一限目〜① 恍惚先生の苦労
先に書いたとおり、父親は「生命の起源」という分野の研究をしていた。あまり金にならない、新しい発見もしにくい地味なジャンルらしい。
既に大きな発見はなされ、その検証も進み、後は細分化した研究や、周辺機器の開発などに枝分かれしたとか、しないとか、なんとなくそんな事を聞いた気がする、父親から。
もっとちゃんと聞いたら違うのかも知れないが、それはまた別の話。
実験室にアフリカツメガエルを大量に飼っていた記憶だけが鮮明に残っている。
しかし、考えてみると、生命の起源とは、割と面白そうなジャンルだ。
深く知るために勉強するのは面倒くさいが、知っている人にチョチョッと「どんなん?」と尋ねるには、もってこいの題材だと思う。
という訳で、生物学どころか理科すら怪しいど素人が、馬鹿な質問を認知症の元学者にぶつけてみた。
以降述べられるのは、そんな不確かで、少し知っている人からすれば突っ込みどころ満載の文章である。ど素人と認知症患者の親子の対話を元に書き起こした。間違っても何かの参照にしないでいただきたい一品。特に学生さんには毒となるかもしれない。
これは私と父親がお互いの利益のために書く文章であり、読者の実にならないエッセイなのだ。あるとすれば、認知症の親を持ったなろう作者流介護術の一つとしての記録。
もしくは生物学を分かっている人が、ど素人と認知症患者の間違いを笑いながら読んでもらう程度であろう。
と、長い前置きを踏まえた上で……恍惚先生の一限目
【生命とは何か?】の始まり〜
〜〜〜キーン・コーン・カーン・コーン〜〜〜
「生命の起源」のいうところの「生命」って何だろう? どこからが生命で、どこからが非生命となるのか?
と、しごく一般的な質問を浴びせると、萎縮しだした脳みそをフル回転させた恍惚先生が、迷いながら答えを導き始めた。
生命に関して、科学(生命の起源)的な視点と、一般的な視点とがあると思う。今回の講義は、どうにか科学的な視点を引き出せたら成功としたい。
ど素人的解釈では、命ってぐらいだから、「有機的なもの」=「生命」なんじゃないかと思う。だけど有機物と無機物の明確な説明もおぼつかない、ど素人はそんなレベルだ。
先生が言うには、
有機=生命、心臓
無機=生命ではないもの
という事らしい。単語で心臓、なんて出てきて、はてな? と思われるかも知れないが、そう説明されたので、勘弁していただきたい。こうした唐突さは萎縮した脳みそ由来なのか? 謎である。
植物は動かないけど生物である。それは外から養分などを取り込み、成長して、排泄する。物質の流れがあるから。
という話になって、ど素人は小学校の理科を思い出した。植物は太陽エネルギーを取り込み、炭酸ガスと結合(?)して光合成を行い、酸素を排気するんだったか?
やばい、光合成の仕組みすら忘れてる。これだからど素人は……
無機物の話となって、金属についての話となった。有機物を焼くと炭になる、これが炭素で、炭素には四つの手があり、水素や窒素、リンや有機物(←本当?)と結びついて炭素化合物となる。これが金属……らしい。本当?
物質の流れ=食べる、排泄の循環を作り出すものは生命であり、宇宙などの一方向に進みつづけるものは、生命となり得ないらしい。
動物は食べて、排泄する、植物は炭酸ガスを取り入れ、落ち葉や酸素を出す。生物はその流れを利用して、規則性のある物に変化していく。例えば貝が貝殻を作るように。
そうした行動と機能のある物が生命であり、死んで生命が無くなると、劣化していく。
恍惚先生やるじゃん! なんかど素人も理解しはじめた気になってるよ! と、ここで調子にのったど素人が、
「太陽光発電で動き続けるパソコンは生命って事になる?」
太陽光をエネルギーに循環して、熱を排出、なんとなくCO2くらいは出してそうだし、データや電気が循環してるし……というお馬鹿な質問をしてまぜっ返してしまった。
恍惚先生はワンクッションを置き、萎縮した脳みそで、ど素人にも分かる話を構築しようとする。しばしのフリーズ……恍ピューターは一つの解を導き出したようだ。いわく、
「人間がいなければ存在しえないものは生命とは言えない」
「じゃあクローン羊は生命じゃ無いってこと?」
ど素人のお馬鹿攻撃は、痛恨の一撃を放った! 恍惚先生の口はわななき、
「それは……ちがうのぅ……」
掠れた声をこぼす。馬鹿に教えるほど苦労することは無い。目の前の敵との隔絶たる溝に恐怖した恍惚先生は、
「じゃ、別の切り口でいくか」
と、高齢者の最強スキル【受け流し】を使って、痛恨の一撃を完全無視したのであった。