第一話 ゴブリン退治のおはなし
「どっせええええええい!」
一人の少女がでかい剣を振り回しながらゴブリンの群れに突っ込んでゆく。
元は貴族剣だった筈なのだが、我流によるアレンジが入りまくって完全に別物と化した剛剣。
ぶんぶんと振り回される両手剣にゴブリンの群れは蹴散らされ、一部粗末な盾でそれを受けようとした者が盾ごと粉砕されて吹き飛んでゆく。
「ふふ……踊りなさい」
その脇ではもうひとり、黒い帽子と黒いケープ、魔術師風の衣装に身を包んだ少女がロッドを構えて呪文を詠唱する。
展開された魔法陣が生み出す氷の槍が、次々とゴブリンたちに襲いかかりその四肢を貫く。
「おー、やっとるやっとる」
盗賊風の少年は背中に負った弓を構えるでもなく、樹上に登ってそれを見ていた。
加勢しようという気がないわけではないが、現状その意味が見いだせない。
長く伸ばした前髪とタレ目の三白眼がトレードマークの彼は、どちらかと言うとあの二人に追いかけ回されるゴブリンの方が可哀想になりながら、戦闘の行方を見守っている。
そして神官風の少年は、その木の下でぼんやりとしていた。
「あ……防御幕」
その指先が動き、わずかな魔力がそこに灯る。
それは誘導のための魔力でしかなかった。頭上から下りる巨大な魔力の柱から、神聖魔法に必要な魔力が一条の筋となって降り、少年の指差す先へと向かってゆく。
そして、突撃する剣士の少女へと振り下ろされようとしていたゴブリンの棍棒は不可視の防御幕に弾かれ、一瞬遅れて少女の振るった両手剣により、ゴブリンの上半身は斬り断たれて空中で一回転を果たしていた。
「いよっし! これで終わりでしょ?」
額の汗だの返り血だのをタオルで拭いながら言う剣士。
魔術師の少女は転がるゴブリンの死体を数え、それが村人の告げたものと同数である事を確認する。
「ですわ、ね。まぁ、楽な仕事でしたわ」
その様子を見て、樹上にあった盗賊風の少年と木の下に居た神官風の少年もやって来る。
「終わりか、お疲れさんっと。死体はどうする、埋めるかい?」
ゴブリンの死体を一つ一つ漁り、腰につけられた布袋などから銀貨や宝石を漁っている神官風の少年を横目に、盗賊風の少年は言っていた。
そんな行動はどちらかと言えば彼のほうがしそうなもの。事実誰もする者が居なければやろうと思っていたことだが、神官風の少年はそのぼんやりとした様子に似合わず割と金に目がない。
小金を拾う機会であれば逃さない、そういったところがあった。
「そうですね、虫とかわいたらイヤだし!」
剣士風の少女はそう言うが、特に動こうという様子もない。
へいへい、と。盗賊風の少年は、戦闘の終了を待つまでの間に削っておいた木製のスコップを拾い、穴を掘り始めていた。
彼等がパーティを結成してから2週間ほど。
最初はやっていけるのか危ぶむところもあったが、数日経って互いの性格的なものが分かれば、何とかなりそうだという気分にはなっていた。
少なくともこの盗賊風の少年――ラットはそう考えている。
剣士風の少女はエイミィ=ラズライル。魔術師風の少女はミリィ=ケインズ。この二人は家名があることからもわかる通り、貴族家の次女と三女だ。
なんでお貴族様が冒険者なんてのをやっているのかと最初は思ったが、下級貴族の次女や中級貴族の三女では貴族教育にも金が掛かるためまともに教育が出来ず、他家との婚姻にも使えない。
ずっと家で過ごさせるのもなんなのでという事で、彼女達が言い出した事にあえて親も異論を唱えなかった、といったことらしかった。
この二人が戦闘の要となっていることには、彼女達が自分より高い戦力をパーティに迎え入れる事を嫌った、ということがある。
初心者4人が危険なのは確かだが、誰かベテランを迎え入れてそれに主導権を明け渡してしまっては、その行方はどうにも健全ではないことになりかねない。
魔物よりも人間の方が怖い、という二人の認識には、ラットもうなずける部分があった。
そしてようやく死体漁りを終え、ラットが掘った穴へとゴブリンたちを放り込んでいる神官風の少年――カイルは、どこかの旅商人の息子だった。
それがなぜ冒険者神官などをやっているかと言うと、彼は父親と共にこの領へとやって来た直後、魔物の襲撃によって親を失ったのだった。
それでもただでは起きず、他の積み荷に魔物達がかまけているうちに銀貨袋だけを持って近隣の街へと逃れ、そこから大部分を教会へと寄付して神聖魔法の許しを買った。
こう見えてなかなかに行動力のある男だ。貴族出身の少女二人よりラットもこちらと話が合うため、まず打ち解けたのはこちらとだった。
「ようし、終わりだ」
ゴブリンたちを放り込んだ穴へと適当に土をかけ、盛り土を作る。
浅いので獣たちが掘り返してしまうかもしれないが、食ってくれるのなら別にいいだろう。少なくともそこらに散乱させておくよりはいいと思えた。
「じゃあ、帰りましょう」
木陰で休んでいた少女二人が言う。荷物を持ち上げ、両手剣を背中の鞘におさめて、4人は依頼を受けた近くの村へと引き上げていった。
「おお、ありがとうございます」
そう言ってラット達4人を迎える村長。
最初彼等を見た時は、彼等があまりに若すぎる事に不審そうな目を向けていた村長だったが、到着から一夜明けて朝から出発し、昼前には戻った彼等を迎えて疑いは完全に晴れたようだった。
討伐の証として切り取ったゴブリンの耳を渡し、依頼した数と一致することを確認し、彼等の仕事が早い事を褒め称えた後に村長は報酬として用意した銀貨袋を取り出していた。
「いやあ、しかしお若いのに、なかなかの働きぶりですなあ」
村長は再びそう言った後、早期討伐のお礼にと、もう少し報酬を上乗せしてもいいかもしれない、そんな事を言い出していた。
「なにか欲しいものはありますかな?」
言われた言葉に、エイミィは即答する。
「だったら銀貨ですねえ」
ミリィもそれを肯定していた。
「もとの報酬が300。これに20ほど乗せていただけると、ちょうど80枚ずつで分けやすくなるのですけれど……」
言われた村長は、少し困惑したように二人を交互に眺めていた。
そこへラットが割って入る。
「ああ、ちょっと待った。すいませんね村長……この子ら、ずっと街育ちで」
村では銀貨は手に入りづらい。
銀貨を入手するには、村を訪れる者からサービスや物品の対価として貰うか、それとも村の生産物を街へ持っていって換金しなければならないのだ。
この300枚も冒険者を雇うなら必要になるということで、ギルドへ依頼する際に同時に換金物を持っていって揃えていたものだろう。ここから更に銀貨を上乗せしろと言われれば、戸惑って当然だ。
「もう、お昼になりますから……四人分のお弁当を。あと晩のぶんの保存食を少々。それから……松明などがありましたら……数本分けていただければと、思います」
いつの間にかラットの隣へと来ていたカイルが言う。
ラットは頭の中ですばやく計算していた。食事一回が銀貨3枚、保存食一つで4枚、松明も冒険者の店で買うなら銀貨6枚ほどだ。
銀貨40枚以上となるその要求に、村長は笑顔で応じていた。
良く分からないといった顔をしている二人の少女を押しながら、ラットとカイルは用意された物を受け取り、村を後にしていた。
「ちょっと……なんで銀貨が駄目だったの?」
「いーんだってこれで充分得したんだから。……その辺は帰ったら話してやるよ」