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第10話 ブランシュ編 8

「あの! 何か手伝える事はありませんか?」

「……」


「あの! 重そうですね、持ちましょうか?」

「……」

ブランシュ領、ガイルの料理屋前の広場で道行く人に話しかけては無視されているリディ。


あれから3日、領民に嫌われている父ユーリの穴を埋めようとリディは街に降りては領民に話しかけると言う行為を毎日やっていた。

領民の心を掴むために自分から積極的に歩み寄ろうというリディの考えである。


最初の1日目などはわんさか人が集まり嫌味の嵐を言う領民達だったが、ガイルの睨みとリディの笑顔の対応に馬鹿らしくなったのか、その内無視を決め込むようになってしまっていた。


(一番辛いのは悪口言われるより相手にされない事だって聞くけど、その通りだわ)


しかしそんないじめの様な仕打ちを受けてもリディはめげない。全ては愛する父の為と自分を鼓舞し、再び無視されると分かっていながらも話しかけにいく。


「突撃! わあ、おいしそうな野菜ですね! 奥さん、今晩の夕飯何?」

「……」

「そ、うですか……お仕事頑張ってください!」

無言で荷台を引く妙齢の女性に元気一杯頭を下げるリディ。


「フン! そんな事するより、お前の親父さんをここに連れて来て、頭を下げさした方がいいんじゃねぇか?」

毎日、料理屋の窓から肘をつきリディを見てくれているガイルがそんな事を言う。何だかんだと言って協力してくれている辺り、見た目よりよっぽどいい奴だ。


「今のおとうさまはそんな事しないですよ」

ガイルの問いに首を横に振るリディ。


あれから事あるごとにユーリと話し合おうとしたリディ。しかしいつも仕事を理由に逃げられてばかりで、その度にリディは額に血管を浮かせていた。


「それに、ダメな親ほど可愛い! って言いますし」

「……フン! 期待してないが、まあ精々頑張れよ」

ツンデレ炸裂ですね~と思いながらも、ガイルに手を振り再び駆け出すリディ。



それからもリディは手を変え品を変え、領民の心を掴もうと頑張った。

時には雨の日に、自作の不格好な傘を道行く人に差して上げたり。

「これ手作りなんですよ~。あっ聞いてない? そうですか」


時には広場の瓦礫となった噴水の上に立ち演説をしたり。

「私がこのブランシュを盛り上げるためにまず行いたい事、それはゴミをなくす事です! そのためには皆様のご協力が必要不可欠! どうぞこのリディに清き一票を! あっ! ゴミを投げないで下さい! こんな一票いりません! 投げないで下さ、あ!」


時には領民の子供たちと微笑ましく遊んだり。

「あっ! この間ゴミまみれになってた領家がゴミ拾いしてる! やーいゴミ女! 汚ねぇ!!」

「「そうだ、そうだ」」

「なんだと!! この鼻たれクソガキ3バカトリオォォォォ!!」

「うわあ! ゴミ女がこっちくるぜ! 逃げろー!」


しかし、それでも領民の変わらない態度にリディは肉体的な疲労はないが精神的に少しまいってしまっていた。



(はぁ~ 上手くいかないなぁ~)

ゴミ拾いをしながらため息を吐くリディ。


あれから毎日語り掛けているのに、言葉を返してくれるのは、頭の悪そうな3バカだけ……。リディは完全にブルーの入った精神で目の前のゴミを一つ、また一つと後ろ籠に入れる。

(ああ、お父様のヘイトが溜まりすぎて解消するのが辛い)

二度目のため息がこぼれる。


その時、リディの目の前に大きな影が出来る。

「随分辛そうだな。もう限界か?」

上を向くと、いつも通りの仏頂面のガイルが、狩ってきたのであろう狼の様な魔物を担いで立っていた。


実際、結構まいっているリディだが、それを口に出してしまったら一気に疲れてしまうと感じ、あくまで余裕ですよと笑みを浮かべる。


「限界? 馬鹿言っちゃいけねぇよ。十分すぎる成果に自分でもビビってるくらいです!」

「成果ねぇ~」

「前は無視され続けたけど、最近なんて3回に1回は答えてくれるんですよ。邪魔だどけぇ! ってね!」


果たしてそれを成果と言えるのか……ガイルも同じことを思ったのだろう、渋い顔でため息を吐いた。

「ま、5歳のガキにしちゃ、異常なくらい頑張った方じゃねぇ―か? もう諦めても誰も文句はいわねえよ?」


今まで突き放すような態度だったガイルの初めての労いの言葉。 5歳というまだまだあどけない少女が冷たくあしらわれても必死になっている所を、今まで1番近くで見て来たガイル的には、もう見てられなかったのかもしれない。

しかし、リディに諦める気は全くない。


「ガイルさんには感謝してますよ。ちょくちょく私の事気にしてくれるし……でも諦めるなんて出来ないですよ」


「……また親父の為とかいうのか? それでお前が無理をする必要がどこにある。子供の責任は親の責任だが、親の責任を子供が背負う必要はないんだぜ」


ガイルの発言に眉を下げ、やれやれと首を振るリディ。

「ん~、ガイルさんわかってないな。責任とかそういうのじゃないんですよ~。ただ、私超が付くくらいの家族大好き人間ですから……」

手を合わせガイルを見る。

「家族が笑ってくれてればそれでいいんですよ」


家族の笑顔を想像するだけで心が満たされ始めるリディ。顔も自然と幸せそうに微笑んでしまう。

そんな天使の様な微笑みのリディとは逆にガイルは顔を険しくする。

「……その結果、お前が傷ついてもか?」


(俺が? 傷つく?)

意味が分からないと首を傾げ、さもあたりまえの様にリディは言う。

「そんな事は考えた事ないです。どうでもいいんじゃないですか?」

――家族が幸せなら。


自分の事など完全に度外視した発言。しかしこれをリディは本心で言っている。狂った程の家族愛。それがリディの本質なのだ。


「……頭おかしいなてめぇ」

その発言はガイルには到底理解できなかったのか、まるで可哀相な者を見る目でリディを見る。

「失礼な」

頬を膨らませ作業に戻るリディ。 


結局その日もただ広場を綺麗にしただけで終わった。ガイルと三バカ以外との接触が出来なかったと嘆きながら、トボトボと日の落ちかけている道を歩き帰って行った。

しかし以外にも、領民達の中にはそんな哀愁漂うリディの背中を見つめる者も多くいた。



変化が見え始めたのは、2週間が過ぎた頃だった。

「ああ! お一つ持ちますよ!」

重そうに両手に2つの紙袋を持っていた女性がいたので、声を掛けるリディ。


いつもの通り無視されるのかと思いきや何とその女性は1つ紙袋を渡してきたではないか。

唐突な領民からのアクションに戸惑いを隠せないリディだったがその間にも女性はスタスタと歩き出してしまう。

(ついて行けばいいのか?)

どういう意図があるのか正解を導き出せないリディはとりあえずついていく事にした。


しばらく無言で歩く二人。一度も後ろを振り向かずに歩く女性に小走りしながら慎重に紙袋を運ぶリディ。

一緒に歩いているのに無言と言うのも辛いものがあり、リディは女性に話しかける。


「お、おいしそうなリンゴですね~」

「……」

「私算術が出来るんですよ! このリンゴ、一ついくらなんですか?」

「……」


やはりと言うか何というか、返答が返ってこない事にショボ~ン呟き、ガッカリするリディ。

すると女性が急に足を止める。リディが凹んでる間に目的地の家に到着した様だ。


(……はっ! 暗い顔をしてたら嫌々やってたみたいになるかも!?)


女が扉を開け、振り向くと同時にリディは満面の笑みを浮かべる。

「毎度ありがとうございました! これからもデリバリーリディをお願いします!! あっ! デリバリーだと伝わらないかな?」


この世界にデリバリーと言う言葉があるかは分からないので、伝わったかどうかは分からない。いつものように訳の分からない事をと睨まれるかもしれない……。

リディは自分の考えずに発言してしまう性格を若干後悔しつつ、尚も笑顔を崩さないようにしていた。


「……フフ」

女性が笑った……。そして袋の中からリンゴを1つ出してリディに渡すと、頭の上に手をポンポンと置いた後家の中に入って行った。


「えっ?」

予想外の行動に思考が止まり、既に閉まっている扉を数分眺め続けてしまったリディ。


(笑った? リンゴもくれたし、頭も……これって!)

今まで暖簾のれんに腕押しだった領民への歩み寄りが初めて成功した。そう実感した瞬間とてつもない歓喜がリディの脳を駆け巡る。


「よっしゃあ!!」

嬉しさのあまり駆け出す。無駄じゃなかったのだ。領民達は少しづつだが確実にリディに目を向け始めている。


(よし! よし! よし!)

グシャ!

「あっ!」

リディは冷めやらぬ興奮に思わずリンゴを握りつぶしてしまった。



それからの変化は劇的だった。

「さあ! じゃんじゃん持って行って!!」


その日、大きな風呂敷を担いできたリディは、広場に到着するとそれを一気に広げる。

中からは輝く短剣や宝石、食器類、衣服、その他諸々の数々が飛び出てきた。

それには流石の領民も目を丸くしながら近寄ってくる。


「おい、これどうしたんだよ!?」

領民の男の問いに、ニヤッとしながら腕を組むリディ。


「家から持ってきた物です!」

「持ってきたって……あんたの親父さんが良く許したな」


あの冷酷で有名な領公、民を蔑ろにして、自身の懐を癒す。そんなユーリが自分の財を領民に配布するなどありえない、と領民達は思っていたのだろう。あまりの意外性に皆何か裏があるのではと、触る事が出来ず立ちあぐねていた。

しかしリディはそんな領民の予想を軽く覆す。


「許可なんて貰ってないです。全部無断で持ってきましたから」

「「ええぇぇぇぇ!!」」


あっさりと凄い事を述べるリディ。

普通にそれって犯罪なんじゃない? と一人の女が口ずさむ。しかしリディはその疑問に強く返答する。


「何言ってるんですか!? 家にあった物は私の物でもあるんです! 持ってこようがあげようが勝手でしょ!! それにカップだって皿だって人数分あれば十分だし、この短剣なんて使わないのに壁に貼り付けられてたんですよ?」


いや、予備とかお客様用とか色々使い道はあると思うし、短剣に関しては絶対に何かしらの名品のようだが……領民的にはもちろんもらえたら嬉しい。嬉しいがほんとに良いのだろうか? と後々面倒な事になりはしないかと心配しているらしい。


「だあぁぁぁ!! いいんです!! 全責任はこのブランシュ領工場長の私が取ります!! あなた達は何も気にせず、有効活用してください!!」


リディの叫びに一人、また一人と品を手に取り始める。


「ははは! おい、次に行商人が来るのはいつだ!?」

「これで子供にお腹いっぱい食べさせられる!」

「わー! きれーい」


笑う者、泣いて喜ぶもの、上質な服に目を輝かせる者、そんな人たちを気分よく見つめるリディ。

領家にある調度品を無償であげるなんて、そこに住んでいる人でも本来では絶対にやってはいけない事。いやそもそも一般的な家でもやる奴などほとんどいない。

しかしこのリディにはそういった常識などは通用しないのである。


「フン! 物で領民の心を釣るたぁ随分汚い事をするじゃねぇか」

領民の嬉しそうな様子を見ているリディの隣にガイルが寄ってくる。言っている内容程、嫌そうな顔はしていない。


リディはなるべく悪役っぽく舌を出し言う。

「フフン。だって私、悪い領家の娘ですもの」


「……ガハハ、違げぇねえな!」

始めて見るガイルの笑顔に同じく本来の顔で笑うリディ。


そんな時、2人の領民がぽろっと言ってしまう。

「しかし、前々から思ってたけど……ブランシュの娘って」

「ああ、可愛い顔して相当頭おかしいよな」


領民のヒソヒソ声も肉体活性チートの恩恵で聴覚まで発達しているリディには丸聞こえだ。


「おい!! 聞こえてんぞ!! この野郎没収だぁぁ!!」


この後開かれた、無制限鬼ごっこはリディの圧勝となり陰口をたたいた男二人はジャイアントスイングの刑となった。

リディの行動は着実に目を出していき、領民から受け入れられていった。

しかし築城3年落城3日と言うように、積み重ねてきた物が崩れ落ちていくのは案外あっという間だったりもするのを、この時のリディはまだ知らない……。




*****




綺麗に整理整頓されたユーリの仕事場。机に書類や本を仕舞う棚以外には何も置かれていない、仕事をする上で必要最低限な物をそろえた様な簡素な部屋だ。

そこで赤い髪にガッチリとした体格。齢40程の無精ひげを生やした男が目の前に座っているユーリに言う。


「ホントによろしいのですか?」

「ああ、明日ブランシュ領民に伝えてくれ」


いつものように冷たい態度なユーリに無精ひげの男は心配そうな顔になる。

「……暴動など、起きなければいいのですが」


しかし、そんな男の心配など感じていない様子のユーリ。平淡な声で


「その時は、君たちブランシュ兵の出番だ。私個人の財で雇っているのだからそれ相応の働きをしてくれ」

「……はい」


そうして部屋から出ていく無精ひげの男。

それを確認すると、席を立ち窓の外を眺めるユーリ。窓に反射してユーリ自身の顔が映る。

領民から冷酷な人間と思われているユーリの目には、今の自分自身はどう見えているのだろうか。

自分の顔を見たくないのか、その先のブランシュ領を見たくないのか、カーテンを閉めるユーリ。



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