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第41話 王都編 12


馬車が到着しリディは頭の水気を払うと、扉を開けそのまま乗り込もうとしていた。しかしその時、王宮の方からおよそ30人程の馬に乗った兵……いやそれよりも上位の存在、全身に頑丈そうな銀鎧を纏った騎士の集団が後ろに派手な馬車を連れこちらに向かってきた。

その集団がリディ達の前で急停止すると、派手な馬車の中からある人物が飛び出してきた。


「ブランシュれいじょおおおおお!!」

雄叫びを上げ出てきたのは何と赤い髪を振り乱したこの国の王女、エリーゼ・ヴィ・ヴァルドであった。

いきなりの王女様登場でリディも驚き声を上げてしまう。

「王女様!? なぜここに!?」


「あなたがスラムに向かったと報告を受けたからに決まっている! 無事か! 無事なのか!? ああ、無事のようだな 良かった~!!」


社交界の時の様な気品あふれる雰囲気は全く見えずリディの全身を焦ったように確認するエリーゼ。

そもそもリディはエリーゼと1度しか面識がない、しかも話をしたのはほんの数分程。そんなただの顔見知り程度の仲にも関わらずエリーゼはリディを酷く心配しているように見える。


「あの、なぜ?」


「なぜ? そんなの決まっているではないか!!」


当然の様なリディの質問にエリーゼは自身の胸に手を当て渾身の1言を叫んだ。


「私があなたのファンだからだ!!」


山でもないのにその言葉が大きくこだまする。今この王女は何と言った? 1国の王女のファン発言にそう思っているのは恐らくリディだけではないだろう。リディもユーリもエリーゼの後ろの騎士達も領民も通りすがりの犬も信じられないと言うような顔をしている。

そんな誰もが口を開けない状況の中、最初に意識を取り戻したのはエリーゼだった。


「……はっ!! 言ってしまったぁぁぁ」


真っ赤になった顔を両手で隠し自分で言っておきながら混乱するエリーゼを見てリディには絶対的な自信があった。恐らくこの後面倒な事になるな、と。それでもその面倒を避ける努力はしようと思い少しづつすり足でエリーゼと距離を取ろうとする。しかし。


「……いやもういいかここまで来たら取り繕う必要もない」


そう言ったと思ったら、エリーゼはリディが少しづつ開けていった距離を一瞬で詰め鼻息荒く迫って来た。もう開き直った様だ。


「そう! ファンだ! 大ファンなのだ!! 初めあなたの報告を聞いた時思った、こんな風になりたい、どうやったらなれるのかと」

「ちょっ!」


熱気におされ、後ろに下がろうとするリディだが、そんなリディの手をガシッと掴むとエリーゼはさらに顔を近づけた。


「しかしあなたのブランシュでの功績を報告書で見る度にそれらに加え1つ大きな想いが生まれた!! それは……あなたの全てを知りたい! 会って語り合いたい!! 共に歩んで行きたい!! だからあなたに招待状を送った!!」


ここだけ切り取って見たのならまるで愛の告白だが断じて違う。少し遠くで百合百合しい女性達がうっとりしながらこの2人を見て「あらぁ、この国も安泰ね」と言ってはいるが断じて違うはず。

だがまだエリーゼの言葉は続く。


「そしてあなたがロブリ―準領公の暗殺を退けたと聞いた時、その感情はさらに天高く昇って行った!! こんな短い間にこの王都の悪を1つ無くしてくれた、流石はブランシュ領公令嬢だと!! そんなあなたが危険なスラムに行ったと言うので、居ても立っても居られずここまで探しに出張ってきたのだ!! しかしこうして無事でいる姿を見るとそれをも成し遂げられたと言う事! どんな理由かは聞いてなかったがきっとこの国の為に動いてくれていたのだろう? 流石だ!! 流石はブランシュ領公令嬢だ!!」


目をキラキラと輝かせるエリーゼに顔を引きつらせ掴まれている手を伸ばす事で多少なりとも距離を取るリディ。別に少女に詰め寄られるのが嫌な訳ではない。嫌な訳ではないのだが王女に迫られる体験なんて初めてなのでリディも混乱しているのだろう。

後ろのユーリが真顔でリディに言う。


「どうやら王女様もお前の事を強く想ってくれているようだな。どうする? ブランシュに連れていくか?」


「これは少し違いますよ」


ユーリの言葉をサラッと否定し、リディは未だ興奮冷めやらぬエリーゼを見ながら考える。


(何だか良くわかんない事になったけど、ここは無難な対応でもして流れで帰ろう)


リディは若干引きつる笑みを見せながら王女様の手を優しく解き、そのまま自然に馬車へと入ろうとする。


「い、いやぁ~偉大な王女様にそんな事を言って貰えて光栄です。それではサインはまた今度と言う事で私達はこれで失礼しますね」


「待ってくれ!!」


「うえっ!!」


しかしリディの背中側の服を引っ張り、強引に止めるエリーゼ。


「そう帰還を急かなくてもいいではないか! こうして再び会えたのだ! もっと語り合おう!!」


「い、いえ! 流石にもう帰らないとぉ。暗くなると危険ですしそれに……王女様も少し寝た方が良いみたいですしね」


「そんな事言うでない!! 見ろ、あなたが言ったように警護を増やした! 警護を増や

してあれするのだよな? 何だか良くわからなかったから取りあえず30人程集めて見た! 

どうだ? 王都でも指折りの騎士達だぞ!」


「なぜそんな抽象的な言葉、実行したのですか!?」


エリーゼの後ろにいる仰々しい騎士達はそう言う事だったのかと驚愕すると同時に呆れる

リディ。勘違いさせたリディも悪いがそれでも王女様ともあろう者がたかが田舎者の領家

のしかも娘の言った事を真に受けるのか? だがその理由はエリーゼの中ではこの1言に

限る様だ。

「ファンだからだ!」


リディは思う。

(この国は、もうだめかもしれない)


白目を向くリディを何度も興奮した顔で揺さぶり、己の欲をぶちまけるエリーゼ。


「さぁ聞かせてくれ! あなたはどんな高尚な考えを持ち、行動しているのだ!? この

先王都はどうするべきだ? 私はどうしたらあなたの様になれるのだ?」 


尚も揺さぶり続けられるリディはこれまでの疲労、ストレス、帰りたい衝動、王女様のし

つこさ、その他諸々が影響した事によって、腹の底からフツフツと湧き出る感情があった。


「さぁ是非聞かせてくれ!! さぁ! さぁさぁ!! ブランシュ領公令嬢!!」


ブチっ! 何の音だろう?

ちなみにリディーは前世、仕事中に絡んでくるお客さんにキレた事がある……。


「知るかぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!」


リディの叫びは先ほどのエリーゼのファン発言より皆を驚愕させた。エリーゼの後ろの騎士達も領民も通りすがりの犬も顎が外れるくらい驚いている。そしてユーリがため息を吐き頭を押さえた瞬間、リディは目の前でパチパチと瞬きをしているエリーゼに怒りを発射する。


「はっきり言うけどさ! ロブリ―の件は降りかかってきた火の粉を払っただけ、今回のスラムの事もただ自分の為にやっただけ、そこに王への忠誠とか高尚な考えなんてこれっぽっちもないから!! この先の王都? 知らぬ存ぜぬ勝手にやってくれ!! 誰もかれもが王女様に望む答えを出してくれると思うなよ!」


しかしリディの怒りは続く。


「あなたは私を理想だと言って興味津々な顔で上を見上げているみたいだけどね! そんなふわふわした所に私はいないから! 本当に私の様になりたいんだったら、担がれている神輿から降りて自分で歩いて足を汚せ!! 上からよりよっぽどこの国の事が見えてくるからさ!! 以上!! まる!!」


誰も声を出せなかった。沈黙する一同と目の前で俯くエリーゼを見て、息を整え終わったリディは事の重大さに気がつく。 王女様に説教じみた言葉を捲し立ててしまったと。

顔を青くし汗をダラダラと流すリディは極力可愛く言う。


「……あっ! ああ、あのぉ……社交界の時の無礼講発言ってまだ続いてますよね?」


「今の発言は不敬とみなす!! 剣を抜け!!」


エリーゼの後ろにいた騎士の1人がハッとして命令を出す。そうすると他の騎士達も急いで剣を抜きリディを睨み始めた。

リディはそんな状況に真顔になり、自分の頭を押さえているユーリの所まで後退すると言う。

「……やっちゃった」

「ああ、涙がでそうだ」


エリーゼは未だ俯いたまま。怒っているんだろうなぁ~と思いながら、リディは詰め寄ってくる騎士達に必死の抵抗を見せる。


「あぁ!! 待って待って!! 今のは違いますから! 言葉のあやっ、じゃなくて独り言! 独り言ですから!!」


「ふざけるな! あんなデカい独り言があってたまるか」


「私は1人で部屋にいる時もぬいぐるみに向かってあのボリュームで喋ってます!!」


「仮にそんな悲惨な事実があったとしても、先の忠誠心の欠片もない発言は看過できん!」


「それは本心ではなく、ええっと~ツンデレって知ってます?」


「構えろ!!」

騎士達が剣をリディに向け構える。


「あわわわわ! おとうさま! この事態を解決する良い案はありませんか!?」

打開策を思いつかないリディは横にいる冷静なユーリならば何か考えがあるかもと期待を込めた眼差しを向ける。


「今考えている。ここで私が全裸になれば、リディの発言を忘れてくれるかもしれん」


(そんな事考えないで、ごめんなさい!!)


冷静な判断なのか、テンパっているのかユーリの顔からは判断できないが、そんな残りの人生を棒に振る様な考えをさせてしまった事に内心で謝罪するリディ。

もうダメだ。そう感じたリディはせめて父親であるユーリを極力巻き込まない様に大人しく投降しようと決意をする。


「おとうさま、私の墓にはこう書いて下さい。『愛する娘ここに眠る。死亡理由 お口のチャックが壊れてた』と」


「安心しろ。今衣服を脱いで全力で訳のわからん言葉を叫び散らし、お前の言葉を忘れるくらいの衝撃を奴らに与えてやる。帰りはリディ1人になるがいいか?」


「体を張るにもほどがあります! 私ならまだ子供だったからと言い逃れ出来る可能性がありますが、ブランシュ家当主であるおとうさまがそれをしてしまったら、色々な意味で家は終わりです! でも嬉しいです。でもやめて下さい!」


ユーリが腰のベルトに手をかけながら前へ出ようとするので、リディがそれを止め前に出る。しかしユーリもリディを守りたいのかまた前へ出る。それをリディが止めて……と繰り返しやっている間にも、騎士達はその鋭く光る剣をこちらに近づけてくる。

自称リディ親衛隊の私兵達も身構え始めるが、ユーリを止めつつリディは私兵に動くなという意味を込め首を横に振る。

冷静な顔だが未だに衣服を脱ごうとしているユーリにそこまでして守りたいのかと嬉しくなるリディだが、このままでは本当に変態のレッテルを張られ、最悪そんな汚名を被せられたままユーリが処刑されてしまう。そんなのはごめんこうむりたい。リディはユーリを気絶させてでも止めようと拳に力を入れる。


「リディ、離せ!」


「ダメです!! もし私に子供が生まれたとしたら、おとうさまの事を何と伝えてあげればよいのですか!? “あなたのおじいさまは全裸になって私を守ってくれたのよ”ですか!? そんな事言ったら子供グレますよ!!」


「大丈夫、脱ぐのは下だけだ」


「せめて上だけにして下さい!!」


引かないユーリに埒が明かないとリディが殴りかかろうとしたその瞬間、俯いていたエリーゼが声を発してきた。


「待て!!」


その言葉にここにいる全員の動きが止まり、エリーゼに視線を向ける。エリーゼは先ほどとは全く違う凛とした表情でリディの前に行き、威厳のある声で話し出す。


「確かにあなたの言う通りであった。他人の意見を求めているだけじゃ、私もこの王都も国も成長しない。ちゃんと自分で考え行動する事に意味があるのだな……感謝するぞブランシュ領公令嬢、いやリディ。お陰でやるべき事が分かった!」


そんなエリーゼに呆然としていたリディだが、話を合わせる事以外には出来る事は無いと、必死になって口を開く。

「え? あっはい!! そうでありますか!! 王女様のお役に立てて嬉しいです!!」


エリーゼは大きく頷くと踵を返し騎士に命令をする。


「うむ! ここであった事は全て忘れよ!!」

「で、ですがエリーゼ様!! ブランシュ領公は不敬を――」

「――それを決めるのは今は私だ! 私の判断を疑うのか?」

「い、いえ! 失礼いたしました!!」


そんなエリーゼに反論する騎士だったが、それをぴしゃりと言い返すエリーゼ。騎士はエリーゼの睨みに慌てて頭を下げる。


「行くぞ!!」

そして元来た道を歩いて行くエリーゼ。


「エリーゼ様!? 馬車にお乗りになって下さい!」


「いや、自らの足で歩き、王都を見て回りたい」


そんな事を言いながら去って行く王女と騎士達を呆然と見ながら頭にはてなマークを浮かべるリディは隣にいるユーリに聞いてみる。


「……助かったのでしょうか?」


「足があるならそうなのだろうな……」


王女様の良くわからない行動に取りあえずは助かったのだと安心するリディであった。




*****




王都の一般街を歩きながらエリーゼは先ほどのリディの言葉を呟いた。

「自らの足を汚せ……か。そんな地道なやり方をしているとは思いもしなかった。私はあなたの幻想を見ていたのだな」

理想とかけ離れていたリディに少し俯くエリーゼ。もしかしたらショックを受けているのかもしれない。

先ほどのリディの言葉と顔がエリーゼの頭に思い出される。


『あなたは私を理想だと言って興味津々な顔で上を見上げているみたいだけどね! そんなふわふわした所に私はいないから! 本当に私の様になりたいんだったら、担がれている神輿から降りて自分で歩いて足を汚せ!! 上からよりよっぽどこの国の事が見えてくるからさ!!』


淑女とは到底言えない乱暴な言葉遣いに男らしい雰囲気のリディを思い出し、エリーゼは立ち止まりうっとりとした表情で赤くなった。


「か……かっこいい~」


どうやらさらにリディへの好感度が上がってしまったようだ。そんなエリーゼに騎士の1人が声を掛ける。

「あの? エリーゼ様?」


「え? ああ、何でもない! さぁ皆でこの王都を直に見て……あれするぞ!」


「え? あれとは? あれとはなんですか!?」


我に返り、頭を振ると再び力強い表情で前へと進むエリーゼ。心なしかその背中が少し大きく見えるのは気のせいだろうか……。



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