第25話 ジル決断編 1
騒然としたとある王都の酒場にて、男二人が机を挟んで話している。一人は頭にバンダナを巻き、もう1人は頬に大きな傷がある。その大きい体格に安物の皮鎧、恐らくこの街の冒険者なのだろう。そんな2人の元に店主が料理を持ってくる。
「へい、お待ち!!」
冒険者風な男2人の前にジュウジュウと音のたつ肉が置かれる。
「お! 待ってました!!」
「やっぱり肉と言ったらブランシュ肉だよな!」
最近になって王都でも出回り始めた新たな肉、ブランシュ領から発祥、通称ブランシュ肉は味の割には値段が安く、今や数多くの人々の晩餐として重宝されている。
嬉しそうに肉を頬張り、酒をグイッと飲む。そんな時、バンダナの男がふと思い出したかの様に言葉を発する。
「そう言えば、ブランシュで思い出したんだけどよ。あの噂聞いた事あるか?」
「ん? 何だ噂って?」
傷の男は口についた泡を拭きバンダナ男の方に顔を近づける。
「別に金儲けの話とかそういうのじゃねぇから顔近づけんなよ。そっちの気はないぜ」
「ふーん、じゃあどんな噂だ?」
つまらなさそうに背もたれに重心を預ける傷の男。
「この間ここに来た商人から聞いた話なんだけどよ、そいつがな仕事でブランシュ領に調味料を届ける事になったらしいのよ」
「あんな遠い所にまでご苦労な事だな」
あまり興味がないのか、傷の男は酒を煽る。それでもバンダナ男の話は続く。
「でもな何ともタイミングの悪い事にブランシュ領はその時、野盗の襲撃を受けていたらしいんだよ。野盗の数は結構いて、ブランシュの兵共は中々その野盗を追っ払えず苦戦をしてたんだとよ」
「情けねえな~」
「でな? その商人は戦いに巻き込まれない様、民家の物陰に隠れて様子を伺ってたらしいんだけど……その時、まだ年端もいかない様な小さい少女がその野盗に突っ込んでいったんだよ」
「そいつは、残念な話だな。死んじまったのか?」
バンダナ男が首を横に振り、目の前の肉を切りフォークで突き刺すと傷の男にそれを見せる。
「逆だ。その少女が単身で野盗共を蹴散らしちまったんだよ。しかも素手で」
「は!?」
バンダナ男の話が信じられないと言うように、顔を歪める傷の男。その男の驚く表情に満足そうに酒を飲むバンダナ男。
しかし傷の男は詳しく聞きたい様で、質問を投げかける。
「その少女ってのは誰なんだよ?」
「それはな……そこまで俺も聞いてない」
「……何だよ、作り話かよ」
ガッカリした様にため息を吐く傷の男にバンダナ男は言う。
「いや、マジで聞いた話なんだって!」
「信じられるわきゃねーだろ、野盗を何十人も素手で相手に出来る少女がいる、なんてよ。医者に行ってみな。きっと今頃その商人が幻覚症状を訴えてる所だからよ。へへへ」
「まともそうな奴だったんだけどな……まあ、そうだよな。普通に考えたらそんなのいねーか」
「そうそう。少女が野盗共に勝てるんだったら、俺だってドラゴンを素手で倒してるよ」
「お前は丸焼きにされて終わりだもんな!」
「うるせぇ!」
互いに肉を頬張る2人。
「「あ~うめぇな~」」
*****
「おい! 早く女子供は逃げろ! お前最近来た新兵か? シャキッとしろ!!」
ブランシュ領門前にて、野盗の集団と交戦中のガイルが叫びながら腰を抜かしている兵の1人を無理やり立たせる。
ブランシュ領の門は破壊されており、恐らく最近流通し始めた火薬を使い爆破したのだろう火の手が上がっている。
ブランシュの男達と数人の新兵がガイルを先頭に野盗に応戦するも、一人の馬鹿デカい体の野盗が放つ大ぶりな野太刀に近づく事が出来ないでいた。
「オラオラオラ! そんなんじゃ直ぐにやられちゃうよぉ~!」
大男が野太刀を振り回し前進してくるのを見て、新兵が恐れ背を向けて逃げ出し始めてしまう。しかしこれは非常に悪手である事に新兵達は気付いていない。
「ひいぃぃ! やってられるか!! ブランシュがこんなにヤバい所だなんて聞いてねぇよ!!」
「あんな奴に勝てる訳ないだろ!? こんな所で死にたくねえ!!」
「おい! 距離を空けすぎんな!! 戻れ!!」
すかさずガイルが叫ぶが、新兵達は我先にと走り始めてしまう。それを狙っていたかのように、大男が後ろの野盗達に指示をだす。
「おい、今だ」
「「ヘイ!」」
後ろの野盗達が懐から小さい導火線付きの球体を出す。爆弾だ。
それに火をつけ離れていった新兵に投げつける野盗達。クルクルと回り数個の爆弾がガイルの頭を超え、背を向け走っている新兵に向かって行く。
このままでは確実に当たる。しかし誰も間に合わない。猶予は既に2秒も残されていない。
「ひいいいい!!」
1人の新兵の叫び声が鳴り響く。
――そんな時、新兵とは逆方向から猛スピードで走ってきた少女がその爆弾の1個を蹴り飛ばす。そしてすかさずもう1個、もう1個とまるで流れるように回転しながら爆弾を弾き飛ばしていく。踵で、つま先で、膝で、足の裏で……。
そして全部の爆弾を弾くと、少しのつむじ風と砂煙を残し少女はピタッと止まる。
その瞬間、少女に弾かれた爆弾が次々に爆発し始める。野盗の集団に向かって。
「な、なにぃぃぃぃぃ!?」
その光景に目を見開き叫んでしまう大男。
爆弾の余波が吹き荒れる中、呆然としている野盗と新兵を無視して前へ歩き出す先の少女。
「はぁ~、何回も何回も、いい加減憶えてくれないかな~。野盗には伝達力がないのかね?」
140㎝後半程の身長、太陽に反射して輝く銀色の短い髪と黒い短めのワンピースをなびかせ、少し怒ったような声を発する少女。
「言ってるでしょ? 私の大好きな家族のいるこのブランシュを襲おうものなら……」
少女の威圧がオーラの様に表に出てくると同時に周りの空気が一気に重くなる。
そしてその真っ赤で鋭い眼光を大男に向け言い放つ。
「この私、生まれも育ちもブランシュ領、現在11歳、好きな食べ物はトマトでそれを食べ過ぎて嫌いになってしまった女、リディ・ブランシュが許さないって!!」
その言葉に領民達は声を上げ始める。
「おお! 待ってました!! ブランシュの守り姫の登場だ!」
「相変わらず早いですね!! リディ様!!」
そんな領民達に手を振りつつリディはガイルの元に走り、冗談っぽく頬を膨らませる。
「もうガイルさん、苦戦し過ぎですよ! 野盗が屋敷に来たらどうするんですか!」
もちろん本気で言っている訳ではなく、これが毎度のリディとガイルとの軽いやり取りなのだ。そんなリディの頭を掴み、無理やり大男に向かせるガイル。
「フン! 馬鹿野郎、あのデカ男がくせ者なんだよ。懐に全然入れねぇ」
「ふ~ん……なるほど~」
ほくそ笑みながら自然体で大男の元へ歩き出すリディに後ろで注意を促すガイル。
「気ぃつけろよ! 野太刀もかなり長げぇから、構えは少し離れてやんな!」
振り向かずに左手を振るリディはそのまま大男の正面に立つ。
「背でっかいねぇ~。でも顔がデカいからプラマイゼロかな~」
「へへ、お前はよく見たらただのちっせえガキだな!」
「むむ、失礼な! これでも背伸びしたら150㎝なんだぞ!」
そう言って前に1歩足を出すリディ。
「そいつはすまねえなっ!!」
ザンッ! 大男が持っている野太刀を振ると、リディの足元前方の土が深く抉られる。
もしあと少しでも踏み込んでいたら斬られていただろうが、リディは動じずに大男の腕と野太刀の長さを把握していた。
しかし男は固まってしまったのかと勘違いし嫌な笑みを浮かべる。
「それ以上入らない方がいいぜ? じゃないとお前の上と下がお別れするハメになるからなぁ! へへへへ!」
最初のリディの登場に動揺していた周りの野盗達もそんなリディを見て笑い始める。
「ビビってるぜ! 所詮はただのガキだ!」
「いくら芸が達者でも、最後に物を言うのは力なんだよ!」
一見見たらリディが大男に勝てる可能性はないだろう。しかし野盗以外は皆ヤレヤレと言ったようにため息を吐いている。
そんな領民の態度に大男も野盗も「何だ! 何笑ってんだ!?」と若干の戸惑いを見せる。
「フフフ! じゃあ大胆に踏み込んでみようかなぁ」
大きく1歩前に出るリディに大男が野太刀を振り下ろす。
「馬鹿がぁぁ!!」
――バキンッ!! そんな音が響いたと思ったら、リディに振り下ろされんとしていた野太刀が粉々に砕けていた。
「なっ!! 何が!?」
目を見開き驚く大男。突然刀の重さがなくなったためバランスを崩しリディの方に倒れこむ大男。そんな大男にリディが笑いながら構えを取る。
「見えなかった? じゃあもう1回やったげるよ、ちゃんと見ててよね?」
そう言うと、右足を軸に後方に下げていた左足で後ろまわし蹴りを放つ。しかし普通のではなく、目にも止まらぬ速さのまわし蹴りだ。
パァン! と音が鳴ったと思ったら大男がそのまま崩れ落ちる。見えた者はいないだろうがリディのまわし蹴りは確実に大男の顎を打ち抜いていたのだ。
何が起きたのかわからず呆然とする野盗達を無視して、手をパンパンッ! と叩き叫ぶリディ。
「はいはい! ブランシュ領の皆さん、もうすぐおとうさまが兵を連れてやってくるのでそれまで頑張りましょ!」
各自武器を手に持ち、まるで獲物を狙うかのような目で肩を回す領民達。それに気押されした野盗達にリディが止めの言葉を放つ。
「1人も逃がしちゃダメですよ! 我がブランシュに攻め込んだ事を後悔させてやらなければ、そして何より野盗さんの装備と体は……」
嫌らしい笑みを浮かべ、底知れない声で言うリディ。
「お金になるんですから!! はいとつげ~き!!」
「「おおおおおお!!」」
リディの1言と領民の雄叫びで完全に腰が引けてしまった野盗達はもはやただ逃げ惑う事しかできなかった。
そこに遅ればせながらユーリと大きく成長したジル、そして数の増えたユーリの私兵がやってくる。
「はぁ~リディめ。また勝手に戦っているじゃないか」
「はは、しかも随分と押してますね」
頭を押え、ため息を吐くユーリに苦笑いのジル。
「ジル、お前はけが人の保護にあたってくれ」
ユーリの言葉に少しの抵抗を見せるジル。
「と、父様。僕も戦います」
「いやダメだ。お前の力ではまだまだ実戦には早すぎる」
「でも、リディは戦ってます。なら僕も――」
「――あの娘は特別、と言うか普通じゃないからな。いいから言う事を聞け」
「……はい」
落ち込むジルの肩をポンッと叩き「焦るな」と言うと剣を掲げ叫ぶユーリ。
「さあ、私達も行くぞ! 不遜な輩を1匹たりとも逃すな!!」
「「おおおお!!」」
ユーリの叫びで前進する私兵たち。
もはや一方的な戦いとなった現状で野盗をちぎっては投げちぎっては投げするリディ。
そんなリディをジルはどこか羨ましそうに見つめていた。




