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第31話 王都編 2


朝になり、再び馬車を走らせ王都に向かうブランシュ一行。途中何度か魔物に襲われそうになったが、なぜかやる気に満ち満ちた兵士達のお陰でリディは馬車から降りる事なく2日目を終える事が出来る。


3日目、王都が近くなって来た影響か魔物との遭遇率が一気に減り、馬車を走らせながら兵士達やユーリと雑談をしつつ比較的穏やかに馬車を進める一行。夕方には王都の門前に到着する事が出来る。


「お~、圧巻だ……」

上を見上げながら呟くリディ。見上げていると首が痛くなってくるほどの高さを誇る王都ウィンドルの門。いかなる襲撃にも耐えられるようにより高く、強固に作られたそれはまさに不動の要塞である。


さてやっとの思いで王都に到着したリディ一行。長旅で疲れた体を早く癒した気持ちにかられている訳だが、そうも言ってられない。なぜなら社交界は今夜なのだから。


(それなのにぃ! 何をグダグダしてんだよぉ!)

怒りながら腕を組み前で話すユーリと門兵を見るリディ。どうやらブランシュ領公家がまだ来てない事を確認しておらず、馬車の置き場を先ほど来た行商人に譲ってしまったらしい。


「招待状は貰っているんだ。何とか新しい場所を見繕ってくれ」

ユーリの言葉に頭は下げているが、態度は太々しい門兵。

「申し訳ないです。なにぶん来られるのが遅かったもので。次からはもう少し早くご出発なされてはどうです?」


その言葉に我慢ならなくなり、軽く門兵の足を蹴り上げるリディ。

「痛ってぇ!!」

リディに蹴られた所を痛そうに押える門兵に叫ぶリディ。


「私達は招待状が届いてから次の日の朝には出発しました! これ以上どう早く来いって言うんですか! そもそも私達がこんな所で待ちぼうけを食らっているのも、招待客の確認を怠ったあなた方の責任でしょうが!! グチグチと文句を言う暇があるならさっさと探してきなさい!」


リディの言う事は最もだ。しかしこれも田舎領家がなめられているからだろうか、門兵の態度が悪くなってしまう。

「……ちっ! あ~はいはい、分かりましたぁ~。すみませ~ん」


「おい、舌打ちしたろ? とりあえず謝っとこう感が見え見えなんだよ!! そういう態度は手に取るようにわかるからなぁ!! 大体なぁ――むぐっ!!」


門兵の態度に煮え切らないリディはさらに食って掛かるが、すぐにユーリに取り押さえられる。「むー! むー!」と口を押えられながら馬車の中に連れていかれるリディ。

結局数十分後にやっと置き場が確保出来たようで、門の中に入る事が出来る。

去り際に窓を開け、先ほどの門兵に中指を立てて舌を出す。


「良かった、朝食をここで食べるハメにならなくて! もしそうなっていたらその立派な槍をあんたの尻に突っ込んで足3本にしてやってたよ!!」


リディの挑発に顔を真っ赤にする門兵。

「何だと!?」

「立っているだけならゴブリンでも出来んの! 頼むから帰る時はしっかり門兵の仕事して下さいよ! 給料泥棒は仕事じゃないんだから!」


「汚い言葉を使うな」

「ふぎゃ!!」

令嬢としてふさわしくない言葉のオンパレードをしたリディはユーリの拳骨を食らうハメになってしまう。


目まぐるしく人々が行きかう王都の街を進むブランシュ一行。リディが人口密度や店の多さに嫉妬心を燃やしていると、ユーリが王都の街について話してくれた。

王都の街の作りは簡単に説明すると5層に分かれており、中心に行けば行くほど位の高い人が住んでいる仕組みになっている。中心である1層が王族の住むヴァルディア王宮。2層が領家が住む領家街。3層が血筋ではなく商売で位を得た商人領家街。ここは主に高級品を取り扱う店が建ち並んでいる。4層が大多数のウィンドル民が暮らす一般街。5層が貧しい民達や流れ者が暮らす貧民街。通称スラム。


「うわ~ガチガチの縦社会が街にまで繁栄されているんですかぁ~。そんなんで上手くやっていけてるんですかね?」


「まぁ当然不満の声もあるだろう。スラムなどは常に犯罪が絶えない程荒れていると聞くからな。王もこの王都のウィンドル領公もそこまで手が回らないのだろうな」


「人の子ですもん、限界はありますよね……単に全力を出してない可能性もありますが」


リディの発言に頭を押さえるユーリ。

「頼むから王宮ではそう言った発言をしないでくれよ。王都の領家に目をつけられるなんて面倒なだけなのだからな」


そんなユーリを見て、リディに1つの疑問が出てくる。

「別にそうするという訳ではないのですが……仮にも家は国で3番目位に偉い領公家なのですよね? 同じ領公家や王族なら分かりますけど、位の低い領家にまで遠慮する必要があるのですか?」


このヴァルド領治国での位の高い順は王→王族→領公→準領公→領伯→領子→騎士となっている。確かにブランシュ家はかなり高い位置づけとなっている筈だが。


「門兵の態度を見ただろう? 田舎領公家の肩書などあってないようなものなのだよ。だから領公だったとしても、何をされるか分からんぞ。全く情けない事だ」

力なく笑うユーリ。

なるほどそりゃそうか。じゃなければ資金減額や兵の没収などするはずがないもんな、と考えるリディ。本当に王都はリディ達にとって居辛い所である。


そんな話をしていると、リディ達を乗せた馬車が急停止する。

「おわ!!」

「ぐふっ!」

慣性で向かい側に座るユーリに頭から突っ込んでしまうリディは、苦しそうに腹を押さえているユーリに微笑む。


「ありがとうございます、おとうさま。世界で2番目に最高なエアバックです」

ちなみに1番はアリアンヌだ。下心は一切ないが……一応リディも元男だったりするので女性の胸は良い物なのだろう。


窓から顔を出し何事か確認するリディ。どうやら領民の少女が袋に入っている大量の果物を通路に雪崩させてしまったらしい。しかしどうも様子がおかしいようだ。

歳はリディより幼く、桃色のセミロングの髪に布の様な服を着た少女は果物を拾おうともせず、目の前のぼってりとしたお腹が特徴の高そうな身なりの男に怯え頭を下げているのだ。男の後ろには武装した男が2人いる。恐らく護衛だろう。


「ごめん、なさい!」

「謝って済むものか! これから大事な社交界に行くのに、果物の汁が飛んでしまったではないか!! どうしてくれるんだ!? えぇ!?」

「服……もって、ないです」


その光景を見ていると、痛みから復帰したユーリが言う。

「あれはロブリー準領公殿だな。この街の商売を取り仕切っている内の1人だ」


(なるほど~。つまりあの少女は悪い領家に絡まれちゃった訳か)


冷めた目で今も怒鳴り散らすロブリー準領公を見てから、泣きながら謝罪を続ける少女を見るリディ。

不健康そうに青白い肌。ボロボロで汚れた髪や服。しかも今は寒い時期にも関わらず素足である。その少女を昔のブランシュ民と重ねてしまうリディは居たたまれなくなり助けようと扉を開こうとする。しかしユーリに手を掴まれる。


「勘違いするな、助けに行くなとは言わない。しかしこれだけは聞いておけ。あのような境遇の少女はたくさんいるし、あのような光景もここでは日常茶飯事だ。善意で領家と対立するなど自分にとって害にしかならない。今あの光景を見ている者はそれが分かっているから誰も少女を救わないし、果物すら拾おうとしないんだ……君は会う民全員を救い、会う領家全員と敵対するつもりか?」

「それは……」


誰も藪蛇やぶへびをつつきたくはない。自らリスクを背負うなどバカのする事。それがこの街で賢く生きると言う事らしい。もちろんリディにもそれは理解できている。

だからこそ、未だに飛び出さずにいるのだ。


そんなリディの様子にため息を吐くユーリ。

「理解している様だな……じゃああの少女を助けに行くか」

「へ?」


ユーリの発言に呆けるリディ。

「ダメなのでは?」

「誰もダメとは言ってないだろ? 先程の話を理解した上でどうするかは君次第だ。どうせ聞いたって助けたいのだろう?」

「……はい! おとうさま!!」


ニヤッと笑うユーリに満面の笑みで返すリディ。

「しかし大人しく引いてくれますかね?」

「そこは私に任せておけ。何のために怖い顔で生まれたと思っているんだ?」

「フフ、私は好きですよ」

そして2人は目を合わせると馬車から飛び出す。



恐怖のあまり震える少女にロブリ―が手を挙げる。

「ゆ、許して、ください」

「だから謝って済む事ではないと言っているだろうが――」

「――手を挙げる必要はないのではないですか? ロブリ―準領公殿」

すかさずその手を掴み止めるユーリ。そしてお得意の悪役顔で話しかける。

突然のユーリの登場にロブリ―も護衛2人もかなり驚くが、怖い顔の主がブランシュ領公と分かったからなのか、若干落ち着きを取り戻す。


「おお、これはブランシュ領公殿、お久しぶりですなぁ。しかし今は少し立て込んでいるのでお話は後にしてもらってもよろしいかな?」

明らかにユーリを袖に振るような態度。しかしユーリは態度を変えず、怯える少女とロブリ―の間に入る。

「こちらもそうしたいのですが、何分この少女のお陰で道が塞がれてしまいましてね。このままでは王宮に着くのが遅れてしまうのですよ……君、さっさと道に落ちている物を拾いなさい」

ユーリの顔にビクッとなるが、そそくさと少女が果物を拾い始める。言われてやっと道を塞いでいた事が分かったロブリ―はバツが悪そうな顔になる。


「それは申し訳ない事をしましたな。この時間に馬車が通るなど思わなかったものでね」

「いえいえ、ミスは誰にでもありますよ。お気になさらず」

ロブリ―の挑発を軽く受け流すユーリ。時間を稼いでいる間にリディは少女の落とした果物を拾い集め少女に渡す。

「はい、これで全部」


リディの笑顔を見て、ポカンとするが直ぐにお礼をする少女。

「あ、ありがとう、ございます」

「いいよ~。ここはいいから早く行きなさい」

「え? でも……」

「いいからいいから」


リディに押され走り出す少女にロブリ―が気づいてしまい、護衛に指示を出す。

「あ! おいあのガキを捕まえておけ!」

「「はい」」


しかし走り出そうとした護衛2人の前にユーリが腕を出し止める。

「まぁまぁもういいではないですか。そんなにムキになるなど領家としてあるべき姿ではないですよ」


「ふん! 最近少し商売が上手くいっているからって、あなたが領家のあるべきなどとは、少し浮かれているのでは?」


「それはあなたでしょう? まだ社交界は開始されていないのにもう顔が真っ赤だ。デキ上がるにしては早いのでは?」


「何!? 私にそのような事を言って、ただで済むと思っているのか!? おい!! この男を――」

ロブリ―の言葉で護衛2人が剣に手をかけようとした、その瞬間ユーリが早業で護衛2人の剣を先に抜き取る。

驚愕するロブリ―達を見ながら、ユーリは抜き取った剣をじっくり見て怪しい顔で微笑む。


「良い剣です。さぞかしよく斬れるのでしょうね」

ユーリの顔にゾクッとするロブリ―と護衛2人。畳みかけるようにユーリがロブリ―に詰め寄る。

「先ほどの続きですが、私はあなたに何をされるのでしょうか? 何分田舎者なのでわかりかねます」


ユーリが剣を落とす音にビクッとなるロブリ―。そのままゆっくりとロブリ―の首元にある蝶ネクタイを正すユーリは止めと言わんばかりに恐ろしく笑う。


「面倒事はさけて行きましょう。それが互いの為だと思いませんか? ロブリ―殿」

ロブリ―は冷や汗を流しながら後ずさると、「行くぞ!」と言って護衛2人を連れて去って行く。

その後ろ姿を見ているとロブリ―が振り向いて視線を重ねて来たので鼻に指を当て「ぶーぶー」と豚の鳴き声をするリディ。悔しそうに去って行くロブリ―にご満悦なリディ。


「流石です。おとうさまにかかれば、豚だって木に登りますね」

「ああ、面倒な事にならなければいいが……それより、早く王宮に向かうぞ」

「はーい」

馬車に戻る2人。かなり時間を取られたがまだ社交界開始の時間には十分に間に合う。どうやら馬車から降りて速攻走るなんて領家らしからぬ振る舞いはしなくて済みそうだと一安心するユーリ。リディもこれ以上疲れる事はしたくないので、それには同意する気持ちだ。



しかし何というか、つくづく何かを持っているブランシュ家。

王都警備兵の誘導で馬車置き場に到着したリディ達は呆けてしまう。案内された所がボロボロの馬小屋だったからと言うのもあるが、一番の問題は。


「わー、おとうさま。王宮があんな遠くに……」

「どうやらここしか空いていなかったようだ」

「そうですか……所で社交界開始まで後どれくらいでしたっけ?」

「……あと20分だ」

「走りますよ! おとうさま!」

結局走る事を余儀なくされた二人。


(こんなに遠いなら王宮の前で下してくれればいいのに!! いじめか? いじめなのか!? やっぱり王都なんて嫌いだ!!)

走りながら愚痴るリディ。

何とか王宮に着いたと思っても入口の前で警備兵に邪魔をされ。

「招待状を確認しました。しかしもう少し余裕を持って来て下さればこんな事に」

「もうそれは聞き飽きました!! 文句は私達以外に言ってください!!」


中に入ったとしても、2人には身だしなみを整える時間が必要であり、王宮メイド数人にそれぞれ違う部屋へ連行される。

ユーリは着替えだけだが、女であるリディはそうもいかず化粧や着付けなどに大忙しだ。


「ケホッ! ケホッ! ちょっと! 私がこれから行くのは社交界の会場! オーブンの中じゃないんだから小麦粉なんてまぶさないでよ!」


「小麦粉ではありません、白粉おしろいです! 王の御前に立たれるのですから美しく在らねばなりませんよ。ブランシュ領公令嬢様」


「それにしても令嬢様はとても綺麗な肌をしておりますね! 体のラインは細くまるで彫刻のようです。コルセットは必要ありませんね!」


「いや、ワンサイズ小さいのを着けたら胸が強調され、さらに美しい曲線になります!」


「確かに! これはやりがいがありますね!!」


「「フフフフフ!!」」


(じ、地獄だ……)

なぜかテンションの上がるメイド達に白目を向きながらなされるがままのリディ。身だしなみを終えると、満足そうにするメイド達に見送られ部屋から出る。

扉の前ではいつもの黒い服とは違い白いスーツ風な服に身を包んだユーリが立っていた。しかし何というか、逆にユーリの怖い顔を際立たせているように感じる。

ユーリはリディの姿に驚いている様だ。元が良いからか、さして変化は見られない物のさらに白くなった肌に細すぎる腰、それとは反対に黒いドレスと花の髪飾りが大人の雰囲気を醸し出している。


リディはコルセットでさらに細くなった自身の腰を軽く叩き、不満そうに言う。

「やりすぎですよね? あばらが可哀相って言ったら、『6本あるのですから大丈夫です』って言われましたよ。どう思います?」

「どう思うって……まるで観賞用の彫刻だな。いや褒めているんだぞ」

下手くそなユーリの褒め言葉に軽くお礼を言うリディ。


「じゃあ、行くか」

「はい」


準備完了! と言う風に頷き合うリディとユーリ。 いくつもの障害を乗り越えやっと2人は会場に向かうのであった。

そして気合いを入れ、反対方向に歩き出す2人……。


「リディ、こっちだ」

「あれま、間違えた」



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