第十六話 殺人のおはなし
その後、様子を見に来てしまった盗賊が、最も不運だったのかもしれない。
村長の家内部の惨状を確認し、それを告げに外へと飛び出した途端、彼にはミリィが放った竜炎の魔術が覆いかぶさったのだ。
水でも消えない魔術の炎に焼かれ、のたうち回る盗賊を見た他の者は先を争って逃亡した。
そして人っ子一人居なくなった村に、ラット達は今立っていた。
「これからどうしたもんだかな……」
ラットはそう呟く。
依頼が罠だったことについて戻ってからギルドに文句を言う――のはまあいいが、それも失敗扱いにならないだけの話だ。
所詮ギルドは相互補助組合。ラット達が雇用関係にあるわけでもなく依頼の受注と対処はそれぞれの冒険者が全責任を負うものだ。
一応の調査能力は持つものの、これだけ依頼が多い中、ひっきりなしに寄せられるジャンル:ゴブリン程度を精査するためにそんなものは使われない。仲介料を取って依頼を張り出すだけだった。
だが、そんなものより先にやるべきことがあるとエイミィは言う。
「とりあえず、出来るだけ早く街道守備隊には話を通さないと。なにせ、村一個が消えちゃったんだから」
このまま何も言わず行って、後からもし自分達が関わっていることが知れたら、こっちが追われることになりかねない。確かにそれはぞっとしない話だった。
「カイルとラットの体調が回復するのを待ってから、あの乗合馬車で来た村まで戻りましょう」
ミリィはそう言っていた。
そこで人を使い、都市警備隊か街道守備隊を呼ぶ。自分達は事情を説明するまでそこで待機する。
妥当な案――というかそれしかないと言える結論だった。
ラットとエイミィはうなずいて同意した後、にまっと笑ってミリィを見る。
「な……なんなんですか、二人とも」
「いや。今後もその調子で頼むぜ」
何やら戸惑ったような様子のミリィに、そう返すラット。それから、運び出したカイルが目を覚ますのを待って、一緒に井戸へと口をすすぎに行っていた。
「にしても無茶したな。本当に毒だったらどうするつもりだったんだよ」
「ああ……たぶん、死ぬようなものは使わないだろうとは思っていたけどね」
本当に毒だったら、それでも食べてから対処出来るのは自分だけだしとカイルは微笑む。
神聖魔法による解毒や病気治療は、その対象が正体不明でも問題なく効果を発揮する。
これは元々良くわかってない神官がまともに説明出来ない農民相手にかけるのを前提に作られているからだ。
魔術による解毒だとこうは行かない。魔術師に解毒を頼みに行った人間は大抵、その魔術師が何に噛まれた或いは食べたのか、現在の症状はどういった感じなのかをしつこく聞くばかりでなかなか解毒してくれないことに対する不満を述べる。
が、必要なことなのだ。解毒の魔術も数パターンある――というか、打ち消さねばならない効果をイメージしなければ有効に働かないのだから。
と、こういう個人のイメージの具現である魔術と違い、多数の祈りの結集である神聖魔法はこういった、あまり具体的でないものでも無理矢理実現出来てしまうところがあった。蘇生などはその最たるものか。
「それに、出来たとしてもさせたくない。……それはラットも一緒だよね」
そう言ってカイルは二人のところへと戻ってゆく。
――グールの時のことか、とラットは思い至っていた。
「くっそ、あいつもあんまし、からかえなくなっちまったなあ」
そんな事を言いながらラットは頭を掻いていた。
それから来た道を戻ってラット達は馬屋をそなえる村へと戻り、村人に事情を話して衛兵を呼んでもらい、宿を取って待つこと数時間。
事情を話した後、ようやく街へと帰ることを許されていた。
再び呼ばれるかもしれんので常宿を教えろと言われ、とりあえずいつも使っている冒険者の宿を教え、今回は流石に二日ほど休養日を取るかなどと話しながら馬車での帰路につき。
また長い時間を荷台で揺られながら、ラットは最近あまり見なくなっていた、昔の夢を見ていた。
「……死体を見たことはあるだろう、誰かが死ぬのを目撃したことも。だが、自ら殺すのはやはり違うな」
随分とタイミング良く打って付けな夢を見るもんだ、とラットは考えていた。
それは、かつて所属していた盗賊ギルドに居た、魔導暗殺者の青年。
他のギルド員は毛色が違う彼の事を露骨に避けていたが、ラットだけは彼の話がなかなかに面白いのでついて回り、色々なことを教わっていた。
基本的な読み書きや魔術の小話、魔物の生態や特徴についてから、人の急所についてまで。
「亜人を殺すのにはたいして悩みもしない。人のような姿をしているが、あれは所詮獣だ。言葉すら通じない」
また、人の成れの果てであるアンデッドも同じだと彼は言った。
吸血鬼や年経たグールは人と変わらぬように思うかもしれんが、結局のところ人形に過ぎんと。
「人を殺すのは恐ろしい。自分自身の死をそこに重ねるからだ。傷つける事をまず恐れ、傷つけられる事を恐れて、最後は動かなくなってしまった事に恐れる。お前がそれを経験しなければいいがな?」
彼はそう言ったが、気遣っての台詞ではないことは声色でわかる。
冒険者証を持ち旅をするならいずれは体験するだろうと、そういった声音だった。
「最初の相手は忘れ難いものだ。私とて、未だにそう……。数人続ければ慣れてしまい、名前すら思い出せなくなるものだが、最初の相手だけはずっとついて回る」
じゃあ、俺はあの盗賊の頭がみせた死に顔をずっと忘れられないのかよ、とラットは肩をすくめた。
どうせならもっと思い浮かべて楽しい相手なら良かったのに。
「おいおい、じゃあお前は親類や友人、あるいは恋人を殺したいってのか? やめておけよラット、お前じゃあ、逆に覚えられる方に回るのがオチだ」
夢の中の彼は現在のラットの言葉に返答していた。
そうだ、あの時も俺は、似たようなことを言ったんだっけとラットは思い出す。
「もしそういった機会が避けられなくなったなら、やるなら弓を使えよラット。弓や魔術ならば、あまり感触が残らない。あとは相手に感情を残すのもやめておけ。戦争や自衛などで仕方なくそうするなら、その後もすぐに仕方がないで済ませられる」
そう聞いて、弓を買ったんだったな。苦くラットは思い出していた。
結局使えなかったけれども。
「仕方なくでもなく、相手の顔が見えるほど近くで、手に血が付くようなやり方をしてしまうと、その後の人生はだいぶ狭まってしまうぞ。たとえ罪に問われずとも。私などが良い例だが」
そう言って彼はくつくつと笑った。
魔術師にして、暗殺者にして、盗賊ギルドにも所属する。黒いフード付きマントが印象に残る、金髪の痩せた青年。
普通、金を稼ぐならそのうちの一つだけで充分なはずだ。なんらかの目的のために技能を利用し、最も自分に合う仕事を円滑に進めるといった者も居ないではないが、それも目的と嗜好あってのこと。
おそらくは目的と嗜好が一致している――快楽という――彼に、ラットは恩義を感じないではないが、その人物評価としては最終的に"クソ野郎"というところに収まっていた。
聞かれた事には大抵答え、聞いていないことでもずっと喋り続けている、良く喋る男だった。
だから、その次の言葉をラットは自分が問いかけたのか、それとも彼が勝手に告げたのかわからない。覚えていなかった。
「私が最初に殺した相手か? ……妹だったよ」
にっこりと告げる彼の名前は、確か、アイザック・E=マリウス。
マリウス領、その領主の三男だった。




