第3話 ブランシュ編 1
やわらかい感触に包まれながら、ベッドの上で目を覚ます勝美。目の前には見た事のない洋風な部屋が広がっている。
大き目な机やタンスの上にはウサギや何かわからないトカゲの様なぬいぐるみが数多く並べられている。勝美が今座っているベッドにも、自身を包み込んでしまう程のぬいぐるみの数々。
(全部夢だったらガッカリだなとか思ってたけど、どうやら本当に異世界に来たみたいだな。だって俺の部屋こんなファンシーじゃないし)
いくら愛に飢えていた勝美でも、お人形さんを集めて寂しさを紛らわすような真似はしない。というか大の大人がそれをしてたら大分問題がある。
とりあえず現状を把握しなければとベッドから降りようとする勝美。お腹を押すと音が鳴るぬいぐるみなのだろう。踏みつける度にプピィーと音が鳴る。
顔の凹んだ状態で声のように聞こえるその音を少し不気味に感じつつ、女の子ってこういうのが好きなのか? と眉を顰める。
やっとこさベッドから降りたと思ったらそこにも大量のぬいぐるみが……。
「うわっ!」
思わず飛び跳ねる勝美。
踏みつけられたぬいぐるみたちの凹んだ所に空気が入り音が鳴る。
ブビィィィィァァァァァァ!!
「いや、怖いわ!!」
もはや悲鳴である。今の自分の趣味がわからんと首を捻る勝美。
(そういえば、今の俺はどんな見た目なんだ?)
女神様の説明では、どこぞの娘になると言う話だし、先ほどからちょくちょく出しているかわいらしい声。どうやら女である事は間違いないようだが……。
勝美が部屋を見渡すとちょうど良く姿見の鏡があった。若干の期待と不安を胸に抱き、鏡の前に立ち目を開ける。
黒いワンピース風なネグリジェに映える銀色に輝くセミロングの髪の毛。あどけなさを残す丸っこい顔。ほんの少しキツそうな印象を受けるが綺麗な赤い瞳はどこか儚さを醸し出している。
そんな日本ではありえない少女が鏡に映っている。
「マジでか!?」
その見た目に驚きを隠せず鏡を凝視する勝美。奇妙なポーズを取るも鏡に映った少女は同じ動きをし続ける。儚い見た目が台無しである。
そしてブリッジをしたあたりで気が付く。ああ、これ俺だ……と。
真剣な表情で鏡を見る勝美。
(俺はこれからこの美少女として生きていく。青山勝美は死んだ! 文字通りに。
俺は……リ、リド? リドル? トム? ……ああリディだ!!)
若干つっかえ気味だが、勝美改めリディは新たな人生を全うする事を決意する。
「やってやる! 美少女にしてくれてありがとう! 男じゃないけどこれならいいよありがとう! 全国の美少女ファンをガッカリさせない働きをしたいと思います!!」
ブリッジをしながら親指を立てるリディ。本当に台無しである。もしこんな所を誰かに見られでもしたら一体どんな反応をされるのか……。
こんな反応である。
「……お嬢……さま?」
音もなく開いたドアにはメイド服を着た20台くらいの赤い髪の女性が立っていた。その顔はまるで幽霊でも見たかのように驚きに満ちている。
美少女のブリッジを目撃したにしては、いささか過剰な様にも思える反応に狼狽える様子もなく、むしろこれが日常ですよと言わんばかりに言葉を発するリディ。
「もー、ノックしてよ~」
「いやあああああ!! 誰かぁぁぁぁ!!」
「ええええええ!? そんなに嫌かぁぁぁぁぁ!?」
赤メイドとリディの叫びが響き渡ったすぐ後、いくつかの駆ける足音が聞こえてくる。
「どうしたの!?」
焦ったように部屋に入ってくるショートヘア―の黒髪の若い女性。先ほどの赤メイドと同じような恰好をしている。
そして続けざまに入ってくる銀髪ロングで赤色のドレスを着ている美女と灰色の髪にサスペンダーのついたシャツを着ている少年。
皆一様に目を見開き、驚きの表情を浮かべている。
いい加減ブリッジをやめてもいいのではないかと思うが、リディの心境はそれ所ではなかった。
やってきた3人の内の1人に目を奪われていたからだ。
自分と同じ髪の色、自分と似た感じの顔立ち、もしかして……もしかすると。
リディの心の中に熱い感情が溢れ出てくる。それは歓喜。リディが生前欲しくて欲しくてたまらなかった者が今目の前にいる。
「……ママ」
リディの言葉に銀髪の美女の目から涙が零れ落ちてくる。とても嬉しそうに口元を押えて感極まったように言葉を発する。「リディ……ちゃん」と。
灰髪の少年も軽く笑い「泣いちゃダメですよ。笑顔を見せてあげましょう」と銀髪の美女に向かい話す。
黒髪のメイドが微笑みながら銀髪の美女の背中をそっと押し、前に出す。
体制を戻し急いで立ち上がり駆け出すリディ。愛を知らず、愛を欲する者。その表情はまるで生き別れた母との再会を喜ぶように。
そしてそれを向かい入れるかのように、しゃがみ両手を広げ優しい微笑みを浮かべる銀髪の美女。その表情はまるで慈愛に満ちた女神の様。
互いに今まで数々の叶わぬ想いがあり涙したのだろう。だがそれも今日まで。なぜなら、目の前にはとても感動的な奇跡が起こっているからだ。
「ママぁぁぁぁ!」
「おいで! リディちゃん!!」
涙なくしては見られないワンシーン。近づいてゆく二人の距離。そしてリディは思いっきり抱き着くのであった……
銀髪の美女の横を通り抜け、黒髪のメイドに……。
「えっ? えっ?」
慌てふためく黒髪メイド。何で私? とでも言いたそうである。ここにいる皆、銀色娘と銀色母が交わると思っていたであろう。
ではなぜそうならなかったのか、答えは至って簡単。リディの単なる勘違いである。
前世黒髪の日本人であったリディは、自分の今現在の姿を見たにもかかわらず、
銀髪美少女=自分。自分と同じく銀髪の美女=自分の母親とはならなかったのである。
そして、偶然にも前世の自分と同じ黒髪に平凡な顔立ちのメイドを見て、これだ! これが俺のママンだ! と思ってしまったのである。これがリディクオリティ。
両手を広げたまま固まるどこか哀愁漂う銀髪の美女。 オロオロとする黒髪メイド。
気まずそうに銀髪の美女とリディを見る赤髪のメイド。「えー」と言う灰髪の少年。
なんとも居たたまれない空気だ。
しかしそんな空気などに気が付いていないリディは勘違いの幸せを堪能している。
「ああ、ママ! 俺のママ! 唯一無二のママ! おばあちゃんの娘のママ!」
「ちょっ、お嬢さま! 御戯れはその辺にして。母は私ではなくあちらですよ!」
プルプルと震え始める銀髪の美女を見てこのままでは色々とまずいと思ったのだろう。黒髪メイドが何とかこの場を治めようとする。
黒髪メイドの言葉に便乗するかのように銀髪の美女がリディに振り向き
「ええ、そうよ! もうリディちゃんったら冗談が上手かったのねぇ」
と必死な笑顔を浮かべる。
「えっ? あっち……?」
キョトンとして振り返るリディ。
そんなリディに「ママよ~」と言いながら手招きをする銀髪の美女……を無表情で見るリディ。
先ほども話したが、今現在リディは自分が銀髪美少女であると言う事を完全に忘れている。
それ故に結果はこうなる。
(いやいや、どう見ても違うでしょ? 何か手招きしてるし、必死だし怖っ!)
「ママー!!」
「お嬢様ぁぁ!!」
再び黒髪メイドに抱き着くリディ。収集がどんどんつかなくなる現場。
そんな光景を見て、灰髪の少年が銀髪の美女の肩に手を置く。
「まぁ……母様。さっきも言ったけど、泣かないで」
「これは違う涙よ」
真顔で涙を流す銀髪の美女は、その背後にドス黒いオーラを纏いつつ、今だにオロオロしている黒髪メイドに近づく。
「お、奥方様! これはその違うのです!! 奥方様を差し置いてお嬢様に好かれるなんて私自身微塵も思っていませんでしたので!」
もはや泣きそうな黒髪メイドに銀髪の美女は言う。
「大丈夫。わかっているから」
その微笑みにホッとしたような黒髪メイド。
「……でも何かムカつくから、あなたはクビね」
「奥方様ぁぁぁぁ!!」
結局、この後誤解は解けるのだが、自分の勘違いで母とメイドの仲が微妙な物になるとは、この時のリディはまだ知らないのであった。