第7話 ブランシュ編 5
およそ1月もの王都での仕事を終え、本日やっとブランシュ領に戻ってきたユーリ。
本家の門の前で馬車を降り、その足で最低限色鮮やかに仕上げられた庭を超え玄関に向かう。その手にデフォルメされたドラゴンのぬいぐるみを持って。
玄関の前にはブランシュ家の使用人全員と長男であるジル・ブランシュが立っていた。
アリアンヌはいないか……リディは当然として。無表情でそんな事を思うユーリ。
「「「お帰りなさいませ。御当主様」」」
一斉に頭を下げる使用人達に「ああ」と一言だけ返しジルの方を向くユーリ。
「お帰りなさい。父様」
「……ああ、大事なかったようだな」
笑顔のジルに対し、無表情を貫くユーリはメイドの一人が開けてくれた玄関の扉をくぐる。
そして驚愕する。
「なっ!?」
目の前にリディが立っていたからである。感情の失われた、声すら発さないまるで人形の様なユーリの娘。
表情では少し目を見開いた程度だが、内心はとても混乱しているユーリ。しかし、すぐに理解する。
「……」
リディの無表情を見て。そう、いつも通りの……。
よく考えたらあの人形の様なリディが自主的に行動する訳がない。恐らく、ジル辺りが連れて来たのだろう。
ジルをチラッと見れば、笑みを浮かべている。
(……やはりか)
少し落胆しつつも、それを表情に出さずリディの前にしゃがみ、右手に持っているぬいぐるみを渡すユーリ。
何の抵抗もなくそれを手に取るリディに、やはりいつも通りかと内心さらに落胆する。
人形のように綺麗で美しく、儚く、そして人形のように心がない我が娘は一体いつになったら声を発してくれる……いつになった手を握り返してくれる、そう思いながらリディの絹の様な銀色の髪を、優しく撫でるユーリ。
(そしていつになったら……)
「いつになったら、お前は私に笑顔を見せてくれるのだろうな……」
咄嗟に出てしまったそんな言葉。もちろんその言葉に返答が帰ってくる事などないと言う事はユーリも分かっている。もう5年もその願いは却下され続けてきたのだから……。
だからだろうか、次に聞こえてくる言葉が誰の物だか理解するのに時間を要してしまったのは。
「いつでも見せてあげますよ、おとうさま」
*****
「お父様が帰ってきましたよ」と言うメイドの一言で、部屋を飛び出し玄関に向かうリディ。
絵画でしか見た事のない自身の父親が近くにいて、もうすぐ会える。
もう爆発する位の興奮を抑えられずリディは子供にしては異常な程のスピードで廊下を駆け抜ける。
自分に合うのを喜んでくれるだろうか? そして驚いてくれるだろうか?
そんな考えを脳内に張り巡らせるリディ。しかし
(ちょっと待てよ……)
もう既に玄関に到着しているリディは父親であるユーリの姿絵を見る。
全体的に冷たい印象のあるユーリの絵。そういえば「父様はあまり感情を表に出さない方だから」とジルから聞いた事がある。そこでリディはちょっとしたサプライズを思いつく。
それは、父にとっていつも通り無表情のリディが、いきなり目の前で満面の笑顔を取り戻したら。と言うものだった。
思い立ったら即行動のリディ。すぐさまジルと使用人たちの了解を貰い玄関の中でスタンバイ。
ワクワクしながら待っているとその瞬間、玄関の扉が開かれる。急いで表情を無にする。
入ってきたのは予想通り自分の父親であるユーリ。
(ああ、あのえげつない眼光は間違いない。絵よりずっと……いやそのまんまだ、絵師さんスゲェ~!)
自分の前でしゃがみ込むユーリに内心はパラダイスだがそれを表情に出さない様必死なリディ。
そしてユーリがぬいぐるみを渡してくる。
(わ、わ~い……コレ音なるんだよなぁ、ウレシイナ~)
嬉しいお土産に顔がひくつくのを堪えるリディ。ユーリの手が頭に乗せられる。
「いつになったら、お前は私に笑顔を見せてくれるのだろうな……」
(そんなの決まっています!!)
リディは満面の笑みで言ってやるのだった。
「いつでも見せてあげますよ、おとうさま」
「……なっ!!」
リディのサプライズは成功した……のだろう。先ほどから一つの表情しか使っていなかったユーリが少し、ほんのすこ~し驚いた事が分かる顔をしているから。
成功したことにホクホクのリディ。
「……リディ、なのか?」
「ええ! 正真正銘おとうさまの娘。生まれ変わりたい部門5年連続第1位、この手に夢と誇りと家族愛とキモイ液体を掲げる少女、リディです!」
「……ほんとにリディか?」
こんなにテンションが高いとは思わなかったのだろう。信じられないと言うようなユーリ。
「失礼な!! 見て下さいこの瞳を! そっくりでしょう!? こんな赤い瞳を持ってる人物なんか私かおとうさまかマジギレしたア二エスくらいですよ!」
ユーリに詰め寄り、自分の赤い視線とユーリの赤い視線をを合わせる。
後ろで「お嬢様のせいでしょ!」とアニエスが叫んでいるが無視。
「……そうか、本当にリディなんだな」
思ったより薄い反応に、あれ? 実はそんなに嬉しくないのかな? と少ししょんぼりするリディ。しかしその瞬間、体が暖かさに包まれる。
「えっ?」
ユーリが抱き着いてきたのだ。そのままリディの頭を撫でるユーリ。
「そうか、私の娘はこんな声で、こんな風に笑うんだな」
平淡な様に聞こえるが、先程よりもほんの少し上がった声。そんな父の行動に抱き返す事で返事をするリディ。
(温い……これで家族が揃った!! 念願の家族が!!)
嬉しさからニヤけと鼻息が止まらないリディ。
「おとうさま、キャッチボールしましょう!! そしてその後はプロレスごっこをして泥まみれになりましょう! なに心配しなくても洗濯は一緒でいいですよ!」
「……そうか、私の娘は少し変わっているんだな」
先程よりも少し下がった声のユーリ。
(これからは家族全員での食卓にピクニック、旅行!! そしてご近所から言われるんだ。あの家族はほんとに仲がいいわね~と。ああ~夢が広がりすぎて脳みそが沸騰しそうだ~)
ギチッギチッギチッ
リディの腕に力が入る。
「そ……そうか、わたし、の娘は、力がつ、強いのか……」
苦しそうなユーリに気が付かず、ヘヘへと妄想を広げるリディ。
(これで俺の考えた幸せ家族計画が結構できる!!)
*****
(なんて思ってる時期が俺にもありましたよ……)
ガッカリした顔でパサつく肉を切り、口に入れるリディ。
いつもの食事風景。ただ違うのはそこにいつもはいない父親であるユーリがいる事。
たったそれだけで、いつもはおしゃべりで軽いジョークを飛ばす母は無言で食事を進め、父と目を合わせようともしない。
(いや、お母様! もっとあるでしょ。お仕事どうだった? ……とか、私あなたのお母さんと同棲なんて無理よ……とか! あれ? ひょっとして仲悪いの?)
そしていつもはリディとアリアンヌのギャグに困った様な笑みを浮かべるジルも凛として食事をしている。
(兄さん、あなたは8歳でしょ!! もっと鼻水垂らしながら机バーンッと叩いてカブトムシの話でもして、意味わかんない事で爆笑とかしろよ!)
そんな偏見交じりの願いも、この空間に押しつぶされている様だ。
「ううっ」
(お……重い。家族の食卓ってのはもっと笑いが飛び交うもんじゃないのか!?)
そんな想像とはかけ離れた現状に、汗が止まらないリディ。
このままでは、俺の幸せ家族計画が、と内心からも汗が出るリディ。
(こうなったらやるしかない。この俺が母で兄で父親だ!)
完全に意味不明な思考回路とかしたリディ。カッと目を見開き叫ぶ。
「あー! そういえばおとうさまお仕事は意味わかんない所でカブトムシと同棲して無理だったの、鼻水垂らして机バァァン!」
「リディ、食事中だ。静かにしなさい」
「……つくえ、ばあん……」
「リディ?」
「……はい、すみましぇん」
父の一言に見事撃沈。他の家族もスーパー塩対応である。
その日の食事はサイレントのまま終わった。
*****
その夜、薄暗いぬいぐるみの多い自室にてリディはショックのあまりぬいぐるみを使って疑似家族ごっこをしていた。
変なトカゲのぬいぐるみが父、うさぎさんのぬいぐるみが母、新しく手に入れたドラゴンのぬいぐるみが兄。その3つは先程の食卓と同じ席順に並べてある。
「あなた、お仕事はどうだったの? (母役・声リディ)」
「うむ、大変だったが何とかお前たちのために早く終わらせてきたよ……こらジル! 大人しくしなさい! (父役・声リディ)」
「あら、嬉しいわ! 私もあなたの帰りを心待ちにしていましたわ……ほらジル! それはお肉じゃなくて革靴よ (母役・声リディ)」
「リディも心を取り戻した事だし、これで幸せ家族の出来上がりだ。そうだ! 明日はピクニックに行こう! 家族の親睦を深めるために、こらジル! いい加減服を着なさい!
(父役・声リディ)」
「名案ね! お昼は綺麗な草原でポークサンドを食べましょう。こらジル。それはポークじゃなくて自分の右手でしょ? ハンドサンドなんていらないわよ! 何とか言いなさいジル!! (母役・声リディ)」
「アへへ!! 上から読んでも下から読んでもナポリタン!! アへへ!! (兄役・声リディ)」
そんな寸劇を虚ろな瞳で繰り広げている脚本家リディ。はたから見れば完全にホラーである。
「は・は・は……結構楽しいじゃん」
「いや、僕はどれだけ頭の悪い子供なんだ…… (兄・本人)」
ゆっくり振り向くリディ。そこにはいつの間に入ったのか苦笑いのジルが立っていた。
そんなジルの登場も全く気にした様子もなく、ドラゴンのぬいぐるみを持ち上げ、ジルに向ける。
「ほら兄さん? 兄さんが来ましたよ? 挨拶しましょ? ……えへへ! 僕はジル。近々右腕に自分の顔のタトゥーを入れるよ!」
「狂いすぎだろリディの中での僕っ! いい加減戻ってこい!」
ぬいぐるみを取り上げ、それでリディの頭を叩くジル。ギャオオオと鳴るドラゴンのぬいぐるみの音にハッとするリディ。
「わ、私は今まで何を!? あの閑散とした食卓は全部悪い夢だったのか!」
そうだ、そうに決まっている! と都合の良い考えをし始めるリディ。しかし直ぐに現実に引き戻される。
「残念だけど、全部本当の事だよ」
「……」
ジルの言葉に現実を直視したくないと、再びぬいぐるみ遊びを始めようとするリディ。そんなリディにため息を吐き、その場に座るジル。
「リディ。君がどこから得たのか分からない家族像を持っているのは知っているし、それを聞こうとも思わない。でもね、領家って言うのは大体が皆、礼儀作法を重んじる格式高い人達なんだ。君の望む所の和気あいあいなんてものは期待しない方がいいよ」
ジルの言っている事は正しいとも間違っているとも言える。
長い歴史と血筋を持つこの統治国ヴァルドでは、特に礼節を大切にする習慣があり、パーティーなどの交流の場は別として個人的な食卓での会話など、どこの領家もあまりしない。しかしそれでも“あまり”しないだけで、“全くしない”というのは少しおかしい事である。
(確かにそうなのかもしれないけど……)
「それでも、一言もしゃべらない何て事あるの? おかあさまもおとうさまと目を合わせようとしないし……何か別の原因があるように思えるんですけど」
リディの考えは的を得ていたのだろう。その言葉を聞いた瞬間ジルは少しの動揺を見せた。
「驚いたな。リディはもっとバヵ……頭がわるぃ……あ~、あれな子だと思ってたけど」
上手い言葉が思いつかなかったんだな。と思いつつも、その続きが気になるのであえてスル―を決め「聞かせて下さい」と真剣な顔になるリディ。
「まぁ、元々その為に来たんだけどね……」
聞く気充分なリディを見て、同じく顔を引き締めるジル。
「今でこそ父様と母様はあんなだけど、昔はもっと仲が良かったんだ」
ジルは自身の知っている事をリディに話し始める……。
当時のブランシュ領は貧しい事に変わりはないが、それでも今に比べれば大分マシな状態だったらしい。
その理由は偏に国から支給される資金と兵士の数が充実していたからであろう。
騎士学校を卒業と同時に若くして領公となったユーリは表情こそ今と変わらないが、胸の内はとても熱い男だったらしく、いつかここを誰に見せても遜色のないものにしてやるとブランシュ領のために身を粉にして働き、そしてその努力の甲斐あって、徐々にだがブランシュ領は発展していった。
当時、パルム領の領家ご息女だったアリアンヌを妻に向かい入れ、第1子であるジルも生まれ、ユーリは忙しいが充実した日々を送っていた。
しかしそんな日々は長くは続かなかった。
ある日、王都で開かれる領公会議にて、ブランシュ領の資金の減給と兵の没収を言い渡されたのである。
理由は同盟国である民合国ザガンドが軍事的な動きを見せ始めたからだ。
統治国ヴァルドと民合国ザガンドは100年前の戦争を機に和平を結んではいるが、折り合いが悪く今だ両国とも睨み合いをする仲。名ばかりの和平と言う奴だ。
そんな再び敵国になるかもしれない民合国の行動に対して、万全を期す為、国がだした決定は“扱い辛い領地に資金や兵を回すのはやめて、王都付近の領を盤石なものにしよう”と言うものだった。
そんな残酷な決定に、諦めず何とかしようと奮闘するユーリだったが、それでも現実は厳しかった。
あっという間に廃れていく領地、今が好機と攻め込んでくる野盗、不満の溜まる領民。そんな苦しい現実に板挟みにされ心が冷めていくユーリ。そして追い打ちをかけるように誕生した感情のない第2児、リディ。
そんな現状にどう感じたのかユーリはとても冷たい人物になってしまっていた。協力的だったアリアンヌは何度もユーリに打開策を提示した。しかしユーリは一言「検討しておこう」と。
アリアンヌは幻滅したのだろう。それ以来、二人の関係は冷めきった物になっていく。ただそれでも今だに一緒にいるのは、子供のためか、それともやはりどこかで自分の旦那を信じているからか……。
「僕も聞いた話だからどこまでが本当か分からないけど、まぁ多分事実だと思うよ」
話を聞き終わったリディは怒りで震えていた。
(じゃあ何か? おとうさまやおかあさまの仲が上手くいってないのは、全部国のせいだってのか? ……このっ)
「クソが!! 俺の家族をめちゃくちゃにしやがって!!」
いつもの呑気な声とはまるで違う、怒気纏うリディの怒りの声。拳を握り震えるその体からは5歳とは思えない程の迫力が見て取れる。それにはジルも冷や汗を流し後退る。
しかし、そこで言葉を発することが出来たのは、兄としてのプライドがなせる技か。
「お、落ち着けリディ!! 君の気持ちも凄くわかるが、怒っても二人の仲が元通りになるわけじゃない!」
そして触れていいのか分からない程の覇気を纏うリディの両肩をガッシリと掴むジル。
「冷静になれ!!」
ジルのそんな言葉を受け入れ、徐々に怒りを治めていくリディ。先ほどの重苦しかった空気が和らいでいく。
「もし……もし国が一人の人間だったら、ボコボコにしてる所だ」
怒気を治めた直後にボソッと言ったリディの言葉にジルは冷や汗を止まらず、そしてひどく安心したように話す。
「本気で怒った所を初めて見たよ……ほんとに君が身内で良かった……」
「……アハハ、ありがと兄さん。でもそんな事私に話して良かったんですか?」
いつもの調子に戻り、ジルに疑問をむけるリディ。
「君の影響かな……僕もいい加減、あの空気で食事をするのが我慢ならなくなったんだよね。やっぱり、家族は仲良くしないと」
分かってるじゃないか兄さん! と内心ガッツポーズを取るリディ。
そして窓の外を見ながら、ジルは
「それに、リディならもしかしたら考えもつかないような事をしてくれるんじゃないかな? って思ったんだ」
と言い、微笑む。
(俺を……頼ってくれてる!! 兄妹の信頼関係!!)
そんな自分の兄の期待に応えなければ! と興奮しながら頭を回転させるリディ。
「そうですね! あっ! 思いつきました! まずは二人を崖から落とすじゃないですか」
「そんな事は思いつかなくてもいい!」
ビシッとリディの頭をはたくジル。
「僕的には、まずは父様と母様に話し合いの場を設けた方がいいと思うんだけどね。 リディはどう思う?」
温厚なジルの温厚な方法。両親の仲を戻すのならばこれが一番ベターであろう。
上手くいかなさそうだったら上手い事子供の涙を利用する合わせ技の方法もある。息子と娘の両方の涙に、そこに仲介してくれる大人の人がいればなおの事良し。
子供に出来る事ではこれが最大だろう。
(確かにその方法も悪くはないんだけどねぇ~)
「でもそれじゃあ、子供の前でだけ仲良しぶる親が出来上がらないかな~」
リディは生前見た映画でそう言った内容のものがあった事を思い出す。
タイトルは忘れたが、子供の前でだけおしどり夫婦を演じ、裏では互いを嫌悪し合う男女の話。
最終的に子供を実家に預けて、男女は離婚、雪の降りしきる河原にて互いに一言も交わさず、反対方向に歩いて行きエンドロールというあんまりな内容。
生前のリディは映画館でそれを見ており、あまりのショックに大号泣しながら地面を転げまわったほどだ。
リディが懸念しているのは、そう言った仮面夫婦が出来上がらないか、と言う事だった。
その言葉に流石は空気が読める少年ジルはその危険性に気が付いたらしい。
「そうか、そういう事が起こりうる可能性も十分にあるね。表に出ない分余計に厄介だ……う~ん、どうしようか」
顎に手を当てて考えるジル。しかし一方のリディはそんなジルをニヤニヤと見ている。
「まっ、この有能な妹はもう既に良い方法を思いついているんだがね」
腕を組み、自慢げに言うリディにジルは食いつく。
「本当かい? それは一体どんな方法なんだ?」
「ふふふ! 簡単。二人でこのブランシュ領を盛り上げればいいんですよ!」
この問題を解決するには、草の根を刈るしかない。両親の仲を戻すには、その草の根である資金問題を解決し、人員を雇う事が良いのではないか。リディはそう考えたのだ。
しかし、領家と言えどたかが子供にそんな事が出来るだろうか。いや、自信満々なリディの表情、もしかしたら現状を打開するためのとっておきの手段があるのかもしれない。
(特に何も考えてないけど、まあ何とかなるっしょ!)
訂正、無策で無鉄砲だった。
「僕が言うのもなんだけど、僕たちはまだ子供なんだよ? それに今の廃れてしまったブランシュ領を盛り上げるなんて出来るとは思えないけど……具体的な方法とかは?」
「さあ? 現場を見て見ない事にはなんとも……」
リディの軽い口調にガックリとするジル。「全く君は……」と呆れた表情だ。
しかし当の本人は先の意見に対してまったく出来ないとは微塵も思っていない。
「何事もやってみないとわからないですよ? 無謀でも無策でも進まない事には道は見えてこないと思いますよ」
力強いリディの言葉にハッとするジル。
「それに、ここにいるのは最強の妹です。最強の妹は家族の為なら何でもするし、成し遂げます。そういう生き物ですから」
ふざけた発言じゃないし嘘は言っていない。月夜に照らされて輝く銀髪に大人びた真っすぐな目。それを見て、ジルも冗談じゃないと感じたのだろう。
「……君はやっぱり読めない妹だよ。でも不思議と本当に出来てしまうんじゃないかと思わされてしまう」
微笑み、大きく頷く。
「わかった、やってみよう!」
いつになくやる気の見えるジルに満足したリディ。
「決行は明日から、最強コンビ結成ですね」
拳を前に出すリディに同じく拳を重ねるジル。
合わせていた拳を離した二人。
「と言うか君は本当に不思議な妹だ。子供らしくしていると思えば、急に大人びた雰囲気になる。さっきの怒った所なんて、生きた心地がしなかったよ……何者なんだい?」
ジルの鋭い指摘にギクッとするリディ。
リディとして生きていくと決めたからには生前の事を言わないと決めているリディ。もし生前は29歳独身ブ男のフリーターで警察の御厄介になったりしてましたテヘッ! と言う事が家族にバレでもしたら……。
『そんな事があったのか……リディ、いや名も知らぬ青年よ。二度と家に近寄るな』
『私たちを騙していたのね? この変態。 しゃべるなゴキブリ』
『えへへへ、リディはリディじゃなくて、僕がリディだぁ……消えろぉ!』
(何て事になるかも!!)
起こりうるかもしれない未来に焦るリディ。どうにかしようと、目の前で尚もリディについて考えているジルに迫る。
「それにリディはたまによくわからない事を言うし……」
「それは偏に家族愛がなせるわざですよ兄さん!! 愛とはいつでも理解不能なもの! 深く考える必要のない事だ!!」
「いやでもそれだけでは」
「しつけぇ! 愛ゆえにぶっ飛ばすぞオラァァァァ!!」
「……」
握りこぶしを作り叫ぶリディ。随分過激な家族愛もあったものだ……。
「失礼、取り乱しました……おっと、もうこんな時間。子供は寝る時間ですよね~、部屋に戻りますね~。おやすみブラザー」
「……リディ、ここが君の部屋だ、そしてそこは扉じゃなくて窓だよ」
「いいえここは扉です。兄さんがまだこの話をしたいと言うのであれば私はここから出なくてはいけないのです」
「……そうか、じゃあ僕は本当の扉から出ていくとしようか」
何となくリディの気持ちを察したのか、ジルは追及せず部屋から出て行った。
(……良かったぁ~何とか誤魔化せた~)
誤魔化せてはいないと思うが、身バレせずに済んで安心したリディは……再びぬいぐるみ遊びをするのだった。
(マジで意外と楽しい)
意外な楽しみを見つけたリディ。生前合わせて34歳の大人がぬいぐるみ遊びか、見た目が子供でよかったと思うリディであった。