第二十話 望まぬ再会のおはなし
領主館が存在する街へと向かい、そこの冒険者ギルドで依頼の達成報告を済ませる。
依頼を受けた街との確認が済むまでしばらく掛かると言われたペンギンズは、ミレットを伴ってグレイの領主館を訪れていた。
カエデはやはり執政を兼ねているのか、そこに居た。
「人が良いことだ……」
一通り話を聞き終わって、彼女はそう呆れたように言う。
助けたまではわかるが、本来行くはずだった場所まで送るなどということを頼むためにここをたよって来るとは。街のガードなりに頼むだけで事足りたことではないか、と。そういったわけだ。
「まあ、な。でも、助けたからには最後まで面倒見ないと寝覚めが悪いだろ?」
ラットは言う。
そして、本当に彼女の所領まで付いていくわけにはいかないが、カエデに頼むのならば万が一ということもないだろうと、彼は続けていた。
「……数日前に会った人間ですよ」
カエデはそう言って笑うが、気を悪くしたようではない。
まあいいと、彼女はミレットの身柄を送り届けることを了承していた。
「ジーニス伯と本当に面識があったなんて……」
これまで半信半疑であったと告白するように、ミレットは言う。そしてあらためて4人に向かい合うと、その手をひとりひとり取って礼を述べていた。
「うちへ……近場へでも来ることがあったなら、是非寄って下さい。たいしたことは出来ませんが、必ずやお礼を」
そう言うミレットに、ミリィは笑いかける。
「はい。近くまで行きましたら、必ず。……同じミリィですしね?」
そう言われた彼女は、ようやく自然な笑いを浮かべ、うなずいていた。
「確かに。……そうですね」と。
「引き受けた以上、本当に何かあったら面目が立たない。私直属の部下を使いましょう」
カエデはそれを見送って、言っていた。更に続ける。
「あと、これで借りを使われたなどと言ったらあの御方も困ると思います。……今回の件についてはそう考えなさい」
そして退出を許す。ラット達は領主館を立ち去り、確認が済んだ冒険者ギルドで報酬を受け取り、普段使っている冒険者の宿とは少しだけ内装の違う宿へと入ってくつろいでいた。
「休養日は、どうしましょうかね。この街で過ごします?」
ミリィが言う。普段の宿へと戻らなければいけない理由も特になかったので、ラット達はそれでいいと彼女に返していた。
「領主館、っつーか城か? やっぱあれがあると、街も栄えて見えるな」
窓から大通りの風景を眺めつつ、ラットは言う。
実際普段逗留している街より、この街は3割ほど規模自体が大きかった。
周辺に存在する村や鉱山も多く、そこから入ってくる物資が市も賑わしていた。
「……ん?」
と、何かに気づいたように身を乗り出すラット。
彼はそのまま窓にかじりつき、自分が先程見たような気がするものを探す。
「どうしたの、ラット」
エイミィが彼の背中から窓を覗き込むが、当然そこにあるのは特にどうということもない人の流れと、並ぶ露店だけだ。ラットが見ているものも同じだった。
「ん……いや、ちょっとな。知り合いの姿を見たような気がするんだよ」
ラットはそう言って、椅子へと戻っていた。
そして、ラットの前に上体を乗り出したまま窓の外の露店を眺め続けているエイミィに、少し居心地が悪そうにして身を仰け反らせる。
「エイミィ、ラットが顔を赤くしているよ」
くす、と笑いながらそう言うカイル。以前の仕返しかよ、とぼやくラット。
そしてエイミィは姿勢はそのまま、良くわかっていないようにカイルとラットを交互に見る。
穏やかな時間だった。
だが、ラットは先程見たような気がしたものを、どうしても忘れられないでいた。
黒いフード付きマントが印象的な、痩せた青年。
――まさか、な。そうラットは思考を振り払う。彼がこんな場所に居るはずがない。
マリウス領を出たにせよ、こっちじゃなく他の方角へ向かう筈だと。
ジーニス領は国境線にしてどんづまりだ。
東の山脈を越えた先は他国。南には大穴。そして王都へは西の山脈が塞いでいる。
こんな場所へ逃げてきたとして、先にゆくべき場所はない。
だからありえないのだと、ラットはそう考えていた。
そして、翌日の朝。ラットは昨日の昼に自分が考えたことを振り返り、盛大に後悔していた。
朝早くに響いた悲鳴。それに叩き起こされて宿から飛び出したペンギンズは、駆け寄る衛兵たちと徐々に集まりつつある人だかりを何事かと眺めている。
細い路地へと踏み込んでゆく衛兵たち。路地の出口を囲んで出来る人だかり。
そこに何とか割って入り、路地を眺めると、そこには。
屋根と屋根との隙間から差し込む光に照らされた、死体が吊るされていた。
身体は原型を留めていない。まるでこの間見たオークのようなやり口でばらばらに。
しかしその飾り付けはそれ以上に悪趣味だった。建物と建物を繋ぐように、まるでモールのようにぶら下げられる内臓と臓器。小さな手足と骨、肉片と血。
そして少女の顔だけが冗談のように綺麗なまま空中へと浮いていた。細い糸で数箇所から吊るされて。
美しい顔をした少女だった。けれどその顔には見覚えがなかった。それだけが、救いか。
「……野郎。…………アイザック=マリウス」
やはり見間違いではなかったのだと、何故あの時あれを自分は追わなかったのかと悔いながら、ラットはその名を食いしばった歯の間から口に出していた。
その後、犯人がわかるような痕跡は何も出なかったらしい。
別に衛兵がそう話してくれたわけではなかったが、すぐに捕り物が行われる様子がないこと辺りから察することができた。
街は封鎖されていない。平民が一人殺された程度ではそこまで大掛かりなことはしない。
だが、殺し方が殺し方なので街の住民には注意が促され、当分の間夕刻以降にひとりで出歩くような真似はしないこと、家族の所在を常に確かめることが衛兵によって告げられて回った。
街とは言っても日が落ちてからの明かりなどは道に等間隔に置かれた篝火と、衛兵が持つ松明くらいしか存在せず、夜は非常に暗いのだ。
ラットはすぐにでもこの街を出たかったが、そんな逃げるような真似をしても怪しまれるだろう。
少なくともなにか依頼を受けてから出立したい。それならば、冒険者として一応の体裁は整うというものだろう。
だが、どうにも手頃な依頼がなかった。ゴブリン退治も、どれも報酬額の割にだいぶ遠い。
「街を出たいだけならそれでもいいんじゃない?」
そうエイミィは言ったが、それで、馬車代で稼ぎの三分の一が消えるようなものを受けるのもどうかと思った。
と、依頼の掲示板を睨み続けていたラットの目に一枚の依頼書が飛び込んできた。
「……ヒル・ジャイアント1体の討伐か……」
「ジャイアント? ……少し、危険ではないの」
ミリィはそう言う。ラットもそれは確かにそう思った、だが。
「丘巨人なら3メーターちょいの筈だ、そんなにデカくはない。そしてたった1体なら、一気に仕掛けて仕留められると思うぜ」
何より、それが目撃された地点というのが、この街と元々居た街とを結ぶ直線からそんなに離れてはいないというのが好都合だった。これなら、依頼を達成後もとの街へと戻れる。
ミリィはしばらくその依頼書を眺めていたが、やがてうなずいていた。
「そう、ね……何とか早くこの街を離れたいっていうのはわかるし、依頼自体の条件も悪くはないと思う。エイミィとカイルから何も異論が出ないなら……これで行きましょう」




