第十話 月と魔力のおはなし
当分の間、もうコボルト退治はいいよねという事で、依頼を選ぶペンギンズ。
だが再びゴブリン退治に戻るのもどうかと思う。ために依頼選びは長引いていた。
そんな中。
「あれがいいんじゃないですか?」
と、ミリィが指差したのは――。
それを見てラットは盛大に顔をしかめていた。
「……墓場にグールが出ている、かぁ……」
食屍鬼。ラットも正直これはどんなもんだか良く分からなかった。
ゾンビと何が違うのかと言われて説明するのは難しい感じだ。
スラム育ちでガキの頃から――今もガキというしかない年齢だが、もっと幼い頃から――スリとかっぱらいと空き巣で育ってきた彼には当然ながら学などない。
たまに飯を貰いに行っていた教会で教えられたことと、盗賊ギルドに入会してから、何故かそんな場所に所属していた魔導暗殺者の青年に教えられたことがその知識の全てだった。
それも面白い事だけしか覚えていないので抜けだらけであるし。
だが、まあ。魔術学校ならば確か魔物の生態や特徴についてもある程度教わっている筈だ。
だからこそラットがコボルトの事についてうろ覚えでも知っていたのだから。
最近、というか割と当初からミリィが自分の事をあまり良く思っていないことについてはラットも気づいているので、彼は、ここは考えたことをそのまま口に出す事に決めた。
「グールの事については、正直俺は良く知らねえんだが……ミリィが行けるってんなら、それでいいんじゃねえかな」
ミリィは彼の言葉ににっこりとうなずいていた。
どうやらこれで間違ってはいないらしい、とラットは考える。
だが……ともラットは思った。彼女の"行ける"は、彼女にとっての"行ける"であって、自分が戦力に含まれているとは考えない方がいいのではないか、とも。
恐らく間違ってはいないと思う。こういった嗅覚がなければこの歳まで生き延びてはいないのだ。
「では、受注しますね」
笑顔のまま、彼女は依頼書を取り外してギルドの窓口へと持っていった。
出来ればその前にグールについて説明が欲しかったんだが。まあ、ギルド側で依頼の際にその辺の事は言ってくれるだろうと思い直し、彼はその場で受付から呼ばれるのを待っていた。
なお説明はなかった。普通に知ってるものって前提で話は進んでしまった。
「グールかぁ、墓場に出るんですねー!」
エイミィはこんなだし。
「……何事もなく終わるといいですね」
カイルもこんなだった。
一人だけ不安を抱えながら誰にも告げられず、ラットは目的の村へと歩く。
「良くぞおいで下さいました、冒険者の皆様」
と迎えられ、村長の家で話を聞くペンギンズ。
彼もまた、やって来たのが年若い少年少女たちである事に対して不安を隠しきれない様子だったが、ミリィが"ちゃんと分かっている"といった様子で話すので、説明が終わる頃には4人のことをそれなりに信用してくれた様子であった。
だがラットとしては少々いただけない。
グールって何だよとはもう完全に言い出せない空気になってしまっていたからだ。
既に夜になっていたので彼等は休みたかったが、グールというのはどうやら夜に出るものらしい。
直行しようとするミリィに宿を探そうとしていた3人は驚いた顔を向け、だが反論も出来ないまま、まぁ、仕方なく――村からやや離れた共同墓地へ向かうこととなったのだった。
「なあ……ミリィ。こんなところまで来ておいてなんだけどさ。グールって、どんなもんなんだ?」
装備品袋の中から弓を取り出しつつ、ラットはようやくそれを問うことが出来ていた。
「あ、そうだ。ラットさんは知らなかったんですよね」
思い出したかのように言うミリィ。
いやそこで止まるなよしろよ説明をよ。
「あたしもー。ゾンビとどう違うんですっけ?」
その後エイミィがそう言うと、ようやく彼女は説明を始めていた。
曰く、それは食屍鬼熱という呪いじみた病気によって変異した人間であると。
それに罹患すると飢えにつかれ、徐々に人肉を欲するようになり、それによってのみ飢えを満たす事が出来るようになる。
そして人肉を喰ったところで病の進行は止められず、病によって命を落とした者はその後立ち上がって完全な食屍鬼へと変貌するのだとミリィは言っていた。
「やべーやつなのでは?」
「やべーやつですよね」
ラットとエイミィはそう言っていた。良くわからんナマモノに対してとりあえず弓を持ち出したラットは何とかなるが、両手剣で突っ込むのは絶対にやっちゃいかん奴なのではないかと顔を見合わせる。
「まあ……カイルの神聖魔法があれば病気の治癒は出来ますし、それに墓場に集まってくる者を全て撃破すれば依頼は完了なのですから、私の魔術で何とかなりますよ」
時刻も夜なのだし、とミリィは言う。
だから最初からそんなに強気だったのか、とラットは納得していた。
月光にのみ含まれるマナを変換して魔力は得られる。よって魔力は夜にのみ回復する。
夜間の魔術師は無限の魔力を――とまでは言わないが、まあ、そこまで魔力切れを心配する必要がないというわけだ。
なお、月光にとは言ったが、別に曇りや雨では回復出来ないというわけではなかった。
雲の向こうであろうが、夜間に月が空に出ているのなら魔力の回復は出来る。
逆に昼間の月は、はっきり白く見えていようが魔力を齎さない。そういったルールだ。
しかしラットは空を見上げる。ひどく――言いにくい事を言わねばならないのが心苦しい。
せっかくここまでミリィをいい気分にさせられていたというのに。
「……新月、なんだよなぁ……」
「え?」
ミリィは呆けたような顔をしていた。
夜間ならば魔力は回復出来る。その唯一の例外が、新月の日だった。
しばらくそのまま固まった後、蒼白な顔でこちら――ラットの方を見る。
「どうして、言ってくれなかったんですか?」
マジックユーザーが月齢気にしてないとかあるかよ、と言いたかったがそれはどう考えても禁句だ。
ラットは申し訳なさそうに俯きながら、別の言葉を探した。
「俺は魔術使えねえし、なあ……月光で魔力が回復出来るってのも、ちらっと聞いただけなんだよ」
ミリィは苦い顔をしていた。が、それ以上ラットを責めることもない。
「……来ました」
そしてカイルの言ったひとことに、4人は共同墓地の周囲に視線を送る。
「くそっ……カイル、弓は使えるか?」
ラットはそう言って、返答が返る前に彼に持っていた弓を押し付ける。
そして自身は装備品袋をひっくり返し、曲刀と訓練で使用していた木製の盾を手に取る。
「寄ってきたのは俺とエイミィで何とか……伝染されたら後で頼むぜ、カイルよぉ」
火炎の魔術を放つミリィ。
彼女が氷ではなく炎を使うのは初めて見たことだ。彼に魔術のおもしろ話を教えてくれた魔導暗殺者の青年は、同威力ならコストが最も安いのが火炎だと言っていたため、魔力を節約するつもりなのだとすぐに分かった。
それだけで何とかなるなら問題はないのだが……。
「数が多いみたいね……こっちからも、寄ってきてる」
ミリィの逆方、鋭く視線を送るエイミィの前で、音もなくグール達は忍び寄っていた。




