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第二十二話 敗北のおはなし

「ああ……悪いなラット、今はエディンって名前で通してる。ミドルネームの方でね。エドって呼んでくれても構わないが」

 アイザック・E=マリウスはおどけたように言っていた。

「……どういう、つもりなんだよ」

 それを全く取り合わず、ラットは言う。

 こんな場所で、こんなタイミングで出会うのが偶然なわけはない。

 尾けて来ていたのだ。いつからかはわからないが、下手をすれば依頼を受ける以前から。


「助けてやってそんな事を言われるのは心外だな……」

 アイザック――いや、今はエドか。彼はそう言って巨人の延髄をちらりと見る。

 そこには焼き切ったような傷があった。

 光波ムーンライトが魔法剣士の代名詞であるとするなら、魔導暗殺者の代名詞、無影剣ガンマブレイド。それ特有の傷跡だ。


「それだけじゃねえよ!」

 声を荒げるラットに、エドは肩をすくめてみせる。

「じゃあ、あの街でのことかな。それともそれ以前のことか。どうも心当たりが多すぎて困るな」

「以前のことはどうでもいい。結果俺があんたに二度と会いたくないと思った、それだけだ」

 街での、あの無意味で悪趣味なやり方から話せと、ラットは彼を睨みつける。


「ああ。彼女はだいぶ私に懐いてくれていたんだけどね、今から考えると勿体無いことをしたな」

 本気でそう思っているかのように、空を見上げ言うエド。

 だが、すぐにラットに視線を戻すと、へらっと笑ってみせる。

「しかしお前の姿を見たら、つい脅かしてやりたくなってね」

「……そんな、ことで?」

 思わず口に出しながら、馬鹿げたことだと、ラットは自分で自分の言葉を断じていた。

 そう。そんなことで人を殺し玩具にしてみせるのが、目の前に居る男だった筈だ。

 実際そう問われてこのクソ野郎は笑っていた。お前にだけは一発で私の仕業だとわかったろう、と。


「その後、付いてきたのも同じ理由かよ」

 ラットの言葉にエドは首を横に振っていた。

「いいや、こちらは完全に善意だよ。お前が……随分慌てて街を出ようとしているのがわかったんでね。これはまた、つまらないヘマをしでかすんじゃないかと思って」

 思った通りだったろうと言うようにエドは両手を広げる。

 丘巨人の死体と、未だ倒れたまま動かないラットの仲間たちを示してみせる。

 ラットは思わず舌打ちをしていた。そうだ、全て自分のミスだ。


「だが……良い仲間に拾われたみたいだな、ラット。私が手を貸さずとも、お前たちは討伐に成功していた。まあ、そこに居る彼女一人の犠牲は出ただろうけども」

 そう示されて、ラットは彼という明らかな敵の前だということも構わずエイミィに駆け寄っていた。

 息を確認し、左腕の状態を見て、安堵の息を漏らしていた。

 自然治癒が可能な損傷であればカイルの治癒で治る。それ以上となるともっと高位の神官にたのまなければいけないが。これは前者であると思えた。


 エイミィが死なずに済んだことだけは、このクソ野郎に感謝しなければいけないわけか。そんな事を思いながらエドを振り返るが、彼の浮かべている笑みを見て背筋が凍る。

「おや、そうか。もしや……その子こそ、お前が決して死なせたくないと思っている相手だったのかな? 駄目じゃないかラット、それならもっと命がけで守らなければ」


 深い喜悦を滲ませたその言葉を聞きながら、ラットは腰の後ろに差したダガーに手を伸ばす。

 だが、それを見透かしたようにエドは続けていた。

「やめておけよラット」

 ダガーの柄に触れかけていた指先が止まる。

「お前には出来ない。……ああ、私を殺せないって意味じゃない。だけどお前には出来ないだろう? ここでお前がどうにかなってしまったら、転がっているお前の仲間たちを誰が世話してやるんだ」

 だから、お前には出来ないのだと、エドは言っていた。


 ――畜生、と。ラットは心中で吐き捨てていた。

 この場でこいつを何としてでも仕留めておかなければ。後でもっとどうしようもない場面でこいつが動くとわかっているのに。わかっていながら、こいつの言う通りに何も出来ない。


 ラットはエイミィの頭を抱えながら、エドの姿を睨み続けた。

 そしてエドの方は、自分の姿を殊更に見せびらかすように歩いて彼から遠ざかり、そしてふっと消えていた。


 本当にやつは去ったのか、それすらも断言出来ない。だがそれでも、今はやるべきことがある。

 ラットは装備袋を漁って応急処置キットを取り出すと、エイミィの籠手を慎重に外して骨折を保定し、ナイフで裂いた布切れを使ってそれを肩から吊る。

 その最中目を覚ましたエイミィは、呻きながらもラットを見、そして笑っていた。

「いやあ、やられちゃった。ごめんねえ、ラット」

「……なんであんたが謝るんだよ」

 ラットは苦々しくエイミィを見下ろす。ミスったのは自分なのに、ミリィすら不安そうだったのを推したのは俺なのに、と。

 だが、エイミィは彼を責めない。

 とんでもないねえジャイアント、などと言いながら彼につかまり、立ち上がっていた。


 その頃になるとカイルとミリィも起き上がろうとしている。

 自分達の上に積もった土を必死に取り除き、口の中に入った土を唾と共に吐きながら、四つん這いになったカイルの背中に手をついてミリィの方が先に立ち上がる。

「丘巨人……倒せたんですか?」

 未だふらつきながら寄ってくるミリィに、ラットは何も言うことが出来ない。

 ミリィはそんなラットを怪訝そうに見ていたが、やがて自ら丘巨人の死体を確認に行き、とどめを刺したのがこの場に居ない人間だということに気付いていた。


「……ラットさん、誰か、ここに居たんですか?」

 そう問われてはこれ以上沈黙することも出来ない。

 ラットはひどく気が進まない様子で、先程起こったことを語り始めていた。


 全てを聞いて、ミリィは唸っている。

 その間にカイルによってエイミィの腕は治療されていたが、未だ吊られた腕はそのままだった。

 彼の使える神聖魔法による治癒は自然治癒力を促進するだけなので、骨折がそんなにすぐには治ってはくれない。

「すまねえ……全部、俺のせいだよな……」

 ラットはそう言っていた。


 あの恐ろしい殺人が起こったのも、依頼選びに焦ってこんな化物と戦う羽目になったのも、エイミィが死にかけたのも、そしてエドの影にこの先怯えなければならないのも、全て。

 だが、ミリィは何を言っているのかというように首を傾げていた。

「ラットさんのせい?」

 実際そう問い返してくるミリィに、ラットは先に思い浮かべたもの全てを挙げる。

 だが、それを聞いたミリィは盛大に溜息を漏らしていた。

「あのですねえ……まあ、確かにそのいかれた殺人鬼がラットさんの知り合いだっていうのは驚きましたけど、変な知り合いの一人や二人、居ないに越したことはないけど出来ちゃうのは仕方ないでしょう」

 ミリィがそんな事を言うとは思わなかったラットは、呆気に取られたように彼女を見る。

 そして、とミリィは続けていた。


「それ以外のことについてですけど……ラットさん、あなた自分を何だと思ってるんです?」

「何、って……」

 訊かれてラットはうろたえる。どう答えていいのかわからない。

「パーティの、何だと思います?」

 問い方を変えたミリィにラットは、考えながら答えを返していた。

「ええと……盗賊?」


「ラットさんが盗賊らしいことした時って、何かありましたっけ?」

 ミリィはエイミィに向かってそんなことを言う。

「そういえば、ピッキングすらまだ見たことないよね」

 エイミィもそんなことを返していた。


 それを受けて、ミリィは言う。

「分かりました? ラットさんはパーティの"荷物持ち"です。前にも言った気がしますけど」

 それを聞いて、ラットは一気に力が抜けてしまった。

「確かにいつもの、私達が提案してラットさんが不安がる展開とは逆ですけど、それを言ったら一個前のオークからそうですよ。そして私達も流石に完全に無理だと思えば首を縦には振らない」


 だから、自分かエイミィの責任であることはあっても、少なくともラットの責任ではない。

 ミリィはそう言って、どうということもなく笑っていた。

 いつの間にか彼女は、そんな顔が出来るようになっていた。

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