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魔王様がめちゃくちゃ見てきます

 朝食は庭を眺められるサンルームに用意されていた。

 それがまず意外だった。

 しかも丸テーブルはふたりがけの小さなものだ。

 この朝食がごく私的なものであることを感じて、ヴェアトリーチェは一瞬足を止めた。


「おはよう、ベアトリーチェ。よく眠れたか?」


 先に席についていた魔王が立ち上がり、部屋の入口まで来て甲斐甲斐しくエスコートしてくれた。

 まさか「ぐっすり眠れた」とも言えず、ベアトリーチェは曖昧な笑みを返す。


 魔王に椅子を引いてもらい席に着くと、彼もすぐ向かいに座った。

 距離が近くてソワソワする。

 こちらからも話題を振らないと失礼にあたるだろう。


(よしっ、悪女っぽくいくわ……!)


「メイドをつけてくださってありがとうございます。とても美しい少女でしたわね。……こ、凍らせてコレクションにしたいぐらいですわっ」

「ああ、私もベアトリーチェをそんなふうにして飾っておきたいと思ったことが何度もある」

「……!? 氷漬けはいやです……!!」

「冗談だ、安心しろ」


 そんな会話をかわしていると、給仕が銀でできたスープ皿を運んできた。

 ベアトリーチェの目の前で掬い上げられたスープが、皿にそそがれる。


(わあ……!)


 鮮やかな朱色のスープから立ち上る湯気が鼻先に届くと、食欲をそそる匂いがふわりと香った。


(なんて美味しそうなの……!)


 一瞬、悪女のふりを完全に忘れて瞳を輝かせてしまった。

 その様子を魔王が微笑ましそうに見守っているが、ベアトリーチェは気づいていない。


「血のような色味だから食欲をそそるだろう?」

「げほっごほっ……!」


 とんでもないことを言われて思わず咽る。


「……魔族って血を飲むんですか?」


 おそるおそる尋ねると、魔王は喉の奥でククッと笑った。


「おまえの血を与えてくれるのなら、味わってみたいものだ」

「……」


(た、たぶん魔王ジョークよね……)


 ベアトリーチェは魔族特有の冗談として聞き流すことにした。

 そうしてふたりきりの食事がはじまったのだった。


◇◇◇


 カチャカチャ――。

 カタッ。

 コトン……。


 食器の音だけが、サンルームの中に響き続けている。

 魔王はあまり饒舌な人ではないらしい。

 それは別に嫌ではない。

 ベアトリーチェは別の理由で困らされていた。


(……すごい視線を感じるわ)


 もうずっと。

 こんなに近い距離で食事をとっているのに、魔王はほとんどベアトリーチェから目を逸らさないのだ。

 とてもおいしい料理が朝食の席に次々並べられたのに。

 そのせいで味を楽しんでいる余裕なんて持てない。


(気まずい……)


 伺うように視線を上げると……。


「……!」


 ばっちり魔王と目が合ってしまった。

 慌てて俯き、お皿の上のお肉をじっと見つめる。

 顔を背けた後も、魔王からの視線は感じた。


(どうしてそんなにじっと見るの……!)


 ベアトリーチェは意を決して口を開いた。


「あ、あの……! あんまり見ないでください……」

「どうしてだ?」

「どうしてって……恥ずかしいからに決まってます」

「見つめられたぐらいで照れてしまうとは、初心なのだな」


 楽しそうにそう言われてしまい、ハッと息を呑む。


(いけない……! 魔王が見てくるせいで、また悪女の演技を忘れていたわっ……!)


「そ、そんなことはなくってよ? 殿方を手玉に取るなんてお手の物なんですから!」


 魔王は笑いを堪えたようなのだが、やがて耐えきれないというように笑い出した。


(え!? というかこの人、声を上げて笑ったりするのね……ってそうじゃなくて!)


「笑ったりしてすまない。ただ一生懸命、悪女のふりをしようとしているおまえがあまりに愛らしくてな」

「……!?」


(『愛らしい』って……。いえそれよりも『悪女のふり』……!?)


「まさか――私の演技、バレていたんですか……!?」


 衝撃を受けながら尋ねると、魔王は眉を下げて頷いた。


「あんなに困り顔で暴言を吐く悪女など見たことがないぞ。まあそこがたまらなく可愛かったわけだが」


 テーブルの上に肘をついた魔王が、にっこりと微笑みかけてくる。

 可愛かったと言われたことと、演技がばれていたこと。

 そのどちらもが恥ずかしすぎて、ベアトリーチェは顔を真っ赤にした。


(せめて気づいた時点で教えて欲しかったわ……!)

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