第二十七話 冒険者同士の戦いのおはなし
「そ、それでも私の言った理屈は変わらないでしょう!」
言い返すミリィ。
所有権者でない者から受けた討伐依頼など無効であると再度彼女は言うが、ベティの方はもはや聞かない。
「はん! どうせあんたたちも依頼を受けてるんでしょ、その魔族を逃がせみたいなのを!」
ミリィは言葉に詰まってしまった。
それそのものではないが、依頼内容はそれに近い。
ベティはそれ見たことかといったように笑っていた。
「細かいことは後で考えるわ! 依頼内容がカチ合ったんなら決着をつけるだけよ!」
なかなかに厄介な脳筋少女だとラットは唸る。
こっちに負い目的なものがある状況で説得出来る相手ではないらしい。
そして、彼女に引っ張られるのに慣れているのか、他のパーティメンバーもこの期に及んでベティを止めようなどとはしてくれないようだった。
「……あっちにも神官が居るとはいえ……あまり深手を負わせるわけにゃいかねえよなあ」
使う装備に悩んで、ラットは溜め息を吐いていた。
曲刀は腰に吊るしていたが、弓にしろコイツにしろ、彼等にまともに振るえるのか、となるとどうにも自信がない。盗賊相手の時とは違うのだ。
それに対して相手はやる気だった。ベティは当たればどう考えても洒落にならないと思われるハンマーを平然と構え、剣士風であるリックの方も鉄製の剣を抜き放っていた。
本当にわかってるのかよ、と言いたくなる。そいつがまともに当たれば人が死ぬんだぜ、と。
と、そこで。ラットの斜め背後から硬い留め金を外す音が響いていた。
エイミィの手に鞘から滑り落ちる両手剣の柄が収まり、身体各所に浮かぶ魔法陣からの淡い光を曳きながら、彼女はそれを右構えに構える。
骨折した左腕はもう何ともないのだろうか。グレイの城で休む日々の中、いつの間にかラットがつけた三角巾などは取り外していたようだが。
だが、そんなエイミィの姿を眺めていたラットは、彼女から不意に名前を呼ばれて、驚いたように声をあげていた。
「ラット」
「へ?」
エイミィはいつも通り、戦いの前の変わらない笑顔で、彼を振り返る。
「ちょっとの間だけ、あの剣士の方を抑えてね」
言って、彼女は身体に纏わせた筋力強化の光を強めた。そしてほんの僅かに右手を引くと、持っていた両手剣をベティの方に向かって投げていた。
「あんたもやる気に――って、え?」
ベティはエイミィが突然とった行動に、そのそばかすのういた顔をこわばらせる。
以前にグール相手にやったような全力投擲ではない、まるでパスするかのような投げ方だが、刀身を自分に向けて落ちてくるでかい剣に対して反射的に彼女はハンマーを掲げていた。
どうという事もなく弾かれる両手剣。しかし両腕を掲げ、胴をがら空きにした姿勢のベティに、既にエイミィはその気になれば口づけさえ可能なほど詰め寄っていた。
瞬時に足を絡め、肩を押し、地面に打ち倒す。左手で頭を打たないよう守るほどの余裕をみせながら一連の動作を行ったエイミィを、ラットとリックは呆然と眺めるだけだった。
背中を強かに打って肺の中の空気を全て吐き出したベティを、更に喉を押さえて窒息させるエイミィ。
その頃になってようやく、悲鳴のような声をあげつつ彼女へと駆け寄るリックの前にラットは曲刀を突き出していた。
「おっと……行かせる訳にゃいかねえって!」
「ど、どけよっ! ベティが……!」
その気持ちはわかる。痛いほどわかるが、だからこそ。
そしてエイミィが酷い人間ではないことを知るからこそ、ラットは余裕すら持ってリックの振り下ろす剣を捌くことが出来ていた。
あの巨大なハンマーを見てわかる通り、ベティはエイミィとすら違う、常時筋力強化を使い超人的な筋力を得ている戦士だろう。彼等の最大戦力だったに違いない。
それがあっさりと無力化されたことにアリサとリートは顔面を蒼白にしながら震えていた。
そちらへと無造作にカイルは歩む。無手のまま、走りすらせず。
何をして来るかわからないその不気味さに、完全に士気を崩壊させて逃げ出すリート。そして反射的にそちらへとロッドを向け、魔術を紡ぐアリサ。
放たれた火炎の矢を防御幕で平然と防御し、カイルはすっとその場を退いていた。
「あ……!」
アリサはそこに居たミリィを愕然と見る。
既に展開された魔法陣は消えかけており、効果を発揮しつつある魔術に対魔法障壁も間に合わず、アリサは顔の前に出現した眠りの雲を吸い込んでその場に倒れた。
「決着、もうついちまったみたいだな」
リックの振るう剣を曲刀で逸らし、地面に打ち付けられたその剣先をブーツで踏んで押さえながらラットは言っていた。
そして辺りを見回し、泣きそうな顔をみせたリックはその場に膝をついて降伏する。
あっという間の戦いだった。彼等が冒険者としてどれだけのキャリアを積んでいたのかはわからないが、彼等の年齢からみても恐らくこちらと同じような初心者パーティだろう。
だとしても、それをこれだけ一方的なことに出来たのは――。
「へっへぇ。ラット、随分度胸もついてきたんじゃない?」
泡を吹いているベティのそばから立ち上がり、笑い顔をみせて来るエイミィ。
彼女のおかげである事は、やはり疑いがなかった。
「あんたも……相変わらず、無茶苦茶過ぎるぜ」
ほっと息を吐きながら、戦女神を迎えるような気持ちで、ラットはそう笑みを浮かべていた。
その後、ベティが意識を取り戻すのを待ち、8人で彼女たちの依頼者の元へと向かうラットたち。
彼等は再びその前で、微妙な顔をしながらそれを見上げる羽目となっていた。
「……ここが、そうなの?」
「そうよ……」
なんかもうぶっすりとむくれ、ろくに話しもしないベティがそれでも短くこたえる。
彼女のパーティメンバーもまあ似たようなものだった。こちらは、どちらかと言えば恐怖と落胆に沈んでいるといった感じのほうが強かったが。
これから冒険者として活動を続けられるのだろうか。ラットは少しばかりそれが心配になってしまう。
「こっちは洞窟住まい、ね」
その場所を眺めつつ言うミリィ。洞窟といっても大したものではなく、せいぜい窪み程度だろうか。
天井に大きく張り出した岩と、植物の根がところどころ突き出した土。そこに木で壁を作り外との境界を作った程度の簡易な住居だった。
使われている木材はそんなに風雨に晒されたようでもなく、作られてからそう長い時間も経っては居ないのではないかと思われる。
「ここの主の方が後で住み着いたっていうなら、事情を話せば納得してくれるかな?」
エイミィはそう言ったが、それにカイルが口を開いていた。
「どうかな。……ねえ、ベティさん。この依頼も、きみはここの魔術師個人から受けたんだよね?」
「……そうよ」
同じ言葉を繰り返すベティ。
だがこちらの言葉には、質問の意図をはかりかねるような音色が含まれていた。
カイルはそれにうなずき、そして続ける。
「……だったら。わかった上で、かもしれない」
カイルはそう言って、目にかかるほどの黒髪の奥、その瞳をわずかに細めていた。




