第二十三話 忍者のおはなし
それから、ミリィの提案に従ってペンギンズは領主館のある街へと引き返していた。
冒険者ギルドで依頼達成報告を済ませ、報酬を貰い、再び領主館を訪れてカエデを訪ねる。
「……また、あなた方ですか」
短期間のうちに三度の訪問。流石にカエデも驚いたような顔をみせている。
ミリィはそんな彼女に対して、こう切り出していた。
「どうしても、困ったことが出来てしまったので」
エドについての一切を聞き、考え込むカエデ。そして彼女は口を開く。
「……全く、あなた方は。どうして単純な頼み事というやつが出来ないのでしょうかね」
このあいだ街で起こった凄惨な殺人事件。
それの犯人が対処して欲しい相手であり、しかもそれはマリウス領の三男だと。
だとするとそれはカエデが本来しなければならないことだった。頼まれるべきことですら無い。
「では、これから数日この城に泊まりなさい。依頼達成の後は、あなた方は最低一日の休養を取るのでしょう? それが少し伸びると思えば良い」
カエデにそんな事を言われ、ラットたちは自分たちはそんなことまで彼女に話したろうかと、そう首を捻っていた。
そして、深夜――。
音もなく城のバルコニーへと降り立ったエドは、透明化を再発動し慎重に城内を進む。
魔力の痕跡が残るのは仕方がないにしても、それ以外の通常の捜査であれば決して露見しないよう、ごく僅かにかけた浮遊の魔術で靴跡すらも残さずにして。
昼間に行った思考探知により、ラットたちの居る部屋は知れていた。
最短でそこへとたどり着き、あの剣士のみを連れ去る。
薄笑いを浮かべながらその尖塔へと至る渡り廊下に着いた時、女の声は響いていた。
「やはり、来ましたね」
いつからそこに居たのか。それは黒覆面で顔の下半分を覆ったカエデだ。
それ以外は普段の姿と変わりない。腰に差したやや柄の長い、反りの浅い刀もそのまま。
エドが返答せずに居ると彼の姿を隠す透明化がノイズと共に解かれる。特にカエデが魔術を使った様子も見えなかったため、他に兵を隠しているのかとエドは周囲を見回していた。
「べつに、他に伏せた者が居るわけではありませんよ。これだけの城と都市、対魔結界の一つも備えていないと思いましたか? 平時はただ、使っていないだけ……そういうものです」
なるほど、とエドはうなずく。自分の生家、マリウス家の領主館にも確かあったはずだ。
そんなものを自分一人のためだけに使うというのは大仰に過ぎるが、と笑う。
「だが何故、私が来ると?」
エドはそう問いかけていた。いくらなんでも、まさに今自分がやっている事だとはいえ、領主館に忍び込んでひと一人を拐おうなどというのは正気のこととは思えない。
だがカエデはこともなげに返す。
「あの子たちが私のところまで辿り着いた時点で、ね。話の通りなら、あなたは当然それを知っていたでしょうし、その前に何かを仕掛けることは容易だった筈」
しかし何もなかった、ならば。それこそがしたい事だったというわけだ。
あなたはまるで子供のような、自己顕示欲の塊。安心したところでこそ来ると思っていた。
そう言われ、エドはひどく嬉しそうに笑う。
「さて。マリウス家から、非公式にではありますが捕縛要請も来ております。実家のどこか地下の一室にでも、死ぬまで幽閉される立場に戻るお気持ちはございましょうか」
エドはカエデの言葉を鼻で笑っていた。
「おやおや。其処を出てから、私も色んな事をして来たと思ったがね。結局扱いは変わらないのかい、貴族相手だと法も甘いものだな……」
彼の妹――貴族の子女を殺したとなれば、まさかお咎め無しでは済まないが。
それは大体、何処かに押し込めてそんな人間は居なかったことにする程度のものだった。裁かれるというのとは程遠い。
「あなたが……そういったことに罪の意識を感じるというのなら、この場で自ら命を断つこと、あえて止めるものではありませんが」
「馬鹿な」
カエデの言葉にエドは即答していた。考える価値すらないと切り捨てる。
そのエドの態度に対して、カエデは溜息を吐いていた。
「そうでしたね。こちらの国には、腹を切るという文化はなかった」
そう言って腰に差した奇妙なショートソード――忍者刀の鯉口を切る。
「しかし、それならば……私の国、東の果ての蛮族には……詰腹を切らせるという言葉があることをお教えしましょう」
刀身に魔法陣を浮かばせながらカエデは刀を抜く。
対魔結界を切ったのか、と見たエドも片手に無影剣を抜き、軽量化の魔術を己に使用する。
動き方と気配からして、恐らくこの女は自分と同じようなものだとエドは考えた。それも、実体剣を持つのであれば魔法剣士寄りの。
それならば勝てると思う。表芸に近い魔法剣士が、こんなロケーションで魔導暗殺者に勝てるものかと。
片手の無影剣を即座に投擲。そして魔術により空気を固めて即席の足場を作ると、それを駆け上がって頭上を取る。
相手が剣に掛けた魔術は光波の亜種、電撃刃だろう。接触することで相手を感電させ、麻痺させるものだが、この期に及んで未だ自分を捕縛しようとは。
だが、エドは空中へと駆け上がりつつ、渡り廊下の左右に並べられた柱の影に何か光るものを感じて反射的に身体を伏せていた。一瞬後、そこから吹き上がる火柱にマントを焙られ、驚愕しながら地面へと飛び降りる。
なんだ、あれは――と。魔力探知を使うエド。すると周囲に幾つもの設置型魔術が既に用意されていることに、今更になって気づく。
カエデの左手が何かを撒いていた。懐から取り出したそれは宝石を埋め込んだ札状のもの。
対魔法障壁を展開しながらそれに近寄ったエドは、その札がこちらの魔力に反応して火柱を吹き上げるものであることをようやく理解していた。
――トラップ型? 魔法剣士では、無いのか。
「私の城、私の街で良くもはしゃいでくれた」
続いて苦無を投擲しつつ、カエデは言う。至近に突き刺さったそれの柄後端に魔法陣が展開するのを、エドは横目で見つつ身体を前転させる。
次々と炸裂する苦無。衝撃波と炎に撫でられながら、エドは何も出来ないままに渡り廊下から後退してゆく。
だが、口を動かすのは忘れなかった。
「不遜だな! たかが雇われ隠密ごときが!」
しかし城内へと飛び込もうとした彼の身体が何か糸状のものによって阻まれる。
既に設置されていた蜘蛛糸が、弾力を以て彼の身体を押し返す。
返された彼を迎える符と苦無。しかしエドは散弾針の魔術でそれを破壊していた。
だが破壊するうちにも次々とそれは設置されてゆく。そして彼の退路を断ってゆく。
最終的に、待ち構えるカエデへと突っ込むルートしかもはや残されていないことに気付いたエドは、表情を歪めながらも無影剣を構えて突進を行っていた。
それをカエデは涼しい顔で迎える。忍者刀を構えて。電撃刃を纏わせたそれで無影剣をあっさりと受けると、リーチを使って自分の剣の先端をそっとエドへと触れさせる。
それで、終わりだった。一瞬跳ねたエドは呼吸すらもあやしく、その場へと崩れ落ちる。
「……ええ、私の城です。私が居る場所ならば、どこでも」
既に聞いていないだろうエドに、カエデはそう言い捨てていた。




