第19話 パルム編 4
次に日、さっそくパルム領に向かう準備を終えたリディは屋敷の前で使用人が用意している馬車を家族と共に待っていた。
共に行くアリアンヌは初めての娘との旅にテンションが高く、リディ自身もそんな母との旅とまだ見た事のないブランシュの外に期待が高まっていた。
そんな二人のテンションとは対極にわかりにくいが若干不安そうなユーリが再三に渡る注意を促す。
「二人とも、本当に気を付けるんだぞ。もしもの事があったら逃げる事だけを考え、何よりも自分の命を優先することを一番に――」
「もー、おとうさま心配し過ぎですよ~」
「そうよ~、私もいるんだし、それにリディちゃんだってとっても強いんだから」
「「ねー?」」
その心配をよそにあっけらかんとするリディとアリアンヌを見て、何度目かになるため息を吐くユーリ。ジルもそんな父を気の毒そうに見ている。
ちなみにジルも今回のパルム領行きに誘われたのだが、ユーリが可哀相に思えたのか、留守番してユーリの仕事を手伝うらしい。本当に空気の読める少年だ。
そんなハイテンションとローテンションな空気の中、ユーリの私兵5人が豪華絢爛な馬車を連れて現れる。
「は? 何これ? クリスマスツリーかよ」
扉には鷲の様な絵が貼り付けられており、外装には至る所に金や銀の装飾品が施されている。その派手すぎる飾りつけに、前世の某遊園地のパレードを思い出し思わず眉を顰めるリディ。
「他の領地に行くのだからなめられない様にしないとな。うんうんこれなら大丈夫だろ」
「そうですね、着ぐるみがあれば完璧、見世物ですよ……よっ!」
満足そうに頷くユーリとは裏腹にこんな馬車に乗るのなんて恥ずかしいと感じ、扉の鷲を引きはがすリディ。
「な、何をするリディ? 折角私が手作りしたのに……」
「いやだって恥ずかしいですし……よっ!」
「そ、そこは一番頑張った所……」
「リディちゃん、これも要らないわよね!」
「アリアンヌもやめなさい」
結局、リディとアリアンヌにバリバリ剝されたユーリ作の馬車は至って普通の馬車に戻される。
落ち込み「努力が報われない……」と呟くユーリにジルは「僕はこの馬車かっこいいと思いますよ」と慰みの言葉をかけている。本当に出来た子だ。
さてそんな二人に見送られながら、やっとリディとアリアンヌを乗せた馬車は私兵5人を連れてブランシュ家を出発のであった。
パルムまでの道のりは緩やかな見晴らしの良い平坦な道をひたすら進むのみで到着する。
しかしゆったりとはしていられない。見晴らしが良いと言う事は、野盗や盗賊などに見つかりやすいと言う事でもあるので襲われやすいリスクが高い。馬の休憩なども含めると片道大体2日程かかるその道のりを、常に周りを警戒しつつ移動していかなければならないのだから決して楽とは言い難い。
そんな綱渡りの様な状態での旅なのだ、きっとリディもアリアンヌも楽しむなど出来ず、心が落ち着かないだろう。
「リディ、君は扉の開け方を理解してないようだね? いいか捻って押すんだ、やってみなさい。ああそこは引く扉だ! 今のは忘れて捻って引いてくれああっ!」
「あははははははは!! 似てる似てる! ユーリそっくり!」
訂正、十分すぎるほど楽しんでいた。
外の私兵も思わず「危機感がないのか?」と言ってしまう程に。この親子に危機感を求めるのが間違いなのかもしれない。
そんな楽しい声を響かせる愉快な二人を乗せた馬車は、野宿を経て、運が良い事に襲われる事なく無事パルム領を目前とする。
「見えて来たわ! あれがパルム領よ」
アリアンヌの言葉に窓から身を乗り出して前方を見るリディ。リディ達を乗せた馬車の前方に大きな門が現れてくる。ブランシュと違い、立派で堅牢そうな門に資金の違いを痛感させられるリディ。しかし落ち込むのも早々にやめ、その胸を熱くたぎらす。
いつか、ブランシュも負けないぐらい立派な物を作ってやる! と。
ガコンッ!
そんな音が鳴り、突如リディ達の馬車が大きく揺れ止まる。
「うわっ!」
「いたっ!」
その衝撃で互いに頭をぶつけてしまうリディとアリアンヌ。と言ってもリディは肉体チートのお陰であまり痛みを感じてないので、痛みに悶絶しているのはアリアンヌだけだ。
「おかあさま……大丈夫ですか?」
「ふおおおおお~!」
額を押えうめき声を出すアリアンヌに御者を叱る事で自分の責任をなくそうと考えるリディ。
「おい! 運転はしっかりしろよ! 免停くらいたいのか!?」
「す、すいませんブランシュッ様、しかし……」
馬車の外に出ると、車輪の一つが壊れてしまっていた。
「あちゃ~見事にポッキリいってるわね~」
まだじゃっかん赤い額を押えながら、無残にも真っ二つになっている車輪を見て呟くアリアンヌ。
「おとうさま、派手に飾りつけする暇があるのなら、しっかりと馬車の点検をしといて下さい」
苦笑いのリディにアリアンヌもうんうんと頷く。リディ達の馬車は運の悪い事に壊れてしまった。しかし運の良い事にもうパルム領は目前だ。
距離的にも精々2~3キロ程度なので取りあえず、馬車は私兵たちに任せて、リディ達は歩いて先に向かう事に。
歩いているとアリアンヌが
「ねぇリディちゃん? 疲れてない? 休憩する?」
と言ってくる。
まだ歩いて5分程なのに疲れる筈はないのだが、もしかしたら母として娘が心配なのかな? と思い、元気に振る舞うリディ。
「全然余裕ですよ! 何ならおかあさまをおぶっていく事だって楽勝ですよ」
すると、リディの背にスッと覆いかぶさるアリアンヌ。
「えっ? おかあさま?」
「……私、箱入り娘だったから」
「ひょっとして、疲れたんですか?」
「いや、疲れてないけど……箱入り娘だったから、箱に……入ってたの」
割と大量に汗を流しながら、不思議な事を言うアリアンヌ。長旅の影響もありどう見ても疲れてますと顔が言っているが、アリアンヌなりのプライドがあるのだろうそれを認めようとしない。
母親の気持ちを察したリディはアリアンヌを背には乗り切らなかったので、頭も使って運ぶ。その間、リディは思う。
(おかあさま、どちらかと言うとおんぶされるのは私の方では?)と。
「うわぁ~! 独創的だぁ~」
門前に着いたリディはパルムの街並みに目を輝かせていた。
大き目に作られた門と街を囲うようにそびえ立つドーム状の壁のお陰で、日中にも関わらず日があまり当たらない。しかしそれを補うように街中にはランプが所々に吊るされており、静かだが綺麗な光がゆらゆらとレンガで造られた民家を照らしている。
「フフフ、ジメジメとして暗い街でしょう?」
「そんな事ないです、静かでとても綺麗です」
リディの率直な感想に嬉しそうに顔を綻ばせるアリアンヌ。
門の前にいる兵に挨拶を済ませ早々に市場に向かおうとする2人。リディ達は忘れていない、今回パルムに来た目的は生肉を保存するための道具を探しに来たと言う事を。
雑談を交えつつ、石が並ぶように出来た地面を歩くリディ達。
ブランシュより人口は多い筈なのだが、所々にしか人を見かけない。恐らく研究者気質のパルム領民は大体がインドア派なのだろう。
静かな道のりを経て、2人は市場に到着する。道に沿うように並ぶ露店にはリディが見た事もないような品が数多く並べられており、あっちにこっちに興味を惹かれ走り回るリディ。気分は母親と祭りに来た子供だ。
そんな中、リディはある出店に目を引かれる。そこには大小様々な透明なクリスタルの様な石が並べられていた。
「うわ~めっちゃ綺麗な石」
リディがその石に目を輝かせていると、店の奥からメガネをかけたふくよかな女性が来て、リディに声を掛けてくる。
「これはね、“魔法石”って言うんだよ。お嬢ちゃん」
「まほーせき?」
首を傾げるリディに女店主が説明をしようとするが、それよりも早く後ろから来たアリアンヌが続きを話しだす。
「魔法石はね、魔素が充満している山や森、または魔物の体内から採取できる魔力が結晶化した物よ」
リディの両肩に手を置き話すアリアンヌに驚く女店主。
「あれま!? もしかしてアリアンヌ様かい?」
「フフ、久しぶりね」
どうやら女店主はアリアンヌの事を知っている様だ。まぁ元々パルム出身で、しかも灼炎の姫として名を馳せたアリアンヌがこのパルムで有名じゃない訳がないか。同じパルム領民からしたら鼻が高い存在なのだろう。
「て事は、こちらのお嬢さんはもしかして……」
女店主の言葉に、リディを抱き上げるアリアンヌ。
「娘ですぅ~。ほら挨拶して」
「ただ今5歳児驀進中のリディです!」
ブランシュ親子の横ピースにハハハと笑う女店主。
「そうか、時が経つのは早いねぇ~」
そう言うと、女店主はリディに顔を近づけ笑う。
「リディ様、魔法石に興味があるのなら一個持っていくかい?」
「え? でもいいの? お高いんでしょ?」
ぶっちゃけそのファンタジー要素の塊のような魔法石が欲しいリディだが、一応社交辞令として断っておく。案の定女店主はさらに押してきた。
「気にする事ないよ! そんなに高価な物じゃないしね。お祝いとして持って行っておくれ」
確かに値段を見る限り銅貨20枚と書いてあるのでそこまで高いものではない様だ。ありがたくお礼を言うと、アリアンヌから降り魔法石を受け取るリディ。しかし……
「ん? 何でこっちと値段が違うの?」
目の前の無色の魔法石とは仕切られて置かれている色のついた魔法石を指さすリディ。
手に持ってる魔法石とは違い、そっちの石は赤く発光しており、しかも値段は銀貨20枚。
日本円だと約4万円程度だ。
「それは“属性付きの魔法石”だからねぇ」
「属性付き?」
女店主の言う事はこうだ。普通の魔法石と違い属性魔法石はその中に火、水、風、土、の力が秘められているらしく、様々な利用方法があるらしい。
例えば魔力の才能がない人が属性魔法石を持つと、その中に入っている魔素が消えるまで魔法を行使する事が出来ると言うのだ。もちろん他にも武器に取り付けたり、物に付属させたり使い方は各々様々だ。
そこでリディは閃く。
(あれ? これ使えば冷蔵庫とか作れるんじゃない?)
しかし、それには問題があるとアリアンヌが言う。
「中々手に入る物じゃないのよ」
属性魔法石は魔物の体内からごく稀に発見されるため、入手が非常に難しい。しかもそう言った貴重な物はほとんど騎士などの武器、または王都の様に大きい領が買い占めてしまうため、市場に出回るなどはほとんどないらしい。
ここがパルム領という魔法、魔術の盛んな都市だからこそお目に見合えた代物だ。
そんな話を聞いて、リディに1つの疑問が浮かぶ。
「普通の魔法石に、おかあさまの火の魔力を流し込むのじゃダメなんですか?」
属性魔法石を人工的に作り出せないかと言う事だ。しかしアリアンヌも女店主も苦笑いをする。
「それが出来たら、きっと王様から直々に褒美が頂けるわね。試しにその魔法石貸して?」
アリアンヌに魔法石を渡すリディ。
「ちょっと危ないから離れていてね?」
そういうと、魔法石に火の魔力を流し込むアリアンヌ。透明だった魔法石が徐々に赤く光って行くので、やっぱり出来るんじゃ! と期待するリディ。その時――
パァン!
魔法石が粉々に砕け散ってしまう。
「うわっ! ビックリした~」
「こんな風に、人が魔力を流し込むとすぐに割れちゃうのよ」
それがなぜなのかは未だに解明されておらず、リディの言う人工的に属性魔法石を作る事は数多くの研究者の悲願でもある様だ。
そんなに難しいなら、この方法はなしかな~とガックリするリディ。それを違う意味に捉えたのかアリアンヌが焦り始める。
「あっ! リディちゃん安心して! 新しいの買ってあげるからね!! 何ならこの属性付きのだっていいわよ」
どうやら魔法石を割られたのがショックで落ち込んでいると思ったらしい。それを否定したリディだったが、結局新しい普通の魔法石を1個買ってもらう事に。
女店主と別れ、露店巡りを再開する2人。物珍しい物は多くあるが、特にこれと言って有力な物が見つからないまま、時は過ぎていった。
そんな時、リディ達の前に一人の騎士風の男がやって来てアリアンヌと何やら話し始めた。
話し合いが終わり、アリアンヌがリディの所に戻ってくる。
「どうしたのですか? おかあさま」
「ちょっと挨拶に行きましょうか?」
「挨拶?」
「そう、このパルム領の領公家にね」
先程の騎士はブランシュ領の領公をパルム側が持て成す準備が整ったと言う事を伝えに来たのだ。
はぐれない様にアリアンヌと手を繋ぐリディ。しかしリディは余り良い気分ではなかった。
アリアンヌの出身のこのパルムの領家を悪く言いたくないリディ。しかし我がブランシュの兵の没収や資金の減額に判断を下したのは他ならない各領の領公達と王なのだ。
ここのパルム領公も例外ではない。
(どうせ、いけ好かない奴なんだろうな)
苦い顔のリディを察したのか、アリアンヌが微笑みかける。
「ここの領公家にはちょうどリディちゃんと同じ年の女の子がいるから、友達になれるといいわね?」
「友達……ですか」
そう言えばこの世界に来て、まだ同い年の友人と出会ってないな~と思うリディ。えっ? 3バカトリオ? あいつらはリディにとってただの鼻水製造機だ。
アリアンヌに手をひかれ、おかあさまが友達になれと言うならば、遂行して見せますよと意気込むリディであった。




