第42話 王都編 13
一騒動あったものの何とか馬車に乗りブランシュへ帰るために王都の門に向かうリディ達。
もうこれ以上面倒な事はごめんだなと思いつつ、リディは目の前で眠っているサラの頭を撫でながら微笑む。
「ふふ、おとうさま。サラってメイド服絶対似合いそうですよね。勧誘して良かった」
「そういえばメイドにさせるのだったな。教育係は誰がいいか」
「アニエス以外にして下さいね? この娘まで口に羽が生えてしまったら嫌ですし」
リディは軽口を言いながらサラから手を離すと、隣のユーリが聞いてくる。
「お前はアニエスが嫌いなのか?」
「へ? 全然。むしろ大好きですよ? アニエスも家族じゃないですか……あっ、もちろんおとうさまやおかあさまや兄さんが1番ですけどね」
ユーリに変な誤解をしてほしくないとリディは焦って言葉を付け足すが、そんな事はユーリも分かっている様でリディの頭にポンポンと手を置く。
「しかし、いつの間に了承を貰っていたんだ? この娘と話す機会なんてそうはなかった筈だが?」
「へ? 了承? 貰ってませんけど?」
「は?」
互いに互いを不思議そうに見るリディとユーリ。しばしの沈黙の後、ユーリがガクッとしながらため息を吐く。
「はぁ~……リディ? それは勧誘したとは言わない。寝ている少女を承諾なしに連れていくのは、れっきとした誘拐だ」
「え? でもでも! 絶対に来るって言うと思いますよ?」
「その娘が1度でもそんな事言ったのか?」
リディはサラとの会話を遡って思い出す。だが出てくる言葉は『リディさん』『ごめんなさい』『助けて』『ドアラッ!』……最後のは違う奴の言葉だがいくら記憶を辿ってもサラ自身の口から了承する関係の言葉を聞いていない。
(え? つまり俺少女誘拐犯? 前世だったらそのスジの人に袋叩きに遭うレベルの犯罪者?)
その事実に汗を垂らし苦い顔をする。しかしリディは割とポジティブだ。直ぐにある言葉が脳内に浮かび上がってくる。
リディはあくどい顔をしながら横のユーリに目を合わせる。
「フフフ、おとうさまの発言を全て覆せる魔法の言葉があります……ばれなきゃいいのですよ、ばれなきゃ」
まるで悪役令嬢その者の様なリディの顔を数秒見てから、ユーリは横の窓に顔を向けて、遠い目をする。
「アリアンヌ、私と君の娘が凄い事を言ったぞ……私達は育て方を間違えたかもしれん」
もちろんユーリも本気では思っていないだろう。ただ父親としては娘のそんな発言に少なからず感じる所があったのだろう。
あくどい顔が少し気に入ってしまったリディはそのまま「八つ裂きだ」と言いながら自分の顔をユーリとは反対側の窓に反射させ悪役令嬢ごっこをしている。そんなリディに向き直りユーリが難しい顔をする。
「リディ、私はお前の事を大切に感じているからそれくらいは目を瞑ろう……しかしな、私達がこの王都に来てからと言うもの次々と厄介ごとが舞い込んで来た」
思い返せばその通り。始まりから終わる直前までリディとユーリは数々の事件に巻き込まれてきた。それこそまるで祟られているのではないかと感じるくらいに。
リディもつくづくブランシュ家は何か持ってるなぁ~とは思っていた。しかしそれを今言う意味は何なのだろう? リディは表情を戻しユーリに問う。
「……つまり?」
リディの問いにユーリが目を閉じ腕を組む。そして尚も眉間に皺を寄せながら重苦しく言い放つ。
「なぜだかな……また来る気がすんだ」
「……それフラグですから」
その瞬間、今迄快調に進んでいた馬車が止まる。
そう、この時の2人はまだ知らない。この後直ぐリディとユーリの前に王都編最大の敵が現れる事を……。
「どうもぉ~給料泥棒でぇ~す」
窓の外にいた者。それはこの王都に来て一番初めに問題を起こし、リディに散々挑発されたであろう門兵だった。
嫌な予感を感じつつ窓を開け顔を出すリディ。門兵はまるでこれから悪さしてやるぞ~と言うような顔をしてリディを見ていた。
関わり合いたくない……リディはそう感じているが、門兵はどうやら喋る気満々のようだ。
「おおぉ~誰かと思えば噂のブランシュ様じゃないですかぁ~。行きも帰りも随分おそいですねぇ~。そういう規則でもあるんですかぁ?」
挑発じみた話し方にイラッとするリディだが、何とか社交辞令スマイルを浮かべ対応する。
「は、はぁい、お久しぶりですね。所であなたそろそろ休憩時間じゃないのですか?」
「いえね、とっても可愛い領家のお嬢様に立っているだけならゴブリンでもできますって言われたので、こうして休まずに働いているんですよぉ~」
「あ、あらそうですか? 良い言葉をいわれましたね?」
「ええ、全く。ですからお礼のため、その方が帰られる時は他の人よりしっかりと仕事しようと思いましてねぇ」
門兵の仕事は何も門の前に立つだけではない。出入りする人の明記。急な訪問への対応、積み荷の確認、そして馬車内検査。しっかりと仕事をする、つまり下手をしたらこの中、血で汚れたボロボロの服を着て横たわっている少女も見られてしまうかもしれない。
するとどうなるだろうか? 誘拐犯の濡れ衣をきせられ質疑応答。事実確認のために待たされる。そして帰るのがさらに遅くなる。そこまで思い至ったリディは窓から顔を引っ込め小声でユーリに指示を出すリディ。
「おとうさま、可哀相ですけどサラを起こしましょう。もし門兵に見られてもサラが自分でブランシュに来たい意思があるのなら誘拐にはならないのですよね?」
「ああそうだ。だがもしこの娘が王都に残りたいと言うのであれば、私達は2人して犯罪者だ」
ユーリの言葉にリディは不安になる。あれだけリディさん、リディさんと言っていた可愛いサラがもしブランシュに来るのを断ったら……リディとユーリはそろって檻の中。
「……絶対断られないと思いますが、一応サラを起こすのは中止して、門兵にも中を見せない方向で行きます」
「出来るか?」
「やってみます!!」
そして再び顔を出し、相変わらずニヤけている門兵に笑顔を向けるリディ。
「しっかりと仕事しようなんていい心がけですね? でもその人は早く帰りたいかもしれませんよ」
「実はそれが狙いだったりするんですよ。いや冗談ですけどね?」
どうやら門兵の狙いはリディへの嫌がらせらしい。つまりこの男に今のサラは絶対に見せられない。百パーセントいちゃもんをつけてくる。
「おもしろーい、あはは」
「あはは」
「「あはははははははは」」
しかしその時。
「ん……ううん……」
何とこのタイミングでサラが目を覚ましたではないか。焦るリディだが即座に打開策を捻りだす。
(こうなったら仕方ない。サラに今聞くしかない。サラが来たいって言えば問題ないんだから)
リディがユーリに目で合図をすると、流石は父親なのかその気持ちを汲み取り頷いてくれた。しかしリディは忘れていた、いや馴れていた……ユーリの顔が怖い事に。
目を擦るサラにユーリが顔を近づけ一言。
「静かにするんだぞ?」
「……この世界は終わりだぁ!」
(ええぇぇぇぇ!?)
ユーリの顔を間近で見たサラは壮大な言葉を残し再び気絶してしまった。しかもその声を聞かれていた。
「ん? 何ですか今の少女の様な声は?」
今一番聞かれたくない目の前の門兵に。中を覗こうとしてくる門兵に、見えない様に体も使って窓を覆うリディ。
「え? ああ、いや……おとうさまの声ですよ?」
「……ああ、たまにこうなるんだ」
リディの苦しい発言にすかさずユーリがアシストする。そんな2人の様子を見て門兵は愛想笑いを浮かべる。
「ははは、そうですか、不思議な体質ですね」
どうやら誤魔化せたようだと安心するリディ、だがスラムの時もそうだがリディはいささか早計すぎる所がある。
「……ってそんな訳あるかぁい! ブランシュ様、失礼ですが馬車の中を拝見させてもらっても宜しいですかぁ?」
(やっべぇぇぇぇ!!)
芸人顔負けのノリツッコミをした門兵は嬉しそうに近づいてくる。嫌がらせをしようと思っていた門兵からしたら、その見知らぬ少女の声はまさに棚から牡丹餅なのだろう。
汗を流しながらも笑顔を絶やさず中を窓に張り付くリディ。
「いえいえ、その必要はありませんから、あなたも忙しいみたいですしさっさとここを通して下さい」
「うわぁ~! あっやしいなぁ! あっやしいなぁ! 絶対何か隠してるなぁ~!!」
「……あなたはそうですね、生まれた時に脳みそを母体に落としてきたタイプですね」
大の大人が嬉しそうにぴょんぴょんと飛び跳ねているのを目の当たりにし、若干引くリディだったが、そんな事はお構いなしに門兵は扉に手をかけガチャガチャと引き始める。
リディも
「確認しま~す」
「やめて!! やめろぉ!! 領公だぞ!! 偉いんだぞ! そんな態度取っていいのか!?」
「あなたが真面目に働けっていったんじゃないですかぁ~」
「今じゃないから!! こんな時だけ馬鹿と真面目の合わせ技を使わなくていいから!!」
必死に扉を開けない様にするが、そうすれば窓から中を覗きこもうとする。それを押えれば今度は扉が開きそうになる。後のユーリは何とかサラを起こそうとしているが、サラの方は悪い夢でも見ているのかうんうんとうなされている。
絶体絶命、とは言い難いかもしれないがピンチなのには変わりない。リディ自身もう1泊この王都で過ごす気なんてサラサラない。
(でも、このままじゃ……)
リディが諦めかけたその時。
「きゃあああ!! 助けて下さい兵士さん!!」
フードを被った女性が門兵に抱き着いて来たではないか。予想外の出来事に扉の引き合いは中断され門兵は動揺しながらフードの女性に向く。
「ど、どうしたんですか?」
「変質者に追われているんです! 助けて」
「え? でも私は仕事が」
仕事と言ってもリディへの嫌がらせだが、門兵はそれを邪魔されたくない様で女性にあまり良い顔をしていない。
「とっても逞しいあなたに守ってもらいたいのです」
しかしその女性が悩ましい胸を門兵に押し付けると態度が一変。
「でへぇ~分かりました!! あなたは私が守ります!!」
鼻の下を伸ばしニヤけると、安心させるふりだと思うが女性の肩に手を回す門兵。
女性の叫び声を聞きつけたのか他の門兵達もこちらに駆け寄って来た。
「どうしたんだ?」
他の門兵が尋ねると、嫌がらせ門兵は鼻を伸ばしたまま顔を引き締める。
「何でもこの女性が変質者に追われているとか」
「何!? であなた、その変質者はどこに?」
他の門兵の質問に女性はゆっくりと指を指す。隣の嫌がらせ門兵に向かって。
「……ここです」
「そうそう、俺俺……は?」
思わぬ指名に目を見開く嫌がらせ門兵。周りの門兵、その後ろのやじ馬も蔑みの目線を嫌がらせ門兵に浴びせ始める。
「お前、仕事は手を抜く癖に女にはちゃっかり手を出してたんだな」
「見損なったぜ、元々そんなに高くはないけどな。今はゴブリンと同レベルだ」
「いや、違う!!」
同僚の門兵の言葉に必死そうに否定する嫌がらせ門兵だが、何とも説得力がない。
「どこが違うんだよ? 現時点で女性に抱き着いて鼻の下伸ばしているお前がな」
「へ? ああこれは!」
急いで女性から手を離すが時すでに遅し。周りの人の目がいっている、こいつはギルティ―だと。
唐突な事態に呆けるリディと追い込まれつつある嫌がらせ門兵の目が重なる。すると焦った顔だった嫌がらせ門兵がまるで助かった! と言うような表情を浮かべリディに尋ねて来た。
「あ、ブランシュ様!! 説明して下さい! 俺真面目に働いてましたよね? ね?」
真面目ではないが確かに働いていた。目の前の男は濡れ衣をきせられている。そして男の冤罪をリディならば完璧にはらす事が出来る。
しかしリディは思う。そんな事して何の得がある? と。リディは目の前で縋るような笑顔を向けている門兵にニタァ~ッと嫌な笑みを浮かべ、周りに聞こえる様に泣く演技する。
「ううっ、私も怖かったのです……その男が『ここを通りたくば俺の尻に槍を刺して観察しろ』と無理やり馬車の中に入って来ようとして……ぐすん」
「はぁ!?」
その瞬間、嫌がらせ門兵の罪をはらせるものはいなくなった。リディの演技に騙された他の門兵が頭を下げ謝罪してくる。
「それは大変失礼しました!! どうぞお帰り下さい。後はこちらでこの物体を処理しておくので!!」
「あまり彼を攻め立てないであげて下さい。その方も“魔がさした”……いえ“魔を刺して”欲しかっただけなのですから」
「何と慈悲深い!!」
進みだす馬車の窓から後ろを見ると嫌がらせ門兵が他の門兵に取り押さえられている所だ。
「騙されるな!! 全部そいつの演技だ!!」
「黙れシリアナ門兵が!! 後の話は屯所で聞くぞ!!」
「うわああああ!! 俺はちがぁぁう!!」
しかしリディはそれよりも気になる事があった。先ほど自分達を救ってくれたかのように見えたフードの女性は誰なのかと。
リディが進みだす馬車から女性を探すと……いた。騒がしい門兵達から離れた所に。
そしてその女性はこちらを見ると被っていたフードを外した。
「え!?」
リディの目線の先にいたのはロブリ―の家にいたメイドであった。メイドと言っても衣服は普通の領民が着ている様なありきたりなものだが。
明るく微笑むメイドを見て、ちゃんと生きていてくれてる、と嬉しくなったリディは笑いながら大きくそのメイドに手を振った。
「う~トイレ~」
「わ! 今出てきちゃダメ!」
そのタイミングでサラが寝ぼけながら窓から顔を出してきた。メイドはサラを見た瞬間驚いたような顔をし、直ぐに目を閉じ祈りのポーズをした。
それが何を意味するのかリディにはわからない。ひょっとしたら自分と似たような境遇の娘を救ってくれた事への感謝の気持ちなのかもしれない。
「ほら! 今誰かいたぞ!! 少女!! 少女ぉいたぁ!!」
「シリアナだけじゃなく、少女趣味か!? 救えないなお前は」
「違ぁぁぁう!! ああわかったよ! どうせ言われもない事で捕まるんだったら、その通りの事やってやんよ!!」
「やめろぉぉぉ!! おいこいつを止めるぞぉぉ!!」
騒がしい叫び声を後に、リディ達はやっとブランシュへの帰路へつくのであった。
*****
王都から離れ、辺りが夕日によりオレンジ色に染まった頃。馬車に揺られるサラは横で難しそうに外を眺めているリディをチラチラと見ては俯くを繰り返していた。リディが王都から出て1言も話しかけてくれないから不安になっているのだ。
(何で何も言ってくれないんだろう? ……やっぱり私なんて)
そんな思考のせいで、俯き泣きそうになるサラ。その時、今まで沈黙していたリディが気合いを入れたかのように口を開く。
「良し! 言うぞ!」
リディはサラと顔を合わせると、少し不安の残る声で話し出す。
「サラ? 私は犯罪者になりたくないし、王都に引き返すのも嫌。それに断られたら多分すごく傷つくと思うの」
「え?」
リディの唐突な言葉に理解が追いつかないサラ。しかしリディが言ったのはサラが待ち望んでいた言葉だった。
「順序は逆になっちゃったけど……良ければこの手、とってみない?」
その魅惑的な言葉と差し出された暖かそうな手を見るのは2度目になるか。あの時は恐怖という楔がサラの邪魔をした。
しかし、もうサラに断る理由などない。撃ち込まれた楔は全部リディが払ってくれたのだから。
サラは嬉しさの余り泣き出しながら、その手を思いっきり握る。
「はい、喜んで! リディ様!!」
目の前の暖かい笑顔を見て少女は確信する。長く苦しい悪夢から今やっと解放された事に……。




