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第20話 パルム編 5


「はぁ!」

パルム領公家の一室、薄暗く研究資料やフラスコなどが乱雑に置かれているその部屋で、一人の少女が魔法石を手に持ち魔力を流し込んでいた。

少女の名前はジュリアム・パルム5歳。切りそろえられた茶色い前髪に丸っこい目が特徴のパルム領公家末っ子の娘である。

そんな彼女がしているのは、空の魔法石に魔力を流し込み、人工的に属性魔法石を作るという難易度最高潮の研究だ。


ジュリアムが魔力を流し込んだ魔法石が青色に発光し始め、そしてパリンッ! と砕け散る。失敗した様だ。

手の平に残る破片を思いっきり床に叩きつけるジュリアム。

「もうっ!!」

成功しなかったのが悔しくてたまらず叫んでしまう。研究者に年齢は関係ないが、いささか少女にはそぐわない研究の様に思える。

なぜ少女がそこまで躍起になるのか? 切っ掛けは、王都で開かれたパーティーにジュリアムが初めて出席した時だった。



華やかな世界、新たな出会い、それらの期待に胸躍らせ当時のジュリアムはパルム領のご息女として誇りを持ち会場の扉を潜った。

しかし飛び込んできたのは、さげすみの目線。

パルム領の領家を見た他の領家達は皆口々に言うのだ。『根暗が来た』と。王都の領家はパルム領の領家をこう評価しているのだ。国の金を実らない研究のために使い込む根暗と。

ジュリアムの期待は見事に打ち砕かれる。自分の住むパルムの評価がここまで揶揄されたものだったなんてと。

しかし負けん気の強いジュリアムはそんな評価に縮こまる事はせず、逆に己を奮い立たせたのだ。いつかお前たちが下に見ている魔法や魔術研究で偉大な功績を残し目にものを見せてやると。

そこからパルムは研究に明け暮れ始めた。属性魔法石の人工作成を選んだのは、一番有名な難題だったため、人々にその凄さを理解してもらいやすいと考えたからだ。

毎日部屋に籠り研究を続ける日々。しかしジュリアムは開かれるパーティには些細なものでもちゃんと出席し続けた。逃げたら負けだと感じていたからだ。例えそのパーティーで散々馬鹿されたとしても、ジュリアムは一切引かずに馬鹿にした者達に食って掛かって行った。

そんなジュリアムはある日、父であるダリア領公の会話を偶然耳にする。相手は辺境の統治を任されている領家、ユーリ・ブランシュ領公だ。ジュリアムは自分達を馬鹿にしている連中がブランシュを『田舎者の貧乏領家』だと揶揄していた事を思い出す。

ジュリアムは目の前の冷たい男、ユーリに少し同族意識が芽生えた。ああ、このブランシュ領公家も自分達と同じように他の領家から下に見られているだと。

そして会話の内容を聞くと、どうやらブランシュ家には自分と同じ年の女の子がいるらしい。

自分達と同じ、そんな領地の娘はもしかしたら自分の気持ちを理解してくれるかも。微かな同族への期待がジュリアムの脳裏によぎる。

しかし、その娘は数あるパーティーに1度も顔を見せる事はなかった。 ああ、逃げたんだ……、ジュリアムはそう感じ、落胆すると同時に怒りを感じた。

堂々とする勇気を持ち合わせていない腰抜け娘が、と。それが他の領家が自分達を馬鹿にしている行為と同じだという事に気がつかずに……。



そんな風に過去を振り返り、再度己を奮い立たせるジュリアム。

散らばった欠片を拾い集め、顕微鏡に乗せ石の変化を観察する。その時、自室の扉がノックされる。


「だれ?」

顕微鏡から目を離さず言葉だけを発するジュリアム。入って来たのはパルム家のメイドの一人だ。


「ジュリアムお嬢様。ダリア様がお呼びになっております」

「……お父様が?」

「はい、何でもブランシュ領公家のアリアンヌ様と娘のリディ様がお見えになっているとか」


メイドの言葉に顕微鏡から目を話し振り向く。

今まで王都のパーティーには1回も顔を出さなかったブランシュの娘がいったい何の用だ? しかし考えても答えは出てこない。なれば方法は一つ。


「ふーん……わかったわ、すぐ行く」

腰抜け娘がどんな人物なのか、見定めてやろう。そう思い部屋を出るジュリアム。


客間に着くと、父であるダリアが銀色の美しい女性と楽しそうに話していた。

アリアンヌ・ブランシュ。パルムの領家、フィメル領子家の娘にして現ブランシュ領公、ユーリ・ブランシュの奥方。

齢15で王都魔法学校を卒業、炎魔法のスペシャリストであり、王から灼炎の2つ名をたまわる事の出来たまさに天才。

ジュリアムが尊敬の念を抱く偉人の内の一人である。

そんな有名人が目の前にいると言う事で、緊張から固まってしまうジュリアム。


「あら? あなたがジュリアムちゃん?」

優しそうに微笑むアリアンヌにハッとして、挨拶をする。

「は、初めまして! ジュリアム・パルムと申します! か、彼の有名な灼炎の姫殿に会えてこ、こう、光栄でああります!」

「ありがとう、そんなに緊張しなくていいのよ~」


目線を自分に合わせ、頭を撫でてくるアリアンヌに顔が真っ赤になるジュリアム。

何と優しく素晴らしい方なんだと興奮が止まらない。しかしそんな浮かれているジュリアムはある少女の登場で一気に冷める事になる。


「ジュリアムちゃん、家の娘を紹介するわね」


アリアンヌがいて気がつかなかったが、その後ろから一人の少女が出てくる。

銀の髪を短く切り、少しきつい印象のある目と赤い瞳が特徴の美しい少女。ジュリアムが腰抜けと評価を下したブランシュ家の娘。


「はじめまして! 私はリディ・ブランシュって言います。気がるにリディって呼んでね!」


ジュリアムは一瞬でリディが嫌いになった。

リディの笑顔があまりにも幸せそうで、悩みなど感じた事もない様だったからだ。それを自分の今までの努力と重ねた瞬間、ジュリアムは思う。

こいつとは仲良くなれない……と。

しかしここで感情的にはならない。パルムの令嬢は優雅であらねばと自分に言い聞かせ、綺麗なお辞儀を見せる。

「初めまして、私はジュリアム・パルムと申します。以後お見知りおきを」


そんなジュリアムを見て、ダリアが笑う。

「ははは、娘は少し人見知りの所があるから心配だったが、これならリディ嬢とも直ぐに仲良くなれそうだな」

本心ではまずありえないわねと感じているが、表ではにこやかに返事をする。

「はい、仲良くしましょうね? リディ、さん」


リディを見る目が、全く笑っていない。その目に違和感を感じたのか「えっ?」と言って固まるリディ。


「さて、私達は積もる話もあるので、ジュリはリディ嬢と遊んでいなさい」

「リディちゃん。ジュリアムちゃんと仲良くしなきゃダメよ?」

それだけ言うと二人で離れていくダリアとアリアンヌ。恐らくダリアの仕事部屋で大人の話があるのだろう。

2人を微笑みながら見送るジュリアム。手を小さく振っている所が幼い女の子の可愛さをアピールしている様だ。

後ろにいるリディはそんな可愛いジュリアムを見ながら「さっきのは見間違いだよな……うんきっとそうだ」とブツブツと呟いている。


「ねぇ?」

ジュリアムの言葉に我に返り、焦ったように対応するリディ。


「あ、何? ジュリアム……ジュリちゃん?」

距離を縮めようとしたのかあだ名に言い直すリディ。若干恥ずかしがっている笑顔が花丸評価を与えたくなる。そしてジュリアムは……。


「気安く呼ばないでよ。ほんと気持ち悪い」

「……え?」


笑顔のまま固まるリディを尻目に、冷たい目で顎をクイッとやりついてこいと言うジュリアム。しかしテンパっているのか、え? え? を繰り返し動けないでいるリディ。


「私の貴重な時間を割いてあげているんだからさっさと来なさい。このウスノロのウド」

「ふぁ!?」


ジュリアムはリディの呆ける顔を見てイラッとし、まだまだイジメてやろうと思うのであった。



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