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第9話 ブランシュ編 7

担がれている間、リディはガイルに疑問を投げかけ続けた。初めは無視を決め込んでいたガイルだったが、答えないとリディがマシンガンの様に耳元で話し出すので、渋々受け答えをする事に決めたらしい。



担がれる事数十分。リディはブランシュ領門前付近の市場にある料理屋に来ていた。

予想通りというか、外装はパッと見ただのボロい民家だが、中は思ったよりも片付いており、アンバランスな机や椅子が並べられていた。


ここはガイルが一人で切り盛りしているブランシュ唯一の肉料理屋、主にモンスターの肉をメインに出す店だ。

肉の調達などは全部ガイルの自給自足。普通の民にそんなこと出来るのかと思い問いただすと、ガイルはどうやら元冒険者であったようだ。

調味料なども行商人がめったに来ないため全てガイルが冒険者時代に得た知識で作っているらしい。余った肉などはガイルが自主的に領民に配っているらしく、また元冒険者と言う事もあって荒事にはいつも先陣を切って行く。

そのためガイルは街では知らない人がいないくらい信頼されている人物らしい。現領公のユーリとは逆の意味で。


さて、そんなガイルにドナドナされたリディはといえば、現在机の上に座り足の治療を受けていた。

右足は赤く腫れているが、骨には異常ないらしくスース―する薬草を足に塗り、軽く包帯を巻くだけで治療は済んだ。


「ほら、立ってみろ」

ガイルの言葉に頷き、ゆっくりと机から降り右足を地につけてみる。

「お~」

まだ若干痛みは残るが歩く分には問題ないだろう。


「フンッ、どうやら大丈夫の様だな。ならさっさと帰れ!」

不機嫌そうに扉に顎を向けるガイルを見て、そんなに早く返そうとしなくてもいいじゃん! とムッとするリディ。


(やっぱり他の領民と一緒で俺たちが嫌いなのかな? それともこれが素なのかな? ……あっそうだ!)


リディはまだお礼を言っていない事に気がつきガイルの正面にたち、頭を下げるリディ。

「あの、さっきは助けてくれてありがとうございます! あと足の治療も」


リディの行動を少し意外に思ったのか、目を細め顎鬚を撫でるガイル。

「随分と頭の軽い領家だな……フン、勘違いするな! 俺はただガキ相手に下らん事をしているあいつらが気に食わなかっただけだ。別にお前を助けたわけじゃない!」

「ええ、分かります。ガイルさんはツンデレというやつですよね」

「ツンデレ? 訳のわからん事を言うな! 二つの意味で頭の軽そうなガキだな……」


苦い顔のガイルを無視して、顎に手をやり考えるリディ。

わかった事は、ツンデレの意味が伝わらない事と思ったよりも街が酷かったのと領民に嫌われ過ぎていると言う事だけだ。ブランシュ家と言うだけで領民が怒りを向けてくるのだ。これでは領地を盛り上げて云々の騒ぎではない。


(まずは、街の人達を大人しくさせないとな)


そこでリディは思いつく。ここで領民から厚い支持を受けているガイルを説得し協力してもらえれば、これからの動きがスムーズになるのではないかと。


「あのガイルさん! 少しお話に付き合ってもらえませんか?」

「いやいい! 帰れ! おい、椅子に座るな!」

「……実は私がここに来たのはですね、ある事情があるからなのです」

ガイルの言葉などガンスルーし、自身の目的について話を始めるリディ。どこまでも自由な奴だ……。



掻い摘んで自分の目的を話すリディ。

「なるほどな、父のために領地を盛り上げたい……か」

苦い顔をしながらもリディの話に耳を傾けてくれていたガイルが腕を組み目をつむる。


「はい! なのでガイルさんにもぜひ協力してほしくて!」

「無理だな」


リディの懇願はバッサリと切られてしまう。なぜ? と疑問符がリディの頭に浮かんでくるがそれはガイルが説明してくれるようだ。

「まず初めに、順序が逆だ」

「えっ? 逆、というと?」

意味が分からないと首を傾げるリディ。


「お前の親父さん、ユーリ・ブランシュが何であそこまで、嫌われているか分かるか?」

国から見捨てられ、資金不足により領地経営がままならなくなり、そして少なからず自分の存在がダメ押しとなって……リディはそんな認識であった。


「それは、上手く領地を経営出来ずにいるからで、でもそれにはちゃんと理由が――」

「――違う! それはな、あいつが俺達領民の事なんて何にも考えねえで、自分の懐だけ肥やすような人間になっちまったからだよ!」

「嘘!」


そんな馬鹿なと信じられないリディ。確かに冷たい、まるでどこかの悪役の様なユーリだが、それでも自分の父親なんだ! きっと何か勘違いをしている。そう思うリディ。

しかしガイルの言葉は止まらない。その怒りの声がこれは真実ですと語っているように。


「民の声は聴かねえ! 俺たちの苦しい生活を知っているにも関わらず税は下げねえ!

 あげくの果てに攻め込んできた野盗に私兵を投じず、俺たちが必死に戦っている間、堅牢に守られた屋敷でヌクヌクしているようなやつだ!」

「うそぉ!?」


目を見開き、驚きが隠せない。信じたい、先の発言が嘘だと!


「お前の親父はそういう奴なんだよ!」

「うそぉぉ!? そんな証拠もないのに!」

このガイルと言う男。嘘をつらつらと並べやがって!! と怒りがリディにこみ上げてくる。


「この体に刻まれてるぜ!」

立ち上がり、上着を脱ぎ始めるガイル。そこには見るのも痛々しい程の傷跡の数々。切り傷、刺し傷、火傷、見て取れるだけでもそれだけある。


「この傷は今までここに攻め込んできた野盗から受けた傷だ! そん時もお前の親父さんは何もしなかったぞ!」


そんなものなんの証拠にもならない。冒険者時代についた傷かもしれない。リディはそう言おうとしたが、その生々しさに言葉がでなかった。確かに証拠にはならないが、なぜだか怒りが消沈し始めてしまうリディ。代わりにこみ上げて来る絶望にも似た感情。

リディは分かってしまったのだ。ガイルの言葉が真実だと。

(え? おとうさま領民を見捨てるような人で、だからこれだけ目の敵にされてて。つまり世に言う所の……悪役ポジション?)


自分の父親の実態を知り、リディは

「あ、あぴゃぁぁぁぁぁ!! 許してぇぇぇぇ!!」

ショックのあまりバタンとぶっ倒れてしまった。それにしてもリディはシリアスな場面でもふざけた反応をする。


上着をはおり、背中を向けるガイル。

「だから順序が逆だと言ったんだ。まずはお前の親父さんの圧制をなくさなくちゃ領民を大人しくなんてできねぇ」

「あぱあああああ! ブクブクブクブク!!」

「大人しくしねえか!!」


泡を吹きながら考える。自分は言えるだろうか、自身の父親にあなたは間違っていますと。そして、やり方を改善させられるだろうか。 ちょっと想像してみよう……。


『おとうさま、私おとうさまの為にクッキーを焼いたんです。どうぞ』

『おお、ありがとう。流石我が娘だ。私はそんなお前が大好きだ』

『嬉しいです! 実はマドレーヌも焼いたのと、ああ、あとおとうさまのやり方は間違っていますよ!』

『消え失せろ! 二度とブランシュの名を名乗る事を許さん!』


そこはかとなくワンクッション入れたが無理だった。 

思えば子供の意見など取るに足らないと投げ捨てられるかもしれない。それでどうにかなるのなら、アリアンヌがもう既にしているはずだ。

それに少なからず父がこうなった原因は自分にもある。それがリディにはネックだった。


「……こんな私がおとうさまに意見するなんて、嫌われたらどうする!!」

「なら、諦めるんだな」

「そうなるか! ひひゃあああああ!!」


余りのどうしようのなさに倒れながら痙攣するリディ。叫び声を聞きつけて街の人達がガイルの店の窓から歓声を上げる。

「おお! ガイルの旦那がやったぞ!」

「ブランシュの娘、泡ふいてらぁ! ざまあみろだ!!」

「「ガ・イ・ル!! ガ・イ・ル!!」」

頭を押えるガイル。

ちょっとしたお祭り騒ぎの中、リディは思っていた。


(おとうさま、あなたは顔同様に悪い人だったんですね! リディめっちゃくちゃショックです!!)と……。




*****




屋敷に戻り静かな食卓の時間。皆が無言で咀嚼する中、リディは全くと言っていいほど目の前の皿に手をつけられなかった。

街の状態を知って自分だけこんな豪勢な食事なんてとれない。と言うのもあるが、それよりも重要な事があった。それは……。


(よし、言うぞ! そこはかとなくお父様は間違っている……と)


昼間にガイルから聞いた話を実行に移そうとしているからだ。何が当たりで何が間違いか分からないリディは言葉を慎重に選び、父親に苦言をていし、気づかせなければならない。

そんな緊張を感じ取ったのか、ユーリがリディに目を向ける。


「リディ、食べないのか?」

「え!? ああええとっ!」


いきなりのユーリからの発言に動揺するリディ。しかしこれはうまい事父に指摘するチャンスなのではないか? と考え、役者になりきり暗い顔をする。

あくまでさり気なく、今思いついたかのように。


「い、いえ。私たちはこんなに豪勢な食事を取れているのですが、一方でブランシュの民達はどんな物を食しているのかと思いまして……」

頬に手をやり、グラスに入っている水を見ながらため息を吐く仕草。

リディの演技は完璧だ。傍から見たら健気な少女にしか見えない。これには流石の冷徹人間の様なユーリも面食らう筈だ……とリディは思っていた。しかし……。


「そんな事はお前が気にする事じゃない。いいから食べなさい」


バッサリである。しかしここで引いたら男? が廃ると追撃をするリディ。


「しかしおとうさま、ありえないとは思いますが私はつい思ってしまうのです! この幸せな生活が何かしらの犠牲の上に成り立っている物ではないのかと!」


今度は目を潤ませて、声を高めに、ツボを押さえたリディの攻撃。そしてユーリは……。


「領家ともあろう者が食事中に声を荒げるな」


完全なる話題の転換で応戦したユーリ。しかしリディは尚も食い下がる。


「……それはすいやせん……ですがおとうさま!」

「すいやせん? ……そう言えば、リディは言葉遣いがたまにおかしいな。それに昼間は何やらごっこ遊びをしていたらしいな」


少しピクッとなるジルには反応せず、リディをその無表情で見るユーリ。


「最近目覚めたばかりだから仕方がないが、もうそろそろ礼儀作法を学ばせた方がいいな。仮にも領家の娘がごっご遊びなど、皆に笑われてしまう。早速、家庭教師を雇うとしよう」


ピキッ! とリディの額に血管が浮き上がる。

(馬鹿かと……お父様、街の現状を理解してるでしょ? その上、さらにお金を使う? 馬鹿かと、そう思う訳ですよ)

笑顔を絶やさずリディは父の発言に怒りを感じる。


(いやいや落ち着けリディ。お父様の間違いを俺が正し、悪役の道から救い出すんだろ)

自分の気を静めるリディ。


「いや……い、いえ結構です。礼儀作法は自分でしっかり勉強しますし言葉遣いも気を付けますので! それより先ほどの続きですが」

「私はそろそろ部屋に戻るとしよう」


それだけ言いそそくさ自室に戻るユーリ。完全に逃げられたリディは笑顔のまま固まるしかなかった。


「……あ、あはは~、あはは~」

そんな状態のリディにジルが恐る恐る声を掛ける。

「あの……リディ?」


――パリンッ!!

リディの持っていたグラスが粉々になり思わず「ヒィ!」と怯えるジル。

当のリディは血管を浮かせたまま、ニッコリと笑顔を張りつかしている。


「あ~~おとうさまぁだからむかつかな~い」


異常な妹に震えるジル。アリアンヌも「気持ちわかるわぁ~」と言いながらグラスを傾ける。

後ろで控えているメイド達もまるでいつもの事だと言うように平然とグラスを片付けている。




*****




店を開店させるため店内の拭き掃除に勤しみつつ、ガイルは昨日のおかしな娘について考えていた。


小さく、人形の様な見た目とは裏腹に異常な程の闘気、いや怒気を纏う領家の娘。

長年冒険者としてやってきたガイルは今までに色々な戦士と出会ってきて時には飲み明かし、時には戦いを繰り広げてきた。そんなガイルですら冷や汗をかくほどの圧をあの娘は放っていたのだ。

そんな娘が領民に囲まれているという、見た感じ弱い者イジメに見える状況に苛立ち半分、興味本位半分で助けに入ったガイル。何でもその娘はガイルが住むブランシュ領の領公家の娘だと言うらしい。噂に名高い冷酷人間ユーリ・ブランシュとは似ても似つかない明るさに、遺伝なんて当てにならないなと感じたガイル。

触らぬ神に祟りなしとその娘を追い出そうとするガイルだったが、どうやら話を聞くまで意地でもそこを動こうとしないらしく、しぶしぶ聞いてやる事に。

どうやら娘はブランシュ領を良くしたいと言う事だが、はっきりと無理だと思ったガイルはその気持ちを直球で伝える事に。しかし全然引く気のない娘に思わず自身の傷まで見せてしまった。


机を拭きながらその事を思い出し、ため息を吐くガイル。しかしため息の訳はそれだけではなかった。


「という訳で無理だった~」

「いや、何でまた来てんだよ」

「何でって、私達協力者じゃないですか? だから報告をと思いまして」

なぜだか昨日の娘、リディに勝手に協力者にされてしまったからだ。何でも父との話し合いが失敗したらしい。その心意気は買うがなぜここに来る? と迷惑そうに机にグテ~となり愚痴るリディを見る。


「それでここまで来たってのか? ……フン! お前は馬鹿か? あと背中に泥ついてるぞ」

ここに来るだけでも、相当危険な事に気づいていないのかこの娘は? と感じるガイル。案の定ちょっかいをかけられていると背中を指さしてやる。


「ああ! 3バカトリオの仕業か!」

恐らく街の子供にイタズラされたのだろう汚れた背中を見て怒るリディ。


「大体それを俺に報告したとして、一体どうしてほしいんだよ。テメーは」

ガイル自身、この事について協力するつもりはない。成し遂げられない子供の戯言に付き合ってられるほど暇ではないのだ。

しかし目の前の子供は予想外の行動に出る。


「いえ、別にちょ~っと前の広場をお借りしようかな~って思いまして」

そういうとおもむろに扉を開けるリディ。

「おーい! 皆集合ぉぉ!!」


リディの叫び声に睨みつけながら群がってくる領民達。またノコノコと来やがってと口々に言っている。


そんなリディに驚き詰め寄るガイル。

「おい! 昨日あんな目に会ったってのに何考えてんだ!!」


ガイルの言う事は正しい。あれだけ恨まれてる事を知りながらわざわざ目立つような真似をしたら、最悪昨日の様に殴り合いの続きをしなければいけなくなる可能性もある。

そんなガイルの心配とは裏腹にリディはニッコリと笑って見せた。

「おとうさまを変える事は出来ませんでしたが、おとうさまの穴を埋める事は出来ます」


自身の胸に手を当てるリディ。

「領民に嫌われているのでしたら、私が領民に好かれる事でその穴を埋めます。おとうさまの足らない部分は、全部私が肩代わりします」


そんなリディを呆然と見るガイル。父の為とは昨日の時点で聞いてはいたが、それでも自分の父親の為にここまでする必要があるのかと。 

「何で……そこまで?」


もしかしたら、父親の陰に隠れたどでかい理由があるのかもしれない。しかしそんなガイルの読みは大きく空振りをする。


「まぁ、家族ですから」

それだけである。ただ家族のため。それが目の前の少女リディが危険を冒してまで遂行する行動理由。

どこまでも予想外。いや考えて見れば初めからこいつはまともな事をしてなかったと思うガイル。

護衛を1人もつけずに街に来るわ、大の男を蹴り飛ばすわ、子供には似つかわしくない圧を放つは、領家のくせに簡単に頭を下げるわ……。


領民に睨まれながら、笑顔を絶やさず何とか話をしようと必死でアクションを起こすリディを見て、どんどんガイルの中の領家像が崩れていく。

こいつならもしかしたら……そんな思いが不思議とガイルの胸に湧き出てくる。いつの世も偉大な事を成し遂げるのは変人だったりする。

ガイルはそんな期待を目の前の少女リディに感じ、思わず口を緩めるのであった。



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