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魔王様はお世話がしたい

「もっとおまえの傍にいたいが疲れているだろう。今日はゆっくり休むといい」

「えっと、ありがとうございます……」

「明日の朝、ともに朝食を取ろう」

「は、はい」

「朝を恋しいと思ったのは初めてだ。ではおやすみ、ベアトリーチェ」


 魔王はベアトリーチェの手を取ると流れるような所作で、ベアトリーチェの指先に唇を寄せた。


(わぁ……!? キ、キスされた……!)


 高貴な身分の男性が、親愛の証に女性の手にキスをすることは確かにある。

 でもロレンツォ王子は一度だってベアトリーチェにそんな触れ方をしなかった。

 だからなおさら、動揺した。


 ベアトリーチェは魔王が出ていった後もしばらくの間、扉を見つめたままポーッとしていた。

 ほんの一瞬、かすめるように触れただけ。

 でもたしかな熱をベアトリーチェの心に残していった。

 彼が気に入っているのはまやかしの自分なのだとわかっているのに、ドキドキしてしまう自分が空しい。


(もう心臓、はやくおさまって……! こんな状態じゃ眠れないわ)


 と思ったけれど……。

 色々あって予想以上に疲れていたらしい。

 用意してもらった軽い夕食を部屋でいただき、湯あみをしてベッドへ倒れ込むと、即意識を失った。


 ◇◇◇


 翌朝、目覚めたときベアトリーチェは恥ずかしさのあまり、枕にぼふっと顔を埋めた。

 夢を見ることもないくらい爆睡してしまった。魔王城で!


(私ったらこんなに図太かったのね……!)


 でもこのベッドもかなり罪深い。

 実家のものよりもフカフカで、とにかく寝心地がよかったのだ。


 起き上がるのを名残惜しんでいると、扉の向こうからノックの音が聞こえてきた。

 ベアトリーチェが返事をすると、白と黒のメイド服を着た少女が入ってきた。


「身の回りのお世話をさせていただくシラです」

「え!? 身の回りのお世話なんて居候なのに」

「ベアトリーチェ様が心地良く過ごせるよう、魔王様から仰せつかっていますので」

「そ、それじゃあシラさん。よろしくお願いします」

「どうぞ『シラ』とだけお呼びくださいませ」


 シラと名乗った彼女は、コカトリスと悪魔のハーフだという。

 珍しい赤紫色の髪からは、二本の可愛らしい角がはえていた。


(この子もお人形さんみたいだわ!)


 昨日見た使用人たちと同じように、シラも目鼻立ちのはっきりした美少女だ。

 ただやはり、どことなく近寄りがたいような、向き合っているとわけもなく緊張するようなオーラを放っていた。


「それでは身支度のお手伝いをいたします」

「は、はい! お願いします」

「……」


 シラがまじまじと私を見つめてきた。


「人間界では優しさも美徳とされていましょうが、ここは魔国。お気になさらず、ありのままに振る舞ってくださいませ」

「ありのまま? ……あっ!」


 シラに指摘されてギクッとなる。


(そうだった……! 私、悪女のふりをしなくちゃだめなのに……!)


 この城にしばらくの間、滞在させてもらうため、なんとか演じて見せようと思ったのに。

 寝て起きたらすっかり忘れていた。


(ていかこの子も私を悪女だと誤解してるの……!)


 とにかく今はそれに乗っておかなければ。


「な、なかなか見どころのあるメイドのようね! ……い、いまのはあなたを試したのよ。わたくしの優しさに甘えて図に乗るようでしたら縊り殺してやろうと思いましたけど」

「……!」


 シラが目を丸くして言葉を失っている。


(わ! どうしよう。言い過ぎてしまった?)


「あのっ、今のは――」


 不安になって、思わず謝ろうとしたら――。


「ああ、大変失礼いたしました! 容赦のないその振る舞い、さすがでございます!!」


(ここにも変な価値観の人いた……!)


「さすがは魔王さまの選ばれた、特別なお方でございますね……!」

「特別……!? ……それ魔王から聞いたの?」

「はい。魔王様は『ベアトリーチェは私にとって唯一無二の存在。くれぐれも彼女を大切にもてなせ。彼女が不快に思うような行動をとった者は地獄の業火で炙ってやろう』とおっしゃっておりました」

「……!」

「本当は『私がずっと傍にいて、ベアトリーチェを支えてやりたい』と仰っていたのですが……。ご公務もありますので、それはかなわず……。断腸の思いで私に任せてくださったのです」

「……!!」


 シラの口から次々に語られる恥ずかしいセリフ。

 本当に魔王が言っていたのだろうか。

 でもその言葉のすべては、存在しない悪女ベアトリーチェに向けて贈られたものだ。


(自分のことだと思ってドキドキするなんてお門違いよ……!)


 ベアトリーチェはふるふると頭を振って、胸の高鳴りを遠ざけたのだった。

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