第44話 ジルトルト少年編 1
ブランシュ領のとある朝。門兵と2人の行商人が言い争いをしていた。行商人の後ろには大きな2つの積み荷。その上には大量の木箱が積まれている。既に確認は終えているのか手前の木箱は空いており、中には料理などで使う調味料がぎっしり入っている。
「だから、何度も言っているが、こんな大量な積み荷が来るなんて聞いていない! 届ける所を間違えているんじゃないか?」
「そんなはずはねえよ!! よく確認してくれ」
「ほら、ちゃんとサインも貰っているんだぞ!」
行商人の1人が懐から文字の書かれた用紙を1枚門兵に渡す。宛先はブランシュ露店通り最大級のブランシュ肉料理専門店。頻繁に積み荷が届けられる場所だ。渡された紙にも門兵が見慣れている料理屋の店員のサインが書かれている。不備などはなさそうだが。
「確かにうちの者のサインだが……しかしこいつが報告を忘れた事なんてなかったんだが」
「きっと前日に呑み過ぎたんだよ。な? 本人のサインがあるなら問題ねぇだろ? 護衛も付けずにここまで苦労して来たんだ」
「見てくれよこの服ボロボロだろ? 途中で野盗に襲われたんだが、荷物だけは何とか守りきったんだ! それなのに引き返せってのは酷だろ!?」
涙目で詰め寄る行商人2人に門兵もその苦労を買ってやりたい気持ちなのだろうが、最近この街の領公の娘であるリディ・ブランシュが口を酸っぱくして言うのだ。
『しっかり仕事しない人には私の本気のデコピンをお見舞いします。世辞の句を聞いた後にね』と。ブランシュでリディの怪力を知らない人間などいない。
仮にリディの言葉が冗談ではないのならばデコピンで人が死ぬ。故に1つの不備でもあってはならないのだ。
「う~ん……少し確認をしてくるから待っていてくれ」
門兵は肉料理屋に確認を取りに行こうと判断したようだ。これで料理屋の店員の言い忘れなら通す。身に覚えがないのなら可哀相だが帰ってもらう。そう考えているのだろう。
しかし、門兵が走りだそうとしたその時、門の外から赤い鎧に身を包んだ兵士が1人叫んできた。
「おい! いつまで待たせるんだ!」
行商人とのやり取りで気がつかなかったが、大きな積み荷の後ろに2台の馬車が止まっていた。先頭の馬車は兵士が数十人乗っているだけだが、問題はその後ろ。高そうな飾りつけに、その周りを囲む馬に乗った兵士達。明らかに領家の人間が乗る専用の馬車だ。
そしてその馬車に刻まれている剣の紋章に門兵は誰が来たのか瞬時に理解出来た様だ。
「ジ、ジルトルト領公!?」
領治国最強と名高い先鋭騎士団を持つ領公の紋章だ。
「おい聞こえているのか!? 早くここを通せ!」
「え!? あっ」
これが普通の領家なら門兵も冷静に対応出来たのだろう。しかし目の前にいるのは領家の中でもトップに君臨する領公の内の1つ。ただの門兵である自分がそんな領公を待たせてしまっているという事実に焦り、直ぐにでも中に通そうとする。しかし行商人のデカい積み荷を先に通さない事には門の広さ的には次の馬車は入れない。
悩んだ末門兵が出した答えは……。
「ど、どうぞお入りください!!」
行商人も領公もまとめてブランシュの中に入れる事だった。嬉しそうに中に入ってゆく行商人2人にジルトルト領の馬車もそれに続き進んで行った。
*****
「中を確認しなくていいのだろうか?」
ジルトルト家の馬車の中で頭を下げる門兵を見ながら呟く少年。金色の髪に力強い青い瞳、白く高そうな服の腰にはこれまた高そうな剣が備え付けられている。
「良いのではないでしょうか? ここに来た目的を聞かれても坊ちゃまは本当の事をいいますでしょう?」
少年の前に座る20代程の女性、クリーム色の髪と軽そうな鎧、そしてひと際目立つのが持っている白い槍だ。
その女性の言葉に少年は力強く頷く。
「当たり前だ! 俺は嘘が嫌いだからな!」
「流石は坊ちゃまです! いつまでもその清い心を失わないでいて下さいませ!!」
「リーシャ、君は騎士だがそれでも女性だ。その態度ははしたないぞ」
「はっ! 申し訳ありません!」
興奮したような反応をする女性、リーシャに注意をする少年はそのまま窓の外に目を向ける。その力強い青い瞳を細め、低い声で呟く。
「待っていろ……リディ・ブランシュ」
*****
「だからぁ! そんな物の為に魔法石を増やすなんて言われても!! ジュリ聞いて? ここ重要……絶対にNOだから!!」
「何でこの高尚な発明が理解できないの!! わざわざこうして会いに来た親友の願いくらい聞いてくれたっていいじゃない!!」
現在リディは自室にて、先日パルム領からブランシュ家に遊びと言う名の商売談義をしに来たジュリアムと言い争いをしていた。
事の発端はついさっき、ジュリアムがいきなりパルム領に送る属性魔法石の数を増やしてほしいと言ってきたので、理由を聞いた所あまりにもリディが納得できない内容であったためこうして衝突しているのである。
さて、その理由とは……
「出来る訳ないでしょ!! 何よこの、本を自動でめくってくれる魔法具って!? 親に貰った両手で十分でしょうが!!」
である。こんな下らない商品を作るために自分の労働時間を増やしたくないリディは全力で反対するがジュリアムも引く気はなく、自作の全自動ページめくり機の企画書をリディの眼前に押し付けながら叫ぶ。
「紅茶を飲んでいる時はどうするのよ!? 手が濡れている時は!? 戦っている時は!? どう? あったら便利でしょ!!」
「そんな時は本を読むな!! TPOって言葉どこかに落としてきたの!? それとも『付き合ってられねぇ』って言って逃げちゃったの!?」
「そんな言葉知らないわ! いい? パルム領民に質問したら8割の人が欲しいって言ってたのよ!? どれだけの人がこの商品を待ち望んでいるかこの統計を見れば明らかでしょう!?」
「それはパンに紙を挟んで食べるくらい、本好きのパルム領民だからでしょ!?」
「ああ! 家を馬鹿にした!? そっちだって未だに食事は手づかみで食べてるんでしょ!? 寝る時は木の上ってホント?」
「よ~し分かった!! 戦争だな? 木の上も意外と寝心地良いって事を教えてやるよ!」
「上等! 本を枕にしないと寝れない体にしてあげるわ!!」
「「むぐ~!!」」
互いに額を擦り合わせ睨み合うリディとジュリアム。このままではこの議論は平行線をたどってしまう。
ここは精神年齢が上の自分が少し目の前の少女を諭してやろうと考えたリディは額を離し、優しく提案する。
「分かった、少し落ち着こう。気分転換に魔物しりとりでもしましょう? そうすればあなたの思考が如何に明後日の方向に飛んでいるか分かるから。 はい、魔物しりとり~の“り”!」
「リディ!」
「いや、魔物だって言ってんだろ」
「ろくでなしのリディ」
「陰キャラのジュリアム!」
「ムカついたわ!」
「私だって!!」
「「むぎぃ~」」
再び額をこすり合わせる2人。さり気なくしりとりは出来ている気がするが恐らく本人達はわかっていないだろう。わかった事は、リディの精神年齢がジュリアムと一緒と言う事だけだ。
そんな時、自室の扉がノックされアニエスが入って来た。
「あの、お嬢様方。楽しんでいる所申し訳ないのですがよろしいでしょうか?」
どう見たら楽しんでいるように見えるのだろうか、しかしメイドの登場で少しは冷静になったリディはジュリアムから離れ、軽く息を吐く。ジュリアムも同じなのだろうベッドに座りリディに押し付けていた企画書をふて腐れた顔で見直している。
「どうしたの?」
「“やる気十分”のお客様がきています」
アニエスの言う“やる気十分”と言うのはリディと使用人達の間で決めた隠語である。主に武装した者、もしくはブランシュの者へ対する危険な思念を少しでも感じ取ったならばユーリではなく1番初めに自分に伝えるよう、リディは使用人達に言っているのだ。
これも家族を危険な目に会わせないためのリディなりの考えである。
アニエスの言葉に顔を引き締め軽く拳を握るリディ。
「さて、今日は何発で終わるかな?」
今迄に来たそういった輩にはたんこぶと言うお土産を渡し帰って貰っている。今回も同じように拳から入る話し合いをしようとリディは考えていた。しかしそんなリディにアニエスは苦い顔をしている。別にリディに引いている訳ではない。
「お嬢様。私はいつもの通り1撃で泣きじゃくるに銀貨3枚を賭けます……と言いたいのは山々なのですが今回それはなしの方がよろしいかと思います」
アニエスがリディの握った拳を開きながら首を横に振る。つまりは一撃必殺が出来ない相手という訳だ。となると来ているのは……。
「ジルトルト領公様のご子息。トレ―ル・ジルトルト様です」
「あらら、また凄いのが来たわね」
アニエスの言葉にいち早く反応したジュリアムはどうやらそのトレールと面識がある様だ。まぁ招待されるパーティーにほとんど出席しているジュリアムなら会っていても不思議ではないか。
「どんな人なの?」
「ん~。色男の皮を被ったファンゴスタって感じかしら?」
ファンゴスタとは猪型の魔物の事である。大きさは大小様々だが大きいものでは3メートル程にもなる。大きな牙と突進力が特徴だ。弱点を上げるとすれば、真っすぐにしか走れない事だろうか。
しかしこの世界の魔物にあまり詳しくないリディはジュリアムの例えにピンと来ていない。
「つまりはどういう事?」
「私と正反対って事」
「なるほど、慈愛に満ち、思慮深い天使の様なお方なのね」
「アニエスさん。お願いだからリディを殴ってちょうだい」
結局トレールという人物がどういう者なのかジュリアムの分かりにくい例えじゃ答えが出ない。どうせこれから会わなきゃいけないんだしその時に確かめればいいかと考えるリディ。
(しかしジルトルト領公の息子ねぇ~)
内心で舌打ちをするリディ。相手が自分と同じ位、いやジルトルトと言えば領治国最強の騎士団を持つほどの領地だ。門兵にまでバカにされる自分達ブランシュとは位は同じでもそのネームバリューは段違いだろう。向こうの人柄にもよるが下手な態度を取ってしまう訳にはいかない。
(ジュリとの決着はついてないし、仕事もまだ残ってるんだけどなぁ~……穏便に帰ってもらう方向で行くか)
そう考え、扉を開けるリディ。
「……ジュリ、しりとりの続きはまた後で」
「出来ればそっちより仕事の話がしたいわ」
ジュリアムも共に来るようで、ベッドから立ち上がるとリディと共に部屋を出て、お客様を待たせている玄関に向かう。
玄関につくと、自分と同い年程の金髪の少年が険しい顔で立っていた。恐らくあれがトレール・ジルトルトだろう。
リディは令嬢モードに切り替え、完璧な淑女を演じながらトレールの元へと歩いて行った。
「お待たせして申し訳ありません。トレール様とお見受けしますが」
トレールの前で止まり綺麗に頭を下げると、少し後ろにいたジュリアムとアニエスが「相変わらずの二重人格」と呟いたがリディは無視する。
「いかにも俺はジルトルト領公家が息子、トレール・ジルトルトだ。君はブランシュの者か?」
少し大き目な声で話すトレールに耳を押えたい気持ちになるリディだが、あくまでも穏便に、そして出来るだけ早く帰って貰おうと笑顔を貼り付け対応する。そうあくまでも穏便に……。そこだけ意識してしまったせいでリディは自己紹介を忘れていた事に気づかずいきなり本題に入ってしまった。
「はい、そうです。所でトレール様は家の者に何か御用ですか?」
「決まっている!! 決闘を申し込みに来たんだ!」
「……あっ?」
トレールの発言はリディが流せるものではなかった。当然だろう、目の前の少年は自分の身内に決闘を申し込もうとしているんだ。しかも腰に立派な剣をこさえて。
家族大好きなリディがそれに堪えられる訳もなく、マッハで穏便と言う言葉が頭から抜け落ちてしまった。
リディの体から溢れ出てくる怒気が周囲を呑み込み始める。目の前のトレールはリディの怒りのオーラに汗をふきだし体を震わせているが、流石のジュリアムとアニエスは何度も見ているからか即座に2人から離れ対応する。
まず、ジュリアムがトレールにお祈りをする。
「神様どうか目の前の少年に奇跡を。アーメン」
そしてアニエスが懐から笛を出し、思いっきり吹く。
ぴいいいいいいっ!! その瞬間、慌てたようにブランシュ家内にいる使用人全員がリディに飛びかかっていった。少し遅れて2階の扉からユーリとアリアンヌも飛び出してくる。
「扉だぁ!! 扉を守れ!!」
「違うでしょユーリ! リディちゃんを止めなさい……ってジルトルト領公のご子息!? 今回は流石にまずいわ! 絶対に止めなさい!!」
アリアンヌの言葉に未だに震えているトレールが驚いたように叫ぶ。
「リディ!? 君がリディ・ブランシュ!? 女だったのか!?」
「この膨らみが胸板に見えんのか? それよりあの世で物件探し頑張れよ」
名前で分かりそうなものだが、この発言からトレールが何か勘違いをしていた事は明らかとなったが、しかしそんな事は今のリディには関係ない。ただ自分の家族と決闘するとのたまった少年を殴るためだけに動く。およそ数十人の使用人達に抑えられているにも関わらず、リディはその怒気を強め前へと進む。
「ぐおおお!! 全然止まらねぇ!」
「もっと力入れて下さい!! 押して!! 押して!!」
「アニエスさん!! 見てないで手伝って下さいよ!?」
「……さて、気たるべく災害のため箒を用意しないと」
「ずっるい!! メイド長ずっるいです!!」
リディを止めようと必死な使用人達だが、それでもリディは止まらない。少年が殴り飛ばされるまであと1メートル程になった時、アリアンヌが動けないでいる少年に叫ぶ。
「ああ、君!? 何言ったか分からないけどリディちゃんは家族に害ある事を言われると、その人を殴り飛ばしちゃう体質なの!! 早く弁解しないとジルトルト領まで飛ばされちゃうわよ!!」
アリアンヌの言葉に我に返ったトレールは、目の前で迫ってきているリディに後退りしながら弁解をする。
「あ、……そうだ間違いっ、いや勘違いだった!! 完全なる俺の勘違いだ!! 君の家族に害をなすつもりは全くないし、むしろ最近の功績を聞き良い印象を抱いているくらいだ!!」
「……良い印象?」
「そうだ!! それに元々俺は模範騎士であるユーリ様を尊敬している! アリアンヌ様の魔法の腕に関しても同様だ!!」
「……」
トレールの叫びが屋敷内に響き渡る。その言葉の中に少しブランシュを、自分の両親を褒める言葉が入っていた事で動きを止めるリディ。目の前の震えている少年に嘘は見てとれない。こんな状況だが家族を褒められて少し機嫌が戻るリディ。まぁ話は聞いてやろうと充満させていた怒気を収束させる。
「……次は無いから」
そう言った後、リディは完全に怒りを収めた。トレール含め周りの者達もそれに安心したのか胸を撫で下ろしている。
ユーリが2階から駆け下りて言う。
「良かった。本当に良かった」
これをトレールに言っていたのならユーリの株も上がるのだろうが、残念ながらトレールを通り過ぎ玄関扉を嬉しそうに確認するユーリ。アリアンヌの方はちゃんとトレールを心配している。
「大丈夫?」
「あ、ああ。ありがとうございます。助かりました」
「いいのよ、誰もケガしないのが1番だもの」
まだ少し震える手で汗を拭うトレールに微笑むアリアンヌ。何はともあれ被害が0で良かった。
「坊ちゃま無事ですかぁぁぁ」
バキッ!! 槍を持った女性が焦ったように玄関をブチ破り入って来た。恐らくリディの怒気を感じ取ったのだろう。それをまじかで見ていたユーリの悲しそうな顔と言ったらもう……。
「「あっ」」
全員の視線がその女性に向く。女性は急いでトレールを確認した後、ホッと息を吐くと咳払いをして凛と佇む。
しかし全員の視線が未だに自分に向いているからなのか何か言わねばと言う気持ちになったのだろう。
粉々になってしまった扉を見て1言。
「扉が、壊れてますよ」
ユーリが真顔で言う。
「君は出禁だ……」




