第24話 パルム編 後日談
リディがパルムから帰って来て次の日。アニエスは朝食が出来た事を伝えるためリディの自室へと向かい歩いていた。
「はぁ、また騒がしい毎日が始まるのね」
と言いつつアニエスはどこか浮足立って歩いていた。何だかんだと言ってもリディが帰って来て嬉しいんだろう。本人は認めようとはしないが。
リディの部屋にもうすぐ着くという所で、「あああああ!!」と叫び声がアニエスの耳に響いてくる。その叫び声の人物にアニエスは直ぐに気がついた。
「お嬢さま!!」
慣れ親しんだ自分の主人、リディの叫び声に目を見開き急いで駆け出すアニエス。よほど心配なのかその顔を酷く焦らせながら。
息を切らしながらリディの部屋の前に着いてみると、何故だか他のメイドである、青髪メイド、クララと赤髪メイド、シータがリディの部屋の中を覗いていた。
「はぁ、はぁ……お嬢様の叫び声が聞こえたけど何があったの?」
息を整え、2人に上司らしい声で質問するアニエスに、クララが扉の隙間を指さす。
「答えはこれです」
促されリディの部屋を覗くアニエス。そこにはネグリジェ姿で男の様に気合いを入れるリディの姿があった。
「ほっ! はぁ! でやぁ!! ぶらあああ!! だっしゃああああ!!」
そんなリディを見て、眉を顰めるアニエス。
「いつかはなると思っていたけど……とうとうネジが外れてしまったのね。直ぐに森に帰す準備をしましょう」
「いえメイド長、そうではなくて。お嬢様の左手を見て下さい」
シータの言葉に目を細めると、リディが何やら透明な石を持っている事に気がつく。アニエスがそれに首を傾げているとクララが説明をしてくれた。
「メイド長。あれは魔法石ですよ」
「魔法石……なるほど、つまりはその魔法石片手に雄叫びを上げる事にお嬢様は楽しみを見出してしまった訳なのねぇ~」
「全然違いますメイド長。そんな理由なら流石の私も泣きますよ。ではなくてですね一見ふざけた様に見えるお嬢様のあの行動は、仕事なのですよ」
「仕事? 随分御給金が低そうねぇ」
「……もう説明しなくて良いですか?」
「一応して」
おしゃべり大好きなアニエスのお陰で少し遠回りになったが、目の前のリディの意味深な行動の理由を話し出すクララ。
何でもリディの持っている特殊な魔力を魔法石に入れれば、属性魔法石という大層貴重な物が出来るとクララは簡単にアニエスに説明した。
「へぇ、お嬢様にはそんな力があったのね?」
尚も雄叫びを上げるリディを見ながらアニエスが驚き言う。
「はい、メイド長も見た事ありませんか? お嬢様が怒った時に発する異様な重圧を」
クララの言葉に横のシータがブルッと身を震わせる。アニエスもリディの怒った時を思い出し冷や汗を垂らす。
「何でもあの重圧の様な魔力を魔法石に入れたいみたいなのですが……どうにも上手くいってないみたいで」
「まぁお嬢様は魔法オンチですし……私もこのブランシュの為に協力をしたいのですが、魔法には疎いもので」
アニエスとクララがどうしたものかと悩んでいるとシータが弱弱しく発言する。
「あの、お嬢様の魔力は怒った時に出てくるんですよね? ならそのまんま怒らせれば良いのではないですか?」
そのシータの発言にクララが冷静に指摘する。
「あのね、それをしたとして誰が止めるの? 怒ったお嬢様はハリケーンと一緒なんだから、治まるまで待ってたら屋敷が穴だらけになっちゃうわよ? それともシータ、あなたが体を張ってくれるなら話は別だけど?」
「ひえぇぇぇ。それはごめんです」
シータの案は見事に却下される。しかし先のシータの発言をアニエスは満更ダメでもないと思っていた。
「……ハリケーンを1か所に留めておくってのはどうかしら?」
アニエスの発言にピンと来ていないのかクララとシータは首を傾げる。
「フフ、私に愉快な考えがあるわ」
どこか裏のありそうな笑顔のアニエスに不安そうなクララとシータ。
その後、アニエスは屋敷の裏庭に来ていた。
「よし! 準備完了です!」
清々しそうに汗を拭くアニエスに目の前の少女、リディはジト目で言う。
「あのさ、何これ?」
不満そうなリディの今の状況を説明すると、体中に空の魔法石をつけられ、大きな岩に頑丈そうなロープでグルグル巻きにされているのだ。
一見不安しかないこの状況だが、アニエスはこう考えていた。
「いいですか? お嬢様の魔力を出すには怒らせる必要があります。しかしお嬢様は怒ると目の前が見えなくなり暴れる危険性があるので、このような措置を取らせて頂きました。流石のお嬢様もこんな大岩は動かせないですもんね?」
「まぁ、無理だけどさ」
リディが動けない事を確認したアニエスは辛そうな演技をする。
「僭越ながらお嬢様を怒らせる役を私がやらせて頂きます。ですがホントは辛いのです。尊敬するお嬢様に罵声を浴びせるなど……しかしこれもブランシュの安泰の為。私はそのためなら進んで悪を演じましょう!」
「……本当は?」
「これを機に日頃の鬱憤をはらしてやろうかな~と……あっ! ヤバ!」
リディの言葉に思わず本音を言ってしまったアニエス。しかしリディはそんなアニエスの考えなどお見通しだと言わんばかりに笑みを浮かべる。
「へぇ~そんな事考えてたんだぁ~? でもやめといた方がいいんじゃない? 多分碌な結果にならないよ? それにアニエスの頭じゃ……いやこれは傷つくからやめとこ」
本音がバレた時点で辞めようと考えていたアニエスだったが、リディの挑発に血が上りこのまま続行する事に。
「く、くぅ~!! 余裕でいられるのも今の内だからね! この生意気なチビ娘!!」
「ぷ~。ありがとおぉ~いい薬でぇ~す」
「いつもいつも私にイタズラして、しかも男の子みたいな事を!! そのくせ掃除にはグチグチと細かい事に口をはさんで来て!! もっと慎みを持ちなさい! メイドの仕事に口を出すな!!」
「無理なのでぃ~す! あなたは仕事が雑なのでぃ~す! ブイブイ!」
「後お給金が少ないですよ!! 労働に合った条件を断固希望する!! もっと金を増やせ!!」
「僕ちゃんに言ってもダメなのですぅ~。おぱぱ様にいってくれぇ~」
「それと、私に独り身とか売れ残りとか悪口言ったりしてさ!! 私が結婚しないのは仕事がしたいからだからね!? モテないとかそういうのじゃないんだからね!?」
「それは……まぁ……ごめん」
「何でこれだけは謝るの!?」
どうにも口ではリディに賞杯が上がりそうだ。勝てない勝負はしない主義のアニエスは満を持して最終手段に出る事にする。
「フフフ、だったら……これならどうだ!」
アニエスが懐から出したのは、白い筆であった。
「これでお嬢様の顔に落書きしてやりますよ! どうだ!?」
「いや、どうだって言われても、インクがないのに馬鹿だな~って」
「ちゃんとありますよ!! ほら!!」
黒いインクを出してリディに見せるアニエス。流石に顔に落書きをされるのは嫌なのか
ジタバタと抵抗し始めるリディ。それを見て、ニヤニヤしながら詰め寄るアニエス。
「ちょ!? それはずるいんじゃない!? 子供相手にムキになりすぎだ!!」
「あー! あー! 聞こえな~い!!」
「うわっ! それ精神年齢が幼い人が良くやる奴だ!!」
「はい! もう絶対許さない!」
リディの前で立ち止まり黒いインクのついた筆を顔めがけてゆっくりと進ませるアニエス。
「やめた方がいいって!! 絶対碌な事にならないからさ!!」
「フフフ、今更何を言っても遅いです。さあ何と書いてやりましょうか? いや絵でもいいなぁ~。何なら両方一遍にやっちゃおう。どうです? 辱めを受ける気分は?」
何故だか心底楽しくなり始めてしまい、息が荒くなるアニエス。こんな趣味が自分にあったとはと内心で思うが今はそれを否定するより、この瞬間の喜びを噛みしめようと欲を優先する。
「少女をイジメて楽しいのか!?」
「ええ!! とても楽しいわ!! 私は少女を辱めるのに少しも躊躇しない! それが私の糧となるのに気づいてしまったのだから!! 良く聞きなさい! 私はお嬢様の様な可愛い少女をイジるのが大好きだぁぁぁぁぁぁ!!」
「へぇ……そうなの? アニエス?」
「ああ、そうだとも!! 私はこれからも……へっ?」
アニエスはその声に違和感を感じる。なぜならその声の主は自分の目の前にいるリディではなく、後方から聞こえてきたからだ。そして同時にアニエスの体中から冷や汗が大量に流れ始める。後ろから感じる嫌な気配のお陰で。
「前々から怪しい、とは思っていたのだけどね? まさか私の大切な大切なリディちゃんをそんな風に見ていたなんてぇ~」
「……お、お、お」
アニエスが回りずらい首を後ろに向けると、そこにはニッコリとドス黒いオーラを纏わせたアリアンヌの姿が。
「お、奥方……しゃま――ひっ!!」
アリアンヌのどこから出て来たのか分からない握力で頭を掴まれるアニエス。
「大丈夫、そう怖がらないで? 少しセミナーを受けて貰うだけだから。どんな内容か知りたい? そうね~終わった頃にはあなたはきっと天使の様な清らかな心の持ち主になっている筈よ……まぁ、ホントの天使になっていなければね?」
「お、お助けを! ほんの出来心で!」
「違うわ~、あなたが今出来る事は謝罪ではないのよ。ただ、この後の授業が終わっても体が残っている事だけを願いなさい」
「ひいいいいいい!!」
そんな断末魔を残し、アリアンヌに屋敷内に引きずられてゆくアニエス。因果応報の報いが案外速く来てしまった不幸なアニエスを見て、リディが呟く。
「だから碌な事にならないって言ったのに……全く」
そう言って紐から脱出しようとしたのか力を入れるリディ……だが。
「あれ? あら? ……どうしようマジで抜けない」
こっちもこっちで不幸な目に合っていた。
*****
数日たち、苦い思い出を振り返るように話しているアニエスとリディ。
「……で? そのまま放置され、やる事もないので精神統一していたら、何か成功したと?」
「うん、そうなんだよねぇ~所でアニエスはおかあさまからどんな事されたの?」
リディの部屋の机を拭きながら、青ざめた顔のアニエスがベッドの上で魔法石を光らせているリディに言う。
「……思い出させないで下さいよ。あれ以来私は朝日を見る度に涙が出てくるようになってしまったのですから」
「何をされたのかスゴイ気になるな」
リディが魔力を入れた魔法石を袋に入れ、他の袋から新しい空の魔法石を出す。アニエスが布巾をバケツに入れ絞りながらリディに問う。
「それ、後どれくらいあるのですか?」
そう言うと、リディが空の魔法石の入った袋の中身をアニエスに見せる。まだかなりありそうだなと思うアニエス。
「これが、あと5袋分」
「……大変ですね」
「お互いにね」
会話が終わると同時にリディの部屋の掃除を終えたアニエスはバケツを持って部屋を出ようとする。しかし扉を少し開けるとリディに振り返る。
「あの、お嬢様?」
「ん? な~に?」
こちらを見ずに眉間に皺を寄せ魔法石に魔力を流し込むリディ。相当集中力が必要な作業だと言う事はアニエスも聞いてはいるので邪魔はしたくない。しかしアニエスにはどうしても言いたい事があったのだ。
「先ほど、御当主様からお給金の増額を言い渡されました」
「ふ~ん、良かったね」
興味なさそうなリディを見て、嬉しくなり笑顔を見せるアニエス。
「……フフ、知っていたんですね?」
「……」
「もしかして、私がこの前ポロッと言った事を気にしてたんですか?」
リディを岩に貼り付けた日にアニエスが言った言葉の1つ。
『後お給金が少ないですよ!! 労働に合った条件を断固希望する!! もっと金を増やせ!!』
アニエスの推測では、この言葉をリディが気にしてメイドの給料アップをユーリに進言したのではないかと言う事だ。
リディはそんなアニエスの言葉を「いいや、そんな事してないけど」と否定をした。
しかしアニエスは見えていた。リディの耳が少し赤くなっていた事に。
「フフフ、ありがとうございます。後で甘いおやつを持ってきますので」
そう言って退出し、軽い足取りで歩き出すアニエス。
色々と困った所はあるが、何だかんだとリディはちゃんとアニエスや他の人の事を考えてくれている。その事実にアニエスは改めて良い所のメイドになったなと実感するのであった。




