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第38話 王都編 9


「ほら!! さっさと来るんだよ!!」

「痛い! 離して!」

「しっ! お前ら大きな声を出すな! 見つかったらどうする!?」

現在サラは宿屋の亭主と太った女に引きずられるように王都の裏路地を走らされていた。


事の発端は昼頃、宿屋に警備兵が押しかけて来るや『貴様らをブランシュ領公暗殺に加担した罪で逮捕する』と亭主と女に言い放った事が原因だ。慌ただしく動揺する亭主達と違いサラはそれを素直に受け入れるつもりであった。

ただの平民である自分らが領家暗殺に加担したのだ。その場で処刑されないだけマシであると言う考えだ。

しかし意外にも警備兵はサラに優しく接してくれ、保護しようとしてくれた。それに疑問を投げかけると、何でも被害者であるブランシュ領公がサラの身の安全を王とウィンドル領公に懇願してくれた様だ。

その事実にサラはブランシュ領公、そしてその娘リディと出会えた幸運に生まれて初めて神へと感謝を述べた。


しかし不運なのは警備兵との会話を亭主に聞かれていた事だった。

亭主はどこからか包丁を取り出し、サラに突き付け啖呵を切った。『動くとこいつの命はないぞ』と。

警備兵はその言葉に全く動けなくなってしまった。目の前にいるのはただのみすぼらしい少女でも、王と領公の命令が付属すればその命はいわば自分らの命と同じ、もし死なせでもしたら物理的にここにいる全員の首が飛ぶからだ。

そのまま亭主と女はサラを人質に裏口から逃亡を測り現在に至る。


女に無理やり手を引かれ手首の痛みを我慢しつつ裏路地を走るサラ。まだ日が出ているというのに、進んでいく先はどんどん薄暗くそして汚くなってくる。

壁に染みついた赤黒い液体や何かの骨を見て、サラは怖くなり足がすくんでしまう。


「座ってんじゃないよ!! 立ちな!!」

女将の叫びに首を横に振り抵抗するサラ。

「もうヤダ! 行きたくない!!」

「ふざけんじゃないよ!! アンタだけ助かろうなんて虫が良すぎるのがいけないんだよ!!」


あまりの横暴な女の言い分に腹が立ち思わず手を振り払うサラ。

「違う!! あ、あんた達が客を騙したあげく、死なせようとしたからこうなったんだ!! 全部自業自得でしょ!!」

「このガキ!!」


顔を真っ赤にして、拳を振り上げる女将。しかしそれを止めたのは意外にも亭主だった。

「やめろ! そいつに傷をつけるんじゃない!」

「でもあんた、こいつが生意気言うからさ!」

「今は我慢しろ!!」


亭主の怒りに女がシュンとする。まさかここに来て亭主が心を入れ替えたのか? しかしそんなサラの考えはすぐに打ちのめされる。

「いいか、俺達はこれからスラムに行く。あそこなら警備兵やお堅い領家の連中は手を出しづらいからな」


亭主の言葉にサラも女も顔を青ざめさせる。犯罪がはびこり無法者が堂々と道の真ん中を歩く。人の生き死にが日常と化している貧困街、通称スラム。

王都の警備兵、そして騎士団ですらその危険性に未だ取り締まれず、最近では近づこうともしないでいる場所に今からこの亭主は向かおうと言うのだ。


「アンタ正気かい!? 気軽に挨拶しただけで口を縫われる様な場所だよ!! それにあそこにはヤバい集団がいるって聞くし!」

スラムにもいくつかの派閥がある。それこそ大きいのから小さいのまで様々だが、最大規模で200人前後もの武装集団を束ねる派閥もあると言われている。


「心配するな、考えはある。だからこいつを持って来たんだよ」

亭主は座っているサラを担ぎ上げると、ニタッと嫌な笑みを浮かべる。その笑みに背筋が震えるサラ。


「わ、わたしに何をさせようとしているんですか!?」

「別にお前は何もしなくていい……ただ、俺達が入る集団のボスが子供好きだといいな」

その言葉で全てを理解したサラ。そうこの亭主はスラムで匿ってもらうため、サラを献上するつもりなのだ。まるで物のように。


「いやぁ!! 離して!! 誰か助けてぇ!!」

自分がどうなってしまうのか? 想像するだけで恐怖から震えが止まらず歯がガチガチと鳴る。全力で抵抗するも、幼く貧弱な腕力に加えただでさえ栄養失調気味のサラ。いくら暴れてもまるで歯が立たない。

抵抗空しく担がれる事数十分。周りの雰囲気がガラリと変わる瞬間があった。相変わらず薄暗く汚らしい路地はそのままだが、空気が変わったのだ。まるで泥沼の中に入って行くような、行ったら最後2度と抜け出せない。そんな感覚がサラを襲う。


「……そろそろだ」

そして、ある角を曲がり広い路地の先に見えてきた物。それは先の真っ暗なトンネルであった。


「この先が……スラムか?」

亭主が唾を呑み込みながら言う。3人ともその異様な雰囲気と奥から漂ってくる腐敗したような臭いからか汗が噴き出し始める。

ダメだ! この先に行ってはならない! サラの頭の中で警報が鳴り響く。横を見たら呆けている亭主。

このチャンスを逃すわけにはいかない! 思いたったその瞬間、サラは亭主の腕に思い切り噛みついた。


「痛だ!!」

亭主の腕から落ちるように脱出し、ぶつけた鼻の痛みに耐えながら来た道を戻ろうと走るサラ。しかし、唐突に現れた壁に激突しひっくり返ってしまう。

何だ? 先ほどまではこんな所に何もなかったのに。そう思い上を見上げたサラは驚愕する。


「ん~? 何だお前らは?」

当たったのは壁ではない。異常に大きな巨躯の男だったのだ。

まるで首を絞められている時の様な声に顔全体が焼けただれている男に恐怖から息が止まるサラ。後ろの亭主達も顔を恐怖で歪めている。


「うっ……わ、私達は一般街で宿屋をやっていた者でしたが、とある事情から兵に追われる身となってしまいこのスラムに逃げてきたのです!!」

亭主が震えながらも言うと、大男は笑い始める。


「カカカカカカカカッ!! そうか逃げて来たのか。大変だったなぁ。おい! こっちに来てみろ!!」

恐らくスラムの人間なのだろう愉快そうに大男が叫ぶと、トンネルの奥から武器を持った10人ほどの男達が出て来て亭主達を囲み始めた。この者達もトンネルから出てきたのだから当然スラム民なのだろう。到底善人には見えないその集団に怯えで腰を抜かす女同様サラも冷や汗を流しながら動けないでいた。

「あ? 何だお前?」

「何しに来たんだよ」


辺りの男達の言葉に亭主が震える声で大男に向き直り言う。

「あ、あなたはこのスラムでは有名な方なのですか? そうなのであれば是非私達をあなたの派閥に入れては貰えませんか!?」


そして亭主は震えるサラを捕まえる。

「もちろんただとは言いません! この娘を差し上げます。どうですか? 中々可愛いでしょ?」


亭主に首根っこを持ち上げられ大男の眼前に向かい合わせになるサラ。

「あ、ああっ……」


まるで子猫を抓むようにサラを持ち上げる大男はその厳つい顔でサラをじっくりと観察した後、嫌な笑みを浮かべる。


「……いいぜ、俺の所に入れてやるよ」

「ほ、本当ですか!?」

「ああ、丁度人員に空きが出てたんだ。ついてこい」


恐らく大男の言う空いた人員は碌な事をさせられないポジションなのだろう。それは周りの男達の嫌な笑いが証明している。

地面に放り投げられるように下ろされたサラはまだ逃げられないか確認する。しかし切れ味の良さそうな武器をこさえた男達を見て、恐怖から最後の抵抗する意思を無くしてしまった。

トンネルに入って行く大男とスラム民達にまるで頑丈な盾でも貰ったかのように嬉しそうについて行く亭主と女。その2人とは裏腹にトボトボと歩くサラの頭の中は絶望で埋め尽くされていた。


(ほんと、最悪な人生だなぁ)

サラの人生が走馬灯のようにめぐり始める。


どこかの村でまだ生きていた優しい両親と手を繋ぎ草原を歩くサラ。しかし野盗に襲われ両親は死に、村は一面焼け野原になった。死体を前に泣きじゃくり気絶する様に眠ると、起きた時には首に鎖が巻かれ馬小屋にいた。どうやらどこぞの男に拾われ、商品として売られている様だ。度々人が来ては首を振り帰って行く。素人が思付きで奴隷を売ろうとするから当然上手く行くわけがない。もちろん衛生管理も出来ておらず、何日も何日もサラは泥水を啜り、悪臭漂う馬小屋の生活に耐えていた。


そんな時、とある宿屋の夫婦がサラを買い取った。やっとこの環境から抜け出せるとサラはその夫婦に感謝した。しかし蓋を開けて見れば何て事はない、地獄から地獄に移動しただけだった。

毎日馬車馬のように働かされて、食事は2日に3回程度。どんなに外が寒くても与えられる防寒着は布1枚。

少しでもサボったり、ミスをしたり、例えしていなかったとしても気紛れに拳が飛んできた。心が死んでいく。もう死にたいと何度もそう思った。しかしその気力も度胸もサラにはなかった。

必ずどこかで、まだ生きていたいと思ってしまう。それがサラの良い所でもあり、悪い所でもある。



(でも、これは流石にどうしようもないよね)

大男の後ろを歩きながら、目の死んだサラはフッと微笑む。


(ここまでくると、何か笑えて来るよ……神様はきっとわたしが嫌いなんだなぁ。わたし悪い子だったかなぁ~? ちゃんとお仕事してきたのに、ぶたれても泣かなかったのに、お腹が空いても我慢してたのに……)


人生山あり谷ありと言うけれど、今までどん底の人生を歩んで行きそれでも歩みを止めなかった結果がさらなる底だとは……。


(何なんだろうわたしの人生って……わたしの命って)

歩きながら後ろを見ると、入口の光が小さくなっていく。それがまるで自分の命の灯の様に感じられる。


(もう、いいや。考えるのめんどくさい。どうせ誰も助けてくれないんだし……誰も……)


サラの頭にとある少女の優しい笑顔が思い浮かぶ。その銀色の美しい髪に、赤い瞳の少女はサラに手を差し伸べてくれた。食事を食べさせてくれた。優しく抱きしめてくれた。

思い返すだけでこんな最悪な状況でも心が温かくなってくるサラ。


(あの人……リディさんは大丈夫だったのかな? ケガとかしてないかな? 今どうしているんだろう……)

サラの瞳から涙が零れ始める。

今度こそは完全に自分の人生に終止符を打てると思っていたサラだったが、結局駄目であった。一瞬……たった一瞬でもリディの事を思い返すと生きたくなってしまう。声を聴きたくなってしまう。触れ合いたいと思ってしまう。そして――。


(……助けて……助けて下さいリディさん)


助けを求めてしまう。しかしそんな都合の良い事など起こる筈もなく、サラの願いはトンネルの先の様に見えない暗闇に呑まれてしまう。 



と思われていた。



「ちょっと待ったぁぁ!!」


聞き覚えのある声に衝動的に振り返るサラ。

走って来たのか若干荒い息づかいに汗で張り付いた髪が艶っぽく映る。光に反射する美しい銀色に宝石の様な赤い2つの瞳。それはサラが今1番焦がれている人物……。


(……来て、くれた)

サラは涙で滲む視界を気にせずその者、リディを見つめた。



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