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第22話 パルム編 7


リディ達が去った後、ジュリアムは荒れた自室で怒りを露わにしていた。

(何よあいつ! ムカつくムカつくムカつく!!)


ソファーにドスンと座り、まだ震える足を見てさらに怒りが増し無理やり手で押さえる。そんなジュリアムの横にダリアが腰掛け、肩に手を置き優しそうに話しかける。

「ジュリ、どうしてあんな事になったのか説明してくれないか?」

「……別に、ただ思った事を言っただけですわ」


むくれながらも、先程のやり取りを伝えるジュリアム。もちろん要所要所に自分の意見を混ぜつつ、あくまで自分は正しい様に伝える。

しかし、話を聞き終わったダリアは娘の為に憤慨ふんがいする訳でもなく、ただ悲しそうな顔をした。

「いいかいジュリ。決めつけで物を言ってしまうのは君の悪い癖だ」


ダリアの発言に、眉を顰め反抗するジュリアム。

「何ですか? お父様はあのリディって娘に肩入れするのですか!? 実の娘の私より!」

「そういう訳では……いや実を言うとそれも少しあるんだ」


ダリアは話し出す。先ほどアリアンヌから聞いた事、リディの事を。

「あの娘はね、少し前まで感情というものが全くなかったんだよ」

「えっ?」


ダリアの話はジュリアムにとって衝撃的な事だった。

リディが感情の持たないまるで人形の様な子供だった事。感情を取り戻した矢先、領地の危機を知り、資金不足を解消しようとした事。

ブランシュの経済難を知らなかったジュリアムは驚く。

「え? ブランシュ領はそんな扱いを受けていたのですか!?」

「ああ、そしてその決断を下したのは他でもない王とブランシュ以外の領公、つまり私も含まれている。君はあの娘を気に入らないと言うが、あの娘からすれば私達はブランシュを苦しめた張本人なのだよ」


そして、ダリアの話は続く。

「しかし、そんな状況でもあの子は諦めなかったそうだ。何度もブランシュの領地を良くしようと、そして両親の仲を取り戻そうと危険な目にも会い何度も傷ついたそうだ」

「……」

ジュリアムの顔は暗い、自分の過ちに気づき始めているのだ。しかしダリアはさらに衝撃的な事を言う。


「そんな時、ブランシュの街に野盗の集団が攻めて来たそうだ。賢い君なら一体どうする?」

「えっ? どうするって……」

兵も碌にいない、援助も来ない状況で野盗なんかに責められたらひとたまりもない。そんな事まだ幼いジュリアムにもわかる。なればどうする? いやどうにも出来ない……ただ隠れて嵐が過ぎるのを待つしかない。

そうジュリアムは考えた。


「あの娘、リディ嬢はね……立ち向かっていったんだよ。あの小さな体をボロボロにしながらも、そして信じがたい事だが、見事野盗の頭を倒したそうだ」


信じられないと目を見開くジュリアム。しかし先ほどの怪力を見ている限りではあながちウソとも言い切れない。いや恐らく本当の事なのだろうとジュリアムは判断する。


「今回このパルム領に来たのも、遊びではなくブランシュの資金不足を補うための方法を探す為なんだよ。決して私達に縋るためなんかじゃない」


先ほどの自分の発言が如何に愚かで、どうしようもなかった事を理解した瞬間、ジュリアムの中で後悔の念が渦巻き始める。先ほどの自分の発言を思い出す。


『あなたみたいに田舎でのほほんと暮らして、何にも考えずに日がな一日土いじりしてるような奴に私の何が分かるの!?』


(のほほんと暮らしてる? それは私じゃない!! 私の何が分かるの? って勝手に嫌って言おうとしなかったのは私じゃない!!)


『何の苦労も知らないのに私を決めつける権利なんてあなたにはないのよ!!』


(あの娘は命を削るくらい苦労をしているじゃない!! 権利がないのは私の方だ!!)


あれだけ的外れな暴言を吐いてしまった自分が一体どの面下げて会いに行けばいいのか? 今までそう言った事をしてこなかったジュリアムには答えが出せなかった。

謝りたい、でも今更謝れない。そんな思考がグルグルと頭の中を駆け巡り、汗が噴き出してくる。そんな時――。

コツン

「ん?」


ジュリアムの足に何かが当たる。それは自身が今までずっと研究の対象としてた魔法石だった。しかし自分の部屋に残存する魔法石はもう存在しない。では誰のだ?

考えを巡らせているジュリアムはその魔法石を拾い上げた瞬間、思わず声を上げてしまう。


「なっ!!」

何とその魔法石が――。




*****




パルム領公の屋敷を出た後、リディは浮かない顔でアリアンヌに先導されパルム領の街を歩いていた。

浮かない顔と言っても別に先程のジュリアムとのやり取りに罪悪感を感じているわけではない。


(ヤバい! お母様から買ってもらった魔法石なくした……)

自分の体をガサゴソと探しているが、出てくるのは食べかけのお菓子とどっかのドアノブだけ。


「う~、ない~」

「リディちゃん? 何がないの?」

振り向くアリアンヌに体が固まるリディ。もし買って貰った物をなくしたなんてバレたらお母様に悪い、と考えてるリディは何とか誤魔化そうとする。


「えっ? え~と。あ! そう! 私の股間に――」

「――しっ! お母さん的に娘からそんなセリフ聞きたくないわ~」

リディの口を塞ぎ頭を横に振るアリアンヌ。娘の下ネタは聞きたくない様だ。

そうこうしている内にリディ達はある屋敷の前に到着する。パルム領公の屋敷よりは随分と小さいが、他の民家よりは頭一つ抜けている豪華な屋敷だ。


「? おかあさまここは?」

「ん? 私の実家、フィメル領子家の屋敷よ」

フィメル領子家は古くからこのパルムを支え続けてきた領家の一つで、代々優秀な魔術師を産出させ続けている。

ちなみにアリアンヌは実家の反対を押し切り、逃げ出すようにブランシュに嫁いできているのでそれ以来両親と顔を合わせていない。

明るい顔をしてはいるアリアンヌだが、もしかしたら内心は動揺しているのかもしれない。

一方、そんな事情を知らないリディは、初めての祖父母との対面に興奮と緊張を隠せないでいた。

(うわ~どんな人なんだろ? 身だしなみとか大丈夫かな? 臭くないかな?)


「じゃ、開けるわよ」

「は、はい!」

アリアンヌが扉を開けると扉についている鈴が音を鳴らす。内装は見た感じブランシュ家の小さい版と言った所かシャンデリアに大き目な階段、ツボや絵画などが飾られている。

そんな中、リディの目にはひと際目立つ存在があった。

銀色の髪を後ろでまとめ上げ、大人し目のドレスを着ている50代程の女性がこちらを見て固まっているのだ。

「……え?」

彼女がアリアンヌの母親でありリディの祖母、デレシア・フィメルである。


「ア、アリアンヌ!!」

「お母様!!」


互いに走り抱き着くアリアンヌとデレシア。

「ああ、アリアンヌ。あなたがこの家を出て行ってから母はずっと心配していたのよ! 王都のパーティーにも顔を見せないし!」

「ごめんなさいお母様! いつかは行かなきゃと思っていたのだけれど、色々とあって」

「全く、自由なのは相変わらずね。でも元気な様で良かったわ!」

「マ~マ~!!」

「アリアンヌゥ~!!」


泣きじゃくりながら熱く抱き合う二人を見て、もらい泣き所か二人より大号泣して思わず拍手もしてしまうリディ。

「か、感動やね~」


そんなリディに気づくデレシア。

「あら? あの娘はもしかして」

「ええ、紹介するわ。娘のリディよ。リディ、こちらはデレシアおばあ様よ」


涙を拭き、満面の笑みで挨拶するリディ。

「お初にお目にかかりますデレシアおばあさま! ブランシュ領公家が娘、リディ・ブランシュと申します!」

スカートを持ち上げ頭を下げるリディ。完璧な令嬢の挨拶だ。

そんなリディに目を輝かせ近寄るデレシア。


「まぁ! まぁまぁまぁまぁ、なんて利発そうで可愛い娘なの!」

「ありがとうございます! おばあさまもとても若く見えますよ」

「素晴らしいわ!」

そう言ってリディに頬ずりをするデレシア。何となくアリアンヌの反応と似ている。やはり親子かと思うリディ。

そんなやり取りをしていると、2階の方から男性の声が聞こえてくる。

「騒がしいぞ! 一体なんだと言うのじゃ!?」

そちらに目を向ける一同。


そこには白髪頭を後ろに流し、灰色の服に身を包んだ60代程の男性の姿が。

彼がこのフィメル家の現当主、パイロ・フィメルである。


「パイロ、アリアンヌが来たのよ! 降りてらっしゃいな」

デレシアの言葉に目を細め階段を下りてくるパイロ。アリアンヌもその対面にたち、自身の父親が目の前に来るまで待っている様だ。

そんな二人を見て、再び親子の感動の再会が見れるのかと手を握り興奮するリディ。


(わぁ! 来た来た来た!)


そしてアリアンヌの前で止まるパイロは言う。

「おお、誰かと思ったら家出してどこぞの馬の骨で出汁を取ったような男の元に嫁いだバカ娘じゃないか? 今更ノコノコと戻って来て何の用じゃ? いい加減田舎の草は食べ飽きたのか?」


「あらあらお父様。お亡くなりになられたと聞いていたのですが、御健在の様ですね。前と変わらず……いや頭の方は少し後退したみたいですね? もう御歳なのですから少しは丸くなったらどうですか? その頭の様に!」


互いにガンを付け合う二人を見てズッコケるリディ。

(なにあれ!? 親子の再会所か、ヤンキーの睨み合いじゃん!?)


どうにかしなければとオロオロするリディ。だがデレシアはまるでいつもの事だと言うように二人に声を掛ける。

「こらこら二人とも! 子供のいる前でなにやっているんですか!」

デレシアに間を割られ離れる二人。


「何じゃと? 子供?」

「ええ、そうよ! あなたの孫のリディよ」

「違うわよお母様! 私の娘でお母様の孫のリディよ! お父様は永遠に孤独よ」

デレシアにコツンと叩かれるアリアンヌ。


「リディ、こっちに来なさい」

手招きをするデレシアに従い近づいていくリディ。


(何か気難しい人みたいだし、しっかりと挨拶しなきゃ!)

意気込みパイロの前に立つ。


「フン! あの馬の出汁とこさえた子供なぞ可愛いわけが――」

リディをチラッと見て固まるパイロ。そんな反応に何か失敗したのかもと焦るリディ。


「あ、あの! ブランシュ家が娘、リディ・ブランシュと申しましゅ! うわぁ噛んだ! 申します! パイロおじいちゃん! ああ、間違えた!! おじいさまです!!」

(ヤバいよ~何か固まってるしもしかして嫌われてる!?)


基本誰に嫌われてもものともしないリディだが、身内に嫌われるのだけは絶対に嫌なのだ。

そんな可能性が芽生えて来て、涙がリディの目に込み上げてくる。しかしそれでもここで目を逸らすのは失礼に値する! と必死に涙をおさえ赤い顔でパイロを見上げるリディ。


そんなリディにパイロは――。

「て……天使じゃ~」

「へ?」

「あ! ゴホン! いや何でもない」

サッと顔を逸らすパイロ。

思わぬパイロの言葉に驚くリディ。そんなパイロを見て、アリアンヌがニヤニヤする。

「あれ? あれあれあれ? もしかして可愛いとか思っちゃった? あれだけ言ってたのに!?」

「な!? そんなわけがないじゃろう!! こんな娘! む……す……め……」


アリアンヌの煽りに逸らしていた目をリディに向けるパイロだがリディの顔を見て再び固まる。

「お、おじいさま?」

涙目、不安そうな顔、首を傾げて見上げている、手も添えて……意図してはいないリディだがその仕草はパイロにとてつもない衝撃を与えた様だ。


「わしの孫……天使すぎる」

そう呟くとしゃがみ込み溶けたように笑うパイロ。

「お~、リディ。おじいさまじゃよ~」

「え? えへへ。孫でーす」

急なパイロの変化に戸惑いつつも、自分には好印象を抱いているようなので微笑んでみるリディ。その笑顔に完全にやられたパイルは初孫に興奮する。


「おお! 見た? 今見た? 喋ったよ! 笑ったよ! この孫生きてるよ!?」

「当たり前でしょ……」


呆れた顔のデレシアを無視して、リディに向き直るパイロ。


「リディは今何歳なんじゃ?」

「5歳よ」

「貴様に聞いてないわ! 黙っとれバカ娘!」

「5歳ですぅ~(アリアンヌ)」

「気持ち悪い声を出すな、子持ちのババアが!」

「パイロ、後で話があるわ」

「いや今のはアリアンヌに言っただけで、デレシアに言ったわけじゃないんじゃよ」


フィメル家では懐かしいやり取りの様で、どこか皆手慣れてる感がある。しかしリディはそれを感じ取ることが出来ず不安になる。

「あの! な、仲良くしましょ?」

「ああ~出来た孫じゃ~よし決めた! アリアンヌ貴様は帰れ! リディはわしが育てる!」

「はぁ!?」


するとアリアンヌがリディを持ち上げ数歩パイロから離れる。

「ふざけた事言わないでよ! リディちゃんは私の娘なのよ!」

「あんな貧乏領地にいるよりはここにいた方がリディの為じゃと思わんのか? それにわしはリディの為なら何でもするぞ! 目に入れても痛くないんじゃ!」

「その程度? 私なんて元々この娘を体内に入れてたんだから!」

「それなら貴様だって元々わしの体内に入っていた――」

「――子供の前でしょ!!」

「グフッ!」


すかさずデレシアのチョップがパイロの顔面に直撃する。何を言おうとしてたんだ何を!?

しかし言い争いの中心人物であるリディはそんな親子のやり取りをハラハラと見ていた。


(うわぁ~どうしよ~どんどん悪化していく~何とか仲直りさせないと~)

顔面蒼白になりながら考えるリディだが、その感にもアリアンヌとパイロの言い争いは続いている。


(ああもう考えたって仕方ない!! 直感だ!!)

「二人とも喧嘩はやめー!!」


リディは叫ぶと、アリアンヌの手を引きパイロの元へと行く。

「ほら! おかあさまもおじいさまも家族なのですから仲良くしてください!! さあ握手!」


プンプンと怒るリディに「「えー」」と嫌そうな顔をするアリアンヌとパイロ。しかしリディは意地でもやらそうとする。

「えーじゃありません! 仲良くしない2人なんて私大嫌いですよ!!」

その言葉にうっ! となり渋々握手をするアリアンヌとパイロ。しかしリディは止まらない。


「うん! それじゃ次はハグをして下さい」

「「ええー!」」

「じゃあキスにしますか?」

「「……」」


デレシアがリディの肩に手を置き笑いながらアリアンヌに言う。

「中々見どころもある娘ね。ほら! 早くしなさい!」


リディとデレシアの眼光に意を決し、オーバーなリアクションで抱き合う二人。

「パパ!!」

「娘!!」


とても満足そうなリディ。

「うんうん! 仲良き事は美しきかな!」


そんな時、リディのお腹がグゥ~となる。

「フフフ! そろそろ夕食にしましょうか。今夜は泊まって行くのでしょう? 寝室にも案内するは」

デレシアの言葉にお礼を言って、手を繋ぎ食堂の扉を開け中に入って行くリディ。

その間、抱き合うアリアンヌとパイロだが、リディが居なくなったのを確認すると一瞬で離れる。


「「オエェ~!!」」


「……ジィ~」

しかし扉の隙間からリディとデレシアが見ていたのに気づいて素早く抱き合う二人。

「ああ、パ~パ!!」

「ああ、むす~め!!」


その二人を見て、「うんうん!」と言い去って行くリディ。


「「……オエェ~!!」」

同時に飛びのくアリアンヌとパイロ。何だかんだ言っても息ぴったりの親子である。


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