第26話 ジル決断編 2
パルム領探索から6年の月日が経ち、ブランシュ領は良い方向に大きく発展していった。
ブランシュ肉の大量生産はクルトとリディ指導の元、大々的に行われそれが見事成功。
最近では優に数千頭の牛がブランシュ領の牧場に飼育されている。ちなみに牛の正式名称はそのまんま牛となった。
3年前に牛の数が安定し始めたため、パルム領が開発してくれた冷凍魔法具付きの馬車で早速他の領に売りつけに行った所これが大変にバカ売れし、次々と輸送の仕事が舞い込んできた。今やブランシュ肉はブランシュ領のブランドとして他領に知れ渡っている。
それとは別にブランシュには貴重な資金の調達原がある。魔法石の加工である。
販売はパルム領が主導で行われており、リディの仕事は届けられた空の魔法石に魔力を付与させたものを再びパルム領に送り返すだけなのだが。未だリディ1人でしかこの仕事が出来ないため、大量の発注は控えさせているものの、これも大変高値で売買されている。
主にその2つのお陰で懐が暖かくなったリディ達はその資金を使いブランシュの街を変えていった。まずは一番目につく問題であった兵の少なさは、新たに警備兵を雇い入れ街に在住させる事で補っている。
次に税の額も大幅に下げ、病人やけが人の様な働けない人達には免除する制度も取り入れた。ブランシュ領全体も集客効果を狙い他の領の人達が来やすい様にクリーン化を徹底し、いくつかの宿屋とブランシュ肉料理専門店を建てた。これに関してはまだ実入りは少ないが、それでもちょくちょくだが商人達やもの好きな人達が足を運んでくれるようになった。
そんなブランシュ発展に絶対に欠かしてはいけない人物が1人いる。リディである。
怒涛の様な発展に目を回しながら過ごしていると月日はあっという間に経ち、リディはもう11歳になっていた。身長もだいぶ伸び、子供特有の幼さもなくなり、見た目だけなら美しい淑女へと成長した。
しかし中身は昔から変わらない破天荒ぶりだ。皆言うのだ、立てば芍薬、座れば牡丹、歩く姿は爆心地と。
さてそんなリディは今現在ブランシュに新しく出来た市場、通称“露店街道”を視察に来ていた。
綺麗にされた歩道の左右にはたくさんの露店があり、店主が呼び込みをしている。
昔と違い活気が溢れているその道を歩いているリディだが、ゆっくりとしてはいられない。
なぜならリディはこの市場の代表役を背負わされているのだから。
「リディ様ぁ~! 助けてけろ!」
「待ちなさいクルト!! あっ! リディ様その馬鹿を捕まえて下さい!」
泣きながら走ってきたブランシュ肉生産を前任させているクルトがリディの足に縋りつく。どうやらまた仕事から抜け出し、秘書のミトリに追いかけられている様だ。
ちなみにミトリは29歳のオレンジ髪の女性で元々王都の領家の元で雑務を熟していたのだが、その領家が罪を犯しお家取り壊しになったため途方に暮れていた所をユーリがスカウトしてきたのだ。
「あれま、クルト社長さん。また逃亡? ミトリさんを困らせちゃダメじゃん」
「もうオラ無理だぁ~! こんなに大変だとは思わなかっただ~! もう社長やめるだぁ!」
とは言っても雑務はほとんど秘書であるミトリがやっている様な物なので、これは単にクルトの甘えだと言う事はここにいる人間なら誰でも知っている。
この世界では珍しいメガネをクイッと上げ、ミトリが苛立ちながらクルトの首根っこを掴む。
「ほら、リディ様に迷惑でしょ! 戻って仕事の続きですよ!」
「嫌だぁ! オラ全然寝てないだぁ。知ってるか? 人間はな、寝ないと死んじまうんだよぉ~!」
「私の方が寝てないわよ!! いい加減にしないと!」
拳を振り上げ拳骨を作るミトリに怯えるクルト。
「ひぃ! また殴るのか!? まるで悪魔だぁ~、暴君だぁ!」
リディも忙しいんだが、一向に足を離そうとしないクルト。
「全く、クルトさん? もう少し頑張れば夢の様な生活が待ってますよ?」
リディの微笑みに、苦い顔をするクルト。
「オラもう上手い言葉に騙されねぇだ! 何言われてもここから動かねぇ!」
いやせめて他の所にしてくれと思うリディだが、どうにもクルトは何度もリディに洗脳され続け、耐性が出来てしまったようだ。
まぁ、なら直球勝負しかない。
「前よりお腹いっぱいご飯食べられてますよね?」
「……まあ」
「なら……贅沢言うな」
最後は声色を低くして拳を握りながら言うリディ。その気迫にクルトは動けなくなりミトリにドナドナされていった。
そんなのも束の間、リディの元に一人の女性が焦りながら駆けてくる。この露店通り最大級のブランシュ肉料理専門店の店員の一人だ。
「あのリディ代表様! 他領地の商人達がブランシュ肉の生産方法を知りたいと、場合によっては所有権も買い取りたいと押しかけてます!!」
今では数多くの需要者がいるブランシュ肉の所有権を欲する商人は多く、よく金を出すから全てを寄越せと言う輩がリディを訪ねてくる。しかしそんな事をリディが許すはずもなく皆お帰り願っている。場合によってはたんこぶをこさえて。
だからだろうか最近ではリディの元ではなく、肉の販売をしている専門店に押し掛ける事がある。
頭を掻きながらめんどうくさそうに言うリディ。
「じゃあそいつらにこう言って。売る気はない、回れ右してひたすら進めってね」
「ですが、その中にとても強引な方がいて」
「あらそう、ならそいつにはビンタして一言、失せろ玉なし野郎! はい終わり」
「……女性の方なんですけど」
「じゃあビンタだけでいいわね」
続けざまに今度は細身の男の計理士がやって来る。最近ユーリが雇い入れた者だ。
「リディ様。冷凍魔法具馬車がパルム領より送られて来たのですが、いくつか不備が見つかりまして、値引きの交渉と開発者への意識徹底を行いたいのですが明日中にでも馬車を出せるでしょうか? それとその時にかかる費用の見積もりを算出したので不備がないか拝見してもらえませんか?」
「そういうのはおとうさま辺りに言ってください! 計算とか交渉とか大好きですから」
今度は料理人風な男がやってくる。
「リディ様! ステーキに合うソースの試作品が出来たので、味見を」
男が小さい鍋からスプーンを出しリディに向ける。それをパクッと食べるリディ。
「う~ん。もう少し酸味を抑えてマイルドにした方がいいかも」
「ぐ、具体的には?」
「それはあなたの仕事です。私の仕事は口に入れて、ゴーサインをだす。それだけ」
今度はアニエスがやってくる。
「お嬢様」
「今度はな~に?」
リディに耳打ちする様に話すアニエス。
「パルム領より魔法石が届いております」
それに嫌そうな顔を浮かべるリディ。
「うへ~、何個?」
「大体これくらいです」
そう言ってアニエスは両手をパーに開く。ああ、たったの10個かとホッとするリディ。
「と、私が30人です」
「……私は1人しかいないのよ」
ガックリするリディにアニエスが続けて言う。
「それと、ルアンヌ領の領家の方がお見えになっておりますが」
「無理! 忙しい! ジル兄さんに頼んで!」
領家の相手はリディは苦手である。どんな言葉が失礼に値するか未だに判断しきれていないからだ。なのでそう言った手合いの人々の対応は基本、リディ以外がする事になっている。
嫌そうな顔で両手をバツにするリディを見て、眉を下げるアニエス。
「それは難しいかと、ジル様はもうすぐ王都の学校にご入学なされるので、その準備で手が離せないとか」
「なるほど王都の学校ね……ん?」
「あっ」
目を見開くリディにしまったと口を押えるアニエス。
そこに空気の読めない商人の女が駆けてくる。
「いた!! ブランシュ領公令嬢様とお見受けしますが、ぜひブランシュ肉の生産方法とその所有権を――」
――パンパンパン! と言い終わる前に女にリディが往復ビンタをする。
「うえええええん!」
泣きながら逃げてゆく女を無視して先の話に食いつくリディ。
「ちょっと! 兄さんが学校って何!?」
「いや、ジル様は学校ではないです」
「揚げ足取るな! アラウンドサーティーロンリーメイド!! いつからだ!? どれくらいだ!? さあ吐け! 吐かないと眼球を後頭部まで押し込むぞ!」
アニエスに飛び乗り、目をグリグリするリディ。
「いたたた! 吐きます吐きます! 来月の終わりから! 大体6年程です!」
「マジでか!? クソ、私に内緒でそんな事勝手に決めて! 全力で抗議してやる!!」
「だから内緒にしてたのでは!?」
アニエスから降りて雄叫びを上げながら屋敷へと走るリディを感心する様に見ている領民達。
乱れた髪の毛を整えるアニエスに領民の若い男が話しかける。
「ほぉー、今日もリディ様は元気ですね」
「はぁ、元気過ぎますよ全く……所であなた」
「はい?」
「今、交際してる女性はいますか?」
「……さ~て、仕事仕事!」
「何で無視するのです? あれ? 見えてない? もしもーし! そんなダメ? 私そんなダメですか!? ねえ!」




