第二十五話 発見した少年のおはなし
「フードの下……何があるんだろうね」
コボルト洞窟へと向かいながらエイミィはそう呟く。
まあ見るなと言われたら見たくなるのが人の性だ。気になってしまうのは仕方ない。
しかし見つけ出した少年が徹底して顔を隠すような子だったら、それはそれで言われていなかったら見てしまうだろうし。依頼人からの注文なのだから素直に従うべきだろうとラットは思っていた。
「さて、着いたな」
苔むした岩の裂け目を見ながらラットは言う。
以前ここで行ったコボルト退治から……あれ、二週間経つか経たないかくらいか?
意外と時間も経っていないものだとラットは思いながら、エイミィとミリィ、カイル、3人の仲間の顔を順に眺めていた。
「何ですか? ラットさん」
妙ににやけながら全員の顔を見回すラットに、不思議そうにミリィは返す。
「いや……さ」
ラットは変にくすぐったいような気持ちで、それにこたえていた。
「結成からまだ一ヶ月くらいなんだなって思ってよ。数年は経ってるような気がしてた」
カイルもふっと笑う。
「まあ、そうだね。数年は言い過ぎだけど、もっと前から皆のことを知っているように思う」
「でも、そうかもしれませんね」
エイミィは言う。
「だってその一ヶ月、殆どこの4人は一緒に過ごしてたんだから。親兄弟を除けば一番近いんじゃない?」
確かに、そうだとラットは思った。
休養日に少し個別行動する以外だと、本当に、ずっと一緒だったのだから。
「親兄弟、か……」
ふっと、ミリィは寂しげな笑いを漏らした。その言葉がひどく軽いものであるかのように。
そしてラット同様3人の顔を順に見回し、今度は妙なニュアンスを含まない微笑を浮かべてみせる。
「よし、それじゃあまずは洞窟内の探索。それで居なければ……捜索範囲を広げましょう」
ミリィは気を取り直したようにそう言って、魔力の明かりを作り出し洞窟内へと踏み込んでゆく。
だが、そんな彼女が立ち止まったのは、入り口からそう進みもしないうちだった。
「妙ね……」
言いながら辺りを見回す。どうしたのかとラットたちが聞くと、彼女はこたえる。
「微弱な反応があった気がしたんだけど、消えてしまった。でもこれ、何かおかしい……」
言いながら何度か探知魔術を再発動するミリィ。
迷子の子を心配していたときに見せた表情は消え、今その顔に浮かんでいるのは純粋な警戒心だ。
「ラット、あなたは後ろに下がって。私とエイミィが前で、カイルは防御幕を切らさないで」
やがてそう言うミリィ。ラットはその指示を聞いて、理解していた。
相手に初撃を許すのを承知で事態を把握しようというわけか、と。
「ミリィ……ヤバそうなら一回出直すか?」
そう提案してみるも、ミリィは首を横に振る。
「いいえ。この反応がもし、その子だったら……それなら、一度顔を合わせる必要があるわ」
そうでなければ何も始まらない、と。ミリィは覚悟を決めた顔でそう言っていた。
そのままラットたちは進み、あの落とし穴があった付近まで足を進める。
以前のような、早足で巡る歩みではない。数メートルごとに探知を使うじりじりとした進み方だ。
ここまで辿り着くのにもだいぶ時間がかかったような気がしていた。実際には、まだ20分もかかっては居ないのだろうが。
ミリィは裂け目を前に、2つ目の魔力の明かりを作り出して向こう側へと飛ばしていた。
と、その瞬間彼女は目を見開く。8歳ほどの少年の姿を裂け目の向こうに認めたのだ。
「ザナン君?」
暗がりへと退こうとしていた少年に、ジャニスから教えられた名で呼びかけるエイミィ。彼は一瞬それに立ち止まりかけるが、しかし駆けていってしまう。
「……んもう、帰りたくないのかな?」
エイミィはそう言っていた。
ジャニスの家近くのコボルト洞窟にもし彼が隠れているのなら……、最初から予想されてはいたことだ。その場合、彼自身に帰る意思がないのだと。
「でも、事情がそれだけとも思えませんね……」
ミリィはそう言って、魔力の明かりが彼を初めて照らし出したときに自身が見たものを振り返っていた。
――金色の眼、と呟いて。
「反応が妙だった理由もこれで分かりましたね。パッシブ式の魔力探知と、探知妨害。対魔術迷彩などと言って良い精度のものかは微妙ですが」
ミリィは言う。
彼女は初級魔術師、初心者冒険者であるのは確かなのだが、その探知魔術や補助魔法の使い方については中の上くらいと言えるのではないか、という感覚を自分自身抱いている。
それがこうまで妨害を受けるというのは認めがたいものがあった。それも、あんな小さい子相手に。
ありうるとしたら、可能性は一つ。
だがその場合どうしたらいいのだろう。ミリィは未だに決めかねていた。
「反応の方はどうなんだ?」
パーティの後列からラットは問う。ミリィは再び探知魔術を使用し、溜息を吐く。
「駄目ね、妨害を解いてくれない。……これは、一旦戻った方がいいんでしょうかね」
魔力残量にも不安を感じ始めてきたのだろう。ミリィはそう言っていた。
ところで魔力残量というやつは、感覚として自分でわかる。
ラットも着火の魔術を成功させて魔力を動かす感覚を覚えてからは、これが残りの魔力なんじゃないか、的なものを下腹に感じることが出来ていた。渦のような小さなものだ。
着火一発程度では、それが減るのを感じることは出来なかったため、魔力が尽きかけているというのを実感としてわかるのはまだ先だろうと思えるが、そういった感じだった。
「だな。とりあえず顔見せは終わったんだ。一応……手紙でも残して、一旦帰るか?」
若干緊張を解きながらそう言うラット。
だが、その瞬間ミリィは叫んでいた。
「ラット! 伏せて!」
自身の探知に微弱な反応を感じ、ミリィはそちらを振り返っていた。
コボルトの掘った連絡路らしき小さな穴から顔を出すザナン。彼は両手をこちらに向け、その手には既に魔法陣が浮かんでいた。
魔法陣の種別を即座に判別し、ミリィの顔から血の気が引く。
まさかそんなものを使うのか、と。そしてまず飛び出した言葉が先のものだった。
偏光の魔術により逸らされた誘導用レーザーが自分の左脇を抜けてゆくのを感じる。
ミリィはそちら側に咄嗟に対魔法障壁を構えた。やや遅れてエイミィも障壁を展開する。
そして、カイルが飛び退りながら防御幕を展開するのとほぼ同時、ザナンの手から雷撃が放たれる。
「あ……の、黒魔術師ッ!」
脇を抜ける雷撃の余波を障壁で逸らし、辺りに漂う濃いオゾン臭を嗅ぎながら、ミリィは毒づく。
まさか、雷撃など教えていただなんて、と。
「雷撃って初級魔術じゃなかったのかよ!」
ラットも逃げながらそう言っていた。最初は炎、氷、雷の初級魔法を学院では習うって。
「確かに教えられるけど、使えないのよ! 普通、なりたての魔術師なんかには!」
悲鳴じみた声でそう言うミリィ。
攻撃魔法の基本として一応三属性あることを教えられはするが、雷だけは総じて使用コストがバカ高い。よって普通は教えられても使えない。
教える側もそれを前提として、数ランク高い魔術であるそれを教えているものだ。
「でも……そりゃ使えるでしょう、男の魔族だったら!」
ミリィの言葉を聞き、ラット達は思い出していた。
ザナンが魔術を放つ時に見えた、その黒い肌と白銀の髪、そして額から伸びる一本の角を。




