魔王様と愛の告白
辿り着いた魔王城は、噂に違わず、おどろおどろしい様相をしていた。
雷鳴の轟く暗雲を背負い、雷が走るたびに不気味な外観が照らし出される。
城門の上には石造りのガーゴイルが鎮座していて、虚ろな目でベアトリーチェを怖がらせた。
周囲を飛び交う黒い影は、鳥ではなく蝙蝠だ。
何もかもがベアトリーチェの育った国とは違う。
二人を乗せたペガサスは、最上階のバルコニーに降り立った。
魔王は紳士的なベアトリーチェを抱き上げ、石畳の上に降ろしてくれた。
「あ、ありがとうございます」
魔王は甘い笑みを浮かべて、頷き返してくれた。
(ほんと心臓に悪いわ……。この人、いつもこうなのかしら……)
ベアトリーチェはどぎまぎしながらも、魔王と共に城の中に入った。
その途端、出迎えの声がかけられた。
「おかえりなさいませ、魔王様!!」
(わ……!)
ずらりと整列した使用人たちが一斉に頭を下げる。
空気が一瞬で張りつめる。
使用人たちが魔王に忠誠を誓っていることは、彼らの態度から一目瞭然だった。
ベアトリーチェが圧倒されたのは、使用人の振る舞いだけではない。
(すごい……。全員、美形だわ……)
男性も女性も精巧な人形のように完璧な容姿をしていた。
魔族が美しいとは聞いていたが、それは本当のようだ。
その中でも魔王の美貌はずば抜けていた。
ただベアトリーチェは、その美しい使用人たちのことを少し怖いと思った。
皆、顔が青白くって生気がないのだ。
(これが魔族特有の特徴なの……?)
でも不思議だ。
魔王はちゃんと生きている感じがする。
何が違うのだろうと首を傾げていると、ベアトリーチェの前をすうーっと白い物体が通りすぎた。
「ひっ……!?」
うっかり喉の奥で悲鳴をあげてしまい、慌てて口元に手のひらを当てる。
魔王の前に進み出たそれは、半透明のゴーストだった。
白いシーツをかぶったようなその生き物には、ちゃんと目と口がある。
「おかえりなさいませ、魔王様。首尾よくすべてが運んだ御様子、何よりでございます」
「客室は?」
「はい。いつでもお通しできる状態に」
「ご苦労だった。皆、下がってよい」
「失礼いたします」
ゴーストの執事や使用人たちは、慇懃な態度で礼をしてから下がっていった。
(はぁ……びっくりした……。体が透けていたし、ゴーストってことでいいのよね……?)
知らないうちに腕には鳥肌が立っている。
(私、この国でうまくやっていけるかしら……)
一瞬、不安に飲み込まれそうになったが、頭を振って弱気な自分を追い払う。
(って弱気になっていたらだめよね……。ここでやっていくのなら慣れるよう努力しないと……!)
そんなことを考えていると、隣から視線を感じた。
「――おまえには魔王城の中でも一番眺めのいい部屋を用意してやる。ただ急なことだったので部屋がまだ準備が整っていない。すまぬが今日はゲストルームで我慢してくれ」
「え!? このお城に部屋を!?」
魔王城へ向かう途中、魔王は「これからのことはすべて面倒をみる。何も心配することはない」と言ってくれた。
てっきり奉公先を紹介してくれるのだと思っていたけれど、まさか魔王城で働かせてもらうことになるのだろうか?
城で働ける人間というのは、それ相応の出自を持つ者たちと決まっている。
信頼がおける相手でない限り、普通は雇用してもらえない。
(それはたぶん魔国でも変わらないはず……)
「あの……お城で働かせていただけるのですか?」
「働く? 何を言っているのだ。おまえは私の賓客だ。働かせるわけがないだろう」
(賓客……!?)
「この城で思うように過ごすがいい。何かしたいことがあったら言え。すべて叶える」
「……!?」
「さあ着いたぞ。この部屋を使ってくれ」
魔王が自ら開けてくれた扉の先。案内されたのは、豪華絢爛という言葉がぴったりの広々とした部屋だった。フワフワとした絨毯。輝くシャンデリア。上品な調度品はどれも一級品だろう。
特別な客室だということはベアトリーチェにもわかった。
「あ、あのっ……こんなすごいお部屋では申し訳ないです……!」
自分は罪人として国外追放された身。
もう侯爵令嬢という立場ではない、ただのベアトリーチェだ。
それにこの部屋は侯爵令嬢にとっても豪奢すぎる。
(他国の王族が来賓した際に提供するような部屋だもの……)
「この部屋では気に入らぬか?」
「へ!? い、いえそうではなくて……。私の身の丈にあった部屋で……」
「身の丈? 何を言っている」
魔王は不思議そうな顔をして、ベアトリーチェを見つめた。
「おまえは誰よりも大切な私の客人だ。最上級の客室でもてなすのは当然だろう」
「……!」
(た、大切って……)
そんな言葉今まで誰からも向けられたことがない。
落ち着きをなくしてしまったベアトリーチェは、自分のスカートの裾をきゅっと握りしめた。
(でも私にはそんなふうに言われる理由なんてない)
ずっと疑問に思っていたこと。
ベアトリーチェは意を決して尋ねてみた。
「なぜそんなに親切にしてくれるのですか?」
そもそも会ったことすらないのに、初対面で宝物だとまで言われるなんて。
どう考えても変だ。
魔王はベアトリーチェの戸惑いを読み取ると、困ったように眉を下げた。
その表情は親しみやすくて、少しだけベアトリーチェの緊張を解いてくれた。
「ああ、そうだな。何よりもまずこの想いを伝えるべきだった」
苦笑しながらそう言うと、魔王は改めてベアトリーチェに向き直った。
(わ……えっと……)
ドキッとして顔を上げる。
一瞬前までとは、魔王のかもし出す雰囲気が明らかに変わった。
魔王は大股で一歩ベアトリーチェに近づくと、ベアトリーチェの瞳を覗き込むようにして視線を合わせてきた。
手を伸ばせば簡単に触れられる距離。
ベアトリーチェの心臓がまたドキドキとざわついた。
「ベアトリーチェ」
熱のこもった眼差しで射抜かれ、勝手に顔が熱くなってしまう。
魔王の端正な顔が間近にある。
(き、気まずい……)
逃げるように視線を逸らす。
「こちらを見てくれ」
魔王はベアトリーチェの手を取ると、そっと自分の心臓の辺りに押し当てた。
まるで自分の心に触れてもらいたがっているとでもいうように。
「ベアトリーチェ。私はおまえを想っている」
「え」
(想ってるって……。え……?)
伝えられている言葉がすんなり頭に入ってこない。
ベアトリーチェは頬を朱色に染めたまま、パチパチと瞬きを繰り返した。
そんな彼女を見つめたまま、魔王が愛しげに瞳を細める。
「私の運命の人。おまえが望むのなら、この世界の支配者となり、そのすべてを捧げることすら厭わない」
「……。……? え、ええ……!?」
(ええーっ……!?)
ベアトリーチェは動揺のあまり、素っ頓狂な声を上げてしまった。
(だって! う、ううう、運命って……!? しかもなんか今ものすごく怖いこと言った……!?)