第21話 パルム編 6
(何かいきなり幼女に罵倒されたんですけど)
現在リディはパルム領公家の娘、ジュリアムの自室のソファーに苦い顔で座っていた。
目の前には先ほどリディの友好を拒絶したパルム領公家の娘、ジュリアムが涼しい顔で紅茶を飲んでいる。ちなみにリディの前に紅茶はない。
(あれ? これっていじめ? いじめなのか? いやいやこんな可愛い娘がそんな事するはずがない! きっと……忘れてるだけだよね?)
リディは見ていたのである。ジュリアムが念を押すように、リディの分の紅茶はいらないとメイドに指示をしていた場面を。
しかしリディはそれをあえて見なかった事にしている。アリアンヌが言った『ジュリアムちゃんと仲良くしなさいよ』の言葉を守るため。あくまで友好的に気分を害さない様に、微笑み横のメイドに言う。
「あの……すみませんが私の分の紅茶を頂いても宜しいですか?」
しかし答えたのはジュリアムだった。
「雨が降るまで待てば?」
「……」
明らかにリディを蔑ろにするジュリアムの発言に一瞬イラッとするも、聞き間違いかな~と自分の中で解釈し、今度はジュリアムに話しかける。
「この部屋まるで実験室みたいだね! あっ! あれとか何て言うの?」
「騒がしいわね、その甲高い声が癪に障るから黙ってなさい」
「……」
「ここまで言われて何も言い返さないの? とんだ腑抜けね」
今までこんなにも年下にコケにされた事があっただろうか? と引きつる笑顔で考えるリディ。しかしまだ友好関係を築ける可能性がゼロではないと思いここははっきりと聞いておこうとジュリアムに尋ねる。
「もしかして、私の事嫌いだったりする?」
「嫌いじゃないわよ」
「ああ良かった~」
「ただ気色が悪いわ。何ていうのかしらこの気持ち……そう、ただただ気色が悪い、まるでドレスを着たオークと朝食を食べながらゴブリンのダンスを見ているみたい。おっと、朝食食べて超ショックなんて言うとてつもなく寒いギャグが今脳裏に過ったわ。どうしてくれるの?」
今完全にリディの中で友好関係を築けるメーターが0になった。
ギギギッと笑顔を張りつかせ、横で痛ましそうにリディを見ているメイドに尋ねる。
「……メイドさん、トイレ……どこ?」
「え? あ……こちらです」
メイドに連れられて部屋を出るリディにジュリアムが馬鹿にしたように言う。
「田舎者だからってお願いだからその辺にちょろちょろとひっかけないでよね」
「……はははどうも~」
パルム領公家屋敷の廊下をメイドと歩きながら呟くリディ。
「なるほどなるほど~そういう感じか~」
トイレに入り、パタンと扉を閉めるリディ。そして思いっきり息を吸い上げる。
すぅ~~~~っと吸って……大爆発!!
「しゃー! コラァ!! あのクソガキ、こっちが下手にでてればチョーし乗ってんじゃねぇブチ飛ばすぞ!! オラぁ! 内臓さらして死ねぇぇぇぇぇ!! ボケがぁぁ!!」
そして何事もなかったかのようにトイレを出て、驚いた表情のメイドに声を掛けるリディ。
「……さ、戻りましょ?」
「は、はい。あのハンカチどうぞ」
今の出来事に疑問が残っているのか目をパチパチとするメイドだったが優秀なのだろう直ぐに切り替えて、お客様であるリディを気遣いハンカチを渡す。
「ありがと……はぁいジュリちゃ~ん」
ビリビリ!
怒りから破壊衝動を抑えられないリディはそのハンカチに少女の姿を重ね無残にも破り捨てる。 悲しそうにメイドは言うのだ。
「あ……それお気に入り」
可愛そうなメイドを気にせず先ほどの部屋に戻るため歩くリディは完全にジュリアムを敵と見なす。
(いいだろうそっちがその気ならこっちだって相応の態度で接してやるよ! 俺の煽りスキルなめんなや!)
そして部屋に戻って開口一番ジュリアムが。
「道端に生えてる草でも食べてお腹でも下したの?」
リディは叫び声が漏れないようにそっとメイドのスカートを顔に押し付ける。メイドも耐える準備は出来た様だ。
「ぶくぐぐぐぐづづぶらぁごらあ!(膝の皿取り出してフリスビーにしてやろうかぁ!)
「うううううう!」
涎まみれのスカートを見て涙を流すメイドに一言お礼を言うと、ソファーに戻り真剣な顔になるリディ。
「ねえジュリアムちゃん。これ最終宣告だから。私と仲良くしよう、ね?」
「……」
そう言って手を出すリディを見ようともしないジュリアム。
「……了解。後でおかあさまに謝らなきゃ」
手を戻し、ため息を吐く。ここからリディは取り繕うのをやめ攻撃に入る。
「所でジュリアムちゃん」
「何よ?」
「……性格ブスだよねぇ~」
「……は?」
ジュリアムを覗き込むように、感に障る表情で悪口を言うリディ。そんな事を言われると思っていなかったであろうジュリアムは目を見開いている。
「いや~どうやったらこんな可愛くない子供になるのか不思議だわ~。何か内面の汚さが表にも出て顔も汚く見えてくるわ~。あれ? 毎朝ゴミでも顔に塗ってます? いや、もうブスだわ! うん、全部ブスだわ! ドブス!!」
尚も続くリディの反撃に流石のジュリアムも気付いたのだろう。リディがただ言われるがままの少女でない事に。
「へ、へぇ~言うじゃない。さっきまでは猫被ってた訳ね。田舎者にもそれぐらいの芸が出来るのね、今度ペットを飼ったら教えて見ようかしら」
「それはやめた方がいいんじゃない? 動物は人の内面を見るって言うし……ジュリアムちゃんだったらハエとかの方が寄って来るんじゃない? ある意味有名になるかもね! 2つ名とかも付いちゃってさ、パルム領のハエ使い、ブンブンマスターとか? アハハ草不可避だわ!!」
リディの煽りに震えるジュリアム。どんどん顔が赤くなり目の前のカップをおもむろに掴む。
「馬鹿にするな!!」
そしてリディに中身をぶちまける。しかし肉体チートのリディはそれを易々と横にあるクッションで防ぐ。
「あら? 怒っちゃった? ちょ~っと反撃されたぐらいでコレだもの、パルム領公の娘は周りに甘やかされて育ったからメンタルが脆いってメモしなきゃ」
「あなたみたいに田舎でのほほんと暮らして、何にも考えずに日がな1日土いじりしてるような奴に私の何が分かるの!?」
そして立ち上がりリディを指さし叫ぶジュリアム。
「何の苦労も知らないのに私を決めつける権利なんてあなたにはないのよ!!」
リディは一気に気持ちが冷めていく感覚になる。この発言があまりにも滑稽だと思ったからだ。
「……あなたの言っている事、全部ブーメランだから」
「ブーメ、ラン?」
「あなたが私を嫌っている、いや気に食わない理由は何となくわかった。仲良くする気なんてもうないからそれを否定しようとは思わないけどさ。でも言わせてもらうわ」
笑顔をなくし、赤く冷たい目でジュリアムを見るリディ。
「私の事何にも知らないのはあなたも同じでしょ? なのに何で私を馬鹿にするの? 何でのほほんと暮らしているってわかるの? 私が苦労してないって何で決めつけるの?」
「それは……」
「それとも、自称努力している人間は他人を勝手に解釈して、見下して良い権利なんてあるの? そんな法でも存在するの? 私が知らないだけ? ねぇ教えてくれない?」
「……」
「言い返せないわよね? だってそんな事実は全くないんだから。じゃあ話を戻すけど、何であなたは私を馬鹿にできるの? 王様に言われているの? 君は人を見下しても許しちゃうぞ! って……それともそういう風に教育されてるの? あの温厚そうなあなたの父がそんな事を言うとは思えないけど」
「ぐっ!」
リディの言葉に言い返せず、悔しさからか歯を食いしばるジュリアム。その目からは涙が溢れてくる。
まだ少女のジュリアムにはリディの連撃の様な言葉に耐える事が出来ないらしい。しかしそんなジュリアムの子供らしい一面を見てもリディは止まらない。
「ぐっ? 何それ意味不明? ”はい”なの”いいえ”なのどっち? 泣いてどうなるの? そうすれば物事が上手く行くの? 法が変わるの? じゃんけんで勝てるの? 何か前も言ってなこれ……」
必死になって言い返す言葉を探しているのだろう泣きながら俯き、拳を握るジュリアム。そこにリディの止めの1撃が入る。
「黙ってちゃ分からないんだけど? 何? つまりは言い返せないって事でいいの? 私の言ってる事が正しいって認める事になるけどいいのね? ピューン、ドカーン! はい論破!」
ミサイルが落ちたようなジェスチャーをするリディ。もはや完全に勝敗は決した様だ。ジュリアムはソファーに座り涙を堪える事しかできない。
そんな2人を見かねたメイドがジュリアムの後ろに立ち、リディに怒鳴る。
「ちょっといい加減にして下さい! 確かにジュリアムお嬢様が先に仕掛けたとはいえ、いくら何でも言い過ぎです!」
そんなメイドの睨みにもどこ吹く風なリディはニヤッと笑い、背もたれに重心を傾けつつため息を吐く。
「あらあら2対1? アウェイ側は嫌ねぇ~正論を言っても全部そっちに味方するんだから。良かったわねジュリアムちゃん、慰めてもらいなさい」
「何よ……グスンッ、お父様に言いつけてやるんだからね!」
もはや取り繕う余裕がないほどにダメージを受けているジュリアムの抵抗は随分とクオリティーが低くなってしまっている。リディにかかれば人のメッキを剝すなど容易い事。目の前にいるのはただの生意気な少女だ。
「出たぁ~名台詞! いいんじゃない? 言うのはタダだしご自由にどうぞ~。我がブランシュ家もそれ相応の対処をさせてもらうし~」
そんな少女を煽るのなんて楽勝なリディは気にする様子もなく手をひらひらとさせる。
しかし、次のジュリアムの言葉がいけなかった……。
「あんなダメ領公の統治するブランシュなんて怖くもなんともないんだから!」
「はっ?」
今まであれだけ余裕そうな表情をしていたリディがいきなり真顔になる。当然だ。ジュリアムはリディの触れてはいけない所に触れてしまったのだから。
しかし当のジュリアムはそれが起死回生のチャンスに思えたのだろう。
「フ、フフフ、そう言う事……」
涙を急いで拭き、嫌な笑みでリディを見下すジュリアム。
「知ってるわよ。あなたの父であるユーリ・ブランシュは資金を無駄遣いして領民の怒りを買い、恐れをなして屋敷に引きこもるような人間なのでしょう? 国から賜った物を私利私欲に使ったあげく、領地を回せなくなった輩に良く領公が務まる物ね。誇りはないのかしら?」
顔を下に向け震えるリディを見て愉快そうなジュリアム。そろそろやめた方が身のためだと言う事を、教えてくれる人などここにはいないのだ。
「あ! もしかして今回ここに来たのって私達に縋って資金援助をしてほしいがため? 卑しい領公の思い付きそうな浅ましい考えね。ほんと恥ずかしくはないのかし――」
――ドンッ!
ジュリアムの言葉が終わる前に、ある物がこの場から消えた。先ほどまでリディとジュリアムの前に置いてあった大きなテーブルである。しかし変化はそれだけではない。
リディの左足が上がっているのだ。つまり先ほどのドンッ! の音はリディがテーブルを蹴り上げた音で、今その机は……ジュリアムの頭上にあった。
「へ?」
間の抜けたような声で上を見るジュリアム。何で机が自分の頭上にあるのか理解できないのであろう。しかし考えている時間はない。なぜならそのテーブルはジュリアムの頭上にあるのだから。
「わぁー!!」
急いで飛びのき何とか直撃を避けるジュリアム。無残にもバラバラになったテーブルを見て当たらなくて安心したのかホッとしたような表情だ。しかし安心するのは早いような気がする。
「これは俺とお前の喧嘩なのにさ、家族を出すのはナシだろ?」
ゆらっと立ち上がるリディ。周りの空気がその声で重くなって行く。明らかにブチ切れている。
腰を抜かすジュリアムにゆっくりと歩み始めるリディ。怯えているジュリアムが後ずさる。
「お止めください!!」
メイドがリディの体を押える。普通だったらこれで止まるはずだ。そんな考えを持っていたからジュリアムは後ずさるのをやめ、胸を撫で下ろしているのだろう。
しかし、ジュリアムは逃げるべきだったのだ。なぜならリディは普通ではないから。
「もうあれこれ言ってもお前には無駄ってわかったけどさぁ、1つだけ教えてやるよ」
「なっ!! 止まらない!?」
怒気を強め、メイドを物ともせず前へと進むリディ。しかも横にあったソファーを左手に引きずりながら。
「俺の前で家族を馬鹿にする奴はな、皆ぶっ飛ばすって決めてんだよ! ベッドで目を覚ましたらよく反省しろや」
「お嬢様逃げて下さい!!」
メイドの叫びよりリディへの怯えの方が勝ったのだろう、その場から動けないでいるジュリアム。
必死に足を動かそうとするが、震えで上手く動かない。そうこうしている内に、ジュリアムの前にリディが到着する。片腕でソファーを持ち上げながら。
「くたばれや!!」
「きゃあああああ!!」
さらばジュリアム。君の事は忘れない……とはならない様だ。
「リディちゃんストォォォォォォォップ!!」
恐らく大きな音に駆け付けたのだろうアリアンヌとダリアが部屋へと入ってくる。
そしてアリアンヌはリディの前に立ち、ジュリアムを守る。
「おかあさま、どいて下さいそいつ殺せない」
「それは駄目だから。いいからソファーを下ろしなさい。それは座る物よ」
「今、あいつの頭に下ろしますから」
基本アリアンヌの言葉には言う事を聞くリディだがどうしても父を侮辱したジュリアムを許せない思いがあり食い下がる。直接殴らないだけまだリディの中では大分セーブしている方なのだ。
しかしそれでも3人掛け程のソファーを振り下ろされた少女がただで済むとも思えない。
「もう! これでどうだ!?」
そう言うと、リディの後ろに回り目を片手で塞ぎ、ぎゅっと抱きしめるアリアンヌ。
その瞬間、リディの怒気が一気に消えていき、怒りの顔は気の抜けた顔へと変貌していく。
「ふにゃ~」
完全にいつものリディだ。アリアンヌは息を吐くとリディを抱きしめたまま部屋を出る。再び点火しない内に帰るつもりらしい。
「ふぅ~。お騒がせしました。私たちはこれでお暇しますので、その~机とか色々申し訳ありません。請求は後日でも」
そんなアリアンヌの言葉に、苦笑いを浮かべるダリア。
「いや、気にしないで下さい。たかが子供の喧嘩……にしては派手だが、いやとにかくそれは大丈夫なので」
二人の親が早く娘たちを離そうと目で意思疎通をしている。そんな空気をリディ自身も感じとってはいるが、しかしどうしても言いたい事がありジュリアムに発言する。
「ジュリアム」
「ひ!」
先程の様に怒りの声ではなく、比較的温厚に声を出すリディ。しかし一方のジュリアムはよっぽど怖かったのだろう名前を呼ばれただけこの怯えようである。
「私のおとうさまはとても立派で誇らしい方です。あなたの言う人間とは当てはまらない。それだけは理解してください」
そしてアリアンヌに抱かれながら、去り際に
「信用できないのなら、1度ブランシュに来てみればいい……命の保証はしないけどね」
と言う。
そんな言葉の意味など理解していないのだろうジュリアムは、ただ茫然とするしかなかった。




