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第二話 酒場のおはなし

「何よそれ、村では銀貨が手に入らないって、そんなの聞いてないし」

 口をとがらせるエイミィ。

 何とか閉門前に街へと戻ってきたラット達は、冒険者の宿へと腰を落ち着けていた。

 城塞都市の門は夜には閉まってしまう。主に安全上の理由だ。村への往路はそんなに遅くならなければ時刻を気にする必要がなかったが、街への帰りだけはこれに間に合うよう、急がねばならなかった。


「んー……まっ、これまでは気にする必要もなかったろうからな」

 ラットは皿に乗せられた腸詰めの一本を齧りながらそう言う。

 その前に頭を過ぎった言葉は"考えりゃわかんだろ"とか"お前それでも領主の娘かよ"とかだったが、その手の言葉がエイミィに対して禁句であることは、この二週間でよーく分かっていた。


「じゃあ、そろそろ報酬の分配を始めましょうか」

 ミリィはそう言って、テーブルの上に村長から貰った銀貨袋をのせていた。

 中身は銀貨300枚、4人で分配すると75枚となる。

 そこに村長から貰った松明3本。これは分けられないが、まあパーティの共有財産として扱うことで話が纏まっていた。持つのは荷物持ちであるラットとカイルだ。


「それと、カイルがゴブリン達から集めてた小銭類ね」

 エイミィは笑顔で言ったが、カイルはしばし、自分の金袋を開けるのをしぶるような素振りをみせた。

 しかしエイミィがその表情を怪訝そうなものに変えると、仕方ないとばかりに中身を出す。


「銀貨が32枚、宝石がアメシストの欠片と、小さなルビー。……これだけだよ」

 だがカイルは、ミリィがそれを300枚の報酬と混ぜようとすると、再び口を開く。

「今回の冒険で僕が使ったのは防御幕プロテクションが2回と治癒ヒールが1回。これは別枠でもらえないかな?」

「パーティ内の治癒にお金を取るの!?」

 驚いたように言うエイミィ。しかしカイルは引き下がらず、続けた。

「そりゃあ……そうだよ。神聖魔法は僕の力じゃなく神の力だからね。ちゃんとそのお金は、教会に寄付しておく」


「本当に教会かあ? 寄付する先は娼館だったりしないだろうな」

 にやつきながら言うラットに、そんなことはしないよ、とカイルは返していた。

 本当はラットにも分かっている。神聖魔法はその使用許可を定期的な寄付によって教会から買っているものだ。だから冒険者神官というやつはランニングコストが重い。

 カイルは本当に、稼ぎの半分ほどくらいは教会へ渡しているのだろう。だが、どうにもこの少年はこうしてからかいたくなってしまうところがあった。


「ま、いいでしょう。カイルには世話になってるものね」

 ちょっぴり不満顔なエイミィに代わって、ミリィはカイルの出した銀貨と宝石をそのままカイルへと押して戻す。更に報酬の正当な分配金、75枚を全員へと配っていた。

 カイルは、そんなミリィの顔をやや頬を赤らめながらぼんやり見ている。

 だがラットがにやついた顔でそれを眺めていることに気づくと、果実水を飲んで立ち上がった。


「じゃあ、僕はもう寝るから。……明日は自由だったよね?」

「おう、おつかれさんっと」

 言ってラットは二階へ向かってゆくカイルを見送っていた。

 こうした冒険者の宿は一階がそれなりにちゃんとした食事も提供する酒場であり、二階以上が宿泊施設となっている。

 冒険者しか泊まれないわけではない旅人向けの宿ではあったが、冒険者ギルドのある街に置かれている冒険者の宿は、冒険者ライセンスがあるなら若干の割引サービスが存在した。

 よってその客は殆どが冒険者である。普通の旅人は空きがあるならギルドと提携していない普通の宿を先に選ぶというのが、まあ慣例的な感じになっていた。


「お? なんだぁこのテーブルは、ガキばっかかよ」

 と、ずかずかと店の中へと入ってきた冒険者の一団が、ほぼ満席となっている店の中を見回したのち、ラット達のテーブルに目を留めていた。

 ラットは店内を眺め、まずいな、と口中にこぼす。街への帰還が閉門間近であったため、いつもよりも少々遅い時間となってしまっていたのだ。

 店内が込み合っている事に加えて、客が頼む飲み物も酒が多く見えた。

 こうなると揉め事も増える。そしてそうなれば絡むターゲットに選ばれるのは、年若い自分達であるという事についても理解していた。


「こりゃだいぶ込んできてるな。なあ、もう寝ようぜ?」

 エイミィとミリィが掛けられた言葉にストレートな反応を返す前に、ラットは立ち上がる。

 ここへ座りたいだけならこれでトラブルは回避出来る筈だ。木製の皿に残っていた食べ物を手早く纏めたラット達は、上階へと引っ込もうと椅子から立ち上がっていた。

 少女二人もやや不満顔ではあったが、道理はわかると見えて何も言わずそれに従う。

 ――が。


「なんだ、そっちは嬢ちゃん二人か、なあ酌してけや」

 去ろうとするラット達に、更にその冒険者が声をかけ、ラットは盛大に顔をしかめていた。

 それでも振り返る際には笑顔を作り、二人が振り返らないようその肩を抱いて押さえながら、言う。

「や、すいません兄さん。ガキですもんで、もう眠くなっちまったって。すぐ寝ますんでごゆっくり」


「なんだてめえは、お前には聞いてねえんだよ、すっこんでろ」

 これはいけない。どうも、相手はここへ来るまでに一杯引っ掛けているようだった。

 こういった手合いにはのらくらかわそうが怒らせるだけだ。どうしたものか――と思案するが、どうも上手い手が浮かばない。

 少なくともこの二人が反応してしまったが最後、えらいことになるのだけは分かりきっていたのだが。


「やめておけ」

 そこへ、ようやく待ち望んでいた助けが入ってくれた事に、ラットは感謝していた。

 白いマント姿、武装は鎧さえもつけていない20台半ばほどに見える男。近場のテーブルに座っていた彼は、疲れたような、どこか怒っているような表情で小さく溜息を吐く。

「少し酔い過ぎているんじゃないか。子供相手に、無理な事を言うんじゃない」

「てめえも、関係のねえ奴が横合いから口を出しやがって……」

 流石に抜きはしないが、冒険者の男は額に青筋を浮かばせる。

 マント姿の男は相手が引き下がらない事を見て取って、仕方ないとばかりに片手を翳した。


 その手に浮かぶ魔法陣。冒険者の男はマント姿の男の動きに触発され、拳を振り上げようとした姿勢のまま、白目を剥いて膝から崩れる。

 マント姿の男はそれを苦労して抱きとめ、そのまま椅子に座らせる。

「眠っただけだ。……お前達も仲間なら、俺などより先に止めて欲しいものだった」

 仲間の異変に剣の柄へと手をかけようとしていたパーティメンバーらしき連中に、そう告げる。

 そしてマント姿の男は元のテーブルへと戻り、再び酒のコップをちびちびと傾け始めた。


「……わぉ」

 エイミィとミリィは彼を横目で見て、小さく声をあげる。

「なんて名前なのかしら。……一人ソロ?」

「やっぱりベテラン一人いた方が色々安心ってのはその通りなのよねえ。今の編成が間違ってるとも思わないけど」

 言い交わして、二人はラットの方をじろっと見ていた。


 ラットはそれに苦笑を返し、肩をすくめる。

「なんだよ。……わかるだろ? 口先で何とか出来なくなったら、その先は俺にゃ無理だ。そいつぁそっちも……ハナっから了解しているこったよ、なあ?」

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