第十七話 領地のおはなし
宿でごろごろしている所に呼び出しが入り、ペンギンズは領主館を持つ隣の街へと移動していた。
領主はどこか遠い戦場で悪魔の率いる軍とにらみ合いを続けているはずなので、こんなに早くお呼びがかかるとは思ってもみなかったのだが。
ちょうど自領へ戻ってきたところだったのか、それともどちらかが影なのか。
城と言った方が良い規模の領主館で4人を迎えたのは、領主グレイ=ジーニスその人だった。
ジーニス家にグレイという名前は頻繁に現れる。
特にミドルネームで区別することもなく、何代目のグレイというのも別に名乗るでなく。
魔族の侵攻を迎える代が何故か必ずグレイなので、たぶん彼は13代めになるのか、などとミリィはぼんやりと考えていた。
王国最精鋭の騎士団を擁するジーニス家。
毎回の魔族侵攻で最後まで陥落せず、防衛戦を続けるちょっとおかしい武門の家系。
その現当主である彼は、なんというか。
「やあ。聞いてはいたけど若いねえ、きみたち。遍歴騎士の称号あげるって言ったら要るかい?」
だいぶ、ユルい感じの人だった。
「おやめ下さい閣下。そんな、大した意味も無いのにやると言われれば断れないものを押し付けたところで、彼等も喜ばないでしょう」
隣に控えていた黒髪の女性が溜息交じりに言う。
腰に見慣れないショートソードを差した彼女がどういった地位にあるのかいまいちわからない。護衛兼世話役兼執政官とかそんな感じなのだろうか。
「カエデ君もだいぶキツいよねえ……」
グレイはそんな事を言って笑っていた。
「まあ……だいぶ迷惑をかけてしまったね。盗賊退治については、少ないけど報奨金を用意した。本当にやってくれた事に対する報奨としては少ないんだけど、数年の睨み合いでうちもきつくてね」
そう言って出て来た銀貨は二千枚。
数百枚程度の報酬で依頼を受けてきたラットとカイルは目を丸くする。
ただのゴブリン退治だったはずの依頼がこれに化けたのなら、まあ悪くもなかったかな、などと。
しかしグレイの言葉はそれで終わらなかった。
「だから、残りは借りにしておくよ。何か困ったことがあったら……僕はまだ当分ここを不在にすると思うんだけど、このカエデ君に言うといい。たぶん力になってくれる筈だ」
「また軽々しく借りだなどと……」
カエデと呼ばれた黒髪の女性はそう言うが、後半の言葉は否定しない。
活動する地域の領主とコネが出来るなんてのは考えてもなかったことだ。ラットは報奨金くらいは貰えるだろうとは思っていたが、後はさっさと追い出されるものだと思っていた。
そうでなかったのは、やはりうちにいる二人のおかげなのだろうか。
グレイは次に、エイミィに声をかけていた。
「ええっと、エイミア君? エイミィ君でいいのかな」
「は、はいっ!」
そういえば名乗りもしていなかった――特に相手がそれを必要とするとも思えなかった――のに、何故自分の名を知っているのかという驚きと共に、エイミィは返事をする。
「実はね、きみの弟さん……うちの従者団に居るんだけど。会っていくかい?」
続けられたグレイの言葉に今度こそエイミィは目を丸くする。
基本的に、貴族の領地というのは領主館から一日で到達出来る範囲だ。
中級貴族であるミリィの家などはそのくらいの領地を持っていた。これは、村の反乱などがあっても領主が翌日には鎮圧にやって来る、そういう事を意味している。
治められる範囲を治める、基本はそういうことなのだ。だからこそ貴族などというものが王族以外に存在している。
だが、一部の上級貴族が持つ領地はその範囲に収まらない。
公爵は勿論として、侯爵、そして伯にしては広大な領土を持つ彼も、その領地の端まで一日では済まない。このため彼等は騎士団を所有していた。それらを使って広大な領土を治めていた。
そして、爵位の継承権を持たない下級・中級貴族の次男などを従者として迎え入れ、教育と上流社会へ関わる機会を与えつつ、その中から騎士団に入る要員を確保しているといったわけだ。
エイミィも自分の弟が何処かそういったところへ送られたのではと思っていたが、まさかこんな近くに居ただなんて、思ってもみなかった。
彼女は反射的にうなずこうとし、しかし恥ずかしげに口をつぐんだ後、首を横に振る。
「……いえ、今のあたしは冒険者ですし。ここに居るって聞けただけで満足です」
もしかしたら何処かで偶然出逢うかもしれない、それだけで今は良い、とエイミィは言う。
「そうか。……そうだね、それもいいだろう」
グレイはそう言って微笑していた。
「そして、ミリアンヌ君」
「……はい」
次は自分が呼ばれると予想していたのだろう、多少落ち着いた声でこたえるミリィ。
それでも心拍数が上がるのを感じないではいられなかった。いったい何を言われるのか。
だが、グレイはなかなかその先を告げようとしない。
しばらくの間考えるように天井を見ていた。
「うぅん……そうだねえ。僕としては、きみにしてあげられることは結構あると思うんだ」
やがて、グレイはそう言う。
「でも、さっきカエデ君にも言われちゃったしね。きみが何を望むのか、それはわからない」
「……はい」
うつむくようにミリィは答えた。それ以上何も言えることはない。
「だから、さっきと一緒かな。何かしてほしい事があったら、カエデ君に言ってみるといい。彼女はそれに応えてくれる筈だ」
あと――とグレイは続ける。
「特にきみが有名ってわけじゃないから安心してくれ。貴族なんてのは知っての通りどこもグダグダさ。地位に限らず、どこかの貴族家の女児の動向なんて普通はどこも気にしてない」
うちは、ここに居るカエデ君の部下達がちょっとおかしいだけだから、とグレイは笑っていた。
「僕に話が上がってきたのもこういう機会があったからでね、そうでなければ知らなかった」
「……はい、ご配慮……感謝します」
ミリィは、少しだけこわばった微笑を口元に浮かべて、そう返していた。
せっかくミリィが普段通りに戻ったというのに、これでまた微妙なことになってしまったら困るとラットたちは考えていたのだが、グレイの前を辞して後、ミリィに特に変わったところはなかった。
話の内容については気にならないと言えば嘘になる。
だが、どのみちそれは個人的なことだろう。問いかける気には流石になれなかった。
ラットだってみんなに言っていないことは山ほどある。そしてそれが必ずしも必要だとは思わない。
なので、今はとりあえず、貰った銀貨の使いみちを決めるべく、彼は金袋の中を覗き込んだ。
そこで、はたと気づく。
「……500枚、ってこたぁ結局マリウス領の賞金と相殺かぁ」
帰ったら早速盗賊ギルドへ行って、建て替えてもらっていたものを支払わないと。
損はしていない筈なのにどこかそんな気分になって、ラットは溜息を吐いていた。
その横で、ミリィとエイミィはこのお金で何を買うか、楽しげに話し合っていた。
「あ、そういやカイル……お前はどうするんだ?」
問いかけたラットに、カイルはやはり教会への寄付に消えるかな、と返す。
「魔術師になっちゃえばそこまでお金も掛からないのに」
そう言うミリィには、それでもやっぱり神聖魔法が便利なことは多いし、と返しながら。
カイルは真剣に悩むような、そんな表情をみせていた。




