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005:目的地

 ――長期凍結実験。


 実験については歩結も知っている。 他ならぬ母の研究であり、歩結自身が生き残れたのもこの実験の成果だ。

 だが、彼の知る限り“あの日”の段階では既に実験は終了していたはずだった。

 彼の記憶の中では二年前。 小学五年生の頃だ。 大きい発表だったのでよく覚えていた。


『どういうことです? 公式では実験は二二七五年には終了が発表されていたはずです』

『私の実験だけは延長されたんだ』


 この即答に歩結は眉をひそめた。

 昨今はクリーンを維持している政治業界だ。 国家レベルのプロジェクトで隠蔽があったとは考えにくいし、一人だけ実験が延長される理由も分からない。

 チャットの動きが止まったのを懸念と受け止めたか、飾理の方から『すまない、言葉が不足していた』とフォローが入った。

 さらに『文字チャットは初めてだから、やりにくいな』と挟んだ後に説明を続ける。


『凍結実験は自衛隊に引き継がれて継続されたことになったんだ。 この段階で実験は軍事機密に挿げ替わったわけで、決して非合法ではない』

『それは、あなたの実験だけが延長された理由になりますか?』

『当時の私は十歳だった。 第二次性徴にある女性の凍結処理についてより多くのデータが必要と、玲博士から直接説明を受けた。 しっかりとした書類確認の上で、私は確かに同意したよ』


 ……話の筋は通っている。 歩結は納得することにした。

 宇宙開発事業は自衛隊と連携して行われていたことを知っていと言うのもあるが、何より彼女の苗字「蟹江」はあの日に会った大男と同じだ。 「いつも娘がお世話になっております」という台詞が記憶から蘇る。


 続けて質問を投げようとした所でウィルが画面に被るようにボディを乗り出してきた。

 怒り顔を表示して、何やら文句でも言いたげだ。


「どうしたの、ウィル」

「さっきから呼んでいるのに、答えてくれないじゃないですか」


 怒声のウィルに、歩結はきょとんとした顔で返す。

 どうやらチャットに集中し過ぎてまったく気づかなかったようだ。


「ごめん。 それで、何の用? 見ての通り忙しいんだけど」

「歩結。 相手が通信端末を持っていなくても、通信は出来るじゃないですか」

「ん? どうやって?」

「まったくもう……『オーバード・ノア』はMMORPGですよ? よほどレトロなタイトルでなければコミュニケーション機能が付属しているはずです」


 やや呆れた声で説明され「あっ」と声を上げた。 ゲームに疎い彼はすっかり忘れていたが、昨今のゲームにおいてはコミュニケーション機能が文字チャットだけであるはずがない。

 ヘルプメニューを開けば該当機能はすぐに見つかった。 ビデオチャットに実況機能など盛りだくさんだ。


『飾理さん、ヘルプメニューを開いて下さい。 このゲームには通信機能があるので、ビデオチャットに切り替えましょう』

『確認した。 だがこのモニターにはマイクやカメラは付属されていないようだ。 少し待っていてくれ、探してくる』


 やや間のあった返答の間にも、歩結の方は通信設定を進めている。

 僧侶kazariに対してビデオ通信の申請を送ると、画面左上に新しいウインドウが出現。 「No Signal」のそっけない文字が表示された。

 幸いにして歩結のモニターにはカメラとマイクの機能が付属していたようだ。 自身の顔が画面左下の小さいウインドウに映り込む。 頬の医療バンドは取ってしまおうかと思った所で相手側のウインドウにノイズが走った。


 何度かブレた画像の後に現れたのは、目の覚めるような美女だった。

 色白で鼻筋の通った顔立ちに切れ長の瞳。 左サイドでまとめられた黒髪が、上質な絹のように肩から流れている。 俗世間に染まっていない深窓の麗人とでも評すべき美貌だが、ラフなタンクトップのような服装がなぜか良く似合って見えた。


 こんな美人にまっすぐ見詰められてはさすがの歩結も動揺したが、すぐにその動揺に倍する事態が起こった。 飾理の瞳が不意に大きく見開かれたかと思うと、いきなり大粒の涙を溢れさせたのだ。


「生きている……。 君は、本当に生きているんだな……?」


 美貌をくしゃくしゃに歪ませ、震えた声で言う飾理。

 涙が止まらず、彼女は口元を手で押さえながら「うれしい、うれしい」と嗚咽混じりに繰り返した。

 対する歩結はかける言葉が見当たらずにおろおろするばかり。 助けを求めるようにウィルを見るも、ニヤニヤとした顔文字を表示するだけで役には立ってくれそうもない。

 結局、歩結は彼女が泣き止むのを待つことしか出来なかった。 これが父であれば、きっと気の利いた言葉がいくらでも飛び出してくるのだろう。 本ばかり読んでいるのではなかったと後悔してしまう。


「……すまなかった。 ずっと一人で、もう諦めかけていたから……本当に、嬉しくて」


 ようやく落ち着きを取り戻した飾理は、目元の涙を拭いながら謝罪した。

 「みっともないな」と続けるが、その笑顔はとても魅力的で歩結の心をざわつかせる。


「はじめまして、と言っておこうか。 一応は」

「あ、あの。 はい。 はじめまして、佐倉と言います。 ええと、蟹江さん」

「飾理でいいさ。 私もサクラと呼ばせてもらう」


 泣き顔から一転。 今度は爽やかな笑みで白い歯を見せる飾理。

 感情豊かな人だな、と深く印象づく。


「君には別のお礼も言っておかなくてはな。 あんな墓場まで助けに来てくれてありがとう」


 ぺこりと頭を下げる飾理。

 「いえいえ」と返しながらも、歩結は思い出した疑問をぶつけてみる。


「あの、どうしてあんな場所で死んでいたんですか? 露店に気付いてくれたなら、その場で待ってくれていればすぐに会えたと思うのですが」

「ああ、最初は確実に気付いてもらおうと露店の売り物を買い占めてみたのだが、直後にミッションが発生してしまったんだ」

「ミッション?」


 表現には違和感があるが、恐らくアイテムを集めてNPCの所へ持っていくおつかいクエストの類だろうと判断する。 剣士sakuraも何度か受けたことがあった。


「困っている人を見ると放っておけなくてな。 一つ解決したらすぐに次のミッションが発生して、いつの間にか夢中になっていたよ。 良く出来たゲームだ」


 それはあなたが感情移入しすぎなのでは……と思いもしたが、自身もこのゲームの夢中になりすぎて死にかけたことを思い出すとあまり非難はできない。


「拠点に戻る選択肢もあったと思うのですが」

「それはそうなのだが、“本当によろしいですか?”と念を押されるので、怖くなってしまってな……それに、どこに飛ばされるか見当もつかなかったし」


 飾理は言って、気まずそうに頬を掻く。 どうやらゲームは不慣れのようだ。


「なので仕方なく待っていた」

「待っていたって…………え? まさか、あれからずっとじゃないですよね?」

「ああ、昨日から一睡もしていない」

「何してるんですかあなたは!」


 珍しく声を荒げてツッコミを入れる歩結。 ウィルが驚愕にウサギ耳をばたつかせた。

 飾理の方は心外とばかりに頬をふくらませて反論して来る。


「待ってくれ。 一晩くらいどうということはないぞ? 三日三晩山道を歩き続けたことだってある。 寝たら死ぬからな」

「いったいどういう生活をしてきたんですか……」

「君の環境はどうか知らないが、こちらは食糧がなかった。 現地調達さ。 もちろん肉だけでは栄養バランスが悪いからな。 畑も作ったし、養鶏もしている」


 どうやら飾理は歩結よりもよほど長くこの終末世界を生き抜いてきた様子だ。

 であるとすれば、顔を見だけで泣き出したことも頷ける。


 彼女とは色々と情報交換が必要だが……。


「飾理さん。 今はとにかく寝てください。 話は起きてからにしましょう」

「そうか? ならお言葉に甘えるとするが……これだけは先に聞いておきたい。 君はなぜこの状況下でゲームをプレイしている? 世界を諦めて自暴自棄になっているようには見えないが」


 確かに、かなり気になったことだろう。 立場が逆なら、歩結も真っ先に疑問を抱いたはずだ。

 これを断るわけにはいかず、順を追って説明することにする。


「ええと、まず最初に確認ですが、僕も飾理さんが最初に出会った生存者です」

「あ……そう、なのか……」


 やや落胆したリアクションを取る飾理。 他に生存者がいないことを察したのだ。


「少し回りくどくなるんですが、僕は他にもまだ生存者がいると思っています」


 落胆顔がはっとして顔を上げ、カメラに対して前のめりになる。

 本人には悪いが、見ていて少し面白い。


「僕も飾理さんと同じ、凍結実験用カプセルで生存した人間です。 だからまだ生きているとしたら、やはり凍結実験のカプセルを利用した人間だと思うんです」

「君もだったか……なるほど、話が見えてきたぞ」

「はい。 僕が目的地としているのは第一宇宙開発研究所。 ゲームをしているのは、湾内特区への入島チケット購入のためです」

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