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第13話 ブランシュ編  11

当時、王と他領公の理不尽な勧告に頭を抱えていたユーリ。

どうすればこの状況を打開できる? どうすれば家族を幸せにできる? そんな考えを常

に張り巡らせ寝る間も惜しみ働き続けた。毎日、毎日、毎日。諦めなければいつかきっと

きざしが見えてくる。そんな思いを胸に抱きながら……。

しかし全て上手く行く事はなかった。ユーリの努力をあざ笑うかのように。


そんなユーリが全てを諦めたのは、リディが1歳になった頃だった。

感情が完全になくなり、ただ生きているだけの人形と化した娘を見てユーリは思ってしま

った。まるで自分の努力など無駄と言っている様だと。

この時、ユーリの兆しは娘の感情と共に消えてなくなってしまったのだ。

ここで全てを投げ出していたのなら、ユーリ自身も楽だったのかもしれない。しかしどう

しても家族だけは守りたかったユーリはある考えに至る。それが自分と領地を犠牲にして

家族を他の領地に住まわせるという方法だった。

そんな事を知ったらきっと皆止めるだろう。

故にユーリは悪を演じる事にした。自分に失望してもらうため。離れても未練を残しても

らわないために……。



そんなある日、娘のリディが感情を取り戻したのだ。ユーリは思った。自分の行動が正しいと神が後押ししているようだと。そんな考えと娘の花開くような笑顔を見た時ユーリはさらに決意を固くした。この娘を守ろうと。

それ故に領民の税を上げ、私兵を増やし屋敷の警備強化を強める事でさらなる安全措置を取ったのだ。全ては家族の笑顔、娘の笑顔を守るため。


しかし、それに苦言を呈したのは他でもない娘のリディだった。

今思えばリディは何度も自分と話し合いの場を設けようとしていた。その度に何かと都合をつけては掻い潜り、時には無視を決め込んだりもした。今回もそれを通そうとした結果、あの娘はナイフを自分に突き付け言ったのだ。『本心を言え』と。

2つの意味で出来るわけがないと思った。自分が隠してきた思惑を言ってしまったが最後、皆は全力で止めに来るだろう。あくまでもユーリ自身が悪を演じ、家族から失望され切り離されないと意味がないのだ。そしてもう一つは目の前の娘がナイフを自身に突き刺すことなんて出来るわけがないだ。

ありえない。ただの少女に自分の首を突き刺すなど、そんな出来るわけがない。

しかし、リディは本気だった。それはリディの首から滴り落ちる血が物語っている。


気がついたらユーリは全てを娘に話してしまっていた。そして殴り飛ばされていた。




*****




どれぐらい経ったのだろうか。床に座りこんでいるユーリの頭には先程のリディとのやり取りが何度も再生されていた。

結局自分は家族の為と言いつつ、全く家族の事を考えていなかったと。そう考える度に、惨めになり落ち込むユーリ。

そんな時、破壊されたドアからアリアンヌとジルが入ってくる。


「子供にあそこまで言わせてほんとバカね……あなたは」

アリアンヌの言葉に全く反論できないユーリ。未だリディの『もう一度立ち上がれ』という言葉に答えを出しきれていない自身が嫌になる。


「……ああ、そうだな。親失格だ」

こんな風に、自分で自分を責めないと今にも泣きだしてしまいそうだ。いっそ目の前の2人も自分を責めてくれとユーリは思っていた。しかしユーリの願いは叶わない。


「でもリディは絶対そうは思ってないですよ」

「それは言えてるわね」


笑いながら言うジルとアリアンヌにハッとするユーリ。そうだリディはこんな不甲斐ない父親でも生きる意味だと言ってくれたんだ。あの娘は今も自分の為に行動してくれている。いや今だけじゃない、きっと今までもこれからも。


(それなのに、いつまでグチグチと考えるつもりだ)

立ち上がり、顔を引き締める。

「そうだな。あいつは少し、いや大分変っている様だからな」

その変わっている娘の為に、もう一度頑張ってみようと決心するユーリ。


「いいものを貰ってしまった。だがお陰で目が覚めたよ」

頬の痛みが、まずは目の前の二人に謝罪しろと言っている様に感じ頭を下げるユーリ。


「アリアンヌ、ジル。今まですまなかった。私は今まで自分本位な考えを通してしまい、お前たちの言葉に耳を傾けていなかった。本当にすまない」


アリアンヌは少し膨れると、フッと笑う。

「本当よ! まったく……それをやっていいのは可愛いリディちゃんだけなんだからね」


先程の話を聞いていたのだろうアリアンヌの言葉に思わず笑ってしまうユーリ。

「はは、そうだったな。しかし本当に不思議な子だ。私達の為なら国すらも敵にまわすと、随分と大きい見栄を切った物だ」


自分の娘は随分と演技が上手い様だと内心で感心するユーリ。しかしそれを聞いたアリアンヌとジルは苦笑いをしている。

「父様、リディのそれは見栄などではなく、絶対本心だと思います」


ジルの言葉に嘘は感じ取れない。ユーリは思い出す。先ほどリディは何と言ったか……。


『王都に乗り込んで、王様の目玉くりぬいてくるぞ!』


(もしそれを本当にやるのなら、いややるのだろうなあの子は……)


リディの恐ろしい一面に汗を流すユーリ。

「そ、そうか。嬉しい様な怖いような……」

あの子は怒らせないようにしようと決意し先程殴られた頬を摩るユーリ。


そんな事を考えていると、アニエスが焦ったように部屋に入ってくる。


「大変です御当主様!!」

「どうした?」

頭を切り替えて対応するユーリ。先ほどの落ち込んでいた男とは思えない雰囲気だ。


「野盗の集団が門前に集結! このブランシュ領を攻めに着ました!」

ここではよくある事なだけあって、ユーリは至って冷静な表情だ。しかし内心は奮い立つ思いだった。まさかこのタイミングとは。まるで、リディの気持ちに応えろと言っている様だと。

今までなら傍観を決め込んでいたユーリだが、もう以前の様にはならない。


「わかった!! 今すぐ私の私兵を門に向かわせろ。後の指揮は私が取る!!」

凛としたユーリの言葉に驚きながらも素早い動きで部屋を後にするアニエス。

「か、かしこまりました!!」


己の服を正し気合いを入れ直すユーリ。そんなユーリを心配そうに引き留めるアリアンヌ。

「ユーリ、大丈夫?」


しかし、かつてないほどに高揚しているユーリは力強くアリアンヌの手を握って見せる。

「ああ、問題ない。すぐに片づけて戻ったら家族会議だ」


その言葉に微笑み返すアリアンヌ。リディはこの時見事両親の中を戻すことに成功したのだ。

(見ていてくれアリアンヌ、ジル、そしてリディ……あっ!!)

「リディは!?」

「「あっ!!」」


ユーリの言葉に思い出したかのように口を開けるアリアンヌとジル。そうリディは街に行っているのだ。


「「「……」」」

流石のリディも危険を知ったら戻ってくるだろう……いや来るのか? ユーリは心配になりボソッとつぶやく。


「戻ってくると、思うか?」

「「来ない!!」」


ユーリよりリディと長く接している二人ならわかる。街に野盗が来た場合リディが引き返す確率と向かっていく確率のどちらが高いか。

顔面蒼白になる3人。


「リディちゃん!!」

「誰か私の剣を持ってこい!!」

娘の大ピンチに慌てふためき急いで街に向かう三人。果たして間に合うのか。




*****




本日2度目の街に来ていたリディはその騒々しさにショックを受けていた。叫びを上げる領民達に加え何と奥の方では煙まで上がっているではないか。

まさか父の増税がここまでの事態になっているとはと頭を押さえるリディ。しかしどうやら様子が違うようだと気が付く。


「野盗が来たぞぉぉぉ!! 女子供は奥に逃げろ!!」

領民の叫びに事態を把握したリディ。


(いつか来るとは思ってたけど、何も今でなくても)

内心で悪態をつきつつどうすればいいか考える。今頃門前では領民が野盗と戦っているだろう。 

(う~ん、俺が行っても役に立つかどうか……)


ガイルもきっと戦っている。

(……行こうかな~いや邪魔にならない程度に……)


このまま攻めてこられたら、ブランシュ家に野盗が押し寄せる。そうなれば――

(絶対止めなきゃ!!)

考えが纏まり、走り出すリディ。


門の前では案の定戦闘が繰り広げられていた。破壊された門の前にはおよそ80程の野盗集団が武装して陣取っている。

数の上では圧倒的にこちらの方が数は上、しかし野盗の連中は皆立派な武器を腰に据えているからか、領民達も攻めあぐねている。

既に戦闘があったのか何人かが地面に倒れ伏している。そんな中、野太い雄叫びを上げ孤軍奮闘する領民がいた。ガイルである。

ガイルはその大きな腕で斧を振り回し、野盗共を次々と蹴散らしているではないか。

領民の集団に紛れその様子を見るリディはガイルの強さに目を丸くする。


(ほへ~、ガイルさんってあんなに強かったのか)

このままガイル一人で蹴散らしてしまいそうな勢いに、領民も余裕が出来たのか各々武器を持ち加勢しようと前に出始める。

しかしその瞬間、野盗の一人が放った矢がガイルの腕に刺さってしまう。


「ガイルさん!!」

思わず叫んでしまうリディ。運の良い事に周りの音にかき消され誰1人としてリディに気がつく者はいなかったが。

痛そうに蹲り斧を落とすガイル。それを勝機と得たのか野盗集団の中心にいる甲冑をきた大男が叫ぶ。


「今だ野郎共ー! そいつを殺せー!」

恐らくあれが頭領なのであろう。その掛け声と共に野盗が一気にガイルに押し寄せてくる。

そんなガイルの絶体絶命のピンチに、リディは焦っていた。

勢いでここまで来てしまったが所詮自分は5歳児。肉体チートを貰っていてもあの集団に対抗なんて出来る筈もない。しかしこのままでは恩人であるガイルが死んでしまう。


どうする!? どうする!? どうする!? どうする!?


一人の野盗がガイルに向かい剣を振り上げた。その瞬間でもリディは考えを張り巡らせる事しかできなかった。 しかし体は勝手に動いてしまったようだ。

近くに落ちていた石を握りしめ、ガイルの前にいる野盗に投げる。

「おらぁ!!」

しかし野球経験ゼロのリディが的に石を当てることなど出来ず、野盗の顔の前を通り過ぎ


「あだっ!!」

当たった……頭領に。

その叫びにこの場の一同の動きが止まる。はからずともガイルを助ける事は出来たようだが、

「誰だぁぁぁ!! 石を投げた奴はぁぁぁぁ!!」

頭領は激怒している様だ。


(こ、ここは我関せずを通そう)

と思っていたリディだが、何と頭領の叫びに応えたかのようにここにいる人間が一斉にこちらを向いたではないか。

冷や汗を流し、固まるリディ。

(何だよ! こっち見るなよ!! ……あっ!)

そしてリディは気づく、自身がスローイングのポーズで固まっている事に。


「……これやると、肩こりが治るんです~」

笑顔でそんな事を言うが、騙せるわけもなく渋々前に出るリディ。


(……もうやるしかない!!)

決意完了!! そんな言葉がリディの心に響き渡る。なぜだか周りの人間も動きを止めているし、会話を引き延ばし何とか打開策を探ろうとリディは考える。


(とりあえず石を当てたの謝って、何とか引いてもらえるように交渉して……あっ領公家の娘って方が聞いてくれるかな? よし!)

歩きながら深呼吸をして顔を引きしめるリディ。心配に思ったのかガイルが駆け寄ろうとするが野盗に抑えられる。


「ガキ! 何でテメーが前に出てくる!?」

ガイルの言葉に「大丈夫任せて」と目で訴えるリディ。そしてなるべく威厳を感じさせるような声で話し出す。


「聞け! 野盗共よ! 私はブランシュ領公家が娘、リディ・ブランシュだ! まずは先ほどの石の件について謝罪の気持ちを述べたい!!」


リディの言葉に頭領は黙って前に出る。どうやら謝罪を受け入れる気はある様だ。というか攻め込んできた野盗に対して石を当てても別にいいような気がするが。

内心の動揺を知られないように、顔だけは引き締めるリディ。


(あれ? 領家の謝罪ってどんなだっけ? 長く長文で言った方がいいのかな? いやでもシンプルの方が……ああああ、もう言ったれ!!)

カッと目を開きリディが考えうる最も誠意が伝わる謝罪を叫ぶ!!


「ごめんね!!」

左手も添えて……。


「……ふざけんなぁぁぁぁ! 俺はお前の友達かぁぁ!!」


さらに激怒する野盗の頭領はついにその背中に備え付けられている大きな大剣を抜きはなちリディに向ける。

わぁ、痛そう……と剣を見て思うリディだが、とりあえず怒らしてしまったものはしょうがないと強引に話を進めようとする。


「ま、待ってください!! 平和的に交渉しましょう!! パーレイ、パーレイ!!」

そういうと懐をゴソゴソと弄るリディ。


「いいですか? あなた達がここで引いてくれるなら、私の命より大事な……ほら、ピッカピカなきれいな石をあげよう」

ここに来てのリディクオリティー。そうこの少女、既に頭が回っていない!

リディのアホなやり取りにズッコケそうになる一同。完全に馬鹿にされてると思ったのか頭領は顔を真っ赤にして叫ぶ。


「だから友達かぁぁぁぁ!!」

「何だよ!! ダメなのかよ! これ以上5歳児に何を望むんだよバカー!!」

「ああ! 命より大切な石を投げたぁぁぁ!!」


もはや限界に達したのだろう頭領がリディに斬りかからんと駆け出す。

「殺してやる!」


(マジでか!!)


上段からの振り下ろし。領民の何人かが来るべき惨劇に顔を押え、また何人かは駆け出そうとする。迫りくる大男の大剣に生を諦めようとしたリディ。そして……。


ボスの剣はリディが先ほどまでいたであろう地面に突き刺さる。

「なっ!」


何とリディは右後方に旋回する事で避けていたのだ。太刀筋から我流ではあると思うが、それでも幾ばくかの戦いに身を置いていたであろう男の剣を。

一同はその光景に驚くがそれが偶発的に起こった事だと判断したのだろう、顔を元に戻す。

しかしここにいる人間の中でリディだけは違った考えをしていた。


(今見えたよな……普通に避けられたぞ)

そう、リディはその肉体活性の恩恵により割と簡単に頭領の一撃を避けていたのだ。そうとは知らず、恥をかいたと再び剣を横一閃する頭領。

リディはそれを地に手を着き躱す。自分の頭の上を猛スピードで通り過ぎる剣の音を聞きながら、リディはニヤッと笑う。

(やっぱり! 持っててよかった肉体チート!!)


ここからは俺のターンと言うように左手をチョイチョイと挑発をするリディ。当然頭領は頭に血が上り何度も剣を振り回す。しかし余裕な表情でその全てを躱すリディ。


「クソ!! んで当たんないんだ!!」

「フフフッ、お前じゃ無理だよ。前からそうだったろ?」

「初対面だぁぁぁ!!」


そんな二人の様子をただポカンと見ている事しかできない領民、野盗。

小さな少女が、大の男を翻弄していると言う事実に領民達は自然と顔がほころび、リディを応援し始める。


「いいぞー!! やっぱお前は異常だぜ!!」

「ああ! 異常な奴だよ!!」


とりあえず、今の2人は後でしめると心で決めるリディ。一方野盗側は未だに一撃も決められない頭領に苛立ちを感じていた。


「何やってんだよボス! 相手はただのガキだろ!!」

「いい加減やっちまえよ!!」


そんな部下からの野次に「うるせぇ!」と返す頭領。しかし決めきれない事も事実と素直に感じたのか、深く息を吐きリディを見据える。


「やあやあ皆さま! この私リディが勝ったあかつきには、ごみのポイ捨て禁止を徹底しますからね!」


領民達の歓声に答える程の余裕を見せられ眉を顰める頭領だが、ここで憤慨して飛び出さない所を見るとやはり野盗と言えど頭を務めているだけある。

息を整えゆっくりと前に出る頭領。すると足に何かが当たる。

それを見て、ニヤッと嫌な笑みを浮かべる頭領。 何か考え付いたらしい。


しかしリディの方は肉体的に余裕ではあるが、未だ決定打を打てない事に内心苦い思いをしていた。

剣筋は見える、避けるのは容易い、しかし懐に入り込んで一撃を放つ勇気がないのだ。

無理もない、真剣を相手に素手で勝とうなんて相当無茶な事なのだから。しかも相手は頑丈そうな鎧を身に纏っている。もし拳が通らず隙を見せてしまったものならリディは一撃でジ、エンド。


(せめて一部分でも鎧取ってくれたらな~)

そうこう考えている内にも、目の前の頭領は斬りかかってくる。先ほどと同じように上段からの斬り下ろしだ。

よく見て軌道を読み、そして避ける。これで完全に躱せる。……にも拘わらずリディは違和感を感じていた。

なぜ? 剣先は確実に見えているし、確実に自身には当たらないコースだ。


(……あれ? 片手で振ってる)

違和感の正体は頭領の手元にあった。先ほどまでは両手で思いっきり振っていたにも関わらず、今回は片手で、それもまるで力の籠っていない一撃を――。

そこまで理解した瞬間、頭領がもう片方の手に握っていた石をリディに投げてきた。

当たっても多少痛いな程度の威力で放たれたその石を確認し、避けるか払うかを思考する、いやしてしまったリディ。

リディの異常に発達した動体視力が影響したその一瞬の隙を、頭領は逃さなかった。


振り下ろした剣を強引にリディへと振り直す頭領。その事に気がつき、石を手で弾き剣を避けるためジャンプするリディ。

ボスの剣の軌道はリディの足の下数センチギリギリを通り過ぎる。それにホッとしたリディ。しかし――


「やっと捕まえたぜぇ!」

頭領は剣を離してリディの足を掴んでいた。いくら人より力が強いと言っても空中では力の出しようもないリディ。


「なっ! しまった!!」

「オラァァ!!」


頭領に力任せに振り下ろされるリディ。肉体が地面に叩きつけられる生々しい音が響き渡る。

「ガハッ!!」

叩きつけられた衝撃で息が止まる。どれだけの力を込めていたのか、地面はヒビ割れており、肉体活性のチートがなかったのなら死んでいただろう。


「くっ! ハーッ ハーッ!」

(い、息がっ!!)


ダメージのせいで息が出来ず、必死に呼吸をするリディ。恐らく体のどこかがおかしくなっているのだろう上手く立ち上がれない。しかし今はそれを確認している暇はない様だ。

未だ蹲るリディに影が覆いかぶさる。

「ハハハハハァ!! ざまあみろ!!」

頭領の下卑た笑いが響き渡り対応せねばと何とか顔を上げるリディ。


「笑えるな!! お前が命より大事って言った石ころで追い込まれるなんてよぉ!!」

頭領の右腕が振り下ろされる。

(大丈夫だ! 奴の動きは全然見えている)

冷静に判断し、そして躱そうとする。しかし


「なっ!!」

足が動かなかった。正確には先ほど頭領に捕まれていた右足だ。恐らく故意的に折られたのだろう、足首が変な方向に曲がっている。


「うそ……だろ」

その事実に痛みがどんどん込み上げ汗が出て来る。しかしそんな時間ですら今のリディには許さないと言うように、リディの頭に頭領の拳が突き刺さる。

大柄の男の拳は容易に少女を吹き飛ばした。


「あぐっ!!」

数メートル転がり土煙を残して止まる。頭の衝撃に吐き気がリディに込み上げてくる、がしかしゆっくりとしている時間はない。さらなる追撃がリディに襲い掛かるからだ。

殴る、蹴る、投げる、踏みつける、叩きつける。その猛攻にひたすらガードの戦法しか取れないリディ。当然、そんなので対処できるわけもなくリディの体にはどんどん傷が刻まれていく。まさに針の筵である。


「オラオラァァ! さっきまでの威勢はどうした!?」

「うぐっ!」

蹴りあげられたリディの体が宙に浮き、落ちる。痛みのせいで思考が欠落していく。完全に形勢逆転である。

(ヤバい……俺死ぬかも)


そこからも頭領の無慈悲な暴力が続いてゆく。リディはその現状にただ意識を飛ばさないように耐えるしかなかった……。



……どれくらい経っただろうか。その起こってしまった惨劇に、野盗達は気が高ぶり、領民達は見ていられないと涙する者や拳を握る者がいる。中には叫び飛び出す者もいるが、この戦いを楽しんでいるのだろう野盗達に抑えられてしまう。


「オラ!」

何度目になるのか殴り飛ばされるリディ。もはや声も出ない様だ。

フッ飛ばされ、そしてボロボロの体で状態を起こす。もはや意識などあってないようなものだ。


息を切らしそんなリディを不気味そうに見る頭領。

「はぁ、はぁ、はぁ。何で、死なねえ!! これだけやってんのに!!」


リディ自身なぜ起き上がるのかもう分からなくなっている。もしかしたら早く楽にしてほしいのかもしれない。

しかし、領民達にはそんなリディが街の為に体を張る少女に見えたのだろう。所々から悲鳴にも近い声が響く。


「もういい! お嬢ちゃんやめて!!」

「俺たちはお前にひどい事をしてきたんだぞ!! それなのにお前はッ!!」

「お願い!! もう立ち上がらないでぇ!!」

そんな声も、今のリディには聞こえない。ただその感情の見えない赤暗い目で目の前の男を見つめるだけだ。


「ひい!!」

リディの目に恐怖を感じたのだろう、冷や汗を流し後ずさる頭領。そして先ほど投げた剣を拾いリディに詰め寄る。息の根を確実に止める気なのだろう。


「ひっひひ! ほんとはなぶり殺そうかと思ったが、もうお前の頑丈さには飽きたぜ!」

そして、剣を振り上げる。それでも尚、ただ剣の先を見るだけのリディ。

もはやその目に活力が戻る事はないと思われていた。誰もが1人の少女の死を予感する。



……しかし頭領の次の言葉がいけなかった。


「安心しな! 直ぐにお前の家族もあの世に送ってやるからな!!」

その瞬間、リディの体がブレた――。


「な! どこに!?」

「ここだよ」


いつの間にか、頭領の頭の後ろにしがみついていたリディ。自身の後ろから聞こえてくる底知れない声に顔を恐怖で歪める頭領。

必死になって頭を振りリディを振り落とそうとするがその腕はまるで万力の様に固定されており微動だにしない。

そんな頭領にリディが言う。

「それより……お前今なんて言った? ああ?」


耳元で聞こえるその声に怯え体が硬直する頭領。リディの発する怒気が周囲の空気を重くする。ここにいる皆、まるで喉元に刃を突きつけられている様な感覚に陥る。特に酷いのは現在リディに乗っかられている頭領だろう。手足は震え汗が大量に吹き出している。そんな男にリディは怒りの声で宣告する。


「いいか? 俺の家族に手を出すとどうなるか……」

リディが頭領の両目をその手で思いっきり握りつける。


「ぐぎゃああああああ!!」

リディの手が食い込んだ個所から血が流れはじめその痛み故、死に物狂いでリディを引きはがそうとする頭領は、頭の甲冑を外した。

体制が後ろに下がったリディはその甲冑を持ちながら空中をくるっと回り、片足で地に着地。目が見えないのか叫びながら目を押える目の前の男に標準を定め、先程の甲冑を手に持ちながらダンッ! と大きく地面を踏み込む。

まるで弾丸のような速さのリディは叫ぶ。


「よく覚えとけぇ!!」


リディの甲冑付きの拳がバガーン! と音をたて炸裂する。頭領は後方に思いっきり吹き飛んでいき、民家に激突する。

その民家から、頭領が立ち上がる気配はない。完全に勝負は決した。頭領の敗因はリディの家族を襲おうとしたから。


その結果に領民は手を掲げ喜ぶ。まさかあの少女が頭領を倒してしまうなんてと。その光景を見て、安堵したのか怒気が収束し笑みを浮かべ倒れるリディ。

それでも親指を立てる事は忘れない。領民達もそんなリディを完全に受け入れたのだろう、皆笑顔で返す。


しかし、どこの世界にも空気を読めない奴はいる。

「まさかこんなガキにボスがやられるなんてな~」

一人の野盗がリディの眼前に来る。その手に剥き出しの剣を持って。それがどういう意味か分からない者などこの中にはいなかった。

駆け出す領民達。ガイルも周りの野盗を振り払い駆け出す。しかし距離的に確実に間に合わない。

剣を振り上げる野盗の男を見ながら、リディは考える。


(ああ、もう終わりか)

最後に短い間だったが自分を愛してくれたアリアンヌを、ジルをそしてユーリを思い出す。リディにとってこの世界はまさに至福の時間だった。何といってもずっと欲しかった家族を手に入れられたのだから。

はっきり言って後悔はある。出来れば家族の笑顔を見て死にたかったと。 

しかし時間は待ってくれない様で、野盗の剣が眼前に迫るのを見て、目をつむる。


「元気でね」

それは誰に対していったのか、いやそんなのは決まっているか……。




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