第1話 プロローグ 1
「家族っていいよなー」
とある喫茶店内。作業着に身を包んだ青年は頬杖をつきながらガラスの向こう側で楽しそうにしている家族連れを見ながらそう呟いた。
彼の名前は青山勝美29歳フリーター。黒い髪の毛に筋肉質な体が特徴の男だ。
勝美の言葉に前に座るスーツ姿の友人は「また始まった……」とため息を吐き頭を押さえる。
そんな友人の態度など気にしない様に、いや実際気にせず自分語りを始める勝美。
「母親の甘々な煮物とか、父親とのキャッチボールとか、兄弟喧嘩の後の仲直りとか……あ~、憧れるなぁ!! そういう家族ならではってやつに!!」
「ちょっ! 声がデカいよ! あはは、すみません騒がしくしちゃって」
叫ぶ勝美に店内の人々が視線を向ける。友人は愛想笑いを浮かべ周りの人たちに軽く頭を下げる。
そもそもなぜ勝美はこんなにも家族と連呼するのか。それは勝美の人生に家族と言う繋がりが存在しなかったのが原因と言えるだろう。
生まれてすぐに親から見放され、物心がつく前から施設で育った勝美。傍から見たらとても可哀相な少年に見えていただろうが、当の本人はそれを全く気にした様子がなかった。
なぜなら勝美は両親や肉親と言った知識を運悪くなのか仕入れる機会がなかったからである。 1人なのが普通。この世界の人間は皆1人で生まれ、1人で育ち、1人で死ぬ。そう本気で思っていたのである。
だからたまに家族が一緒に暮らしている場面を見ると、「仲の良い他人だな~」といつも感じていた。
そんな勝美が認識を改めさせられたのは小学校に上がって直ぐ。とある日に受けた保険の授業で人間の生態系を学んだ時だった。
「マジでか!?」
叫びながら立ち上がる勝美に静まり返る教室。それ程までに先の女教師の発言が衝撃だったのだ。
“人は人から生まれ、そして家族とは血のつながりがあるものだ”
「マジでか!?」
再度問う勝美に女教師は強く頷く。
「マジです!!」
その一言に目の前が真っ白になり
「パルパルパルパル!!」
と言いながら白目を向いて泡を吹き倒れる勝美。
「おい!! かっちゃんがおかしくなったぞ!」
「はいはい! 授業を続けますよ。静かに!」
「いや先生! 生徒が倒れてるんですよ! それでいいんですか?」
「いつもの事です。さぼりたい口実に勝美君のバグを使うのはやめなさい。みんなも分かりましたね?」
「「は~い」」
異常なクラスのやり取りなど耳に入らず小刻みに振動する勝美。
この事実を知った勝美は思う。ああ、自分は普通の人が持ってるものを持っていなかったのか……と。
そして同時にそれが欲しくて欲しくてたまらなくなってしまった。
それ以降、勝美は家族の温もりを欲しそれを探し続けた。 いつしか家族との再会が勝美にとって生きる意味となっていたのだ。
それが身を結んだのは勝美が20歳になった頃……両親は既に他界していた。
元々自分にはなかった者なんだから……勝美は胸にぽっかりと空いた穴の存在を感じつつ自分にそう言い聞かせた。それから勝美は寂しさを補うように、もしくは紛らわすように、思いつく事をやり続けた。時には訳の分からない行動も危険な事でさえも……例えそれで自分が死んだとしてもそれはそれで構わないと思いつつ。消化試合、勝美は自分の残りの人生をそう提言した。
そして現在。
勝美の態度に見かねた男性店員が恐る恐る注意をしに勝美達の前へとやってくる。
「あの~、お客様?」
「はい? ああ、水はもういらないです」
「いえ、そうではなく。というか水で2時間も居座らないで下さい! ちゃんとコーヒーを頼んでください!」
「じゃあその”ちゃんとコーヒー”1つ」
「そんな物はありません!」
「じゃあいらないです」
「お客様ぁぁ!」
そんなやり取りに「すみません! もう帰るんで」と頭を下げる友人。
その時
「うるせえんだよ! ババア!」
と怒鳴り声が店内に響き渡る。
そちらに目を向けるとそこには40代ぐらいの女性と、制服姿の少年が言い争いをしていた。 どうやら親子の様だ。
「いちいちうざいんだよ! 俺が学校サボろうがお前には関係ねぇだろ!」
「私はあなたを心配して言ってるの!」
「だから、それが余計なんだよ!」
少年が勢い余って倒してしまったコーヒーが少年の母にかかる。すかさず男店員が止めに入るが、どうやらおさまりが悪い様だ。
ヒートアップする親子喧嘩に周りがたじろぐ中、もう一人頭に血が上っている人物がいた。 眉間に皺を寄せている勝美である。
(ババア? お前? だと)
少年の反抗的な言葉は、見事に勝美の逆鱗に触れてしまった。
横にいる友人は、恐らくこの後の展開を予想できたのであろう。冷や汗をたらし勝美の肩に手をおく。
「おい、かっちゃん。子供ってのは必ずしもああいう時期があるから」
「俺にはない」
「……はぁー」
ため息を吐く友人の手を払い、件の親子の所にズンズンと歩いて行き、少年の胸倉を掴む勝美。
「おい、クソガキ! 親に向かって何だその口の利き方は?」
「は、はぁ!?」
片やガタイの良い強面の青年、片やあどけない感じの少年。傍から見たら完全にイジメのように見える。
しかし、今の勝美に自分を客観的に見る事など出来る訳もなくさらに腕に力を入れる。
持ち上がる少年の体。
「お前みたいな親のありがたみを知らない奴を見てるとイライラするんだよ。選べ。背骨引っこ抜かれるか、腸で縄跳びするのか。さあどっち? 選べ! 背中か! お腹か!」
「う、うええええん!」
「泣いたらいいのか!? 泣いたら物事がうまくいくのか!? 法律が変わるのか? 車を買えるのか!? じゃんけんで勝てんのか!? ああ!?」
怒気をまき散らしながら言う勝美に泣き出す少年。こんなにいかつい見た目の男に迫られているんだ、当たり前である。
「ちょっと! 息子を離しなさい!」
息子を助けるためか、勝美の腕に絡みつく少年の母親。 それを見て勝美は思う。
(悪漢から息子を身を挺して守るなんて。ああ、なんて良い母親なんだ! 感動した!)
勝美の思う悪漢とは現在勝美本人の事なんだが、そんな事は気にしていないのだ。
少年の母に笑顔を向ける勝美。
「安心してくださいおかあさま。今からこのガキに家族の大切さを教えてやりますから!」
「いや、ていうかあなた誰よ!?」
「なに名乗る程のものではありません! 気軽に息子、と呼んでください。ああ! ママ!」
「イヤー! 特殊な変態よぉぉぉ! 警察呼んでぇぇ!」
少年を離し両手を広げ少年の母に迫る勝美。そんな勝美を見て急いで止めに入る友人。
「大丈夫ですよ! ちょっと愛に飢えてるだけのバカですから。 ほら、かっちゃん! 落ち着けこの人はお前のママじゃない! それともまた警察のお世話になるのか!?」
「ああ! ママ! 一緒に星形の人参が入ったシチュー食べようよ! 残ったらグラタンにしよう! 母親ってそういうものだろう?」
「ぎゃああ! 偏見を持つ変態よぉぉぉ!!」
カオスな状況に男店員が叫ぶ。
「あんたらもう帰ってくれぇぇ!!」
*****
日が沈み始めた頃。結局友人のおかげで警察を呼ばれるのは免れ、こうして無事に帰路につけている勝美だが、その心は決して晴れやかな物ではなかった。
「かあぁぁぁぁぁぁ!! 最近の奴はどいつもこいつもわかってねぇーな!」
イライラが募り、思わずそんな叫びが勝美から出される。
勝美が怒っているのは先ほどの少年の事だけじゃなく、大多数の子供に対してだ。
「反抗期だとか、家出だとか、パンツ一緒は嫌だとか! 何様だっつーんだよ!! 俺だったらそんなこと絶対しないのに!」
力なく項垂れる勝美。心に切ない気持ちが溢れてくる。
「家族ってのは唯一無二の存在だろ。何ですぐに嫌いになれんだよ」
皆、反抗的な時期はあるが、口では言っても本当に家族を嫌いになる者など少ないだろう。
しかし生まれながらに孤独で親を知らず家庭を知らない勝美は、その存在に詳しくはあるが、体験した事がないのでわからないのだ。
「家族がいるのは、それだけでありがたい事なんだからな……」
誰もいない一人暮らしのアパートに帰るのが嫌になり、歩くのが遅くなる勝美。そんな勝美の目の前を小さい少女を挟んで仲睦まじそうに歩いている家族が通る。
(ああ、俺に家族がいたらどんな人達なんだろう……)
目の前の家族を見て妄想する勝美。
小さい体の勝美。しかし顔だけは今のいかつい顔のままだ。そんな勝美が顔の見えない妄想母と妄想父にかけてゆく。
「ママー!」
「どうしたの勝美ちゃん?」
「見て見て! テストで100点とったんだよ! あとフェルマーとか何かそういうのも解き明かしたよ」
「あらあら、賢いわね! 将来が楽しみだわ」
「うん! 医者で弁護士で、ジェット機になるよ!!」
「ははは! 我が息子よ。お前ならなれるさ。期待しているぞ」
「うん! 立派な機体になるよ!」
妄想兄が次々と現れる。
「勝美、お前は自慢の弟だ」
「ああ、俺も負けてられないな」
「うん! ありがとう五郎兄さん。十一郎兄さん! あれ? プロ野球選手の一郎兄さんはどこに?」
「あいつなら3日前の試合でデッドボールを食らってからずっと相手ピッチャーを追いかけてるよ」
「なーんだ! ははは」
「「はははははは!」」
(はっ! いかんいかん! 家族愛を欲するあまり訳の分からん妄想をしてしまった……)
自分の頭を叩きながら俺もとうとう末期かなと感じる勝美。
そんな時
「きゃあああ!!」
女性の叫び声が聞こえてくる。そちらに目を向けると、原因は妄想をしていたからわからないが先ほどの仲睦まじく歩いていた家族の少女が道路で動けなくなっていた。
(危ねぇ!!)
条件反射の様に駆け出す勝美。道路に飛び出し少女を突き飛ばす。
横を見ると迫りくるトラックが眼前に見える。勝美は死を覚悟した。