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第34話 王都編 5


社交会に参加した王都以外の領家には宿泊できるように商人領家街の高級な宿屋が用意されており、王都に親しい友人や伝手つてがない限りほとんどの者はそこで寝泊まりをする。

もちろんブランシュ家にもその宿屋は用意されているのだが、あえてユーリはそこを利用しない選択を取った。

なぜかリディが聞くと、王の目がなくなった事でたかが外れた領家達が何をしてくるか分かった物ではないかららしい。


最近のブランシュの発展を良く思っていない領家は多い。特にロブリ―の様な商売で成り上がった商人領家はそれが顕著である。理由はブランシュの商品が売れるせいで自分達の商品の売れ行きが下がってしまったという完全な逆恨みだが。


「まぁリディがどうしても高級宿がいいと言うのなら戻ってもいい。 運が良かったら下の階から槍で貫かれなくて済むかもしれないぞ?」

「そんな話を聞いて戻る選択する人って頭お花畑過ぎでしょう。別にビビっている訳ではないですよ? ただうつ伏せで寝れないのが困るだけです」

と言う事でリディ達は自分達で本日泊まる宿を探しに比較的領家が少ない一般街に来ていた。


「結構賑わってますねぇ」

辺りはグラスを片手に酒盛りをしている連中で溢れており、笑い声、中には喧嘩でもしているのか怒鳴り声も聞こえてくる。もう暗いのに出店もまだ開いているし人も多く外出している。

ブランシュだったら今頃はもう皆寝ている時間なのに。都会は違うな~と驚くリディ。

「流石は王都、眠らない街ですか……我がブランシュにも夜通し踊りまくる日とか作ったらどうですかね?」


前世のディスコを思い浮かべるリディに嫌そうな表情のユーリ。

「やめてくれ、そんな日を作ってしまったら私の頭が疑われてしまうだろ。悪く言われるのはこの顔だけで十分だ」

「でも、もしかしたら余りの楽しさに目付きぐらいだったら治るかもしれませんよ……あ、 ダメだ、寝不足でさらに悪化するオチが見えました」

「お互いにな」

リディも言ってみただけで実現しようなどとは毛ほども思ってはいないが、しかしこの夜なのに騒がしく酒を煽る光景を見ていると少し羨ましく思ってしまうのだ。主に酒に。

(あ~お酒飲みたいなぁ。まだ11歳だから無理だけど)


この国では男女共に16になると成人だ。それまで飲酒はご法度である。前世でお酒が好きだったリディはゴクゴクとエール、前世で言う所のビールを飲む男を見て、無性に喉が渇く感覚を覚え、喉を鳴らす。

ちなみに以前、隠れてお酒を飲もうとしていた事がバレて、泣くまで怒られた事は今では良い思い出である。チクったのはアニエスである。


そんな事を思い出しつつ、歩きながら周りを眺めているとリディの目に留まる1人の少女がいた。

「ん? あの娘って……」


そこには夕方、ロブリ―に絡まれていた所を助けたピンク髪の少女が重そうに水の入ったバケツを運び歩いていた。

(もう夜だってのに、まだ働いているのかな?)

気になってしまったリディは少女に声を掛ける事にする。

「おとうさま、少しいいですか?」

「あ、ああ」

リディの視線に何をしたいのか理解したのかユーリが頷く。それを確認し小走りで今もフラフラと歩いている少女に近づき肩をポンッと叩く。

「何してるの?」

「ひゃあ!!」


悪気はないのだが、背後から声を掛けてしまったリディ。その声に少女は驚きバケツを落としてしまう。

「ああ! ごめんね!? 驚かせちゃったね」

「いえ……え? あ、あなたは」

どうやらリディを憶えているらしいが、リディの顔を見て目を見開いた後なぜだか急に頭を下げてきた。

「ご、ごめんなさい! 水汲みが、あるので!」

「え!? ちょっと待って!」

いきなり謝ってきた少女は、空のバケツを持って去ろうとする。しかしどんな理由があるにせよ、こんな時間に女の子を1人にさせるのも危険と判断したリディは急ぎ少女を引き留めようとする。


「おとうさま止めて!!」

その声に瞬時に反応しユーリが走っている少女の前に立ち行く手を阻む。暗さにより顔の陰絵がさらに増したユーリを見て、少女は尻餅をつきガクガクと震える。

「あ、あの……殺さないで」


「……そうか、領家が恐ろしいんだな」

どう見てもユーリの顔が怖いのだと思うが。

顔を恐怖で歪める少女を見て、ユーリが憐みの視線を送る。しかしその顔がさらに少女を怯えさせている事に恐らくユーリは気づいていないだろう。もうガクブルだ。

そんなユーリの勘違いにリディが突っ込む。

「いや、それだけが理由じゃないですよ絶対。ほーら怖くないよ~。私のおとうさまは悪魔と人間のハーフみたいな顔をしてますけど、とても優しい御方なのですよ~。ほら、おとうさま笑って笑って!」

少女の頭を撫でながらユーリに言う。


「う、うむ……少女よ大丈夫だ」

しゃがみ少女と顔を合わせるユーリはニッコリと笑う。

「殺さないよ」

まるで本物の悪魔の様に……。


「きゃー! 怖い!」

「おとうさま、言葉のチョイスが悪いです!」

「……すまない」



少女を慰め話を聞くと、予想通りだがどうやら水汲みの最中だったらしい。

(こんな時間に女の子を出歩かせるなんてどこの親だよ!)

内心怒りを感じるリディは少女の身を案じ家まで送ってく事にした。

「送っていくよ。家どこなの?」

「え? いいです、そんな!」

「大丈夫。水零しちゃったの私のせいだし、ご両親に1言謝らないと。さ! 案内して?」

ついでに文句も言ってやると心に決め、背を丸めて歩く少女の後をついて行くリディとユーリ。賑やかな一般外から少し外れると随分と静かな道に出る。辺りは街灯もなく僅かな月の光しか足元を照らすものはない。そんな道をしばらく進むとある場所で少女が止まる。

「ここ、です」

少女が俯きつつ言う。そこは良くあるような宿屋であった。


「おとうさま、丁度良いですね」

「ああ、そうだな」

偶然にも宿屋を探していた2人にはありがたい事である。後は満室でない事を祈るだけだ。

少女を先頭に中に入るリディ達。1階は食堂になっているのだろう、机がいくつか並べられており、顔を赤くした酔っ払いが数人そこで寝ていた。


(いわゆる下町の大衆的な宿って感じだな)

評価的には至って普通と判断するリディ。すると奥の方から魔物……いや違う太った妙齢の女が出てくる。恐らくはここを経営している従業員の1人だろうか。

(この娘の母親って事はないよね? 全然似てないし)


そんな事を思っていると、いきなり太った女が少女に怒鳴り始めた。

「あんた! 水汲みにどれだけ時間かけてるのよ! しかも中身入ってないじゃない!」

「ご、ごめんなさい」

「今すぐもう1回行ってきな! それまで食事は食べさせないからね!」


女のあまりの仕打ちに怒りがこみ上げてくるリディ。

(あれが母親? 似てない……というか何だあれ? こんな時間まで働かせたあげく怒鳴るってそれが親のする事かよ)

「リディ、押えるんだ」

ユーリに肩を叩かれ今すぐにでも飛び込んでいきたい衝動を堪えるリディ。


「……ゴホン!」

尚も少女に対して怒鳴り散らす女にも聞こえる様に少し大きめな咳ばらいをして、自分達の存在を気づかせるリディ。

「ん? あらこんな時間にお客さん……っ!!」

最初はめんどうくさそうにこちらを見て来た女だが、リディ達の着ている身なりから領家と分かったのだろう、態度を一変させる。


「これはこれはいらっしゃいませ! ちょっとあんた!! こっち来なさい!!」

女の声で奥から酔っているのか素なのか顔の赤い男が不機嫌そうに出てくる。

「何だ、二日酔いで頭が痛いってのに」

「ほら、お客さんだよ! ね? ほら?」

女がウィンクをすると、男の態度も一遍する。どうやらこの男が宿屋の亭主の様だ。


「あ~、これはこれはようこそいらっしゃいました! ご用件を伺っても?」

(泊まる以外に何があるんだよ……言わないけどさ)


夫婦のそのやり取りに違和感を感じつつも、リディは口を出さずにユーリに任せる事に。

手もみしながらニコニコと近づいてくる亭主にユーリが言う。


「夜分遅くにすまない。軽い食事と部屋を借りたいのだが」

「ええ、ありがとうございます。そう言えばちょうど部屋に空きがありましてね! いや~お客様は運がいい!」

(うざっ!)

何というか全てが白々しい亭主の態度に眉を顰めるリディ。


「食事代と部屋代とその他含めて、占めて銀貨40枚になります」

「は?」

銀貨40枚。日本円で約8万円だ。こんな平凡な宿でそれはいくらなんでも高すぎる値段設定だ。それに思わず声が出てしまうリディ。

「この辺りじゃ宿屋の料金なんて銀貨10枚くらいが妥当ですよね? 何でそんなに高いのですか?」

「おや~お嬢ちゃんは知らないのかい? 家は他とは違い質が良い事で有名なんだよ?」

絶対嘘だと感じ、周りを見渡すと壁に貼ってあった値段表を太った女が剝していた。しかしリディにはちゃんと見えていた。宿泊料金が銀貨10枚の表記を。

(なるほどぉ、こいつら俺達からぼったくる気だなぁ)

しかも先ほどのアイコンタクトと言い随分と手慣れている感があるし、恐らく常習犯だろう。


「どうする? 明らかにおかしいが」

ユーリがリディに耳打ちしてくる。当然こんな詐欺に引っかかる程リディは間抜けではない。


「ええ、やめましょう……と言いたいのは山々ですが」

リディはチラッと少女を見る。先ほどより声は小さくなったが未だに張り紙を剝した太った女から怒られている様だ。

「ほら、あんたは早く水汲みに行っといで!」

「は、はい……」


普通だったらこんなぼったくり宿には泊まらない。しかしどうしても目の前で起きている理不尽な仕打ちに目をつむる事が出来ないリディ。

(痛い出費だなぁ~)

苦い顔をして決断する。


「……ちっ! ここにしましょう」

「あの少女が心配か? 夕方にも言ったが――」

「――分かっています。ここでは普通な事なのですよね。でも目についてしまったので……」

「……わかった」

「すみません、我が儘を言ってしまって」

「気にするな」

リディの頭に手を乗せ微笑むユーリ。


「では、1泊お願いする。それと家の娘が遊び相手が欲しいみたいでな、そこの少女を同じ卓に着かせてもらえないか?」

リディの意図をくみ取って発言してくれた意思疎通はここの夫婦に負けてないなと思い嬉しくなるリディ。


「え? はぁ、いいですけども」

男の言葉を聞き、怒られている少女の手を引くリディ。

「さ、こっちに来て!」

「え? でも水汲みが」

「えー? ダメなの? じゃあこの宿にいる意味ないかも~」

言い含め、残念そうな目線を太った女に向けるリディ。折角自分達をカモにしているのなら、それを最大限利用させてもらおうというリディの考えだ。

(少しの我が儘くらい聞いてくれるよな?)

そんなリディの読みは見事的中。女と亭主は一瞬目を合わせると頷き合い、見事に態度を変える。


「いいのよ、お嬢様のお相手をしてあげなさいな」

「え? でも」

「いいから! 言う事を聞きなさい!」


そして女があくどい顔で少女に耳打ちをする。

「あとね、あんたに上手い駆け引きとか期待してないけど、あの客から金を搾り取れるだけ取ってきな」

「そんな!」

「出来ないなら、分かってるわよね?」


女の脅しに少女は頷くしかない様だ。ちなみに耳打ちしている様だが肉体チートのリディには丸聞こえである。

暗い顔をさらに暗くした少女の手を引き、椅子に座らせリディは机を挟んでその正面に座る。少し遅れてユーリも席に着き、後は食事が運ばれて来るのを待つだけ。

その間、リディは目の前の少女に話しかける事にする。


「ねぇ、あなた名前は? 私はリディ」

リディの質問にびくびくしながら答える少女。

「……サ、サラです」

「サラ……いい名前じゃない。あそこの2匹が名付けたとは到底思えない。もっと耳を覆いたくなるような名前かと思った」

「な、名付けてくれたのは、わたしの両親です。ここの人は、わたしを引き取っただけです」

(じゃああの2人の子供じゃないんだ……だよね~どう見ても似てないし)


「じゃあほんとのご両親は……ごめんなさい何でもないわ」

聞いてはいけない事だったのだろう、サラの顔が泣きそうになってしまった。多少罪悪感を感じつつリディはとっさに話題を変えようと視線を泳がす。するとふとサラが無意識だろうか机を拭いているのが目につく。それもかなり丁寧に自分の机の周りを綺麗にしている。

(あ~俺も良くやるんだよね~。家のメイドもこれくらい丁寧にしてくれないかな~……雇えないかな?)


少しサラに親近感が湧いてくるリディは笑いながらサラの手を指さす。

「サラはさ、お掃除とか好き?」

「え? あっ! いや普通、です」

おどおどと答えるサラにリディはさらに質問を投げかける。

「お裁縫とかは?」

「あ、編み物なら少し」

「ここでのお給料は?」

「ない、です」

「フリフリの服に興味ない? 着てみたいとか思わない? 例えばメイド服とか」

「え? あの、何が言いたいのですか?」

グイグイと顔を近づけてゆくリディに若干引きつるサラ。


「ごめんごめん。じゃあ最後の質問……ここでの生活に満足してる?」

「……」


サラは沈黙した。その沈黙こそが十分に答えになる。リディはそんなサラを真剣に見つめる。

「私はね、出会いには何かしらの運命があると思うの。今日だけであなたには2回も出会ったわ。これって意味があると思わない?」

横でユーリが「ロブリ―準領公」と呟く。

(内緒にしてたのに王宮でのやり取りがばれてる、流石おとうさま……でもそれは言っちゃダメ)

白々しい顔でユーリの口を摘みもう片方の指を横に振るリディ。その意味をユーリは理解したのだろう大人しく黙る。

そして再びサラに向き直る。


「3食寝床付き。安心で安全なサポートも充実してるし、休日もちゃんとあるわ。給料は月に金貨2枚。頑張りによってはさらに上げる事も可能……」


サラには何となくリディの言葉の真意が伝わっている様だ。簡単に言うと、こんな所やめて家に来ないかである。しかしどうにも迷っている様子だ。

ロブリ―の件も含めて、恐らく領家に対して良い印象を持っていないのだろう。

サラにとっては、ここで一生こき使われるか、領家の元に行き一生こき使われるかの違いでしかない。いや、一般人にとって領家とは恐ろしく傲慢な存在だ。もしかしたらより酷い要求をしてくるかもしれないと考えているかもしれない。それを察したリディは攻め方を変える事に。

「あなた、と言うかほとんどの人は領家に対して苦手意識を持っていると思うの。各言う私も見ての通り領家だけど、そこいらにいる下卑た古狸共とは違うと自負しているわ。場合によっては人を振り回してホコリを集める事だってあるし、意味もなく高い所に登って紅茶を飲む事だって私はあるけどね、それでもこれだけは絶対に言えるは」


力強く発言するリディ。

「身内は絶対に大切にするし、裏切らない。何かあったら私が守ってあげる」


その言葉に初めて顔をしっかりと上げるサラ。

「もちろん、あなたの意思を尊重するわ。今のままでいいって言うならこの話はここで御終いにする。でもねもしその気が少しでもあるのなら――」

リディはそんなサラに優しく微笑み手を差し伸べる。

「この手をとってみない?」


リディの言葉にどう感じたのかは分からないが、先程の様に視線を逸らしたりはしないサラ。どこか見とれているようにリディを見つめ、そしてゆっくりと手を出す。しかし――

「困りますよ~お客さん。家の娘を誑かさんでください」


その手を遮るように、亭主の声と共に机に2つの料理が置かれる。それにサラはビクッとなってしまい手を引っ込め俯いてしまった。

内心でもう少しだったのに! と舌打ちしてタイミングの悪い亭主を冷たい目で見るリディ。


「別にそんなつもりはないですけど、娘のやりたい事を応援するのが親の務めではないのですか?」


「そうしたいのですが、何分家も人手が足りないもんでね? 可愛い娘に旅をさせるのは難しいんですよ。なぁサラ?」

男が笑みを浮かべると、サラが弱弱しく頷く。


(なるほど、洗脳みたいなものか……心や体に染みついた恐怖を取り払うのは難しそうだな。全く忌々しい)

これでスカウトがより一層難しくなったと感じ苦い顔をするリディはサラのボロボロの服に不健康そうな体や顔を横目で見て亭主に言う。


「可愛いねぇ~。夜に裸足で水汲みに行かせる愛情表現なんて斬新ですね」

「働き者のいい娘でしょ?」

「物はいいよう。実に便利な言葉だわ」

「私共も出来ればサラには良い生活をさせてあげたいのです。良い服も良い靴も与えたい。ああ、ちなみに今お2人が食べてるブランシュ肉はサラの大好物なんですよ」


実に下手くそな演技だ。幼稚園のお遊戯会の方がまだマシである。

そう思いリディは自分の前に置かれている、何とも安そうなブランシュ肉擬きをサラに渡す。

「……じゃあ食べなさい」

「うぇ!?」

別にリディからしたら食事を1食抜くぐらい大した事ではない。その気になれば3日は水だけで過ごせる自信がある。

いきなり食事を渡されて驚くサラ。大分お腹が空いていたのだろう口から溢れ出る涎を止められない様子だ。しかしそれを亭主は良しとしなかった。

「ダメですよ! お客様の物を食べるなんて宿屋の娘の名折れです! サラ分かっているね?」


そんな事聞いた事もないと亭主を睨むリディ。そうするとサラがゆっくりと口惜しそうに皿をリディの前に戻す。どうやらサラは完璧にこの悪亭主に躾けられているらしい。

本人が食べないと言うのに無理やりに食べさせるわけにもいかず、しかしサラにも食事を食べてほしい。そうなると方法は1つしかない。

(……まぁ読めたけど)

亭主の策略にハマるのは非情に癪だが、リディは自分の懐に手を伸ばす。


「私が払おう」

「いえ、おとうさまには宿代を出してもらうのですから、それにこれは私の我が儘です」

ユーリが懐に手を入れるがリディがそれを制し、ため息を吐き懐から自分の財布を取り出す。

「はぁ~……追加でサラにも食事を出してくれる?」

「ヘイ! 追加料金で銀貨5枚になります」

「はいはいそれでいいわよ」

相変わらずボッているが、もう諦めている。幸いな事にリディは結構自分で使える金を持っているのでそれ程手痛い出費にはならない。しかしリディの財布の厚さを見て、男がさらに言ってくる。


「よかったな~サラ。これで大好きな果実水があれば完璧だね」

白々しい。実に白々しいと感じ眉をピクッとさせるリディ。

「じゃあそれも追加で」

「ヘイ毎度! 銀貨2枚です! それにしても最近寒くなったからサラにも暖かい服を用意してあげたいんな~」

もうここまで来たら自棄だと財布を握りしめ立ち上がる。


「わかった! それも追加でいいですよぉ!! 後は何だ? 馬でも買うのか? それとも城でも建てるのか? 全部出してやるよ! ああ、出してやるとも! 代表役のおこづかいなめんなや!!」

「あの! もういいですから!」

「そうだリディ! そこで壊れるな」

怒りながら財布の中身をドンドン机の上に出してゆくリディを焦り止めるユーリとサラ。結局かなりの額を取られてしまったが、まぁサラがおいしそうに肉を食べていたので良しとしようとリディは歯を食いしばりながら結論付けた。





*****




領家街にあるロブリ―邸の1室にて、この家の当主であるロブリ―はリディに握られて腫れあがった腕をメイドに治療させていた。

「ああ痛いだろう! もう少しまともに治療は出来んのかこのクズが!」

「も、申し訳ありません!」

「もうよい!!」

「きゃ!!」

怒りを露わにしてメイドを蹴り飛ばすロブリ―。そんな時、ロブリ―の部屋に声だけが響く。


『ロブリ―様。ご報告があります』

「何だ?」

『例の親子が見つかりました。どうやら一般街の宿屋にいる様です』


その言葉を聞いて悪そうにニヤッと笑うロブリ―。

「ほう、田舎者には高級宿は性に合わなかったか。面倒な手間をとらせおって!」

『どのように致しますか?』

「ふむ……」

顎に手を当て、少し考えると再び笑みを見せる。


「男の方は殺して構わん。だが油断はするなよ? 相手は二つ名持ちだからな」

『では、女の方は?』

「生かして連れて来い。この腕の借りをたっぷり返してやらねばならんからな。あ~あの綺麗な顔を歪めてやるのが今から楽しみだ」

舌なめずりをして腫れた腕を見るロブリ―。


『御意』

そうすると、カーテンが一瞬翻り男の気配がなくなる。


「あのブランシュの田舎猿共が。私に盾突いてどうなるか骨の髄まで教えてやる」

その1室にロブリ―の嫌らしい笑い声が響く。


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