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第十一話 撤退のおはなし

「ミリィ! 墓地から出て!」

 ラットの合成弓に矢をつがえ、その弦をわずかに引きながらカイルが声を張り上げる。

 3人は、カイルのそんな声を聞くのは初めてだった。エイミィ以外の2人が彼を振り返る。

「な……何よ……」

 ミリィの声には、何か自分に文句があるのかといったような色が滲み。

「違う! 早くこっちへ来て。……あれを……!」

 そう言ってカイルが指差す先、簡易な木の墓標が立つ共同墓地内には、地中からゆらゆらと這い出す影が見えていた。


「墓地の中からも……!?」

 合流しながら後退する4人。炎の矢ファイアボルトの魔術とカイルの矢が飛ぶ中、先にラットが投げていた松明2本に照らし出され、グールの姿は次々とその数を増やしてゆく。

「……ラット、これは無理だよ」

 あらたな矢を矢筒から引き出しながらカイルは言う。ラットもうなずいてそれに同意していた。

 一度にこれだけの数を相手にしては、流石に捌ききれない。

 予定通りミリィが遠慮なく範囲攻撃魔法を連発出来るなら違ったのだろうが。

 では、どうするか。


 撤退は決まっている。その仕方のほうだ。

 墓地へと向かうグール達、墓地から這い出したグール達、それらの動きをざっと見て、ラットが思い出したのは以前かっぱらい仲間たちと追われたことのある野犬の群れだった。

 あれに似ている。犬よりは統率が取れておらず、他がそう行くなら自分はこうだといったような動きだが、ただ直線的に追ってくるゾンビではなく、三方に分散し回り込んでこちらを仕留めようとしている。

 相手がそんなに多くなく、またその足も早くないのなら攻撃しながらじわじわと後退するのでも良かったが、見えるグールは10を越えていた。しかもその速度もそんなに遅くない。


 突破。それしかないと思えた。ケツを向けて逃げ出しながら、前に出て来る敵だけを叩くのだ。

 そして最後尾で追いすがる者を叩く役目は――ちらりとミリィを見る。


 彼女が最適なのだが、ダメだとラットは思い直していた。

 魔力が残り少なかろうが、範囲攻撃を1~2発ぶっぱなして逃げるだけで仕事は出来る、が。

 ミリィはさっきのカイルへの返答などを見る限り、冷静とは思えない。

 こういう者を殿に使うと、指示の意図を疑ってしまうのだ。そして二度と帰らない。


 次の候補はエイミィだが、これもダメだ。理由は無いがダメだと思った。

 その後はもうヤケクソだった。ここまで数秒の思考を終えて、ラットは叫ぶ。

「逃げるぞ! 振り返らず走れ! ……ラストは俺が引き受けた、足なら一番速ぇしな!」

 だが、その肩がとん、と後ろに押される。

 彼の前に出たのはエイミィ。両手剣を肩に担ぎながら、にやりと笑ってみせる。

「じょーだんでしょ、ラットにはまだ無理無理。あたしが行かなきゃね」


 カイルの防御幕プロテクションを受けながら、エイミィは後ろ向きに後退する。

 側面から回り込むグールへと炎の矢ファイアボルトを撃って走るミリィ。

 それと逆側のグールに横向きに構えた弓から矢を送りながら、緩急をつけて走るカイル。

 その真ん中を進みながらラットはその表情を苦く歪め、しばらく何事かを考えていた。

 そして、ふと気づいたようにその顔を上げる。


「病気と……他に何か厄介な能力はあるのか、あいつら!」

 ラットは走りながらミリィに聞いていた。何もあってくれるなと祈りながら。

 だが、彼女は戸惑いながら、とんでもない事を言い出していた。

「えっと、その……麻痺爪があるって……」

 真っ先に言えよそういう事は! 喉元まで出かかった言葉をぐぐっと飲み込む。


 エイミィを振り返るラット。

 その視線の先で、両手剣を構えつつ跳ぶように後退する彼女の全身に魔法陣が浮かんでいた。


 筋力強化フェザーを重ねがけする。

 軽くなる、を越え、もはやなんでも斬れる気がする手の内の両手剣を、低く姿勢を落としながらの一回転。膝の上で脚を断たれ、地面に落ちてもがくグールにもはや構わず、地面を蹴って後退する。

 エイミィには特に危なげはないと思えていた。突撃しながらこれを振り回すには、どうしても振った後のリカバリが間に合わないため防御の多くをカイルの防御幕プロテクションだよりにするしかないが、後退しながらなら今のところ問題はない。

 全長180センチ近く、両手剣と呼ぶのもあやしいこの鉄塊は、別に特注とかでは無い。筋力強化を常用する冒険者は多いのでわりと量産されているものだ。

 そしてこのリーチを引きながら用いれば、人形モンスターの反撃はまず届かない。牙と伸ばした爪しか持たないグールなどは格好の獲物と言えた。

 まあ、包囲されなければという但し書きがつくが。


「そろそろ潮時ね……」

 エイミィはそう呟いて、駆け出した。側面に走るグール達が詰めてきている。

 だが、駆けるエイミィに彼等は追いつけない。筋力強化を重ねた今のエイミィには鎧の重さも一切感じられず、まるで裸で駆けているかのようだ。

 エイミィは回り込もうとした者共を一気に引き離すと、ざっと足を踏ん張ってブレーキをかけ、身体をぐるりと捻っていた。

「そぉい!」

 ぶん投げられる両手剣。巨大な丸いカッターとなったそれが後方に居たグールの一団を真っ二つに両断し、泣き別れになった上半身と下半身が地面に落ちる。

 それにはもう一瞥もくれることなく、エイミィは走った。そして、ラット達に追い付いていた。


「相変わらず無茶苦茶だなおい……」

 呆れたように言うラット。それに笑ってみせるエイミィ。

 ようやく冷静さを取り戻したと見えるミリィは、しかし何も言わず。

 彼等は討伐を依頼された村へと戻っていた。


「なんと、もう戻られましたか」

 目を丸くして4人を迎えた村長の前でミリィは項垂れるが、ラットがその前に進み出る。

「悪い、村長。思ってたより数が多くてさ、仕留めきれなかった。明日もう一回行っていいかい?」

 村長は特に残念そうな顔をするでもなかった。

 すぐに了解し、泊まるところの手配をしてくれると言っていた。


「そんな……そんなあっさりで、いいの?」

 ミリィはそう言っていた。討伐に失敗した、イコール依頼に失敗したのだと思っていたのだろう。

「いいんだよ。今夜いっぱいで期限切られたわけじゃなし、こっちが戦えなくなったわけでもなし」

 ラットはこともなげにそう言う。良くあることだ、と言わんばかりに。

 ミリィは何度かうなずき、そしてようやく笑顔を見せていた。


「それより、アレだ。病気ってのは触れると伝染るのか? 誰か病人居ないか聞いた方がいいんじゃね」

「そ、そうね。……それが一番心配ね」

 ラットが言うと、ミリィはやるべき事を見つけたというように余裕さえ取り戻して答える。

 そして、カイルを伴って再び村長の元へと戻っていった。


 翌日の夜、再度の討伐というか残敵掃討が行われたが、それはミリィの魔術によって何事もなく終わる。

 けれど彼女は必要以上にそれを誇るでもなく、何よりラットは、昨日以前よりだいぶ彼女の態度が自分に対してやわらかく変わってくれたような、そんな気がしていた。

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