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第十三話 馬車の中でのおはなし

 どうしてこうなったのかわからない。

 気付けば、エイミィとミリィは仲が悪くなっていた。というかミリィがエイミィを避けていた。


 あの村――グール討伐を受けた村から帰ろうとする時点で、彼女は少し不機嫌であり。

 何故そうなのかを問えないままに一日が経って、依頼選びの時間が来ていた。


「ええっと……どうすっか?」

 掲示板の前でラットは言う。特に意味のある発言でもなかった。が、これまでなら何かしら、やりたいことのようなものがエイミィとミリィのどちらかから出る筈だったのだが。

 ミリィは無言だ。そしてエイミィも、困ったように口を閉ざしている。


「……コボルトもグールも、しばらく見たくありませんね」

 穏やかに口を開いたカイルに、ラットはほっとする。

 しかしカイルがこんな事を言わねばならないというのが、深刻さを現しているようでもあった。

「そうなると、現状のうちらの戦力じゃあ……やっぱゴブリンか? どう思うかね、ミリィ」

 ラットはあえて彼女に振った。

 問われれば、彼女は答えないではいられまい。


「私達の戦力ですか……では、エイミィ次第ではありません?」

 ミリィはそんな事を言う。

 確かに、そうだ。だが今そこに食いつくなよ……と、戦力外であるラットは内心頭を抱える。

「あたしは……ミリィがいいなら、それでいいよ」

 エイミィは遠慮がちにそう言っていた。

 しかしミリィはそれこそが癇に障るというように、彼女の方を向いていた。


「どうしたんですか、エイミア=ラズライル。普段のあなたはもっと、自分の希望をはっきり言う人だったでしょ。らしくないのでは?」

 フルネームを呼ばれて、エイミィはむっとしたようにミリィを見る。そして口を開いていた。

「……いえ、何も変わってませんよ、ミリアンヌ・ソノ=ケインズ。あたしは確かに自分がしたいことを言ってきた。でも、最終的な決定権は常にあなたにあったんですから」


 くす――と笑うミリィ。けれども、その瞳はたいして面白そうでもなさそうに。

「わかりました、では……ゴブリン退治で行きましょう。構いませんね?」

 カイルがうなずき、ラットもまた、なにやら胃が痛くなるのを感じながらそれに同意していた。



 今回の目的地はやや遠い村だった。

 街へと帰還したその日に依頼を受けたため、途中で夜を挟むのはもはや避けられない時間となっており、4人は近場まで乗合馬車を利用して行くことに決めていた。

 座る順番はカイル、ミリィ、ラット、エイミィだ。こういった機会があった時には基本的にミリィとエイミィが隣り合わせになり、男二人が両端になるか片方に集まるかといった感じだったのだが、今回ラットは意図してミリィの隣に座っていた。

 彼女は当然ながら、あまり良い顔をこちらに向けてこない。

 だが今更動くのも面倒だと感じたのか、そのまま同じ場所に座ったまま、そっぽを向いていた。


「……なあ、ミリィ。俺が使って役に立ちそうな魔術って、なんかあるか?」

 馬車が走り出してからしばらく経った頃、ラットは彼女にそう声をかけていた。

 ミリィは軽くラットに視線を向け、肩をすくめて鼻を鳴らした後、言葉を返してくる。

「そう、ですわね。……着火の魔術は、もう使えるんでしょ?」


 確定だった。もしや、そうではないかと思っていたのだが、あれを全て見られていたのだ。

 まあ、飲み物を取りに行くと言った彼女が、そのまま戻ってこなかった時点でほぼ確定のようなものだったが。ラットは溜め息を吐いていた。


 ――悪ぃ、とか言ったってダメだよなあ、と。

 ラットは先程、ミリィに声をかける以前から、それについては考えをまとめていたのだ。


 そんな事を言えば、何を悪いと思っているのか問われて当然だろう。

 ミリィに言われた通りの訓練方法を取らなかった事か? エイミィに言われたことのほうに従った事か? はたまたミリィより魔術が使えるようになるまでの時間が短かかった事か?

 どれもこれも、口にする事すら馬鹿らしかった。

 そして恐らくは相手にとっても同じだろう。


「ああ。だがそれだけじゃなんだろ? 他に何かあったら教えて欲しいのさ」

 だから、ラットは笑みすら浮かべながら、ミリィにそう言ってみせた。

 ミリィはきょとんとそれを見返し、しばらくして微笑を浮かべ、そして答えていた。

「……まあ、いっか。ラットさんが覚えて一番役に立ちそうなのは、やっぱり探知系の魔術。でもこれは習得が簡単ではありません」


 周囲の地形を探知する。周囲の生命体を探知する。周囲の地中に存在する空洞を探知する。

 これらはどうしてもイメージが難しい。火や氷を作り出すのに比べれば格段に。

 まあ、一応裏技的なものがあるにはあるのだが、それをラットに教える気分にはなれないとミリィは笑っていた。


「なんだよそれ。……だがまあ、裏技なら仕方ねえか」

 それはちゃんと学費を支払わなきゃいけないもんなんだろうとラットは笑って返す。

 しかし、ミリィはぼんやりと馬車の幌を見上げながら言っていた。

「そうでもありませんわ。思考探知、感覚探知……そういったものをまず覚えて、手がかりにするだけ」

 でも、あまり人の心など読みたいものではないと、彼女は言う。

「ああ……」

 ラットもそれに同意していた。

 相手の考えが読めれば、もっと楽になるのだろう。こんな会話も。

 だが、それは恐ろしい。相手が自分をどう思っているのか、それはある程度わかるものだが。その、ある程度以上にわかってしまうのは嫌だった。

 果たして、自分がそれを受け入れられるのかという点において。


「あとは……そうですね、空気の振動を制御して、特定の人間にしか会話が聞こえないようにする秘話の魔術とか」

 ミリィはそう言って悪戯っぽく笑う。

「気づいていましたか? ラットさんの最初の言葉以降、私たちの会話は他の人に聞こえていないのを。エイミィがなにか、疑わしげな目でこちらを見ていますよ」

 うぇ、とラットはそちらを横目で見ていた。

 そこにあったのは、言われた通り何か問いたそうな顔でラットとミリィを見る、エイミィの顔だった。


「……ったく、なんであんたはそうなんだかなぁ」

 頭の後ろで手を組み、硬い馬車の幌にそれを埋めるラット。


 何故、ミリィがこんなところでエイミィの事を口にするのか。

 そんなのは分かりきっている。ラットのことをエイミィの飼い犬だと思っているからだ。

 飼い主の機嫌を取らなくても良いのか、と。そういうことなのだろう。


 考えているうちにむかっ腹が立って来ていた。

 俺も、コイツも。全員もはや冒険者なのだという事を、いったいどう思っているのだか。

 いつまでもお貴族様気分で他人を所有、被所有で考えられても困るというのに。


 だが、そうやって沸騰したような気持ちのまま頭上の幌を眺めていたラットは、ふと、その気持ちが一瞬にして冷めるのを感じていた。

 エイミィはどう思っているのだろう。そんな事を考えてしまったのだ。

 ――やっぱ、俺の事を拾ってきた犬程度に考えてんのかな。

 いつの間にか寝てしまっているエイミィの顔にちらりと視線を送り、ラットは溜息を吐いていた。


 ミリィの方も、困惑したようにそんなラットの顔を横目で見ていた。

 彼がはっきりと不快さを露わにし、エイミィの方に声もかけずに押し黙ってしまうなんて、そんな事は彼を迎え入れてから一度もなかったことだったから。

 だが、彼が結局エイミィの方を見たことについて、少しだけ安心したようにミリィはうなずいていた。

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