第二十一話 丘巨人退治のおはなし
街を出て目的の場所へと向かう。
街道は途中の村などにも立ち寄りやすく引かれているため、ある程度曲がりくねっていたが、それでも直線で進むよりは街道沿いに進んだ方が楽だろうということで、ラット達は踏み固められた土の道を歩んでいた。
「巨人っていうくらいだから、やっぱり大きいのよね?」
エイミィはそんな事を言っていた。ラットはそれにうなずいて返す。
「ああ……そうだな、エイミィのおよそ2倍ってとこか?」
そう言うと、彼女は大体その辺りといった高さを見上げて、うわあと呟いていた。
「相当にタフだから、一撃で沈んでくれるかどうかわからないけど……」
ミリィはそう言って自身のロッドを眺める。
「どっちみち、最初から全力をぶつけるのは変わらないわね」
その表情にはやや恐れがあった。しかし戦意を失うことはない。
彼女もまた初心者冒険者の顔ではなく、多くの戦いをこなした歴戦の顔を見せるようになっていた。
そんな中で、やや俯きながら不安そうな顔をしているのはカイルだ。
「……先に言っておくけど、それだけの体格から繰り出される攻撃……パンチだとか、棍棒だとか、或いは何かを投げつけて来るとか。防御幕では防ぎきれないかもしれないよ」
そんな言葉に、ラット達は再びその表情を引き締めていた。
一撃も喰らってはならない。相手が動き出す前に出来れば片をつける。そういうことだ。
やがて目的の位置へと近づき、街道を外れ、ラット達は丘巨人が目撃されたという小高い丘の方向へと進んでゆく。
まばらな木が立ち並ぶその場所で、巨大な敵の姿に気づくのは、やはり容易だった。
ラットたちは気づかれないよう丘巨人へと近づき、その背後に回り込む。ある程度の距離を保ちながら監視を続け、それがぼんやりと座り込んでいるうちに攻撃準備を整える。
「どこかを襲ったわけでもなく、ここでぼーっとしてるだけなら、何だか悪い気がするね」
エイミィはそう言っていた。だが、もし暴れ出せばもはや手がつけられない。
そして、奴の肉体を維持するために必要な食事量を考えれば、それはそう遠いことでもないだろう。
「それじゃあ……これ一発で決着が付くよう、祈っていて」
ミリィは現状、自身の出来る最強の攻撃である補助式を使った氷の槍を使うべく、ロッドを構える。
ロッドの前に魔法陣が展開し、上下二段の魔力弓――魔法の弩砲が完成する。続いて氷の槍が装填され、射撃準備は整っていた。
魔術は基本的に無音だ。発射の際に衝撃波や、その他炸裂音を響かせることなどはあるが、その発動に関しては音を立てない。よって魔力探知などをかけられなければ察知されることはなかった。
だから、発射の瞬間、丘巨人が僅かに前方に身体を傾けたのは偶然だったのだろう。
背骨越しにあわよくば肺と心臓を破砕するべく放たれた氷の槍は、やや上へとずれて左肩甲骨の上部へと浅く命中する。
丘巨人は苦痛の叫びを上げ、何事か巨人語で喚きながら背後を振り返っていた。
「仕留めそこねた……!?」
ラットが愕然と呟く。振り返る丘巨人へと第二射を放つミリィだが、その槍は巨人が咄嗟に翳した左腕によって阻まれる。
まずい、ひどくまずい。与えたダメージは致命傷にはほど遠いものだ。左腕の動きは鈍り、巨人に耐え難い苦痛をもたらすだろうが、そこまででしかない。
そして巨人は近場にあった立木を引っこ抜き、根に土塊が纏い付き、連結された巨大なハンマーのように見えるそれを、無防備に片膝をついて屈むミリィへと投げつけてきたのだった。
「ひっ……!」
短く息を飲み、そのまま凍り付くミリィ。
あんなものが炸裂したのでは偏光の魔術も役には立たない。動けないでいるミリィに、カイルは防御幕を用いながら飛びつき、彼女の頭を抱えて守りながらごろごろと地面を転がっていた。
地面にぶち当たり、盛大に土を巻き上げる立木。乾いてもいない生のままの木が、硬い木の皮をぶちまけながらくの字に折れ曲がってバウンドし、空中でくるくると回る。
ラットはそれを大口を開けて見ているしかなかった。
たかが人の二倍の大きさ。そう思っていた自分がどれだけ間抜けだったか、今の一撃だけでそれを思い知らされていた。
飛散する土塊を浴び、転がったまま動かないカイルとミリィ。
それに一瞥を飛ばして、エイミィは立ち上がっていた。背中の両手剣を抜き、その身体各所に魔法陣が浮かび上がる。
そして巨人の注意を引くため咆哮のような雄叫びをあげると、彼女は突撃を開始していた。
無茶だ。ラットはそう思ったが、それしか無いという事も理解している。
ここからカイル達二人を連れて逃走するのは、それはそれで現実的ではない。
ならば、とラットは弓を構える。この状況で出来ることは唯一つ、エイミィの援護。
そして矢を撃ち込んで意味のある部位は、丘巨人の目しか無い。
狙いすました一撃はしかし外れた。巨人と言えど目などそうそう狙えるものではない。頬に突き刺さったことで若干気は逸らしただろうが、それだけだ。
巨人の振り下ろす拳と、エイミィが交差していた。
寸前で跳び、倒れ込みながらの無理な姿勢でそれでも剣を振るうエイミィ。巨人の右手に125センチのブレードは深く食い込み、その手首をほぼ切断する。
だが、彼女自身も強かに背中を地面に打ち付け、咳き込んでいた。
跳ね起きるエイミィ。巨人は既に左腕を振りかぶっている。背中の痛みにその動きはだいぶ鈍かったが、エイミィの側も呼吸を乱し、素早い動きは不可能となっていた。
「ああぁっ!!」
残り少ない息を遣って気合の声を発し、彼女は左に構えた両手剣で巨人の拳をその場で迎え撃つ。
左拳による猛烈なパンチを右に向かって切り抜けようという考えだ。
だが、正面から拳と衝突した両手剣は前腕部をほぼ両断して止まり、抜けてくれない。そして突き出される腕に押されながらエイミィの手を離れてしまう。
彼女は、直撃したわけではないのだろうが、回るように地面に倒れて動かなくなっていた。
「……嘘……だろ」
ラットは呆然とそう呟く。エイミィが負けることなど考えられなかった。これまでどんな状況でも、彼女は笑いながら打ち破って来たというのに。
倒れたエイミィを見るラットの目に、関節の可動域を越え、曲がってはいけない方へと曲がってしまっている彼女の左腕が映っていた。
途端、悲しみか、怒りか、自分でもわからない衝動に押され、ラットは曲刀を抜く。
「来いよてめえ……」
呟きながら足を踏み出す。しかし、そんな彼に丘巨人は気づきもしない。
両腕から滝のように血を流し、自らの死がもはや避けられぬことを悟りながらも、最期の道連れとばかりにエイミィにとどめを刺すべく近寄ろうとしていた。
やめろ、こっちだ。叫びながら駆け寄る。だが、間に合わない。遠すぎる。
そしてラットの目前で丘巨人はエイミィを踏み潰すべく足をあげようとして。
そのまま、後方へと倒れていった。
何が起きたのか。単に、失血によって巨人は力尽きたのか。
だが、呆然と立ち尽くすラットの前に、決してもう見たくないと思っていた男が、すっとその姿を現していた。
「やあ、久しぶりじゃないか……ラット」
「……アイザック……」




