、40年ほど前に拾われ、10年ほど育てられた間柄だ」
多少の術も覚え、秘薬や付呪の作り方も何とか形になるようになった頃、ジャニスは突然消えてしまった。そんな素振りも見せずに唐突に、自分の愛用していた魔術用具だけを持って。
そしてほうぼうを探し回って、一度は諦め、この領内に4つある街のうち西端のものへ腰を落ち着け、覚えた技でそれなりな稼ぎを得て暮らしていた。
だがその中で聞いたのだ。東の森に一人で住む魔術師の老婆のことを。
「黒魔術師を自称するなんざ、一発であいつなんじゃないかと思った。それで遥々やってきたのさ。なんで俺を捨てて居なくなったのかって、そいつを聞くためによ」
そうしたら、また新しい子供を捕まえてきて育ててやがる、と彼は苦笑した。
しかも、よくよく見ればそれは魔族だ。魔術師として天性の素質を持つと言われる魔族の男だった。
「嫉妬と言われて否定はしない。恐らく婆さんから魔術を習っているだろう魔族の男、とはいえあんなガキに対して自ら挑む度胸がなかったってのもその通りだ。だから冒険者を使ったのさ」
討伐依頼が出されるような状況となれば、たとえ冒険者を返り討ったところで、もうザナンはジャニスの元に帰れない、というのはラットが考えた通り。
「下らん事件の顛末についてはこれで終わりだ。それで、お前らは……」
自分をどうしようと言うのか。
先程の問いを繰り返そうとした男に対し、カイルは無言のまま動いていた。
リックの腰に吊られていた剣の柄をつかみ、引き抜くと、誰一人止める間もなくその剣の腹で男の腿から膝にかけてを一撃する。べちぃんというものすごい音と男の悲鳴が続けて響いた。
カイルはその場に剣を投げ捨てると、男の襟首をつかみ上げる。
「ふざけるな。……あんたは、何一つ失っちゃいないのに」
そして男に対して治癒を使うと、彼に向かって立つよう促していた。
「ジャニスさんに会って、全て話してもらいます。あと、この子たちへの報酬もちゃんとね」
ラット達は9人になって、再びジャニスの小屋へと戻っていた。
男をつつくようにして彼を先頭に小屋へと入ってゆく冒険者たち。流石に狭いので全員は入り切らず、ベティたち4人は外で待機となったが。男とジャニスはそこで顔を合わせていた。
「……ジーンか。いつ来るんじゃないかと思っていたが、思ったより遅かったね」
ジャニスに声をかけようとし、ややためらった男――ジーンに対してジャニスの方が先にそう言う。
「気付いてたのか?」
ジーンのそんな言葉にジャニスは笑っていた。自分の探知魔術はまだ錆びついちゃいない、と。
「聞きたいことがあった。だが、どうも聞くのが怖いのと、時間が経ちすぎたせいで馬鹿らしくてね」
ジーンはそう前置くと、問いかけていた。何故あの時自分を捨てたのか、と。
「そりゃお前、あたしゃこんなんだ。元々人と付き合うのが嫌で魔術師始めたようなもんだ」
「じゃあ、なんで新しく子供を拾ってんだよ」
「いや10年ほど前から水を汲むのすらキツくなってね。あんたを残しときゃ良かったって何度も思ったもんさ」
それで、そのころ丁度村の産婆をやった時見つけた取り替え子を、要らんなら貰うってんで貰い受けたのだとジャニスは言っていた。
「黒き民の男児、勿体無いって考えがなかったと言や嘘になるが。まあそれでも10年先見据えて小間使いが欲しいって思わなかったら、あえて拾うようなもんでもなかったね」
ジーンは老婆のその物言いに、呆れたように肩をすくめていた。
「クソ婆あだな、本当に」
「ああ、あんたを拾ったときから変わらない、クソ婆あのままさ」
ジャニスはそう言って苦笑していた。
それから、洞窟へと再びザナンを迎えに行ったペンギンズは、今度は大声で呼びかけながら彼を探し、首尾よく連れ帰ることに成功する。
ベティたちも迷惑料として事前に決めていた成功報酬より多くの銀貨を手に入れ、それでよしとすることにしたらしい。
そして、ジーンは西の街へ戻り、時折ここへ様子を見に来て手伝いをする。そんなところで今回の事件は解決をみていた。
「カイル……?」
ジャニスの小屋を立ち去り際、ふと振り返るカイル。
そんな様子を見てミリィは彼の名前を呼ぶが、再び戻ってきた彼の顔にはいつもと同じぼんやりとした微笑が浮かんでいた。
「いえ……何でもありませんよ、行きましょう」




