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第27話 ジル決断編 3

ブランシュ家屋敷の仕事部屋で先日の野盗襲撃の被害書に目を通すユーリ。隣の真新しい机ではジルもユーリと同じように書類に目を通している。良くこうしてユーリの仕事を手伝うジルのため、新しく用意された机だ。


「また門の修繕費か。全く誰もかれも扉の開け方が分からない奴が多すぎるな。1度講座でも開いた方がいいかもしれないな」

「はは、一番受けて欲しいのはリディですか?」

「実はもう受けさせている。次はブランシュ家の歴史とドアノブの回し方だ」

「それは難関ですね。家の扉がなくなるのも時間の問題かも」


そんな冗談を交えつつ、ペンを走らせる二人。

「しかしあれだな。こうして男同士で話すのも良いものだな」

「そうですね。よし! 父様こちらは終わりました」

ユーリの言葉に微笑みながら、手元の書類を渡すジル。


「問題ないようだな。ジル、もうこちらはいいからお前は学校入学の準備をしなさい。あまり期間もない事だしな」

「はい、分かりました」

頭を下げ退出しようとするジルに「助かったよ」と手を挙げ笑うユーリ。


そんなほのぼのとした空間に嵐が来る。

「失礼します!」

バコンッ!! と扉を蹴破り怒り顔のリディ登場。どうやらユーリの講座は無意味なようだ。妹のアグレッシブな登場に苦笑いで挨拶をするジル。

「やあリディ。いい朝だね」

「ええ、本当にいい朝ですね。兄さん」

「たった今まではな……」

虚ろな瞳で落ち込むユーリ。


(兄さんもいるのか、ならちょうどいい)

前に出て、ユーリの正面に立つリディ。

「おとうさま、どういう事ですか? ジル兄さんが学校に入るなんて私聞いてませんよ!!」


細かい事が苦手なリディは、先程駄メイドから聞いた言葉に対しての疑問を単刀直入に聞く事にした。

そんなリディの言葉に少し苦い顔をするジルと腕を組むユーリ。

「それはそうだ。内密にと言っておいたんだからな。全く誰に聞いたんだ?」


「家の使用人にですね、口に羽の生えた奴がいるんですよ」


「そうか、なら飛んでいかない様に次から石でも詰めておくかな……それで? 大体想像はつくが、お前は何が言いたいのだ?」


この世界の男性領家は14歳で王都の学校に行くのが常識となっている。ただ常識であって強制ではない。ジルの口からは学校なんて言葉聞いた事もないリディはジルが学校に行かない物だと勝手に思っていたのだ。まぁ仮にジルが言ってたとしたらリディは全力で邪魔をしてたとは思うが。

そしてリディは考えていた。どうせ今回の学校入学はユーリが領家だからどうのとか言ってジルに命令したんだろうと。


「決まっています! ジル兄さんの学校行きをなくして下さい」

「それは出来ない」

「いえ、出来ますよ。おとうさまが頷いてくれれば」


ユーリが頷くまで断固として引く気のないリディ。互いに睨み合うリディとユーリを見て、小心者のジルは居心地が悪くなったようだ。

「……じゃあ僕はやる事がたくさんあるからそっちを1つずつ消化していこうかな。まず初めに扉を開けて。はは、リディのお陰で1手間省けたよ」


そそくさと退散しようとするジルの腕を掴むリディ。

「ならもっと省いてあげますよ。座って、私と共に説得したら、後は食べて寝るだけです」


兄さんも本当は学校なんて行きたくないんですよね? ええ私は分かっていますよと思い、無言で頷くリディ。困ったように座るジルを見れば、今のリディの行為が正しい事なのか判断がつきそうなものだが、今のリディは兄を助ける使命感にかられていて周りが見えてないのだろう。


「勉強なら家でも出来ます! 何も王都に行かなくてもいいではないですか!」

確かに最近増えたブランシュ家の使用人の中には勉学に精通した者もおり、リディもジルも週に何回かはその使用人の授業を受けている。


しかしリディの言葉をユーリは冷静に返す。

「いいかリディ。学校というのは別に知識だけを学ぶ所ではない。交友関係を広げたり、友と競い合ったりと言うのはとても重要な事なんだ。私も様々な体験をした。時には歓喜し笑い合い、時には挫折し涙を流したりもした。しかしその経験が合ったからこそ、今の私がいてお前達がいるのだ。学生生活と言うのはとても貴重な物で、今でしか出来ない事だ。私はジルに私と同じように色々な事を体験し勉強して貰いたい。全てはジルの為なんだ」

全てはジルのため。そう言われてしまうと、何ともリディには強く否定する事が出来なくなる。それにユーリの言う事は確かに正しく、リディは言葉を詰まらせる。

「うっ! そ、それでも――」

「――それに、私より先に学校に行くと言い出したのはジル自身なんだぞ」


ユーリの言葉に動揺し、すかさずジルを見るリディ。ジルは困ったように笑いながら頷いている。どうやら嘘ではないようだ。

本人が行きたいと言っているのであれば、もはやリディに正義はない。それはリディも理解している。しかし割り切れない思いがリディの中では渦巻いている。だからここからの言葉は全て、ただのリディの悪あがきだ。


「……兄さんは、良いのですか?」

ジルに顔を近づけるリディ。こうすれば圧にのまれて優しいジルが説得に応じてくれると思ったからである。そして続けて優しそうに問いかける。


「6年ですよ? 6年もの間、離れ離れになるのですよ? いつもの朝食も遊びもお話も出来なくなるんですよ? 寂しいですよね? ね?」

首を傾げ、案に納得してくれと言う意味を込めたリディの言葉。しかし。


「まぁそうだけど。もう決めた事だからね」

ジルはそんなリディを突っぱねた。あのイエスマンのジルが否定したと言う事は、相当堅い決意なのだろう。ここで引いてあげるのが、恐らく家族としても人としても正しい行為。しかし気持ちがどうしてもそれを否定してしまう。兄が6年もいなくなると言う事を、リディは認めたくないのだ。


「わ、私が寂しいと言ったら、やめてくれたりします?」

「……」

リディの悲しそうな顔を見て、ジルは黙り込んでしまう。優しいジルの事だ、妹を悲しませない様にどうすれば良いか考えているのだろう。

そんな優しさに付け込み、感情に訴えかけるなどジルを困らせるだけだ。そんな事はリディにも分かっている。しかしリディにはもはやこの方法しか考え付けなかったのだ。


ただ、ここには冷静に判断できる第3者がいるのがジルには救いだった。

「リディ、いい加減にしなさい。これはジルの選んだ事だ。それに君が口を挟み、あまつさえ妨害する事は筋違いじゃないのか?」


まさにぐうの音もでないと感じ、俯くリディ。

(そう、俺は間違っている。正しいのはここでジル兄さんの背中を押してあげる事だ。そんなこと……)

感情が抑えきれず、ボロボロと泣き始めるリディ。

「そ、そんなこと……っわがっでまずよぉぉ!!」


やはりいくら考えても、言葉で納得しようとも、離れる事実が認められないリディ。本来泣き虫ではないのだが、こと家族の事に関しては感情の壁が低いのだろう。もはや駄々っ子だ。

「でもヤダヤダヤダ!! うわーん! 無理だよぉぉぉ!! 寂じいよぉぉぉ! 一生のお願いだからいがないでよぉぉぉぉぉ!! わぁぁぁん!!」


その場に寝転がり暴れるリディを見て、ため息を吐き頭を押さえるユーリ。

そんなリディにジルが言葉を放つが。

「リディ? なぜ僕が学校に行きたいか――」

「――聞ぎだぐないよぉぉぉぉ!! 絶対にみどめないがらねぇぇ!!」


今ジルの本心を聞いてしまったら余計に認めなければいけなくなると感じ、逃げ出すリディ。もう片方のドアを破壊して……。


「ド……ドアが」

ショックで項垂れるユーリ。そしてジルは

「リディ……」

申し訳なさそうにそう呟くのであった。




*****




夜になり、玄関から全身黒いすすだらけのアリアンヌが疲れたように帰宅する。

「ただいまぁ~」


そんなアリアンヌを向かい入れるユーリとジル。

「お帰りなさい母様。大衆浴場の方は……随分と楽しかったようですね」


大衆浴場はアリアンヌとリディが考えた企画の一つで、あまり風呂に入らない民衆の為に安く入れるお風呂を提供すると言う名目で現在ブランシュ領の空いた敷地に建設中なのである。

アリアンヌはその計画の第1人者として指揮をとっている。本人もやる気に満ちており最近ではこのように帰りが遅い事がしばしばあるのだ。


アリアンヌは顔を歪め言う。

「もう最悪よ。パルムから水を温める温水魔道具の試作品が届いたから、試しに使ってみたんだけど、全然水が温かくならないのよ」


その言葉にいち早く反応したのはユーリだった。

「壊れてたのか? 結構な額を持っていかれたのに?」


いくらブランシュが良くなったからと言って、流石にポンポンとお金が出てくるわけではない。なので不良品を買わされた事に少し苛立ちを感じているのだろう。

しかし問題は別にあった。

「いえ、結論から言うと属性魔法石を入れ忘れていただけみたいなのだけど、私も壊れてると思ってね? だからこう、叩いたりしたのよ。もちろん優しくよ! あなたの部屋をノックするみたいに」


叩くジェスチャーをするアリアンヌにガクッとするユーリ。

「なるほど理解した。きっとそれで壊れたんだな。君はリディか」

「壊れてないわよ。ただちょーっと部品が取れて、煙がでて、ボンッ! ってなっただけ。また叩けばよくなるわよね?」


苦笑いのジルが首を横に振る。

「あまりおすすめはしませんよ。それより新しいのを発注する方がいいかと……」


アリアンヌも自分の過ちに気づいたのだろう。急にしょんぼりとする。

「ごめんなさい。大衆浴場は私が主導するって言ったのに……」


アリアンヌに悪気はなかったのだろう。それはユーリも分かっているので、励ますために冗談を言うユーリ。

「いや、私が悪いんだ。前もって言えば良かったんだな。君は魔法を構築するのと魔法具を破壊する事に関しては天才的だと」

「でも私も自分がここまでとは思わなかったの。子供の頃は叩けば煙が出てたけど、次の日には新品みたいに直ってたから」

「娘想いの良いご両親じゃないか。きっと君はお義父様似なんだな。だって私に会う度に殴りかかってくるのだから。まあ煙は出さないけどね」


冷たい真顔で馴れてない冗談を言うユーリに思わず笑うアリアンヌ。

「フフ、ありがと。はぁ~それにしても疲れたわぁ。こんな時はリディちゃんを抱きしめたい気分……どこにいるの?」


辺りを見渡すもリディの姿はない。いつもなら真っ先に抱き着いてくるのに。そんなアリアンヌにユーリが上を指さし言う。

「屋根の上でいじけているよ」

「あ~、あれはリディちゃんだったのね。どうりでゴブリンにしては可愛いと思った。なぜ屋根の上に?」

「ジルの入学の事を知ってしまったんだよ。口の軽い置物のせいでね」


そう言うと、後ろを軽く睨むユーリ。そこには立派な置物に挟まれて泣きながら立つアニエスの姿が。

「ぐすん」

手には『私は口の軽いメイドで今は置物です』と書かれた板を持っている。


頬に手を当てて、困った顔になるアリアンヌ。

「あ~なるほど。まぁ遅かれ早かれ知られる事だったけど……やっぱりこうなったわね」


ジルは悪いと思っているのか、暗い顔をしてしまう。そんなジルを見てアリアンヌは微笑みを見せる。

「ジル? あなたが気に病む事ではないのよ。これ言うとユーリに怒られるかもだけど、あなたの道はあなただけのものなの。領公家の長男だとか、妹が嫌がるとかは関係なく、あなたはあなたの意思を貫き通すべきだわ」


ピクッとするユーリだが空気を読んで黙っている。ユーリはジルに最終的に領公家を継がせようと考えている。しかしアリアンヌはジルには好きな事をやってもらいたいのだろう。


「意志を貫き通すですか」

「ええ、そうよ。あなたももう14なのだから自分の考えを持っているでしょう? やりたい事とか、叶えたい夢とか」

「はい、あります」


即答するジルを見て、満足そうに頷くアリアンヌ。

「なら、それに向かって頑張りなさい! 私達は全力で応援するから。でも挫けちゃダメよ。ユーリみたいにね」

「耳が痛いな」

アリアンヌのおちょくる視線を受けて苦笑いするユーリ。


「はい、分かりました! 母様ありがとうございます!」


暗さは吹っ飛んだようで、元気一杯のジルに両手を広げるアリアンヌ。

「うん、いい返事ね! じゃあリディちゃんの代わりにハグして」


全身煤すすだらけのアリアンヌにハグを求められるジル。

「えっ? ……意志を貫き通します! ではこれで!」

さっそく言われた事を学習している様だ。そそくさとその場から逃げるジルを見て、アリアンヌは不貞腐れたような顔になり、そして無言でユーリに向かって手を広げる。


「……」

「……握手でもいいかな?」

「女が汚れてしまった時に、包み込んでくれるのも男の甲斐性じゃなくて?」

「……そうだな。また風呂に入ればいいだけだしな」

「とっておきのがもうすぐ出来るから期待しててね?」


抱きしめ合う二人を見て、呟くアニエス。

「……いいなぁ~」

頑張れアニエス。男は星の数ほどいるのだから……。




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