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第12話 ブランシュ編  10

「ふーっ! ふーっ!」

眉間にしわを寄せ、大股でズンズンと廊下を歩くリディ。その口からは怒りのせいか、ボイラーの様に煙が出ている。


「あれ? リディちゃん?」

日頃なら飛びついて行くアリアンヌを素通りするリディ。


アニエスと赤髪メイド、シータがジルの部屋のドアを叩いている。

「ジル様! いい加減その遊びはやめて出て来て下さい!!」

「そうです! お嬢様に毒されないで!!」


扉の向こうでジルが叫ぶ。

「僕はこれが楽しくて仕方がないんだ! ああ楽しい!! もうこれだけで生きて行ける!! リディもそう思うよね?」

「うん思うよぉ~(ジル裏声)」


そんな面白そうな展開になっているジルの部屋の前も素通りするリディ。リディがいる事に驚くアニエス。

「あれ、お嬢様?」

「ダニィィィィィ~!!」

恐らくなに~ と言いたかったのであろうジルが部屋から飛び出す。


皆の不思議そうな視線を背中に受けても尚、歩みを止めないリディ。

ユーリの仕事部屋に台風が来る。バトル開始までおよそ5秒前。


4……3……2……いっバガーンッ!!

「――おとうさま、お話があります!」


予定より早いリディの蹴りがユーリの仕事部屋のドアを粉々にする。

ドアノブに意味なんてないとでも言いたいのか……。

しかし流石は冷徹仮面のユーリ。一切の動揺を見せずに机を挟んで座っている。


「ノックの仕方は習わなかったのか?」

いつもの通りに冷たい視線を目の前の破壊少女に向けるユーリ。しかしその質問に答える気はないとすぐに要件を発するリディ。


「領民の税を上げたのはなぜですか?」

「……なるほど、私の言いつけを守らずに街に言ったな?」


ユーリお得意の話題逸らし。いつものパターンで行けばここでリディは引き下がる。あまり突っ込み過ぎると、父に嫌われてしまうと言う恐怖から。

しかし今回は違う! リディも全く引く気はない。


「話を逸らさないで下さい! 私はなぜと聞いているのです!」

「……それはお前には関係のない事だ」

リディから目を逸らすユーリ。


「そうやって、私からも逃げるのですか?」

「なに?」

目を細め、リディを睨むユーリ。しかしリディの言葉は止まらない。


「領民から逃げ、おかあさまから逃げ、私からも逃げるのですか? そう聞いているのです!」

自身の胸に手を当て、さらに言葉を発する。


「私は知っています。我がブランシュ領地が国から見放され資金援助を受けられない事を! ですがやり様はいくらでもあるでしょう? その机だって、1階に飾られている絵だって、絨毯だって、売ればお金になります! 何なら食事だって制限すればいいじゃないですか?」


「そんな領家としてのプライドを落とすような真似出来はしない」


誇り、プライド。それは領家にとって最も大事にされる物。それがユーリだけではなく、大多数の領家の共通認識。

だが普通の領家でないリディからしたら、それはただの下らない物だ。


「でた!! 領家のプライド!! そんな邪魔でしかない物が今回の増税の理由なんですか?」

心底嫌そうに顔を歪めるリディ。完全なる領家への挑発行為を受けたにも関わらずユーリの顔は反応しない。しかしそんな娘の態度を見てどう思ったのか分からないが初めて言葉がでなくなる。

「……」


もはや会話をする必要なしと言うように黙り込むユーリ。だが今回のリディは意地でもユーリを逃がさない。


「無視ですか。そうですか……ならこちらにも考えがあります」

自身の懐をゴソゴソと弄るリディ。そして出てきた物それは5歳が持っていてはいけない物だった。 よく尖れた小型のナイフである。

出てきた物に思わず目を見開くユーリ。軽く身を乗り出している。年端もいかない娘がむき出しのナイフを持っているのだ、当然の反応である。


そんなユーリの動揺などお構いなしに、切なそうにユーリを見るリディ。

「出会った時、おとうさまは私を抱きしめてくれましたね……あの時の温もりが嘘ではないと信じています」


そして素早い動きで手に持つナイフを自身の首筋に突き立てる!


「よせっ!!」

初めてのユーリの叫び。額からは汗が吹き出し、何とかナイフを取り上げようとしているのであろう、ジリジリとリディに近づく。しかしそうするとリディは逆に逃げていく。


「本音で話して下さい! 包み隠さず!」

「わ、悪ふざけはやめろリディ! さあそれを寄越すんだ!」

「悪ふざけ? そう思うのならどうぞ口を噤んでいてください」


突き立てている刃が喉元に食い込んでいく。ゆっくりとだが確実に。

しかしユーリは未だ冗談だと思っているのか、望む答えを口にしてはくれない。

ドンドン刺さってゆくナイフ。


「さあ答えて下さい! 税を上げた理由! いやそれだけじゃない! おとうさまが何を考え何がしたいのか? まさか本当に私利私欲のためじゃないですよね!?」


ユーリに抱きしめられた時に感じた温もり。あんなに温かい人が欲に走るとは到底思えないと思っているリディ。その本心を聞き出すために、手に力を入れる。

首筋から血がしたたり落ち、カーペットに落ちる。そこまで来てユーリはようやくリディの本気が伝わったのだろう。


「お前たちを守るにはこれしかないのだ!」


「え? 守る?」

予想外の答えに呆けてしまうリディ。しかし直ぐに続きを話せと目で訴える。ちゃんとナイフをアピールしながら。

もはや話す以外の選択肢がないと諦めたのだろう。しばしの沈黙の後、苦しそうに話しだすユーリ。


「私は今までこのブランシュ領を活性化させようと最善を尽くしてきた。己の身を削りながらも。だがその努力に国は非情で答えてきた。私は愚かだ。そんな判断をされたにも関わらず、まだこの胸には忠誠心がある。この国を裏切れないと。結果、私の築き上げてきた領地は廃れていく一方になってしまった。今までの苦労も夢も全て崩れ落ち、いくら努力しても見合う対価が伴わない。正直、辟易としたよ」


国に向棄てられて、自暴自棄になってしまったとそう言う事だ。しかし……

「それが私達を守る事とどう関係があるのですか?」


「我々領公家は国から賜った領地を支えて行かなければならない。もしそれがなされなかった事それすなわち、王への反逆行為と一緒なのだ」

「は? 何ですかそれ!?」


ふざけている。国はこのブランシュ領を見捨てておいてその上経営出来なかったら反逆ですよなんてあまりにも勝手である。その答えに怒りがこみ上げてくるリディ。 


そんな国に、反抗する事も逃げる事も出来なかったユーリの考えは。

「しかし、何らかの理由で領地が奪われてしまった時、生き残った領家だけは他の領地に移る事が可能なのだ。抜け道はそれしかない」


以前の民合国との戦争で貴重な血筋を絶やさないために取り決められた法。階級はいくつか下がる上に、引き取られた領家に仕えなければならないルールがあるが、それでも廃れていくブランシュ領と共にあるよりは、よっぽどマシだと言うユーリの考えなのだろう。


「私にはこのブランシュと共にあらねばならない宿命がある。しかしお前たちは違う。これからの未来がある。だから私はお前たちが立派になるまでの間、このブランシュ家を守らなければならない。どんな手を使ってでも」


ユーリがリディ達に満足な生活をさせていたのも、教養を厳しく身につけさせようとしていたのも、私兵を本家にしかいさせなかったのも全てはリディ達が立派に成長し他の領地に行っても不自由させないためだったのだ。

冷酷と言われ、領民から忌み嫌われた人間の本性はただの家族思いの父親だった。

真実を知ったリディは無表情でナイフを下ろす。


「なるほどおとうさまの考えはわかりました。家族の為に己を犠牲にするなんて、まさに理想の父親です」


リディの心にある感情がこみ上げてくる。

ユーリの考えは領地や領民を蔑ろにしていい理由とは到底思えない、一人の領家としてはダメな事。しかし一人の父親としてならとても立派で誇らしい事だ。

こんな感じの内容を前世でよく見たリディ。その度に「ああ、いい父親だな~」と感じていた事を思い出し、ジーンとする。

その様子に娘の理解が得られたとホッとしたようなユーリ。


「わかってくれたか――」

――カッ! とリディが投げたナイフが壁に突き刺さり、思わず目を奪われるユーリ。その瞬間、リディの拳がユーリに突き刺さる!


「わからん!!」

リディの怒りの叫びと共に、吹っ飛ばされるユーリ。衝撃により書類などが飛び散り、棚に激突するユーリ。


先程までの様子だと、リディは父の考えを受け入れたように思える。しかしリディに込み上げてきた感情、それは怒りだった。

所詮、理想は理想のまま。現実にそんな事をされてはただただ腹が立つ。そうリディは思っている。


殴られた頬を押えるユーリに詰め寄るリディ。

「私はおかあさまでも兄さまでもありませんので、二人がどう思うかは分かりません。なので私の気持ちを述べさせていただきます」


胸倉を掴み叫ぶ。

「そんなことされても全然嬉しくありません!!」

リディの周囲から底知れないオーラが出てくる。その気迫に呑まれたのか、目を白黒させるユーリ。

扉の向こうでは「ひっ!」と言う声が聞こえたが、今のリディにそんな事を気にしている余裕はない。


「一人で背負い込もうとするからそんなバカみたいな事を考えつくんです! なぜ相談しないのですか!? 支え合うのが家族でしょ!!」


リディの言う事ももちろんだがそれはリディが自分を29歳だと分かっているからだ。普通だったら5歳の子供にそんな事を言う筈がない。それに父親として家族を巻き込みたくなかったと言う考えがあるユーリなら尚更だ。

しかしそんな考えなどリディには通用しない。


「そんな事をお前に言ってどうするのだ? 私がいくら努力しても足掻いても徒労だったのだぞ」

「だからそれを相談しろっていってんだよ!! あなたは神にでもなったつもりですか? 一人の人間に、何百何千もの人が住む領地をどうこうできるわけないじゃないですか!?」


胸倉を何度も揺すり叫ぶ。

「でも二人なら、四人なら……いやむしろ領民全員を巻き込んだのなら何とかなるかもしれない! 何故そこに思い至らないのですか!? また領家のプライドとかいうチャンチャラおかしい思想ですか?」


パッと手を放し、大げさにアクションをするリディ。

「それで自己犠牲最強とか思って領民ガン無視、家族幸せ、俺昇天とか、頭どうなってんですか!? それをやっていいのは俺だけだ!!」


自分がやるのはいいが、他がやるのは許さない。随分と我が儘な事だがリディはいたって大真面目である。


「それは横暴だ」

「横暴結構!! それでおとうさまが良くなるのなら何回でも自身ののど元にナイフを突きつけましょう! なんなら今すぐにでも王都に乗り込んで、王様の目玉くりぬいてくるぞ! いいのですか! 完全なる反逆行為だぞ! テロリストだぞ!!」


地団駄を踏み、やけくそ気味に言う。 そんな馬鹿な事するはずないと誰しもが思うだろう。もちろんユーリも。しかしリディの目は本気だ。


「おとうさまにはまだ言ってなかったですがこの際だからはっきり言っときます!! 私は家族が一番大事な超ファミコン人間! 家族を傷つける者がいるのなら絶対に許さない! 国であっても 神であっても!! 例えそれがおとうさま自身であっても!!」


終息していくリディの怒りに空気が軽くなる。リディは今だに混乱するユーリに静かに問いかける。

「私を止めたいなら、あなたが変わるしかないのですよ。私の為にもう一度立ち上がる覚悟がありますか?」


リディだったのなら確実に即答できる。しかしユーリは沈黙した。

「……」

「……即答できないんですね、残念です」


話したい事は全部話した。父の気持ちの整理がつくまで、残りの懸念事項に対処しようとリディは考え、そのまま部屋を出ようとする。


「どこへ行く?」

ユーリの問いに振り向かず答える。

「お父様の分まで、頭を下げに行くのです。このままでは皆が乗り込んで来そうなので」

皆とは、今にも暴動を起こしそうな領民達の事である。


「私に……幻滅したか?」

不甲斐なさを噛みしめるようなユーリ。嫌われて当然と思っているのだろう力なく項垂れる。しかし

「は? 私がおとうさま、家族に幻滅する訳ないじゃないですか。あなた達はいつだって私の生きる意味なのですから」


リディにとってはあまりにも当然の答えである。そんな娘の言葉にハッとしたようなユーリ。

どんな状況でも、リディのやる事は変わらない。ただ家族を守るために、リディは街に向かって駆け出す。




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