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第十九話 当主のおはなし

 魔術とはイメージである。よって、その推進力も基本的にイメージ出来る範囲となる。

 よって、炎の矢ファイアボルトなどの推進力は腕力だ。手で投げる程度のものとなる。


 氷の魔法が同コストでは威力が最も低くなるのもこれが原因だった。

 鋭利な氷の槍といえど、ただ当たるだけではそう深くも刺さらない。命中する箇所を選んだ上で近距離でなければ殺せない。それでも、炎では殺害にいたるまでが長いのでミリィは氷を好んで使用していたが。


 そしてそれを解決するのがこの補助式であった。

 魔力弓を先に形成し、それによって弾体を投射することで弾速と射程を伸ばす。

 ロッドのような魔法発動体自体にもそのような効果はあるのだが、更にそれに手を加えたのが、ミリィの手に握られている魔力の弩砲であった。


 凄まじい速度で発射される氷の槍。それは魔法の射程外に居ると安心していたオーク弓兵の胸部上面へと突き刺さり、その首を飛ばす。

 続いて二射目を近寄りつつあったオーク剣士に向け発射し、胴体に大穴を開ける。

 残る一体のオークは驚愕しながら弓に矢をつがえていた。

 ミリィのロッドに浮かぶ魔力弓に再装填がなされるまえに、彼女に向かい矢を放つ。


 だが、それは当たらない。以前に盗賊が彼女に向かって矢を放った時と同様に。

 からくりは当然魔術だ。ミリィは自分周囲の光を屈折させ、その居場所を僅かに――30センチ程度――ずらして見えさせる偏光の魔術を使用している。

 彼女は魔王アーベルと戦った者の話にて、熟練の弓兵が複数潜み、慣性制御が使われていない状況で彼を狙撃したものの一切それが当たらなかったというものを聞いて、こうではないかという予想を立て、自分の戦い方に取り入れていたのだ。


 概ねそれは当たっている。そしてアーベルがコートを着ている間はほぼ常時それを展開しているのに対し、意識した戦闘中のみという短時間ではあるが、それを維持し続けることに成功していた。


「残念ですわね……」

 言いながらも、自分を狙った矢が放たれる瞬間はいつも背筋が凍り、足が震える。

 だが、その感覚は徐々に快感へと変わりつつあった。ミリィは震える口元に笑みを刻みながら、再装填された氷の槍をオークに向かって構える。


 打ち倒される最後のオーク。戦闘は終了した――と思いきや、丸太小屋の扉が開く。

 そして鎧もつけておらず、武器も持たないオークがそこから進み出てくる。

 そいつは外の騒動に気づきすらしなかったのか、それともまた仲間内での決闘が始まったと思っていたのか、ラット達の姿を見て驚愕すると、近くにあった薪割り用の斧に飛びつこうとする。

 エイミィは槍斧ハルバードを振るい、無言でその首を叩き落としていた。


「何してたのかしら、このオーク」

 呆れたように言うエイミィ。そしてそのまま、扉の開いた丸太小屋へと入ろうとし、彼女はうっと口元を押さえていた。

「あ……」

 ラットは彼女が何を見たのか、わかったような気がしていた。

 というか、相手が人間の盗賊だったならすぐに予想がついたのだろうが。

「ミリィ! あとカイル……ちょっと、こっちに来て」

 そして自分が呼ばれなかったことで確信する。

 おそらくそこには、生きた人間が居るのだろうと。


 丸太小屋の中には傷だらけの人間女性が居た。

 ミリィは見た瞬間、その場を逃げ出したいような素振りをみせたが。結局、踏み止まって数種類の魔術を順に使っていっていた。その効果は目に見えるものではなかったため、ラットには何をしているのか良くわからなかったが。

 カイルは神聖魔法による治療を行っている。傷はほとんどが軽傷で、重いものでも肋骨、それも骨折ではなくヒビが入った程度であると思えたため、最も軽い治癒で何とかなりそうだった。

 数日の間は傷も残るが、それもすぐに消えるだろう。


 そういった様子を、一人小屋を追い出されたラットは少し離れたところから扉を眺め、見ている。

 死体を兵とオークに分け、埋葬を済ませた後。彼は必要になるだろうと水を汲み、沸かした湯を戸口へと持っていった。

「うーい、お湯は要るかい?」

 ドアをノックしながら訊く。すると、すぐにエイミィの返事がかえってきた。

「ありがと。そこに置いといて」

「……意識は戻ったかい?」

 ドアは閉じずに続けてそう聞くと、ベッドに寝かせた女性の側でカイルが返答する。

「まだ。だけど、身体は問題ないはずだし、頭も打ってない。多分疲労だね……自然に目が覚めると思うよ」

 女性は裸、というか着ているものを完全に破かれた状態だったが、そちらは狩猟小屋の中にあった着替えをちょっと拝借して着せていた。サイズは合わないが小さいわけではないので大丈夫だろう。


「じゃあ……もう出ましょう」

 ミリィはそう言って、丸太小屋を出る。

 その際戸口に居たラットの肩に手をかけ、表で話すよう促す。

 続いてエイミィとカイルが出て来るのを待ち、さっきまでオークが、そしてラットが燃やしていた焚き火の跡を囲んで話し始める。


「……それで、どう思うかしら?」

 ミリィに問われ、カイルは少し考えていた。

「どこかから拐われてきた村娘とかには思えないよね。栄養状態、良さそうだし」

「だな。かと言って冒険者にも見えねえが……」

 ちらりと、ラットはオークが使っていた槍斧ハルバードと、馬の死体を見る。

 これら二つの持ち主だったのかね? などと思いながら。


 やがて女性は目を覚まし、その口から語られた事によってその確認も取れていた。


「……まずは、命を救っていただいた事に感謝を」

 ベッドの上で俯き加減にそう言い、彼女はミレット=レイズと名乗る。

 男爵位を賜る下級貴族、レイズ家の当主。そう続けたミレットに、ラットたちは驚いたような目を向けた。女性当主か、と。


 一応女性にも爵位領土の継承権はあるし、当主にもなれる。

 が、この国では価値観としてあまり女系が容認されているとはいえない。男系が途絶えればそこで一度血は絶えてしまったと見るみかたが強かった。

 連合を形成する他の国では違う場合もあったが、このメルキアの場合、やはり6~70年おきにやって来る魔族の侵攻を最初に受ける国として、戦争を中心に考える部分があるためだ。

 女性では長期従軍に耐えない、領地を治めるにも動けない期間が存在するのでは――と、そういったことである。

 よって、基本的に当主となる者は跡取りとなる男児を欲した。

 女性当主との縁組は他家の乗っ取り、そんな風に言われる風潮も存在していた。


「だが、どうしてこんな場所に」

 ラットはそうたずねていた。ここはジーニス領のど真ん中、あまりに小さな領地はそう区別されて呼ばれることも無いが、それでも彼女の所領はここではない筈。

「ええ……魔族軍と対峙する騎士団への応援で半年ほど従軍していたのですが、他家の兵と交代することとなりまして。その帰り、はぐれオークの姿を見たのです」


 それで、魔族軍に率いられていたオークと同じようなもんだと思って突撃してくっ殺に遭ったと。依頼を受けるときに考えた風物詩そのままのことが起こったと知り、ラットは頭を抱えていた。

「仕方ねぇ……この後は俺たち、街に戻って依頼達成の報告をするんだけどさ」

 その後は、早速グレイさんへのコネを使っちまっていいかい? と。

 ラットはそう仲間達にたずねていた。

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