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第37話 王都編 8


「やめてください!! ロブリ―様!!」

「抵抗するな!! これぐらいしかお前の役に立てる事などないのだからな!!」


ロブリ―準領公家の自室にて、裸のロブリ―が1人のメイドに迫っていた。服が破られ、殴られても涙を流しながら必死になって抵抗するメイド。ロブリ―はそんなメイドを人とも思っていないのか何度も力一杯殴り強引に追い込んでゆく。

「どうだ痛いだろう? だったら大人しくしていろ! このクズ!」

「ううっ!」


そんな時、ロブリ―の背後から声が掛かる。

「ロブリ―様。ご報告があります」


しかし目の前のメイドを襲う事が楽しくて仕方がないのか、振り向きもせず言葉を返すロブリ―。

「後にしろ! ヘヘ、今は楽しんでいる最中だ!」

「ですが急を要するかと……」


背後の声に眉を顰め、舌打ちをした後、うっとおしそうにロブリ―が振り向く。

「ええい、一体何だと言うのだ――」

「――パンチが右から飛んできていますよ?」

「え?」

いきなり背後の声が男から女に変わったからだろうか、きょとんとして振り返るロブリ―。その瞬間、顔面に拳が突き刺さる。

「ガッ!!」


飛ばされ壁に激突すると、ロブリ―は血まみれの顔を押えながら喚き始める。

「は、はにゃが! はにゃが折れた!!」

蹲り痛みから全裸で暴れるロブリ―を見下す男女。リディとユーリだ。


「リディ、見るな。目に毒だぞ」

「大丈夫ですよ。小さすぎて良く見えないので。私にとってはこっちの方が目に毒です」


そう言って、所々破れて肌が露わになっているメイドにベッドのシーツをかけるリディ。

呆けるメイドに微笑むと、再びロブリ―に向き直るリディ。


「はぁい、豚ちゃんこんばんは。黒いけど骨のある連中を寄越してくれちゃってどうもありがとう。ちなみに聞くけど、私を生け捕りにしようとしてたのはこういう事をしたかったから? ちょーキモイんですけど」

嫌悪感を露わにした顔でロブリーを見下すリディ。


「なぜ貴様らが! 警備の者はどうした!?」

鼻を押えながらリディ達を見るロブリ―は今頃になって2人の存在に気がついたようだ。


「さあねぇ。ただゴミ掃除に来ましたって言ったらこの部屋に案内してくれたの。何でだと思う?」


「くそ! 田舎ザルが調子に乗るな!!」


「私達がサルなら全裸で鼻から血を流しているあなたは何なのかしらね? そうそう。あなたの家って不思議ね、家畜小屋が2階にあるんですもの。ああ、今のは後ろのメイドさんに聞いたのよ? あなたじゃないから。ハハハ、冴えてるわ私」


笑い声をあげるリディに顔を向けるユーリ。

「リディ、あまり挑発し過ぎると――」

「――このガキ!!」

ユーリの言葉に重ねるように血管を浮き出しながら、近くにあった酒瓶を投げつけるロブリ―。


「あだっ!!」

「こうなるぞ……と言おうとした」


見事にクリーンヒットしてしまい自分のおでこを押えるリディ。しかしロブリ―の行動はリディの怒りに油を注ぐ結果となる。


「この野郎っ」

リディから怒りの圧が流され場を重くする。その怒りの視線を一気に受けるロブリ―は怯えたように声をだし、後ずさって行く。


「ヒィ! わ、私に盾突いたらどうなるか分かっているのか!!」


「あ? 今度はお金でも投げるつもりか? 手足が捥がれても同じこと言えるかな?」


どんどんリディの体から流れる圧が大きくなって行き後ろのメイドが苦しそうにする。

それを見て、ユーリがリディの頭に手を乗せる。

「リディ、汚い言葉を使うな。それに怒りを押えろ。後の女性が死んでしまいそうだ」

「……ふぅー」


ユーリの言葉に少し冷静になり息と共に圧を放出するリディ。顔をにこやかにして、手を叩く。


「さて、それじゃあ掃除に取り掛かかりましょう。ああ、いけない! あなたが燃えるゴミか燃えないゴミか分からないわ! 分別しなきゃ環境汚染につながるしどうしましょう?」


リディがロブリ―に近づいていく。

「く、来るな!! おい誰かいないのか!! あ、お前そこのメイド! 私を助けろ!」

「え……」

急な命令に困惑しているメイドにさらにロブリ―が叫ぶ。


「何をグズグズしてるのだ!? さっさとしろ! 誰のお陰で飯を食えていると思っている!! このクズ!! 何ならお前の命に代えても私を守れ!! 早くしろ、だからお前はクズなんだよ!!」


(こいつ、どうしようもねぇーな)

その時点でリディはもう1発殴ろうと決め、拳を振り上げる。しかしそんなリディの横を通り過ぎる者がロブリ―を殴った。怯えていたメイドである。


「ふげっ!」

地面に叩きつけられるロブリ―に拳を押えたメイドが吐き出すように1言叫ぶ。


「クズはお前だ!!」

目に憎悪を溜めたメイドを見て、怒りが収まり拳を下げるリディ。何というか自分より怒っている人を見ると、怒れなくなると言うのは本当らしいと思うリディ。すると息を整えたメイドがクルッとこちらに向き、落ち着いた表情で口を開いた。

「私は料理を嗜むのですが……腐った物はどうしてると思います?」


いきなりの質問に顔を合わせるリディとユーリ。質問の意図が分からずリディが首を捻りながら返す。

「どうするの?」


するとメイドが手のひらから炎を出す。アリアンヌの足元にも及ばない弱々しいものだがどうやら魔法が使えるらしい。

「全部燃やしています」


ああ~と納得するリディはメイドに笑いかける。

「ふふ、それでいきましょうか。弱火でじっくりと」

「ええ」


ロブリ―に詰め寄るリディとメイド。

「ゆ、許してくれ!! 金ならいくらでも払うから頼む!!」

「悪役らしいセリフね、でもダメよ……だって」


滑稽なロブリ―にリディが言い放つ。


「あなたは到底許す事の出来ない事をしたのだから。私の家族に手をだした……それは幾千の罪よりもずっと重い罪なんだから、ね?」


そしてロブリーの顔に自分の顔を近づけるリディ。

「言ったでしょ? 碌な死に方しないって」


もはやロブリ―に逃げる術はない。これからこの男に待っているのは自分がやって来たであろう一方的な暴力。所詮因果応報と言う奴だ。

長い夜になりそうだと感じながら、リディはメイドの炎が揺らめいている手のひらをロブリーの顔に当てる。




丸焦げになりながらもピクピクと動いているロブリ―。もはや誰だか分からない程顔は腫れあがっているが一応は生きている。後は国のやり方で裁いて貰おうと言うユーリの判断で、辛うじて命を繋ぎ止めてるロブリ―。まぁリディ自身も別に人殺しになりたいわけではないのでその意見には賛成だが。


「あれま、犯罪のオンパレードね。これだけで展示会が開けそう」

そんなリディ達はミディアムなロブリ―を尻目に先ほどの出来事から協力的になったメイドが持って来たとある資料に目を通していた。それはロブリ―が今までに行ってきた犯罪行為とその証明が記された資料だった。


「ここに来てからの記録は全て保管してあります。こんな時のために……」

服を着替え直し、叩かれた所を治療し終わったメイドがリディ達の前に立つ。先程の魔法といい、この読みやすい資料といいかなり優秀そうなメイドだ。

(こんなクズ領家の元でなくても、他に働き口なんていくらでもあったんじゃないのか?)

そんな疑問がリディの頭に浮かんできたので思わず聞いてしまう。


「何で逃げなかったの? あなたなら何とか出来たんじゃない?」

リディの質問にしばしの沈黙を経て、メイドが暗い瞳で言葉を発する。


「人を、殺めてしまったのです」


メイドは元王都の領家の娘だったらしい。しかし何が切っ掛けかは憶えていないらしいが、他の領家に嵌められお家取り壊しになってしまう。処刑を免れるため家族でスラムに逃げこんだがそこでの環境は最悪で毎日空腹に耐えながら、隠れるような生活を送っていたらしい。ひもじく、危険なスラムでの生活だったが優しく守ってくれる両親がいた。それだけで当時のメイドは満足であった。

しかし、不幸な事に両親はスラム内でのいざこざに巻き込まれ命を落としてしまう。まだ幼かったメイドには到底1人で耐えられるような場所ではない。

我慢の限界を迎えたメイドはスラムを離れ、他人の家に忍び込み盗みを働く様になる。

そんな生活をしていたある日、いつもの様に他人の民家に忍び込んだ時、偶然にも家主が帰って来てしまい、動揺したメイドは思わずその家主をナイフで刺し殺してしまった。人を殺めてしまった恐怖に動けないでいると家の中に護衛を連れたロブリ―が入って来た。何でもここの家主に金を貸しており、それの催促に来たと言う。

放心するメイドに口元を上げロブリーは言ったそうだ。『捕まりたくなかったら私の奴隷になれ』と。それがメイドの地獄の始まりだった。



聞き終わったリディは胸が締め付けられるような気持ちになってしまった。あまりにも残酷な人生だ。どうにかしてあげたいと感じリディはメイドに問いかける。


「……家に来る?」

「え?」

メイドを真っすぐ見据えるリディ。前には意表をつかれたような表情のメイドが固まっている。


「私は別に正義の味方じゃないから、過去に盗みを働いていても、知らない誰かをあなたが殺していたとしても別に気にしないし誰かに言うつもりもないわ。それに絶対に身内は見捨てない」


リディは尚も固まっているメイドに近づき、優しそうに微笑み手を差し伸べる。

「もう十分苦労したでしょ? これからは私があなたを守ってあげる」


リディの言葉に目から止めどなく涙を流すメイド。

「うう、ありがとうございます……これほどまでに嬉しい事はありません。あなたと初めに出会えていたら、もっと違う人生になっていたでしょう」

だがメイドはリディの望む答えを口にしてはくれなかった。


「……ですがやめておきます。私は既に汚れる所まで汚れてしまっているのですから。あいつの命令で人を殺めたその日から」

首を振りリディの申し出を断るメイドに驚く。今にも死んでしまいそうな顔をして、放っておけるわけがないだろうと思い、若干強めに言い返す。


「だから、そんなの気にしないっていったじゃん!」

「私が気にするのです!!」 


悲痛なメイドの叫びに俯くリディ。何か気に障る事でも言ったのだろうか? それともやはり領家は信用できないのか? ただ、助けたいだけなのに、本人がそれを否定してしまう。


「すみません大きな声をだしてしまって」

メイドが頭を下げ謝罪してくる。


「いや……」

結局リディはそれから何も言えなかった。



しばらくしてリディとユーリはこの事を報告するため王宮に向かう事にした。ロブリ―準領公家の玄関まで送ってくれたメイドに挨拶を済ませ歩き出そうとするリディ。しかしどうしてもメイドに言いたい事があり振り返る。


「……とても、とても無責任な事を言ってもいいかな?」

真剣にリディを見るメイドに泣きそうなのを我慢して

「お願いだから、生きてね」

と言うリディ。これが今のリディが絞り出せる最大限のメイドへの言葉だった。

メイドは目を見開きジッとリディを見てから口を開いた。


「……こんな私に生きろと言ってくれるのですか?」

「うん……具体的にどうしろとは言えないけどさ、でもあなたがいなくなるのは何か嫌だな。こんな事言うのはやっぱり我が儘かな?」


もしかしてまた怒らせてしまうのではないか? そんな心配がリディの中に生まれ始める。しかし何か言わないと目の前のメイドが死んでしまいそうだったから、思わず言ってしまった。もう訂正は出来ない。


メイドは目をつむり至って冷静な声で言う。

「はい、我が儘だと思います。ですが、そうですね……」

すると手を組み、祈るようにリディに微笑みかける。

「あなたみたいな人もいる……それだけで私は救われました」


始めて見た笑顔に嬉しくなるが、言っている意味が理解できずリディは首を傾げてしまう。

「ん? どういう意味?」

「もう少し頑張ってみようと言う意味です」


まだ疑問は残るが、メイド本人がそう言っているならもう言う事はないだろう。それに心なしか先ほどより晴れやかな表情になっている。

「……そう。 じゃあそろそろ行くね? 何かあったらいつでもブランシュに来て、道のりは険しいけどいい所だよ」

「はい」

リディはしこりを残しつつ、その場から離れる。


冷たい風にあたりながら王宮に向かって歩くリディとユーリ。しばし無言のまま歩いた後、リディが悔しさの残る声でユーリに言う。

「おとうさま」

「何だ?」

「やはり、王都は嫌いです」

「……ああ、そうだな」

そこから2人の会話はなかった。




*****




メイドの取っていた資料とリディ達の発言が大きく影響し、ロブリ―準領公家は取り潰しになり、いままでロブリ―がやっていた仕事は他の領家が引き継ぐ事になった。そして今回の事件の首謀者であるロブリ―には処刑が言い渡される。又、資料を元にロブリ―の犯罪に関わった者達を洗い出す事で他にもいくつかの領家と平民が捕まった。


「へぇ~、そんな事があったんだね」

現在リディは王都騎士学校の傍にあるテラスにて、兄であるジルと共にお茶を飲みながら事の顛末を話していた。


「そうなんですよねぇ~、ホントに疲れたましたよぉ~……それより、やっぱり王都は危ないからブランシュに戻って来ませんか?」

「ははは、何度も言ってるけど、それは嫌だよ。無理じゃなくて嫌なんだ。この違いがわかる?」

要するに、自分の意思でここにいると言う事だ。


「ええ、ええ、わかりますとも」

不貞腐れながら紅茶を1口飲む。中々の味だが家のメイドの方が上手く入れてくれるなぁ~と実家が恋しくなるリディ。

(メイドかぁ~)


「……ねぇ兄さん」

紅茶の波を見ながらリディはジルに疑問を投げかける。


「助けを求めている者に、救済を断られた時はどうすればいいのでしょうか?」

ロブリーの家にいたメイドに誘いを断られた時、リディは何も言い返せなかった。今思えば強引に気絶でもさせ連れて行った方が良かったのかもしれない。しかしあの時のメイドの苦しそうな顔を思い返すとやはりそれは正しくない行動なのだろう。なぜあのメイドは誘いを断ったのか、確実に助けられても良い状況なのに……。それがリディを憂鬱な気持ちにさせる。


「ロブリ―の所にいたメイドさんの事かい?」

察しが良いジルはリディの言葉がロブリ―準領公家で出会ったメイドの事だとすぐにわかった様だ。


「はい、なぜ断られたのか未だに分からなくて、断る理由なんてないと思うのですが……」

胸のしこりが取れずもやもやするリディにジルは少し考えるそぶりを見せる。


「そうだな~。僕はその人じゃないから分からないけど。もしかしたら君に迷惑をかけたくなかったんじゃないかな?」

「迷惑って、私は気にしないのに……」

「君のそんな所を彼女は見抜いていたんじゃないかな? リディは何かと……身内に優しすぎるから」

 

(俺の為に断ったって事か? 何言ってんだよ、辛いのはそっちなんだから素直に助けられればいいのに!)

不満な顔をして、「意地っ張り」と呟くリディ。


「人の事言えないだろ……ま、推論でしかないけどね、その人の本心はその人ぞ知るって事だよ。でも最後は笑ってたんだろ?」


あの夜のメイドの笑顔を思い出す。どこか吹っ切れたような清々しい笑顔だった。

「……はい、笑っていました」

「じゃあ大丈夫だよ。君が思っている以上に人の心って頑丈に出来てるんものだよ」


紅茶を飲み干し、席を立つジル。大分話し込んでいたがジルはまだ学生の身。融通ゆうずうの利く時間もそろそろ終わりのようだ。


「じゃあ僕は学校に戻るね」

「あの!?」

歩き出そうとするジルを引き留めるリディ。


「もし次に目の前で困っている人がいたら、どうすればいいですか?」

しばし考えるとジルは笑いながら口を開く。


「君のやりたいようにやりなよ。それがリディだろ?」


(やりたいようにやるのが俺か……)

ない脳みそで考えても仕方がない。人生なるようにしかならないのだからと気持ちを切り替え紅茶を飲み干すリディ。


「そう、ですね。はい、何かスッキリしました。またお手紙書きます」

リディも王都から出発する時間が近いため、名残惜しいがそろそろ行かなければならない。

リディはジルの方を向きつつ手を振りながら歩く。


「ああそうだ、なぜ毎回君の手紙は下半分が切れているんだい?」

互いに逆方向に歩きつつも、声を大きくして会話を続ける2人。


「真相が知りたいなら、戻ってきてくださいよぉ!」

「じゃあ今の質問はなかった事にしておく!」

「もう!!」


久しぶりのジルとの会話に疲れが飛んだような気持ちになり軽い足取りで歩くリディ。


「さて、兄さんのお墨付きも貰ったし、やりたい事をやりますか!!」




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