第43話 王都編 後日談
サラがブランシュに来て早数か月が過ぎた。初めはブランシュ家の面々と領民達から受ける優しさや、きちんと出てくるおいしい食事、温かいベッドやお風呂に実はここは天国で私はもう死んでいるのではないか? と戸惑っていたサラだが最近ではそれも馴れてきて、ぎこちない笑顔も浮かべなくなって来た。
そんなサラは現在ブランシュ家の屋敷、屋根裏部屋にて少し大きめのメイド服を着ながら机に座り自身が書いた日記を読んでいた。蝋燭の明かりに照らされたその顔はどこか楽しそうで以前の様な暗い雰囲気は見てとれない。
サラがページを1枚めくる……。 以下はサラの日記一部である。
●月×日
ブランシュ領に来て一月が過ぎました。ここはとても良い所です。皆さんは優しいし、ご飯は美味しいし、綺麗なお洋服は着れるし……たまにこんなに幸せでいいのかと怖くなります。
これもリディ様が私をブランシュに連れて来てくれたお陰です。何度もお礼をしていたら『もういいよ!』と注意されてしまいました。でもここに書くくらいは許してくれますよね? ありがとうございますリディ様。
始めはお仕事を覚えるのが大変でしたけど、最近ではそれも少し慣れ始めたので今日から日記を書きたいと思います。ここの良さを上手く書ければいいですが……。
●月▲日
今日は私の教育係のメイド、クララさんと街に買い出しに行きました。クララさんはとても物静かでかっこいい大人の女性です。お仕事も早いですし言葉遣いも丁寧で歩く動作1つとっても様になっているように感じます。ただ、クララさんがたまに見せる冷たい視線はちょっと怖いです……。
そういえば関係ない話ですが買い出しに行っている時、街の男性達が嬉しそうにクララさんにお礼を言いながらお金を渡していました。 何でなのでしょう?
屋敷に戻ったら、リディ様も『もっと目線頂戴!』と言いながら嬉しがっていました。
何でなのでしょう?
●月◇日
今日は屋敷を歩いていたら、夕日を浴びながら遠くを見つめるアニエスさんがいました。調子でも悪いのかと思い話しかけるとアニエスさんは
『私は誰も選ばない。世の男達は私に選ばれる価値がない。私は狼。群れを必要としない狼なの』
と言っていました。どういう意味かわからないので聞いてみると
『フッ……ごめんなさい。あなたにはまだ早かったわね』
と言いそのまま歩いて行ってしまいました。何だかその背中がとても寂しそうだったので、どうにかしたいと思いリディ様に相談した所、アドバイスを貰いました。
その後、偶然同じ所で同じポーズをしているアニエスさんを見つけたのでリディ様から頂いた言葉を言ってあげました。
『アニエスさん! 相手にも選ぶ権利があるんです!!』
なぜかアニエスさんは泣いてしまいました。 私は何かを間違ったのでしょうか?
●月●日
今日はクララさんからユーリ様の部屋の掃除を任されました。ユーリ様はお顔はとっても怖いですがそれ以上にとても優しい方です。初めの頃、怖がってごめんなさい。
そんなユーリ様ですが、何でなのか扉の掃除だけはご自分でなされます。なぜなのか気になったのですが、とても楽しそうに扉を拭く姿を見ていたらそんなのどうでも良くなりました。そんな時、ふとユーリ様が言ってきました。
『いいか? 世の中には2種類の人間がいる。扉を開けられる人間と開けられない人間だ』
誰でも普通に開けられると思うのですが……。結局ユーリ様はその後扉に傷がついている事に気がつくと『すぐに治してやる』と言い駆けていきました。
●月★日
朝、屋敷を歩いていると朝日を浴びながら遠くを見つめるユーリ様がいました。
調子でも悪いのかと思い話しかけるとユーリ様は
『昨日言った事、あれは間違っていた』
と言っていました。どういう意味かわからないので聞いてみると
『世の中には3種類の人間がいる。扉を開けられる人間と開けられない人間と……リディだ』
と言いそのまま歩いて行ってしまいました。何だかその背中がとても寂しそうだったので、どうにかしたいと思い、またリディ様にアドバイスを貰おうと相談した所、アドバイスではなくドアノブを貰いました。
これはユーリ様に届けるべきなのでしょうか……。
×月〇日
会った事はありませんが、リディ様にはジル様というお兄様がいるそうです。今日はそんなジル様の部屋のお掃除です。
使われていない部屋はホコリなどが溜まりやすいと聞いたので、入念にお掃除していると、机の上にこの部屋とは似つかわしくないぬいぐるみが1つ置かれているのに気がつきました。リディさまの部屋にたくさんあるのと同じぬいぐるみです。きっとリディ様があげたんですね。所々に縫った後などがあるのを見ると、とても大事にしているんだな~と思いジル様の優しさがそのぬいぐるみから伝わってくるようでした。 早く会ってみたいです。
でも机の上に彫られた『もう芋虫は嫌だ!』の文字はなんなのでしょうか?
▲月■日
ブランシュの屋敷には王都でも見た事がないような物がたくさんあります。何でも属性魔法石を入れて使う魔法具みたいなのですが、正直よくわかりません。
ですが厨房にある食材を温める箱の様な魔法具はスゴイと思います。あれさえあればいつでも温かい料理が食べられるのです。ホントにスゴイ。
しかし、今日昼食時にそれを使わせて貰っていたら動かなくなってしまいました。何とか治そうと試みたのですが、私にはその構造が1つも理解出来ず、ただ慌てる事しか出来ませんでした。そんな時、リディ様のお母様であるアリアンヌ様が通りかかったので、私は正直に動かなくなった事を伝え謝りました。
アリアンヌ様はいつもの様に優しく笑い『私に任せなさい』と言ってくれました。
聞いた所によるとアリアンヌ様はすごい魔術師だと言う話。きっと魔法具の修理など朝飯前なのでしょう。ですがアリアンヌ様は男性の二の腕程ある角材を持って来て1言。
『こういうのはね、叩けばいいのよ? 煙は出るけどすぐに直るから』
と言いました。世の中はそんなに都合よく出来ていないと思うのですが……。
その後、魔法具は見事に部品と化しました。
■月■日
アリアンヌ様と屋敷を歩いていたらアニエスさんがまたいつもの所で黄昏ていました。
『はい』
アリアンヌ様は私に角材を渡してきました。どうすれば良かったのでしょうか……。
★月★日
始めてお給金を貰ったのでどう使おうか迷っているとリディ様が話しかけて来てくれました。
『お給金? 好きな事に使っていいんじゃない? あ、でも後の事も考えてある程度は残しておいた方がいいかも。お金を使う上で大事なのはバランスだからね?』
その時のリディ様を見ていた私はその言葉が如何に説得力があるかを理解しました。だってリディ様はなぜか2階程の長さがある棒の上に立ち、窓の外から私と話しているのですから。どうやら修行らしいです。何の修行なんでしょうか?
『あ~……2階の窓越しにサラと話すための修行』
一体どこが鍛えられるのでしょうか? 人との対話にバランスは必要なのでしょうか?
いえいえ、リディ様には私では思いもつかないような考えがあるのでしょう。深く考えない様にしよう……でもリディ様? 逆立ちは流石に危ないですよ?
日記の新しいページを開き、ペンを手に取るとサラは笑いながら今日の出来事を書き綴ろうとする。
「今日もいろんな事があったな~」
少し考えた後、白紙のページにペンを走らせる。こうしてサラの楽しい一日がまた新たに更新されるのであった。




