第十四話 盗賊村のおはなし
途中で一夜を過ごし、朝方頃。
馬屋を入り口に備える、それなりに大きな村で乗合馬車は止まっていた。
そしてそこから2時間ほどを徒歩で向かった先が、目的の村だ。
ここまで来るともうジーニス領の外れだ、マリウス領に近いかもしれない。
村の人口もさほどではないし、街道守備隊の巡回も少なくなってしまう。こんな場所にゴブリンが出たとなると、冒険者ですらあまり依頼を受諾したがらず、待っているうちに更に面倒なことになってしまうこともままあった。
だから通常は領主や、その配下である騎士達にたよることになるのだが。
今は情勢として、そちらもあまり機能していないというのが難儀なことだ。
ラット的に、数あるジャンル:ゴブリンの中からこれを選んだのはそういった事情もあったのだ。
だから村に着いた時、最初っから歓待を受けたことについても特に不思議とは思わなかった。
――のだが。
「いやあ、冒険者の皆さんがやっと来てくれなすった」
そう言ってラット達を迎える髭面の村長。
逞しい体格をしており、彼自身武器を持たせればなかなかに遣うのではないかと思わせる。
他にペンギンズを迎えてくれた村人達もだいたいそんなようなものであり、年齢はそこそこ若めで男性比率が高く、屈強な体格をしている者が多かった。
また、彼等はみな4人が子供と言って良い年齢であることなど気にもとめないように、やって来てくれた冒険者たちを歓迎し、村長の家でもてなしを受けるよう促してくれていた。
「……まあ、それはそれとして、現れたっつうゴブリンの話を早速聞きたいんだが」
ラットがそう言うと村長は勿論だとうなずいた。
しかしまずは長旅の疲れを癒やして欲しいと、そちらの方も譲らなかった。
そのへんでもうラットが下した結論は一つ。
――あやしい、であった。
「なぁ、ミリィ……さっき言ってた秘話の魔術っての、今かけられるか?」
「な、なんですかいきなり……」
村長の後について歩むなか、いきなりラットから小声でそう言われ、戸惑うミリィ。
しかし彼の真剣な顔に押されたようで、秘話の魔術を使用する。
ミリィの指先にこっそりと展開される魔法陣を認めた後、ラットが放った第一声がこうであった。
「なんか、変だぜこの村」
ゴブリンが目撃されてる、本来くるはずの領主の兵が動かせない。そんな状況で冒険者が来るのはそりゃ有り難いだろうが、ラット達のようなおガキ様たちが現れて落胆の一つもない。
これまでラット達が訪れた村では多かれ少なかれそういうのがあった。
大丈夫かよこんなのに任せて、そういった空気があった。
だが今回はそれを感じないのだ。心の底から。むしろ好都合といったような気配さえある。
そう思って良く見れば、子供が居ない。老人が居ない。
街から離れた場所であり教会も無いような村のため、前者はわからないではないが。後者まで揃っているというのはどうにも自然には考えがたかった。
なお、この世界では病死はだいぶ少ない。
魔術や呪いが生み出したような、いかれた病が存在するのは確かだが、大抵の病は教会が提供する神聖魔法のネットワークによって治ってしまうためだ。
よってそれなりな寄付を出せ、食うに困らない貴族ともなると乳幼児死亡率はゼロに近い。
教会が無いような村となると流石に間に合わない事も多いが、それでも、ある程度成長した子と自ら動ける老人は生き延びる筈なのだ。
それが両方とも居ないというのはなかなか、無い。
「じゃあ……なんだって言うんですか?」
不安げに言うミリィに、頭を掻きながら答える。
「依頼はダミーでこいつら、村を乗っ取った追い剥ぎか……まあ、まだ疑いがあるってトコなんだが」
ひっと短く悲鳴をあげるミリィ。
いつの間にかミリィを挟むように寄ってきていたエイミィと、彼女の肩をつかんで宥めながらラットは言う。
「ま、今のところは様子見だぜ。……と言っても参ったもんだがな。あっちから正体明かすような時はもうどうしようもねえだろうし、かと言って尻尾を掴むような真似をしたって囲まれてやがる」
しばらくの間は何もしない。相手の出方を見て、余計な事は言わないように。
それだけを行動指針として共有し、ラットたちは村長の家へと足を踏み入れようとする。
だが、カイルはその刹那、こう口を開いていた。
「ねえミリィ、僕にかけた秘話だけは、少しの間そのままにしておいてもらっていいかな」
村長の家へ迎えられ、応接間ではなく広い食堂へと通されたラットたちの前に、豪華とは言えないまでも村ではなかなか頑張ったと言える程度の食事が並べられる。
果実の盛られた小さなかご、パンに燻製肉、そして干し肉と穀物で作った粥のようなもの。
それらを前にして村長は笑顔をみせながら言っていた。
「まあ、依頼の方は明日にでも。今日のところは村で休んでいただいて、英気を養っていただければと」
急ぎである筈なのにそりゃねえだろうとラットは思う。
まだ日が陰るような時間でもねえのに、焦りすぎだぜと。
だが仕方なかろうか、ゴブリン自体が狂言なら行かせるわけにはいかない。
そしてここまで来てしまえば、食事を断ったところで手間が一つ増えるだけといったところだ。
「大丈夫、みんなの分の食事はもう解毒が終わってる」
カイルは平然としながらそう呟いていた。
あまりに堂々としているので、目の前にいる村長すらカイルの口が動いているのを不審に思わなかったようだった。
「でも、誰か食べてみないことには演技が出来ないからね……」
カイルはそう言って木製のスプーンを手に取り、粥を一口頬張っていた。
ラット達はぎょっとしたようにそれを見る。まさか、致死性の毒だったらどうするというのか。
だが特に変わったこともなさそうにカイルは食べ続け、ラット達もやや遅れて自分たちの前に置かれた食べ物に口をつけていた。
そうやって半分ほどの食事が胃の中に消えた頃。
「うん……どうやら、眠り薬みたいだね。……それじゃ、後はたのんだよ」
そう言ってカイルはテーブルに突っ伏していた。
その名を呼びたい気持ちをぐっと抑えて、同様に眠気に襲われた演技をするラット達。
テーブルの上に上体を倒した4人をしばし眺めて、村長を名乗った男は薄く笑っていた。
「……寝たな。良く効くは効くんだろうが、それでも効き目が遅いのには冷や汗が出るぜ」
そして次々と室内には気配が増える。
潜んでいた盗賊達が安心して、物陰やら隣室やらから現れ始めたのだろう。
「あまり期待しちゃいませんでしたが、依頼なんぞ出した甲斐はありやしたかね。ガキ4人うち2人は女、剣士の方はなかなか装備の方も悪かないようだ」
テーブルの周囲を足音が巡る度に、ミリィはびくっと身体を動かしてしまいそうになる。
「だが、いいんですかいお頭? この馬鹿でかい剣、こいつも魔術を使いますぜ」
「魔術師は武装解除したところで油断が出来ねえ、やっぱりこの二人は……」
鞘と金属の刃が擦れるかすかな音が鳴る。
エイミィは薄目を開けながら、何とか相手の姿を視界に収めようとしていた。
「待て待て、やりようはあるさ……しばらくの間、薬で朦朧として貰やあいい」
この声は"村長"か。
「こいつら育ちは良さそうだ。2~3人客を取らされた後になりゃ、観念するだろうさ」
その声と足音が近づくのを聞きながら、ラットは無音で自分のダガーを抜いていた。




