表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
47/48

第46話 ジルトルト少年編 3


薄暗く狭い裏路地では行商人らしき男2人が領民と同じ格好をした1人の男と話をしていた。どうやらこの3人はグルの様だ。


「門兵が粘ってきたが何とか積み荷を中に入れる事が出来たぜ」


行商人らしき男の言葉に領民らしき男は笑いながら言う。


「そうでなくちゃ困る。この為に何日ブランシュにもぐりこんでたと思ってんだ。苦労したんだぜ、怪しまれずにこの街を調べんのはよ」


「しかし、どうやってサインなんて貰ったんだ?」


「な~に、普通にここに名前を書いてくれって頼んだだけだよ。ちょいと酒を飲ませてからな」


「へへ、あの人の言った通りだ」


「これでこのブランシュを攻め落とせる……クックックッ」


男達は悪そうに笑い、何やら物騒な話をしていた。リディの勘は見事的中したという訳だ。そしてそんな連中をリディが見逃すわけがない。上空からスタッと男達の背後に着地し、笑顔で挨拶をする。


「こんばんはぁ。面白そうな話だけど、それ私にも聞かせて貰える?」


「何だ!?」

「ヤベェ!! この街の領公の娘だ!! 逃げろ!!」


リディの登場に領民らしき男が行商人2人に叫ぶが、その2人はたかが少女に何を怯えているんだ状態であった。


「何小娘1人にビビってんだよ?」

「そうだぜ、こいつの息の根を止めればすむ話だろうが?」


「馬鹿野郎!! 呑気な事言ってないで逃げるんだよ!! そいつとまともにやり合うんじゃねぇ!!」


そんな領民らしき男の言葉にリディは言う。


「まるで化け物みたいな言い方ね? こんな華奢な女の子に出来る事なんて――」


その瞬間、リディは行商人の男1人の頭を殴り昏倒させ、もう1人の腹を蹴り飛ばし壁に激突させる。

「――精々、大の男を動けなくするくらいよ」


それを見た領民らしき男が「クソ!!」と言いリディとは反対方向に駆け出した。しかしリディは追わない。その先にトレールが待ち構えていたからだ。


「止まれ!! さもなくば――」

「――どけぇガキがぁ!!」


忠告を無視し突っ込んでくる男に、トレールは少し緊張したように息を吐いた後、まるで柔道の背負い投げの様に男を投げ飛ばし、すかさず地面に押さえつけた。

なるほど子供でもジルトルト家の人間だ。対人戦の修行は腐るほどやってきているか。


「いででででででっ!!」

「大人しくしていろ!!」


完璧に関節を決めているトレール。あれなら抜け出せないだろうとリディは考え、そちらの男をトレールに抑えて貰っている間に情報収集を済ませようと壁に叩きつけた男に迫る。


「何であなたを気絶させなかったか分かる?」

「あっ……あっ」


怯える行商人の男をその赤い瞳で見降ろしながら胸倉を掴み体を起こさせると、右腕を男の首に当て壁に押さえつける。そして衝撃で少し苦しそうにする行商人の手をもう片方の手で掴み……指をまげる。


「ぐぎゃあああああああ!!」


痛みから悲鳴を上げる行商人を見て、トレールが「なっ!」と言い目を見開くが、リディはそれを無視して行商人の男を脅す。


「行商人にしては随分と獣臭いわね、まるで野盗みたい。さぁ、これからの人生でまだ手を使いたいんだったらさっさと話しなさい。このブランシュで何をしようとしているの? その目的は? 手段は?」


「うぎゃあああ!!」


リディは目の前の男がただの行商人でない事を看破していた。そしてその嗅ぎ馴れた臭いから正体が野盗、もしくはそれに準ずる何かだと目星をつけている。そんな奴に情けは無用とリディは多少強引に情報を吐かせ、直ぐにでも問題解決に乗り出そうとしていた。しかし、それを見ていたトレールは慌ててリディの元に駆け寄って来た。しかも押さえつけていた男を気絶させずに。当然の如くトレールに押さえつけられていた男は逃げて行く。


「何をしているんだ君は!?」


「それはこっちのセリフよ! 直ぐにあの男を追いなさい!」


その暴挙に怒りを感じ指示するリディだが、トレールは動こうとせず逆にリディを睨んできたではないか。


「今君がしている事を俺が納得出来たらな!」


もう逃げた男の姿は見えない。今から追っても時間の無駄だろうからリディは目の前の行商人の男に口を割らせる事を優先する。


「ちっ! 見てわからないの? お話よ。話すのはこいつだけだけど」


「違う! ただ話すのに指を曲げる必要はない! それは拷問だ!」


「邪道が嫌なら向こうの綺麗な道に行ってなさいお坊ちゃん」


「イテエエエエエエ!! やめてくれぇ!!」


トレールから目を離し再び力を入れるリディ。しかしトレールはその手を掴んできた。


「だからやめろ!! いくら悪党だからと言ってもそんな非人道的な事で口を割らせなくてもいいだろう!! もっと穏便にするべきだ!!」


「なるほどね。ミルクを飲ませてゲップが出るまで背中を摩れって事? 寝る前に絵本なんて読み聞かせてあげれば、1年後くらいには話だすかもね? とても良い案だと思うわ……ブランシュがそれまで無事ならね」


リディはトレールの手を払いのけると、怒りの表情でトレールを睨む。それに少し怯んだのかトレールは数歩後退る。


「仮にこいつが野盗だとしたらこんな偵察みたいなマネ今までしてこなかった! 確実に何か裏がある。だから手遅れになる前に口を開かせるのよ!」


「それでもまずは普通に対処するべきだ!! そんな鬼畜な事をしなくてもちゃんと話せば分かってくれるかもしれないだろ!!」


「あのね聖人君子さん。相手が誰でも正面に立ってくれるとは思わない事ね。後から刺されてからじゃ遅いのよ? あなたはそれでもへらへら笑っていられるかもしれないけどね、私には絶対に守りたいものがあるから無理。鬼畜でも畜生でも好きな様に呼んでもらって構わないから消えなさい。あなたには刺激が強いからね」


「待て!! 止めろ!!」


これ以上綺麗ごとを聞くのは無意味だと感じ、尚も止めてくるトレールを無視してリディは目の前の苦しそうに怯えている男に目を合わせ、そしてゆっくりと手を掴み赤い瞳で射抜く。口が回りやすい様に1言を添えて……。


「指ってね……足にもあるから」


恐怖に歪む男の視線に堕ちるのもすぐだと感じるリディ。このまま邪魔をされなければ問題なくあと1~2本でカタが付く。邪魔が入らなければだが。


「それ以上は許さん!!」


トレールが腰に装備してある剣を抜き、リディに向けて来たではないか。こんな悪党をそこまでして守るその純粋さは素直に認めよう。しかしリディからしたらそんなもの今は邪魔でしかない。領公の息子と言う事である程度の発言は流した。尻拭いもしてあげた。苛立つ事を言われても我慢した。しかしこの街を、家族を守る事を邪魔するのであれば目の前の少年はリディにとってただの排除対象だ。言わば野盗と同じ。


「……それをこっちに向けるって事は、指が恋しくないって事でいいんだな?」


リディの体から怒気が流れ始める。向ける相手は男ではない、今も尚リディに剣を向けているトレールだ。

リディはゆっくりと立ち上がるとトレールに向き直る。


「ぐっ!」


冷たい顔でリディは怒気を全力でトレールに向け1歩1歩進んで行く。そんなリディにトレールは冷や汗を大量に流し、後ずさる事も出来ない様子だ。それでも剣を手放さない所を見ると流石は騎士家系。しかしトレールではリディには敵わない。いや同じ目線にすら立てていない。なぜなら。


「凄い汗だ、それに息切れも激しいし、なにより足が竦んでるぞ……当ててやろうか?」


「な、なにを」


「お前、怖いんだろ? 人と戦う事が」


リディの言葉にトレールは目を見開く。どうやら当たっていた様だ。しかしそれを11歳の少年に求めるのは少し酷な気がするが、リディはそんな事お構いなしだ。


「誰も守った事がなくて守られてばかり。本気の気迫にすら足を竦ませる程度の覚悟しかないお前が、綺麗ごと並べたって説得力の欠片もないぜ」


そのままリディは動けないでいるトレールの真正面まで行くと、拳を振り上げる。


「俺に意見したいなら、1人でも命がけで守ってからにしろ。この腰抜けが!」


トレールはもう何も言い返せなかった。恐らく思う所があったのかもしれない。そしてリディの拳が振り下ろされようとすると、トレールは剣の構えを解き諦めた表情になった。

しかし……。


「坊ちゃまから離れろぉ!!」


駆けて来たリーシャの槍がリディに迫る。それを後ろに下がり躱すリディ。リーシャの後ろにはジュリアムもいる。恐らく屋敷の時と同様リディの怒気を感じ取りここまで来たのだろう。

リーシャはトレールの体を心配した後、リディに向かって構えを取った。


「ご無事ですか坊ちゃま!? 貴様ぁ! 今何をしようとした!!」


リーシャの殺気がリディに向けられる。構えも隙がないし、先程の1撃もかなり鋭かった。

ジルトルトで1番の槍の使い手と言うのは嘘では無い様だ。しかしリディからしたら関係ない。強さも弱さも関係なくただ目の前の女も排除する対象だ。


「何をしようって……あんたが今俺にしようとしている事だって言ったらどうする?」


「坊ちゃまに仇なす者は全てこの槍の錆にするまでだ!!」


「こんな狭い道でその槍が自由に使えるのか? 何だったら広い道に出てあげてもいいぞ?」


「舐めるなよ! お前みたいなひよっこ相手に情けを貰うほど落ちぶれてはいない!!」


「あ、そう。女騎士は数が少ないって聞くけど、今日でもっと少なくなるな」


リディはリーシャに向かって構えを取る。互いの気迫が入り混じり互いを圧迫する。しかし気づいているのはリーシャだけだろうか。リディの怒気が膨れ上がっている事に。構え続けるリーシャだが、その頬からは汗が流れ始めている。リーシャには見えているのだろう、自分の槍が粉々に砕ける未来が。力の塊のようなリディに槍の使い手はどこまで抗えるのか。

しかし、そんな一触即発だった2人の頭上に冷たい水が降って来た。


「2人共、頭を冷やしなさい!」


ジュリアムの体が水色に光っている所を見ると恐らく水魔法だろう。


「何があったか分からないけど、今ここで争う事が間違っていると言うのだけは分かるわよね? 分からないって言ったら何度でも水ぶっかけるから」


ジュリアムの言葉に冷静さを取り戻し構えを解き怒気をおさえるリディ。リーシャは未だに構えているが先ほどの様に殺気はもうなく、トレールを庇うように立っている。

リディは髪の毛についた水気を取りながらジュリアムの元に歩くと肩に手を置く。


「ありがとう、ジュリ。お陰であなたが意味不明な発明を寄越して来た時の対処法が分かったわ」

「どういたしまして。それよりもう一杯いかが?」

「もう頭は冷えてるよ」


ジュリアムに微笑むと、リディは顔を引き締め座り込んでいるトレールに目だけを向ける。


「その行商人の男はあなたに任せるわ。殺気に当てられて伸びているみたいだしね。私は逃げた奴を追うけど、もしついてくるならそれ相応の覚悟を持って来なさい。次も私の親友や従者が助けてくれるとは限らないんだから」


そう言うと足に力を入れ駆け出す。トレールはそんなリディの言葉にショックを受けた様に俯いている。


「坊ちゃま……」

リーシャが腫れ物に触るようにしているとトレールはゆっくり立ち上がり、フラフラと歩き出していった。リーシャはそれについて行こうとするが、トレールは首を振った。


「頼む、少し1人にしてくれ……」


去って行くトレールの背中を辛そうに見ているリーシャにジュリアムが指摘する。


「ほら、私達は私達に出来る事をするわよ! ボーッとしないで」

「は……はい」


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ