第十二話 魔術のおはなし
依頼達成の翌日は休養日というのがペンギンズの決まりだ。
実際には移動などがあってズレ込んだりもするのだが。今回は夜間戦闘だったので寝る時間もずれ、街には戻らずそのまま村で休養日を迎えるということで話がまとまっていた。
街と比べて施設は少ないが、ラット達も別にそういった物を必要とするわけでもなし。
村のホールで果実水など飲み、提供されたベッドで寝るなら特に普段と変わらないのだ。
少なくともラットはそう思っていた。
で、心ゆくまで惰眠をむさぼろうとしていたのだが。
なんか知らんがミリィに捕まり、彼は今、井戸がある村の中央広場で桶に浮かべた葉っぱを眺めていた。
「エイミィを見てるとわかると思うけど……剣士だって魔術が使えるかどうかで全く別物になるんですよ」
ミリィは、ラットの隣に座って一緒にそれを眺めながら話し続ける。
「ラットさんもちょっとくらいは魔術を使えると、出来ることが一気に広がると思います」
つまりはそういうわけだった。
ミリィはラットに魔術を教えてくれるのだという。
この水に浮かべた葉っぱを動くよう念じて、それで魔力の使い方を掴めというわけだ。……が。
どうにもラットには出来る気がしない。もう30分ばかしこれを眺め続けて得た感想がそれだった。
「大抵の人は、魔術なんて自分には縁がないものだって思っちゃいますけど、誰でも出来るんですよ」
ミリィの講釈は続いていた。
魔力は多かれ少なかれ誰でも持っている。そして水に浮かべた葉っぱを動かす程度なら、使用する魔力はほんの僅かだし制御力も殆ど必要としない。
ただ感覚を掴めるか掴めないかだけの問題で、かかる時間に個人差はあるが誰でも出来るのだ。
だが、これが出来たところでどうだと言うのか。
「魔術っていうのはイメージの具現化です。なので極論すれば、自分の魔力と制御力の範囲であればアイデア次第でなんでも出来るんです」
ミリィはそう言っていた。
炎の矢や氷の矢、雷撃のような魔術を魔術学校では教えるが、これらも別に決まった呪文を唱えなくてはいけないわけではない。
そうやって区分し、決まった呪文を割り当てているのは単に使い分けるためだった。
自分で全てを編み出し、また瞬時に使い分けられるのであれば、学校へ通う必要はあまり無い。
まあ、これは魔術師を名乗るならあまり現実的ではないが。
だが、本当に幾つかの補助魔法を使いたいだけの剣士や斥候だと、街の魔術師から個人的に教授を受けて魔術を使えるようになっている者も多いのだとか。
「最低限、対魔法障壁だけでも張れるようになっておくと違うんですよね。攻撃魔法は使われるのがわかりやすいですけど、防ぐのは障壁以外ではあまり現実的ではありませんから」
そう聞くと、何とかものにしなければという気にもなってきた。
そして再び水桶の中に浮かぶ葉っぱへと視線を戻す……が。
――正直、もう飽きちまってるんだよなあ。
ラットはそう心中にこぼしていた。休憩したいんだけど、あんま言い出せる雰囲気じゃねえなあ、と。
「……なあ、これって……普通は大体どのくらいで出来るもんなんだ?」
代わりにラットはそうたずねる。
ミリィは首をかしげながらしばらく考えていた。自分の魔術学校時代のことを思い出していたのだろうか。そして、口を開く。
「一番長くかかって……一週間ほどですかね。早ければ30分で出来た人もいましたけど。私の場合は、2時間ほどかかりましたわ」
うげえ、と。ラットは口の端を引き攣らせていた。
絶対俺はそのがっつり時間かかるコースなんじゃねえかな、とか。
まさか数時間ずっと一緒に付き合うつもりでもないのだろうが、ミリィはなかなか離れなかった。
その間彼女が話してくれる魔術関連の話については、ラットはそれなりに楽しく聞けたのだが。
「個人で使える最強の魔術となると、やっぱり炎属性の熱閃光か雷属性の加粒子槍になりますかねえ。どちらも、使われてる所を見るのは戦争の時くらい、らしいですけど」
しかし、人間の魔術師というのはこれといった組織を持たなかった。
魔術学校も学校同士であまり繋がりがあるわけではないし、高位の魔術師はほぼ冒険者の中にしか居ない、と言ってしまってもいい。
騎士団に魔術師部隊を編成しようという案もあったが、人員確保が出来ないという理由で却下されていた。よって一部の初・中級魔術が制式採用される程度に留まっている。
なのでそういった高位魔術が戦争に使用されるというのは、むしろ魔族が使用する方が主だった。
特に魔族の男は必ず高位の魔術師であり、これに率いられた魔物部隊に王国の戦力は苦しめられた。
「ここ、ジーニス辺境領の領主、グレイ=ジーニス辺境伯が率いる最精鋭の騎士団と、魔王アーベルが親率する魔族軍との戦いは凄かったらしいですよ」
とんでもなく分厚い対魔法障壁と、強力な慣性制御に覆われた魔物の軍隊から次々とぶっ放されてくる加粒子槍に、騎士団はわずか2時間でその戦力の4割を失って敗走した。
魔族軍に負けたというより、魔王ただ一人に負けたというような、そんな戦いだったとミリィは言う。
まさか見て来たわけではないだろう。見た者から聞いた話だが、その場で見て来たように彼女はそれを語っていた。
1時間半ほどが経ち、彼女の側にもあまり喋ることがなくなってきた頃になって、ようやくミリィは立ち上がっていた。
「じゃあ、私はちょっと飲み物を貰ってきますから。頑張ってくださいね」
言って離れてゆくミリィを見送り、ラットは大きく息を吐きながら空を見上げる。
「いやあ……なんか、すっげえ疲れた」
ただ座って葉っぱを見つめながら話を聞いていただけなのだが、街からこの村への徒歩の旅以上にこの一時間半は疲れた気がする。
本当に出来んのかなこれ、そんな事を思いながら葉っぱにもう一度視線を戻す。
「あ、魔術やってるー」
そんな事を言いながらエイミィが近寄ってきたのは、そんな頃合いだった。
「ミリィに教わってるんだ? これねえ、あたしもやったよ三時間くらい」
「やっぱそんな掛かるのかよ……」
ラットはぼやきながら上体を倒し、足の間に水桶を抱えたままその場に寝転がる。
ラットが完全にこれに飽きてしまっているというのはエイミィにも分かった。弟に勉強を教えていた時、良く見た表情と態度だ。
どこか懐かしくなって彼女は笑い、ふと思いついたように片手を出していた。
「ねえ、じゃあこっちでやってみない?」
その場に落ちていた細い木の棒へと向かって短い呪文を唱える。
すると、棒の端に小さな火がともり、少し燻った後に消えていた。
「着火の魔術。たぶんラットみたいな人だと、やってる事が直接何かの役に立たないとあんまり興味が持てないんじゃないかな?」
ラットは焦げた木の棒を見下ろしながら、なるほどとエイミィの言葉を聞いていた。
確かに、そうかもしれない。
そして火をつけるのならこれまで何度も、夜営の度にやって来たことだ。火打ち石を使う方法も、弓を使って火を起こす方法も。それらの代わりに呪文一つで出来るのなら、こんなに楽なことはない。
それからラットは、エイミィに言われた通り、火種が生まれるところをイメージしながら呪文を唱えることを繰り返した。
そして10分も経たずに、着火の魔術を成功させたのだった。




